第4話 吐き気を催す狂気
「…アムルちゃん、なぜ、そんな狂気染みたことを言うのです? 私たち聖少女まで、忙しく生きる現世人のように優しさやキラキラした朗らかさを忘れてしまったら、この世は地獄になるのですよ?」
キリキリと痛むお腹を、治まってと優しく擦りながら、レムがアムルに質問を返す。
もうレムの表情は、すでに半泣きなのである。
やっとできた後輩が、いきなり両腕を切断したいと告白してきた。それも、リストカットどころではない自傷行為ではないか!
何? 狂気の世界にアムルちゃんは行ってしまったの?
何でルームメイトの後輩が、いきなり狂気の世界の住人と化したのだろう?
何があったの?
誰か助けて!
「優しい世界………人間が元々地獄であった世界を、努力で少しずつ良くしてきただけでしょう。紛争地帯にいけば、たちまちその現実に直面する………そんな、無力な自分に絶望したの。そんな矮小な人間の両腕、今すぐ切り落としてしまいたいの」
そう語るアムルは、意識して表情を、幽鬼状態から無表情状態へと戻した。流石に罪なきレムに、これ以上、無駄にプレッシャーを与えるのは忍びない。
その程度の判断は、暗い憎悪に捕らわれてる身でも可能だ。
(この世の本来の姿は地獄。確かにその通りかもしれない………)
「…だからって、それはやり過ぎですよ」
(それででも、聖少女は世界に愛と平和と希望をもたらす存在でなければならないのですよ?)
正直、もうアムルに何も言わないで欲しいレムであったが、気力を振り縛って対応する。
「細胞が完全に入れ替わるまで待てないのですか? もう直のはずですよ? 何か、そうする理由ができたのですか?」
聖少女は覚醒を始めると、身体が人間の細胞から聖少女のものへと次第に入れ替わっていく。生きながら人外の存在へと生まれ変わっていく。
アムルの身体の細胞は、その過程の途中なのだ。
「確かに、本来なら待つべきでしょう。でも先程、罪もない幼女が魔獣という存在に殺されて捕食されたって、エクレルール先輩に聞きました」
「まだ半人前なのに、魔獣と戦う気なのですか? そのために自ら腕を切り落とし、再生能力を飛躍的に高める………確かに、その方法なら新しい腕も早く生えてくるでしょうけど?」
(私はそんなやり方自体、思いつかないし、やりたいとも思わない。覚悟極まっていますね………何と言うか…坂東武者的?)
「とっ…とにかく、考え直すのをお薦めします」
坂東武者とは、弓術の練習に、実家の前を通る坊主や乞食を射殺して庭に飾る。自らを鍛える目的のためなら理性も捨てる、殺伐とした者たちである。
レムはそんな感想をアムルに持ちながらも、お腹の痛みと吐き気に耐え、後輩の考えとその胸の内を聞き、反対するのであった。
その間にも、レムは自分の精神値がガリガリと削れていくことが解った。
限界が近い。
もう、自分一人ではアムルの想いに対応できない。
(…誰か助けて)
レムは、このままではいけないと、助けを呼ぶことにした。
「♡マイネリーベ♤姉さまを呼びます。ちょっと待っていてください。彼女なら、良い方法を思いつくかもしれませんので」
「ごめんなさい」
「いえ………」
当り前よ!と叫びたい気持ちを押さえ、当たり障りのない返答をするレム。
彼女は、一人でアムルの話し相手をすることを諦め、年長者で中間管理を務めている♢マイネリーベ♡を呼び出すことにしたのである。
責任を負い切れない問題を、上司に押し付けることは大事。
どんな書籍で読んだが忘れたが、レムはそんな一節を思い出していた。
◇ ◇ ◇
「う? 腕? 切り落としたい?」
「はい」
その日、レムに呼び出された♧マイネリーベ♤は、アムルの望みを聞いて異界の怪物(?)と相対したような表情になった。
衝撃で、普段の余裕のある話し方も忘れた。
そんな、聖少女の中間管理を務める♤マイネリーベ♢を、気持ちはわかるという表情で見詰めるレムだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます