第1話 山の中で
夏の風物詩である台風が接近する影響で、山中から捜索隊が続々と退避していた。山道から戻る彼等の目的地は中腹のキャンプ場。そこが捜索隊の基地があったためである。
近く、行方不明になった幼女を探し出すと言う成果も挙げられないまま、彼等はこの地域から退避する事が決まっていた。
キャンプ場へと退避していく途中の隊員たちは、みな苦渋の表情を浮かべ山中へと後ろ髪を引かれる思いであった。
なぜなら、目的の行方不明の幼女の姿は一向に見付からずじまい。
捜索の手掛かりすら見付けられずにただ日数だけが過ぎ去り、台風の接近により、こうして山中から逃げ出す事態となったからだ。
こうして退避行動中の今も、何ともしがたい無力感に苛まれているのだった。
「残念ながら、今日の捜索も何の成果も得られませんでした!」
「二次被害の恐れもあり、各隊は速やかに下山してください!」
それぞれの団体がキャンプ場の敷地に列を作り、関係者による下山宣言のスピーチを聞く。
どの集団も、もはやできることは迎えの車両を待つのみである。
そんな各団体の捜索隊員たちの表情には、連日の疲れと目的を果たせなかった苦渋が見て取れた。
普段ならば、訪れた人々を笑顔にする野に咲く可憐な花々も、そんな彼等の疲れた精神を癒すことは不可能だった。
ただ強まる風に吹かれて、道端や草原で揺れるのみである。
行方不明者である幼女の捜索開始から、すでに丸四日。
芳しい結果もないまま、無慈悲に台風接近の知らせはやってきた。
捜索隊が行方不明者捜索を中止し、山中から撤収する時期が、成果を得られることなく訪れたのだった。
「残念ながら、何の成果も示せないまま、撤収の運びとなりました。主権者のみなさまの代表としては誠に残念ではありますが、捜索を中止致します。各員は、速やかに撤収を開始してください」
捜索を取り仕切っていた村の助役による演説終了に合わせて、各捜索隊がそれぞれ撤収を開始する。
幼い少女の行方を捜し出すために集まった屈強の男性たちも、自然の天候悪化に打ち勝つことは不可能だったのだ。
このまま無理に山中での捜索を続行すれば、二次被害を生じさせ要らぬ悲しみを増やす結果となる。
残念だが、成果のない捜索を諦め、引く時期なのは確定的に明らかなのであった。
「第3分隊、帰還を開始します!」
敬礼し、乗車を開始する捜索隊員たち。
ブロロロロォ………
行方不明少女の母親の願いも稔らず、捜索隊はそれぞれの団体が用意した車両に分乗。次々に山間のキャンプ場付近から去っていく。
山間の道々には、虚しく各車両の駆動音のみが響き渡るのみ。
一方、キャンプ場には捜索最後の今日まで娘の無事を祈っていた哀れな母親の鳴き声だけが響く。
その姿を道端に咲く様々な高原植物、花々が見送った。
「…」
そんな状況を、物理法則を無視して上空から見詰める一対の瞳があった。本来は優し気な目元を、無理に鋭くする少女の双眸だ。
常人にその姿を見付けることは不可能であったが、巫術により一人の少女が確かに空中に浮遊し姿を消していた。
無言で山麓を離れる人々の姿、動向を見守る。
そんな少女の年の頃は、せいぜい十三から十四。
緑の黒髪から薄桃色に生え変わる途中の、肩まで伸びる頭髪。
虚無感を宿す栗色から真紅と変じた瞳。
整った鼻筋。
口には大量に銜えた隠形、形態変化の咒符の数々。
上半身から膝下までを覆うのはオーソドックスなセーラー服の上着とスカート。
しかし、その両袖は風に吹かれては、はたはたとはためいているのみ。本来は存在するはずの中身が。両の腕が双方とも存在しなかった。
そんな普通ではない存在がそこに居た。
(娘さんを亡くした親御さんには悪いけど、私には好都合ね。お邪魔な捜索隊はこれでいなくなる。これで何憚ることなくこの山に巣食う魔獣を探し出し………戦える)
(どうやら天候は私の味方みたい。この様子なら天雷符の連続使用も可能ね)
(役に立たない両腕をわざわざ切り落として、ここまで来た甲斐があった)
口に咒符の数々を銜え、迂闊に声を出せない聖少女に成り立ての少女は、口角を歪めて薄く微笑む。
(仕留めて見せる………)
幼女を喰らった魔獣を、この新たに得た力で撃ち果たす。
そう改めて決意した少女の瞳が爛爛と炎のように煌めき、双眼を覆っていた虚無を吹き飛ばす。
時は来たる。
少女が闘争にその身を焦がす、の瞬間が、今ここに訪れたのだ!
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