第7話 準備と移動

 「…追い掛けてはこない…か」


 大樹の楽園から、先輩たちが追い掛けて来ないと確認し、アムルが呟く。口に銜えていた大量の符は、一時追いて。


 今、アムルが居る場所は楽園から転移した先。楽園から一方通行の空間転移フラフープが設置された建物の内部であった。


 ならば、今は魔獣が出た山間部へと向かう準備に集中するべきだ。


 「まずは着替えね」


 さすがに薄手のレオタード一枚という格好では戦闘に向かない。新たな装備が必要だ。

 それにそのまま山間部に分け入ったら、ただの痴女である。

 アムルにも、その程度の常識はあった。


 建物内部の移動を開始するアムル。その建物は、人気のない山麓の私有地にひっそりと存在する古びた館である。


 聖少女たちが現世へと外出するための衣服、小物など、見つかっても問題ない衣類、化粧品などが保管されている。

 最悪、侵入者に館を荒らされても、それ以上の問題がないようにである。


 両腕のない聖少女は、まずは衣類だと三階にある洋服棚クローゼットへと向かった。

 少女の体重を支え、ギシ…ギシ…と古びた洋館の階段が軋んだむ。


 「んしょ!」


  そこに行き付くと、アムルは残された足首を起用に用い、棚を開ける。すると、その内部には、中高生が着用する制服が揃っていた。

 

 そして、保管されていたセーラー服の一つへと目星をつけ、下側から内側へと頭を突っ込み、スカート、上着と、順番に着込んでいく。


 「暖かいタイツや、ハイニーは不便ね」


  続いて、ひざ下までの紺色のソックスを穿くアムル。両腕がない現在の状況では、排泄などの関係で下半身までを覆うタイツや、太腿までを覆うハイニーを穿くのは難しい。

 ブラ、ショーツなどの下着は着込まず、レオタードのままで過ごすことにする。 


 (これで、後は………やっぱり、下手な節約はやめて携帯変化符を使おう)


 ここで心変わりし、方針を転換するアムル。


 術符の節約をやめて、数の少ない術符を使うと決めた。使うと決めた術符は、数が少ない、かなりの貴重品だった。


 携帯変化符。使いどころがあまりなく、生産数が元々少ないものである。


 そのため、両腕がないアムルも安易に使用することを控え、躊躇していた代物だ。

 とはいえ、利便性には代えられない。


 さて、件の符とは、本来は遠隔操作で動かす手裏剣やら狙撃銃を生み出す術符である。

 アムルたち聖少女は、自身の聖石とそれぞれの符をリンクさせ、聖なる力の奔流を流し込むことで、術符にエネルギーを込めて使用する。


 「我が望む姿へと変化せよ。急急如律令」


 アムルは、首の根元に張り付く自分の聖石へと意識を集中し、起動コードを発音。これを発動させた。


 パアッと術符から輝きが生じ、部屋を照らす。


 輝きが消えると、着ているセーラー服の両袖内部に、腕の代りとなる品が生み出されていた。

 もちろん、生み出されたのは両袖を通して伸びるマニュピレーターである。


 「良し」


 早速、マニュピレーターを駆使して、生活必需品と最低限の化粧道具をポーチに納め、それを、替えの下着などと共に、大きめの背嚢に入れていくアムルであった。


 予想以上に便利。


 これ以上の節約行為は無駄。両腕の代用品のないままでは不便なだけ。そう判断したのは正解だった。

 そうアムルは認識する。


 「この術符…初めから使えば良かった」


 そう独り言を言って、アムルはマニュピレーターを本物の手足のように動かした。


 最後に、アムルはそのなりの金額が納められていた財布を隠し場所から取り出し、背嚢に入れる。

 さらに、もう一枚の携帯変化符を使用し、薄桃色の髪を隠すウィッグを用意し、マニュピレーターにも手袋をして自分に変装を施す。

 真紅の瞳と真っ白な肌は隠す手段がない。カラーコンタクトをした病弱そうな少女を演じるしかないだろう。


 そのように変装したのは、人里で情報収集用の携帯機器、スマホや小型ラジオなどを購入するためだ。

 また、寸前で急いで変装などすると、到らない点が出てくるので、先にやってしまい、落ち度がないか確認するためでもある。


 「ちょっと疲れるわね…早く人里に行こう」


 それに、術符の使用し続けるのは、アムルが洩らしたように精神にかなり負担がある。

 術符の使用を停止するには、問題を早めに解決する必要があった。


 ◇ ◇ ◇


 数分後、アムルは館を出て人里へと向かって出て行った。


 飛行能力を聖少女はデフォルトで持っているため、人里へはそう時間は掛からなかった。

 無論、樹木に隠れての移動のため、そうそう一般人に見付かることもない。


 その後、アムルは出向いた電気店でのテレビ映像で、幼女の捜索隊が数時間後に下山すると知り、購入したスマホでタイミングを見計らい、あまり急がず、慎重に現場へと向かった。


 心配した大樹の楽園からの追っ手も、なぜかやって来ることもなく、アムルは、魔獣の潜む山麓まで進むことができたのだった。


 「ここからが本番か」


 魔獣との戦いを考え、まだ冷静な状態のアムルは、そう呟くのだった。

  

 

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