途方もない飢餓感

 いつも通り衝動的に物を壊した。夕暮れ時のワンルームは静かで穏やかでバイオレンスな匂いなんてものはないのに。

 マグカップをひとつ。リモコンをひとつ。今回は二つですんだ。彼女が素早く優しく抱きしめてくれたから。


「タケ? なんで物を壊しちゃうの?」

「これしか方法を知らない」


 心の中に巣食う飢えた何かを満たす方法は物を壊すしかわからない。


「タケ。あのね、物を壊したいの? 抱きしめられたいの?」

「……?」


 確かに考えたことがなかった。どれだけ物を壊しても落ち着きはしない。ただ、抱きしめられると安心する。


「良いこと教えてあげる。タケの家と違う。私はあなたに関わるし、抱きしめて欲しいと言ってくれたら抱きしめる。言わなくても抱きしめる」

「あぁ、やっとわかった」

「なにが?」


 飢えている何かの正体は、愛なのかもしれない。

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少し歪んだ掌編小説集 中川葉子 @tyusensiva

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