千貫石ため池

2019年4月の岩手県金ヶ崎町。

金ヶ崎町の奥の奥、町中に張り巡らされた用水路の源、千貫石溜池。

「Ora」のメンバー、白糸姫がここの天女である。

その千貫石溜池にまだ冷たい岩手の春風にさらされて、Oraの白糸姫と小松姫にマネージャーの朱里、そして特別に呼ばれた籠姫に小夜姫と5人がたたずんでいた。

「千貫石溜池かぁ…ここからも胆沢平野さ水が流れてるだな」

「あれ?ここの祠さ祀られている観音様は?」

小夜姫が千貫石堤のすぐそばに祀られている観音像を見つける。

「ああ、それは自分ワレの正体だ!」

「…………」

「じゃじゃじゃ~~~!!??」

白糸姫の突然のカミングアウトに3人は衝撃の声を挙げる。

「この千貫石堤自体がむ所謂“心霊スポット”なのっしゃ!」

「じゃじゃじゃ~…」

白糸姫が解説する。

「江戸時代の天和2年、この辺は洪水が絶え間ねぐて、堤すなわちダムをこしぇんべ!つぅ事さなったんだけんど、何回なんぼ決壊ぼっこしてはっぱ工事が進まなかったんだど。追い詰められた責任者の伊達藩、普請奉行・川田勘祐は、当時南部藩だった釜石から「おいし」つぅ19歳の乙女を、じぇんこ1000貫(2019年の価値に直すと凡そ12億5千万円)で買取ったのっしゃ!家では不器用てどなし容量悪ぐずらぐずらってだあねっこで、このままでは嫁ぎ遅れちまう。そこで川田は嫁の貰い手があるとおいしを騙して金ヶ崎さ連れてちぇで来られた上に、生きた子牛べこと一緒に石柩さ封じられて、人柱としてこの堤に生き埋めにされたのっしゃ!」

「じゃじゃじゃ…!」

「なんだでそれ!?」

ほでなす人でなし!!」

「それで“千貫石”っつぅ地名さなったのっしゃ」

「んでその後、しばらく決壊ぼっこれることはがったんだけんども、毎日夜間になっと、謎の女性の声が聞こえてきて、伊達藩の石堤の発起人である川田氏の一族は滅び、生前のおいしと関係のあった人たちはわらすから大人、高齢者としょりまで死に絶えたのっしゃ!」

「当たりだで!因果応報だで!」

「見かねた薬師如来様が、昭和51年当時の金ヶ崎町長の夢さ立って、慰霊碑とこの“おいし観音”を建立させ、自分ワレを人柱から解放してけだのっしゃ」

「そうだったのすか…」

「なんにしたっていがったなっす…」

白糸姫の話を聞いて3人は安堵する。

「朱里さんだけまったくどでんし驚いてねぇけんども、知っていたのすか?」

「んだ!」

籠姫の問いに朱里が答える。

自分ワレが“おいし観音”となって人柱から解放され、薬師如来様は「今まで堤の中で子牛と共に400年の時を生きられなかったのだ。これからはその分、好きな時に観音像から出て人間界を好きなだけ楽しんでくるがよい!南無ノウモ簿伽伐帝バギャバティ伐殺社バセイジャヤ…」って神通力で自分ワレを“白糸姫”っつう名の天女さ転生させてけで、自由に動けるようになったのっしゃ!」

「いがったな!!」

「んで、朱里さんとは?」

「朱里さんさスカウトされたのはここで、偶然オラが堤の上を歩いていたらすれ違って、その場で名刺を渡されて…」

「ずいぶんあっさりだなや」

白糸姫と朱里との出会いに拍子抜けした籠姫。

「まぁ白糸姫、人間界での名前は千貫せんげん石子いしこをスカウトした理由はあの場所で語るべし!千貫石温泉湯本東館で!」

朱里は堤から指をさした先には「千貫石温泉 湯本 東館」がそびえたっていた。



まだ春の雪解けも進んでいないこの日、ローカルアイドルユニット「Ora」

その1年の活動と利益の見直しと、次の1年の予算や見通しを立てるための、いわば決算会!

その決算会の会場として選ばれているのが決まって毎年、千貫石温泉湯本東館。

5人は既に湯本東館に移動・入館していた。

そう、実は温泉宿は、大事な会議や打ち合わせをするのに、うってつけの場所!

人目を気にしない個室で、空調も明るさも自分達で調節可能な上、

「料理は後から来るっつうから先に決算会議から始めるで」

「はーい」

湯本東館の料理長が腕を振るう、女性向け料理御膳が付いてくる、日帰り個室付き入浴プラン、その名も「レディースプラン」!


「えー…つぅわけで…今年も決算会議を始めていきてと思うのす」

朱里の司会でOraの決算会議が始まる。

「まあ今年は、いつも盛岡や仙台のライブハウスの定期ライブに加え、前沢牛祭りに水沢産業まつりなど、地域のお祭りに何とかドサで歌わしてくれたけんども、その割には…振るってねぇ!あまり売り上げは!」

「う…!」

朱里はコンパーチブルPCに映っている資料を4人に見せる。

「見ての通り、結成当初の売り上げとほぼ横ばい…あんますいい結果だどは言えねぇ…!」

「うーん…!」

「やっぱす仙台や盛岡さ自分達ワレだより上のレベルのアイドルグループが伸びてきたからだえか?」

「それもあっけど、東京のメジャーレーベルによる地域進出化と、そのブランド力による早ぇ密着化が大きい!」

小松姫の意見に朱里が力説して答える。

「つまりオラエみてェなインディーズは、じぇんこは出せねぇ分、ェ知恵絞って東京のレーベルさ真似っこできねぇオラだにしかできねぇ路線でファンを増やしていくしかねぇっつぅことっしゃ!」

「うーむ…なるほど……!」

「東京さ真似っこできねぇ何かかぁ…」

5人は全員その無い知恵を絞りだして考え込む。

しかし当然…そんなアイデアがすぐに浮かぶということは無く、ここで5人とも、沈黙…!

ーう~ん…

うなる数分間…!

そこへ、

ープルルルル

客室の電話が鳴りだし、朱里が出る。

「はい」

「食堂ですけど、レディースプランのお料理が出来上がりましたのでお持ちしますね」

「あ、では今からお風呂行ってきますので、テーブルの上に並べといてください」

「はい、かしこまりました」

ーガチャ

朱里は受話器を置くと、

「よし、風呂だ!風呂さあべ!」

浴衣とタオル類を持って立ち上がり、4人を風呂に誘い出した。

「やったー風呂だじゃー!」

小夜姫は喜び、小夜姫に続けと、他の3人も浴衣とタオル類を手にする。

「アイデアが出ねぇ時は風呂さ限る!!」

そう、会議や打ち合わせで最も避けたいのは、全員がうんうんとうなり、行き詰ってしまうこと!

しかし温泉旅館の日帰り利用なら、たとえ行き詰ってしまっても、天然温泉に浸かって体も頭もリセットできる!!

「露天風呂♪露天風呂♪」

「しかし小夜姫は本当に温泉が好きだなや」

5人は1階にある露天風呂に向かう。

脱衣室で天平装束を脱ぎ、タオルとともに裸となって浴室に入り、掛け湯をして露天風呂に出る。

「うっひょ~さっみ~!」

「当たり目ぇだで。さぁ、入ぇんべ!」

ーざぶん

「うわっ…!」

「ぷはぁっ…」

「ははは…」

「千貫石温泉の露天風呂は人の体とおなんすくれえ深えのっしゃ!」

「びっくらこいたべ?」

千貫石温泉露天風呂の深さに小夜姫がついすべって沈んで浮かび上がってしまったことに一同からかいながらも、低帳性弱アルカリ性高温泉による源泉かけ流しによるお湯と、露天風呂から見える千貫石溜池周辺の風景に癒されていた。

小夜姫は露天風呂の浴槽内に体を落ち着かせ、千貫石溜池の方を見る。

「あの…朱里さん、なして白糸姫…いや、おいしちゃんをアイドルさスカウトしたのす?」

小夜姫がついに肝心の質問を朱里に投げつける。

「…それはな……400年も間、この世界の事も知らないで一匹の子牛べこと共にあの堤の中さ閉じ込められていたんだべ?“世間”を教えたくなったのっしゃ。堤の上で初めて出会ったときに感じた霊妙な雰囲気。これは普通でねぇな!とオラの第六感が「スカウトすらい!」とそう感じたのっしゃ!」

「おい!言い方!」

朱里はの回答は“天女”という存在にアイドルとしての素質を天性から秘めているのではないかということと、彼女たちに現代のありのままを見せたいというものだった。

「朱里さん…」

「さて、のぼせると時間がもってねぇから部屋さ戻るぞ!料理も来てるみてぇだし!」

「料理!やったー!」

「小夜姫…お前さんって本当に…」

小夜姫の即物ぶりに籠姫が呆れて突っ込む。

朱里に連れられて5人は露天風呂から上がり、浴衣に着替えて部屋に戻ると、日帰りレディースプランのお食事が並んでいた。

「あんやほにー!なんたら美味えそうだ造り物だじゃ!」

「いっただっきまーす!!」

ーもぐもぐ

「じゃっじゃっじゃ~!」

「う…うめぇ…」

「んだえ?白糸姫と小松姫の二人には日頃の感謝を込めてと、白糸姫は時々千貫石溜池さ戻んねぇと天女としての力が回復ならねぇからな。だから千貫石温泉のレディースプランで決算会議なのっしゃ!」

「なるほど!」

「それさ小夜姫とオラを呼んだのは?」

「いつもお世話になっているお礼とファンの視点からの意見が欲しかったのっしゃ」

「だから呼ばったのす」

「なるほど!ありがとあんす!」

「なんの!」

「いつまでがっついてら?おめさんもお礼言わいや!」

こうして楽しい食事の時間は過ぎていき、5人は会議を再開してはうんうんうなり、今度は3階の大浴場へ足を運んだ。

露天風呂と違ってガラスに守られた浅く広い源泉かけ流しの大浴場に、5人は浸かっていた。

小夜姫はさっきまでのはしゃぎぶりと打って変わって、何かものいいたげな表情である。

「天女としての力が回復しねぇ…か…そろそろ平泉にある姫待の滝さ戻るかな?」

「オ…オラも衣の滝さそろそろ戻んねばわがねのかや?」

「天女であるなら自分(ワレ)んとこの滝や川さたまに戻んねぇと天女としての力を失うのはわかってるべ?最悪…」

「んだ…」

「んだったら大衡さんさ衣の滝さ連れてちぇでってもらうんだ」

父ちゃんとっちゃに…か……」

籠姫に説教される小夜姫。

そして明かされた天女の弱点。

朱里はそれを遠くから聞いていたらしく、籠姫と小夜姫に近づいてきた。

ーチャプ

「なぁ小夜姫に籠姫」

「はい?」

「なんでがんしょ?」

「二人とも小松姫と白糸姫のように、天女としての力でもっとわくわくする世の中を見て見てえと思わねえか?」

「?」

「なんじょな意味でがんしょ?」

「今の語り耳さしたんだけんども、オラが天女としての場所さ連れていくちぇですてく代わりに、オラといぎなりワクワクする世界さデートばんかけしてすける」

「い…いぎなりワクワクする世界?」

「朱里さん、何が言いたいのす?」

籠姫が朱里に尋ねる。

「小夜姫、籠姫。おめさんも、オラの下でアイドル、やってみねか?」

「はぁ!?」

朱里は小夜姫と籠姫をスカウトした。

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奥六郡の天女姫 京城香龍 @nahan7

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