第8話 再び山中で
台風の迫る山中へと、三島和夫は戸惑いもなく分け入っていく。
風雨が激しくなろうとも、ギリギリまで幼女捜索を続ける。
そんな意思を固めたからだろうか。
和夫の足取りは淀みなく、アルピニストのように軽かった。
その
この聖少女に成り立ての新人は、三島和夫の身体を囮として活用していた。
聖少女である彼女は、行方不明となった幼女が山中で魔獣に襲われ、その犠牲となったことを知っていた。
それ故に、その捕食者である魔獣を滅ばしにここまで来ていた。
キャンプ場で見つけた和夫は、アムルにとって魔獣を誘き出すよい囮であったのだ。
そのため、現時点で二人の間に特質すべき接点や同族意識などは存在しなかったが、アムルは、ある事だけは決めていた。
(とりあえず魔獣の突然の奇襲が生じた場合、初撃からは守ってあげよう)
和夫を勝手に囮として活用することへの、アムルなりのお返しだ。
ただ、それはアムルの一方的な思惑というだけである。二人は、それぞれ別々の自由意志で行動しているに過ぎない。
何しろ、彼と彼女が共有しているのは、同様に強くなる風に吹かれていることと、何かを探していることのみ。
それ以外では、別段、これといった共通項もない。
アムルは、追跡中の三島和夫を魔獣を誘き出す餌程度にしか考えていなかったし、
和夫は個人で失踪した幼女を探しているだけである。
もちろん、自分が見知らぬアムルに追跡されているとは、露ほども思っていなかった。
「…ここも駄目か」
(もう少し、道を外れるか?………いや、それじゃ、俺が遭難するだけだな…)
和夫は、山の峯へと到る右回りのルートを通り、その周辺を探すと言う方法を選んでいた。
当然、幼女の姿など何処にも見当たらない、面白みのない道中だった。
只々、そんな無味乾燥な時間が過ぎ去っていく。
その一方、和夫の面白みのない道中とは違い、天候の変化はダイナミックだった。
天候はますます悪化し、時間経過と共に、山の声とも言える風音は強くなってくる。
しかし、海で蒸発して強風で山間部まで運ばれてきた水分が、埃と混ざり合いそれを舞い上げることを許さず、大気は湿気のみを宿していた。
(風が水気を含んできたわね)
纏わり付くような風を頬に感じて、姿を隠すアムルは空中で一時停止し、上空を見上げた。
急速に曇天模様となる一帯は、光差す場所が減って暗くなり、また、周囲も冷え込んできていた。
(風除けで高度を落そうかしら? でも、あまり地上に近付くと、魔獣が気配を察してしまうかも?)
アムルがそう考え始めた時分、地上で異変が生じた。
「………ぇーん…えーん…ええーん………」
!?
子供の声が、和夫の眼前にある小川の奥側から聴こえてきたのである。そのことに気付いた和夫の顔色が変わった。
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