SL銀河

2018年の夏。

夏休み前の岩手県立奥州高校の図書室には、真美達の史学部5人と文芸部の5人が集まっていた。

「今年の夏休みの課題ですが、我々史学部は文芸部と合同で行うこととなりました」

「というのも、文芸部の宮沢賢治研究と史学部の宮沢賢治が生きた時代の研究と方向性が一致したからです」

史学部副部長の歳弘義香としひろよしかと文芸部部長の安ケやすがひら美那子みなこが説明を始める。

「宮沢賢治かぁ~あまり読んでいなかったから名前は知っているけどどんな人だったのかイマイチピンと来ないなぁ~」

真美のその言葉に、文芸部員のこん衿凪えりな田鎖たぐさりあやは、

―ざわっ…

と大仰な反応をする。

「宮沢賢治の作品読んでねぇの!?」

「全国的に有名な文豪だで!?教科書とかで読まされたはずだべじゃ!?」

「私の通った東京の小中学校の教科書には採用されていなかったような…」

「読書感想文で選ばねがったのか!?」

「それよりか読みやすい児童向けの新作を選んでいたから…」

「テレビとかでは!?」

「見てないって!!」

(うう~面倒くさい文芸オタクが…)

「まぁまぁ宮沢賢治さついてはSL銀河さ乗ればうんと分かるから…」

衿凪と文の質問攻めに辟易する真美を見かねた瑞希が2人にストップをかける。

「SL銀河?」

「そう!夏休みの部活単位での自由課題だけど、「走る宮沢賢治記念館」ことJR釜石線の観光列車「SL銀河」に乗って宮沢賢治の生きた時代を体感する事なのだ!」

「つまり、史学部と文芸部の10人でSL銀河に乗り込んでそれぞれの視点から宮沢賢治の世界を見つめて、レポートにまとめる」

「SL銀河は近年の文豪系ゲームの流行によって特に女性ファンが増えてきているからね」

「宮沢賢治の世界を肌で感じることができる観光列車、それがSL銀河なんだよ~!」

「そうなんだ…」

文芸部のほし彩楓さやか角掛つのがけ梨依りいと史学部部長の岩舘いわだて真澄ますみがSL銀河について真美に説明する。

「岩手県人なら一度は乗っておきたいのが釜石線のSL銀河!」

「それをオラだで乗りさ行くんだべ!?オラ蒸気機関車っつぅの見だこと無ぇから楽しみだー!」

(そうか!小夜ちゃんはSL、蒸気機関車という文明に触れたことがなかったんだ!?)

「それなら予習としてアニメ映画「銀河鉄道の夜」を…」

「いいね!誰かの家でお菓子や飲み物と…」

「ダメ!今見るの!」

「この月額動画見放題サービスに「銀河鉄道の夜」が!」

小夜姫がSL銀河に強い関心を示すと、ここぞとばかりに衿凪と彩楓が宮沢賢治沼に引き込もうとし始める。

そして取り出したのは、

「それは…タブレット!」

タブレットを取り出し、覗き見るように月額動画見放題サービスの中からアニメ映画「銀河鉄道の夜」を探し出し、10人特に小夜姫は食い入るようにタブレットを見つめていた。

1985年公開の杉井ギサブロー監督「銀河鉄道の夜」上映時間1時間53分。

圧倒的タイムオーバー…

「おめたず、もう学校閉めるで。早く帰らしぇ」

「ええ!?もうこんな時間!?」

「そんな!?今いいところだったのに!?」

見回りに来た教師によって上映は遮られた。

結局今日の会議はSL銀河に乗ることが決まったことの報告と銀河鉄道の夜の上映だけで終わった。


奥州高校も夏休みに入った2018年のお盆。

朝8時のJR水沢駅に奥州高校の真美達の史学部と文学部が揃った。

しかし、

「おはよう!…って何!?その格好!?」

いつも天平装束の小夜姫、普段から女子袴の瑞希はともかく、義香と真澄に文芸部の全員までが夏紗の和服に袴と言った大正時代の女学生スタイルでお揃いだった。

「今回乗車するSL銀河は大正時代をイメージした車内デザインだから、オラだの外出着も乗る列車に合わせて大正時代で揃えてみたのっしゃ!」

「瑞希ちゃんに見立ててもらってありがと」

「いやぁオラでいがったのならいつでも」

「間もなく8:14発の下り普通列車盛岡行きの改札を行います」

駅員のアナウンスが駅構内に響き渡る。

「切符は?」

「任せて!」

「それは!?」

美那子が取り出したものは、学生団体割引乗車券!

8人以上の学生グループが同一行程を取る場合に限り、JRの運賃が5割引になるという中学生~大学生限定の超絶お得な乗車券!

「先日校長先生の許可証を持って駅に並んだよ」

「お盆前だったしらずもねく混んでたっけな」

「前までは水沢駅にも“びゅうプラザ”があって、奥州高校も世話さなったものだ」

「でも水沢駅から撤退して、他の少ねぇ旅行会社を頼る他なくなったのっしゃ」

「そうだったんだ…」

かつてびゅうプラザがあった空間を向く真美。

「まもなく1番線には東北本線普通電車盛岡行きが2両編成で参ります」

「あ!あばい行こう!」

一行は有人改札で検札してもらい、東北本線の1番線ホームに並んだ。

東北本線の盛岡色701系電車が入線し、ドアボタンを開けて乗車した。


東北本線

1529M

水沢 8:14発


紫色の701系電車は盛夏の緑が広がる北上平野を高スピードで北上する。

701系の車内はお盆休みで遊びに出かける若い学生たちで満員に近かった。

8:40に花巻に到着すると、一行はここで一旦途中下車する。

花巻駅の改札を抜けると、水沢とは雰囲気が違う花巻駅を見渡す真美と小夜姫。

「わぁ~ここが花巻駅かぁ~!」

ステンドグラスに彩られた洋風の駅舎は真美達の目を誘う。

「駅の車内が本当にSL銀河一色だで!」

「まさに銀河ステーションガラクシーア・カーヨってね」

「言えてるー!」

「素敵ー!…ん?」

真美の目に飛び込んできたのは、

「(SLが書いているというかなり無理な設定の)C58日記」だった。

内容は花巻駅職員と花巻地域の住民の言葉を代弁したようなブログ調のホワイトボード掲示板だった。

(設定が強引すぎる…)

「今日も満席ありがとうございます…ね…」

「SL銀河も今年で5年目か…」

C58日記には「花巻駅からSL利用のご提案」と題して混雑回避の裏ワザが案内されていた。

「花巻から満席の時には、遠野や釜石から逆に花巻に向かう乗車の方法があります?」

「空いている上り(釜石発)のSL、ご検討お願いしますって釜石発は空いているの?」

「んだ。花巻発より釜石発の方が比較的席が取りやすいのっしゃ」

「それに、このルートは今からオラだが辿るルートだで」

瑞希が指したのは、


花巻9:12(はまゆり1号)→釜石10:48着

釜石10:55発(SL銀河)→花巻15:20着


のルートだった。

「花巻からは快速はまゆり号に乗って釜石まで一っ飛びして、そのままSL銀河で折り返してきます」

「つまり釜石でとんぼ返りって事?」

「んだ!」

皆が一斉に頷く。

「だから飲物や朝ご飯は駅の売店で調達しましょう」

義香の案内で花巻駅のNewDaysでコーヒーとサンドイッチなどを買いだす一行。

「ただいまより、9:12分発釜石線下り快速「はまゆり1号」の改札を行います」

花巻駅の案内によって再び改札に入り、1番線の釜石線ホームに並ぶ。

「お盆だからですかね?かなり列が並んでいますよ?」

「ああ、だから指定席を買っておいてよかったよ」

「その指定席も…」

1番線ホームの乗車案内には、自由席はもちろん、指定席の案内にも長蛇の列ができていた。

そして快速はまゆり1号のキハ110系が入線してきた。

いつもは3両編成なのだが、多客期ということもあり自由席車を1両増結して4両編成だった。

「逆方向から?」

「はまゆり号は盛岡から来てここで折り返して釜石線に入るんです」

「スイッチバックって言うね」

はまゆり1号の指定席車両に乗車する一行。

「わぁ~リクライニングシートなんですね!?快適―!」

「元々はまゆりは急行列車だったからね」

釜石線快速はまゆりは元々は急行陸中号という優等列車だった。

その名残で指定席は急行時代のリクライニングシート座席なのだ。

ちなみにJR東日本管内でリクライニングシートのディーゼル車ははまゆり号ただ一つである。

「お盆でまとまった席が取れねくて座席がバラバラさなったけんども、好きな席に座らい」

「はーい」

美那子が9人に座席の指定券を渡すと、バラバラに離れたそれぞれの指定席に座った。

「えへ、一緒だね」

「んだな」

真美は小夜姫と隣通しになった。


釜石線

3621D

快速はまゆり1号

花巻 9:12発


―ドルルルル

―キャラキュラキュラ

かつて急行陸中だった快速はまゆりキハ110系はその高性能なディーゼルエンジンの音をけたたましくあげ、花巻を出発した。

「じゃじゃじゃ!これが快速はまゆりかや!」

「思った以上に速くて快適!」

真美と小夜姫はキハ110系の性能の高さに驚いていた。

はまゆり号は花巻市街地を抜けて花巻空港を横目に似内駅を通過。

北上川を渡り東北新幹線との連絡駅、「新花巻駅」に着いた。

「ここで新幹線さ乗り換えられるのか…」

「んお!?」

真美の目に飛び込んできたのは片側一線の簡素な新花巻駅釜石線ホームに溢れんばかりの人、人、人である。

「これみんな新幹線からの乗り換え客?」

「三陸地方へのアクセス路線ですしね」

「お盆だし毎年の事だじゃ」

新花巻駅からの乗り換え客ではまゆり1号の指定席は満席となった。

自由席車両は満員電車に等しいほど混みあっていた。

「やっぱり指定席取ってていがったな」

「んだな…」

「んああ…今朝は早がったっしゃ…何だかオラ眠てくなってきただ…」

「そういや私も…釜石には10:47でしたっけ?」

「快速とはいえ、1時間以上もかかるっしゃ。その間に寝んべし」

「んだんだ」

「ではおやすみー」

「一旦おやすみしますー」

快速はまゆりが三陸地方を目指している間、キハ110系のリクライニングシートを倒して一行は仮眠をとることにした。


―小夜姫の夢の中

広がるのは遠野盆地の光景だった。

「ここは?オラたづ快速はまゆりさ乗ってだはずだじゃ?」

「オンコロコロセンダリマトウギソワカ…」

「その声は?」

聞き覚えのある真言とともに姿を現したのは以前の正月に平泉で遭遇した薬師如来だった。

「小夜姫よ…ちょうどよい時に遠野へ向かっていたとは…」

「遠野?」

快速はまゆり号は遠野市内を走行していた。

「お前たちが霊峰早池峰の麓に来たのはちょうどよかった。なぜなら早池峰からもここ遠野の郷からも、お前たちに会いにまた天女が降り立つからな。その後を頼みたい」

「じゃじゃじゃ!?」

「その者と交わることによって、お前が衣の滝より胆沢平野に降り立ってきた理由を思い出す手助けになるであろう」

「あんやほに!?かだってる意味がわがんね!?」

「その者は遠野駅にて待っている」

「待ってけらしぇ…!!」

「ナモバギャバティ…」

「じゃじゃじゃ~…」

薬師如来神咒と共に光が放たれると、小夜姫は夢から目が覚めた。

「…じゃ!?」

「大丈夫?小夜ちゃん?」

「かなりうなされていたけんども」

「…夢だっただか…オラ…また薬師如来様が…」

「え?」

「何じょしてだか遠野駅でオラだを待っている人がいるって世迷言(よめごど)かだってだ…」

小夜姫が真美と衿凪に夢の内容を話す。

「そう言えば私も寝ていた時に同じような夢を見たよ!」

「オ、オラもだ!遠野駅で待ち人来るって…!」

「………」

偶然にも一致した夢の内容に3人は目を合わせて口を閉じた。

「間もなく、終点釜石に到着します。お降りのお客様はお忘れ物のなさいませんよう、お支度をしてお待ちください」

終点釜石到着の案内が流れる。

「んああ…もうすぐ釜石着くよ~」

「は~い」

「それから見て!こっちの窓からあれを!」

彩楓がはまゆりの窓から入線する釜石線のホームを指すと、

「!?」

漆黒のもうもうと煙を吐く巨体がホームに佇んでいた。

SL銀河を牽引するC58-239蒸気機関車だ。

既に多くの乗客に囲まれ、記念撮影の列ができていた。

「あれが蒸気機関車だか!?」

「あれがC58…!」

「すごい…」

10:47に釜石駅4番線ホームに快速はまゆり1号は到着した。

―プシュー

指定席車両のドアが開くと、

「よし!ダッシュ!」

「へ?」

真美と小夜姫を除く8人が袴の裾をスカートの要領でつかみ上げると、

「乗り換え7分しかないから、一旦階段降りて急いで乗り換えるよ!」

「おう!」

「え…あの…?」

釜石駅で降り行く乗客をかき分けて、走って階段を下りて1番線ホームへ転じ、階段を上った。

「はぁはぁはぁ…ん…?」

上った階段の先に見えたもの。

客車のはずなのにディーゼルカーの顔が。

「あれ?私たちが乗るのってSLの客車だよね?」

「うん、これがかつて北海道で活躍したキハ141系を改造したSL銀河専用客車だよ!」

「ええ!?元ディーゼルカー!?」

SL銀河専用の客車…いや、“旅客車”「キハ141系700番台」だ。

JR東日本がJR北海道から購入し、改造を施した専用車両だ。

一行は端の4号車からSL銀河旅客車の車内に乗り込む。


「う…うわぁ……きれ~…!」

SL銀河の車内は、レトロとファンタジーとSFが入り混じった、大正時代を連想させる夢幻世界を演出していた。

「でしょー?」

「SL銀河の客車はね、宮沢賢治が生きた大正から昭和初期の時代をイメージしてデザインされたんだ」

「だからこんなにレトロなんですね!?」

「オラだが着物さ袴っつぅ格好で乗ろうとしでだ理由が分がったべ?」

「納得!超納得しました!」

真美が小夜姫を除く史学部&文芸部の部員が大正ロマンのハイカラな姿でSL銀河に乗ろうとしたのか理由を理解した。

「すみません、“ロマン銀河鉄道SL弁当”10個予約していた安ケ平ですが…」

「はい」

SL銀河4号車には車内販売のカウンターがあった。

美那子はそこで予約していた新花巻駅のロングセラー駅弁「ロマン銀河鉄道SL弁当」を人数分購入し、全員に配り始めた。

「はい、どうぞみんな」

「わぁ~ありがとうございます!」

「ところでみんなはどの席がいい?」

「え?」

「お盆でまとまった席が取れなかったんだ。だから席がバラバラになっちゃって…」

「そうだったんですか…」

「はいはい!2号車!」

衿凪と文が率先して手を挙げる。

「2号車には自由に読める宮沢賢治の書籍が置いてあるからね。私も2号車に行くね」

文芸部長の美那子も2号車を選んだ。

「私は1号車」

「あたしも」

彩楓と梨衣は1号車にした。

「真美ちゃん達は?」

「え?わ…私は小夜ちゃんと瑞樹ちゃんと同じ号車がいいかなぁ…」

「本当かじゃ!?んだばオラはこの車両がいがす!!」

「そんだばオラも」

「ではそういうことで…」

真美・瑞樹・小夜姫の3人は乗り込んだ3号車を選んだ。

「じゃあ僕たち残った二人は4号車に」

文芸部の義香と真澄は残った4号車にした。

それぞれが決めた座席の指定席券を一人一人に美那子が配ると、その記載された座席に向かって移動し、座り始めた10人。

「すみません、失礼します」

バラバラとなった座席にはそれぞれ違う目的の乗客と乗り合わせることとなった。

「いよいよだ…!」

ーボォオオオオ

ーピィイイイイ

ーガッシュガッシュ

ーバシュー

黒い巨魁の蒸気機関車C58が黒い煙と白い蒸気を勢いよく吹き出し、汽笛を響かせてゆっくりと動き始め、釜石駅を出発した。


8622

SL銀河

10:55 釜石出発


釜石線に入ったSL銀河は徐々にスピードを上げてC58の動輪を回していく。

SL銀河、それはJR東日本盛岡支社の総力を結集したジョイフルトレインである。

釜石線沿線の花巻市出身の宮沢賢治の代表作「銀河鉄道の夜」をモチーフとしたSL列車である。

外観と車内は宮沢賢治と銀河鉄道の夜一色のファンタジックでレトロでアーティスティックなデザインとなっている。

それに着物と袴姿の大正ロマンあふれるハイカラスタイルで乗り込むとなれば、大正時代にタイムスリップしたかのような光景となる。

その絵を真美は理解した。

「沿道の人たちがみんなこっちを見ている…」

お盆で墓参り中の子供たちを手を止めて墓場からSL銀河に手を振る。

それに真美も笑顔で手を振り返す。

「真美ちゃん!」

「?」

「車内の販売コーナー見てみんべし!」

「うん!そうだね!」

小夜姫と瑞樹が4号車のショップに誘う。

「すみません、ちょっと…」

乗り合わせていた席の人に断りを入れ、席を外して4号車のSLギャラリーの隣にあるショップを覗いてみた。

ショップにはSL銀河限定グッズの他、遠野駅と釜石駅の駅弁が数個とアイス・コーヒーと言った飲食物、SL銀河ならではの宮沢賢治の書籍が売られてあった。

「わぁ~さすがSL銀河!宮沢賢治の本がここで買えるなんて!」

「町の本屋さんよりもディープな取り揃えだで」

「でも東京に住むお母さんにお土産送りたいから、これにするね!」

「お、それは!」

真美が購入したものは岩手銘菓「かもめの玉子」の大船渡市の老舗お土産店「さいとう製菓」がSL銀河の運転開始にあやかって発売を開始した“黒いかもめの玉子”「SL銀河C58 239」だった。

「今年はお母さんのところに帰れないし、お母さんも岩手に来れないから、私にできることは今日の思い出をお中元という感じでお母さんにお土産を送ることだから」

「真美ちゃん…」

「なんだれ孝行者なのっしゃ…」

真美の母への心遣いに小夜姫と瑞樹は心を打たれる。

ステンドグラスが施された赤いボックス席に戻ると、真美は釜石駅発車時に美那子より配られた「ロマン銀河鉄道SL弁当」を買った無糖紅茶とともに開封する。

「すみません、いただきますね」

「どうぞ」

同じボックス席の乗客に断りを入れ、ロマン銀河鉄道SL弁当を食べ始める。

ロマン銀河鉄道SL弁当は弁当というキャンパスに描かれた宇宙空間ともいうべき食材が彩られていた。

「ホタテを中心にイクラ、飛びっこ、錦糸玉子、刻み海苔、椎茸…東京じゃみんな高級食材として流通している具材が駅弁として彩られている…いただきます…ぱくっ…むぅん!?」

真美の脳裏に宇宙空間が広がってきた。

「この食材の組み合わせは…銀河の渦へ飛び込む銀河鉄道そのもの!このまま行けば私も機械の体になって永遠の命を…」

「いや、行先はアンドロメダ星でねくて花巻だからっしゃ」

真美の感想に瑞樹が突っ込みを入れる。

「あなたその駅弁とそのお菓子、SL銀河に乗るの初めて?」

乗り合わせた同じボックスの女性客二人が話しかける。

「はい!東京に住む母へのお土産です!」

「あら、あなた東京から来たの!?私たち二人は板橋区の浮間船渡から」

「私は練馬区の石神井です!」

真美と同じボックス席の女性客とで東京の地元話が始まった。


「はいチーズ!」

ーカシャ

「どうもおもさげねがんす」

車掌さんからのサービスとして記念撮影として、瑞樹はハイカラスタイルにSL銀河という世界観のコンセプトで記念撮影をしてもらっていた。


ーガツガツガツ

「じゃじゃじゃ~なんつ美味ぇがす!花巻さこんな美味ぇ弁当があっただなんて!イクラ!椎茸!」

ロマン銀河鉄道SL弁当を勢いよくほおばる小夜姫。

「あんやほに。なんつうがすまげ大喰らいだで」

「あ、ごめんなして…」

小夜姫が同じボックス席に座った家族旅行のおばあさんに呼び止められた。

「おねえちゃん、珍しい着物着ているけどどうして?」

「え?何じょしてってかだれても、洋服だといずくって…」

家族旅行の子供の質問に答えにくい小夜姫。

天平装束は小夜姫にとって普段着だから理由など見当たらないのだった。

「その和服と同じ姿かたちの和服来た人のことオラ知ってるじゃ」

「へ?」

「むかーしむかーしあったずもな、この釜石線の通る遠野市さ、前九年の戦いから胆沢から逃げてきた安倍宗任のおがだ「おないの方」は「おいし」、「おろく」、「おはつ」の三人の娘っこを引き連れて隠れたんだと。したっけ宿をとった来内村の伊豆権現の社で夢の中に薬師如来様が表れて“蓮華の花を寝ている間に受け取った者に遠野盆地の命の源である早池峰山の天女にして進ぜよう”と4人さ語り掛けて、末娘のおはつが長女のおいしさ落ちた蓮華をこっそり奪って朝まで寝たふりしたんだと。したっけ薬師様はおはつの小細工を知ってら知らずか、約束通り蓮華を手にしたおはつを早池峰山、おいしは石上山、次女のおろくは六角牛山の天女にして遠野盆地を見守り続けるよう使命を与えたんだと。これでどんと晴れ」

「ええ!?胆沢と遠野でそんたな関係が!?」

「ばんちゃん!すまんねがんす。うちのばさまボケてていつもこの昔話ばり語るのっしゃ」

「いんやいんや、こっちゃこそ勉強さなってありがとあんす」

遠野民話を語り始めた家族旅行の婆さんを止めに入った母親。


快速はまゆりほどではないが、力強くも疾走するSL銀河は最初の停車駅、陸中大橋駅に12:27に停車した。

「まもなく、陸中大橋です。陸中大橋では列車交換のため10分ほど停車します」

「もう最初の停車駅?」

「真美ちゃん瑞樹ちゃん小夜ちゃん!」

「C58の本物を見に行こう!10分もあれば大丈夫!」

「んだな!見さあべ!」

扉が開くと4号車から真美たちをはじめ乗客がSLをこの目で真近くで見たいと降り始めた。

と同時に1号車と機関車の運転台から乗務員数名が一斉に飛び出し、SLの点検を始めるために線路に降り立った。

「あれは?」

「これから岩手県でも有数の交通の難所“仙人峠”を越えるための準備なのっしゃ」

「仙人峠越えは長年の岩手県内陸地方と沿岸地方の交通の課題でした」

「これからただ長ぇ大橋トンネルの“大オメガループ”とかをくぐって峠越えさ入っけど、その勾配さはなんと25‰!」

「25‰もの急勾配ループトンネルを抜けてあの“鬼ヶ沢橋梁”へ上るのだ!」

「ええ~あんなに~!?」

真澄が指を指した先にある赤い鉄橋は「鬼ヶ沢橋梁」といい、釜石線の車両がきれいに撮影できる撮影スポットなのだが、陸中大橋駅とのあまりの高低差に真美はただ驚くしかなかった。

「この急勾配をこれから!?」

「そこにはこのキハ141系の秘密があるのっしゃ!」

「この客車に?」

文がキハ141系に手を触れて説明する。

キハ141系1号車の運転台には別の運転士が乗り込み、ディーゼルエンジンを吹かしていた。

陸中大橋には交換する快速はまゆり3号が到着した。

キハ110系とキハ141系のツーショットが並んだ。

快速はまゆりの車掌とSL銀河の車掌は交換点呼を行い、釜石へ快速はまゆり号を先に行かせた。

「はぁ~快速はまゆりも早くていがったけんども、これが蒸気機関車だか!すげぇ!」

初めて間近で見る蒸気機関車に小夜姫は感動してC58を眺めていた。

ーガキンガコン

ーガチャガシャ

停車中もC58は金属音を鳴らしており、まさに「生き物」のような迫力を出していた。

「あんやほに!黒くてでっけくてまぼい~」

「小夜ちゃん、そろそろ出発だよ!」

「え?もう?」

「客車に戻ろう!」

「おう!」

発車時間が迫り、点検に降りていた乗務員もC58とキハ141系に一斉に撤収した。

「何故SL銀河の客車がディーゼルカーからなのかがここに立ってSLを見ればわかるよ」

「え?」

梨依が1号車の扉に小夜姫達を誘い、キハ141系運転台の後ろに立たせる。

「あ、ここからも蒸気機関車が見えるじゃ!」

ーボォオオオオ

ーピィー

ーガッシュガッシュ

ーバシュー

汽笛を鳴らして蒸気を噴出させ、陸中大橋駅を出発するSL銀河。

それに加えてー

ードルルルル

ーキャラキュラ

快速はまゆりのキハ110系でも響いたディーゼル車独特のエンジン音が蒸気機関車の走行音と蒸気音に混じって旅客車の床より響き渡る。

「いよいよ仙人峠だで…」

ードッ

SL銀河は釜石線最大の難所、大オメガループ「第2大橋トンネル」に突入した。

標高887mもの高さを25‰もの急カーブと急坂で構成されている第2大橋トンネル。

とてもC58単機では登り切れないため、キハ141が後ろから押すことで補機としての役割を果たし、機関車と旅客車の強調運転により登り切るのである。

「これは…」

「ディーゼルカーのままの秘密、それはSLをこの旅客車が後ろから押して仙人峠を登りきるためだよ」

「ええ!?客車が!?」

「んだ!だから完全な客車でねくて半分ディーゼルカーにして、急勾配でSLをうっしょからけて銀河鉄道としてのイメージと現実の対処方法を両立させたのっしゃ」

「これを協調運転といいます」

「なるほど、協調運転ってなんだか素敵だね。大正時代と宇宙空間をデザインした客車が実はディーゼルエンジンを積んでいて、峠越えの先には後ろから押して支えて走りあう…」

真美はキハ141系の運転台越しにC58の炭水車を見て、SLを支える姿に感動していた。

「ほら、もう陸中大橋駅はもうあそこに」

「いつの間に!?」

「すげぇ!」

SL銀河はあっという間に第2大橋トンネルを潜り抜け、鬼ヶ沢橋梁を走行していた。

義香が指を指した先には陸中大橋駅がすでに眼下だった。

それもすぐにトンネルに入って見えなくなってしまった。

その後も大小のトンネルと長い土倉トンネルを抜けて、土倉峠の勾配を乗り切り、気仙川の源流を越えて気仙郡住田町唯一の駅である上有住駅に到着した。

「上有住駅は釜石線沿線で大きい夏の“ひんやりスポット”「滝観洞」があるんですよ」

「竜観洞?」

「その観光地の前の駅だから、利用者も多いのっしゃ」

駅のホームから眺める竜観洞の入り口にはたくさんの観光客が集まり、SL銀河の発車を見送った。

SL銀河は観光客に見送られて上有住駅を発車すると、足ヶ瀬トンネルと急勾配を協調運転で乗り切り、無人駅の足ヶ瀬駅に運転停車をした。

「あれ?ドアが開かない?」

「協調運転はここまでなのっしゃ。あとはキハ141系がちょくちょく押すけどフルパワー運転はここまでだな」

「仙人峠を登り切ったんだね!?」

「んだ!」

キハ141系の運転台から運転士が降り、機関車からも機関士や乗務員が点検のために降り立つ。

「じゃあオラだは席さ戻って眺めんべし!民話の里遠野の景色を!」

「遠野!?」

SL銀河は峠越えの後の点検を済ませると、汽笛を鳴らして足ヶ瀬駅を発車した。

真美たちは席に戻るついでにSL銀河の車内を見て回った。

1号車、「月と星のミュージアム」と「銀河コレクション」の地元工芸品と天体アイテムが展示されている車両。

「このハコは?」

「プラネタリウム!」

「ええ?列車内にプラネタリウムが!?」

「うん、入替制だから10人分の予約とってきたよ」

「14:50、宮守駅を過ぎたあたりにここに集合ね」

「はーい」

「プラネタリウムかぁ~楽しみ~」

既に美那子が10人分のプラネタリウムの入場券を手配していた。

2号車、ここから「賢治ギャラリー」がスタートする。

「本当に“走る宮沢賢治記念館”だね。資料とかが本物で気合が入ってる…」

「でしょ~!?」

「フリースペースで椅子もあっていいし」

「あれ?これは、宮沢賢治の本!?」

2号車には宮沢賢治の本が読める「ライブラリー」がある。

「だからオラだは2号車にしたのっしゃ!」

「なるほど…」

衿凪と文が2号車を選んだ理由が分かった。

「でもせっかく遠野を通るなら遠野物語の本も置いてほしかったね」

「んだな、そったば遠野民話さも興味もってけだかもしゃんねし」

「今ちょうど遠野市内を走っているもんね」

3号車、一番席数の多い車両。

ギャラリーには宮沢賢治の年表とメッセージと童話の生原稿が展示されている。

4号車、最も広い賢治ギャラリーに「SLギャラリー」と車内販売カウンターと一番広いフリースペースりソファーが面積の大部分を占めている。

「マルチクリエイター宮沢賢治か…」

「グリーンアーティスト…宮沢賢治は現代の視点から見てみるといくつもの肩書を持っていたんだ」

「いくつもの肩書…宮沢賢治について大まかに“文豪”ってイメージしかなかったけど、こうして見ていると宮沢賢治ってすごい多面的というか、行動的だったんだね」

「でしょ?最近は“他動力”なんて言葉が当てはまってきているけどね」

「多動!?」

真美が賢治ギャラリーを見歩いて宮沢賢治に対する認識を改めた。

「どの車両もキラキラして見飽きないね~」

「だえ?これなら釜石から花巻までの4時間25分の旅も一瞬…あっという間だ……」

「4時間25分も!?」

「快速はまゆりと違って早く目的地に着くのと違うからなSL銀河は」

「そんなに長い時間乗ることになっていたんだ…」

「これだけ車内が凝っていれば体感時間なんて1時間とないよ」

「んだな」


SL銀河はホップと稲が一面に植えられた万緑の遠野盆地を緩やかに疾走する。

「うわぁ~一面の田んぼ、ホップ畑~!」

真美がその景色に魅入られていると、大きな山を見つける。

「あの山は、奥州市からも見えていたよね?」

「早池峰山!岩手に2番目に高い山で、市民の水と命の源と言われているんだ」

「間違いない!あの日、私が見分森展望から見たあの山だ!」

真美がフラッシュバックした引っ越した日の見分森展望から見えた大きな山と同じ山。

それが早池峰山だと確信した。

早池峰山は奥州市からもはっきりと見えるほど大きく、北上高地では最高峰である。

「早池峰山って近くまで来るとこんなにきれいなんだね」

「んだ。遠野だけでねく、花巻も奥州も潤してくれる、昔から女神の住まう山と言われたのっしゃ」

「女神の住まう山?」

その言葉を聞いた小夜姫が、先ほどの家族連れのおばあさんの話を思い出す。

「この山々に抱かれた麓の町で遠野物語は生まれたんだね」

「んだ。そろそろその遠野駅だじゃ」

「え?もう?」

「遠野ではSLのメンテナンスのために1時間15分も停車しますから、その間に遠野の駅前に降りてみてみましょう」

「1時間も停まるの?」

「釜石線の中間駅でもあるからね」

SL銀河は遠野市街地の中に入っていき、12:41、遠野駅に到着する。

ここぞとばかりにほぼ全ての乗客がSLから降車した。

一行は改札へ向かうと、戦前の平民の着物姿の子供たち「ざしきわらし隊」が飴を改札に並ぶ乗客たちに配っていた。

「おでんせ~遠野さ~」

「か…かわいいっ…!」

「めんこいっ!!」

「民話の里をアピールするためですよ」

「オラだが袴とブーツに着物姿でSL銀河さ乗るように、この子供達(わらしぇだ)も遠野物語の街のキャラクターになり切っているのっしゃ」

「座敷童のコスプレ?」

ざしきわらし隊に見送られて遠野駅を途中下車すると一行はそれぞれ行先に分かれた。

真美と瑞樹と小夜姫は遠野駅前の観光物産館に足を運んだ。

「わぁ~SLグッズがこんなにも…」

店内にはSL銀河の運行にあやかったお土産品がずらりと並んでいた。

その中でひときわ異彩を放つのが、

「SL銀河どぶろく?お母さんが喜びそうなお土産だけど未成年の私には買えないや」

どぶろく特区である遠野では濁酒の酒販が合法である。

「ひぁ~この河童のぬいぐるみめんけ~!」

小夜姫は瑞樹と河童や座敷童といった遠野民話のキャラクターグッズに夢中になっていた。

観光物産館で真美がお土産を買うと、遠野ショッピングセンター「とぴあ」に向かった。

「とぴあ」は奥州で言う「メイプル」のような存在だから、とりあえず何か買うべし」

「だね」

とぴあの店内に入ると、メインホールでは「ORA」のチャリティーコンサートが行われていた。

「じゃじゃじゃ!?」

「あの二人は!?」

メインホールは3分の1の席が埋まっていた。

「今日は私たちのコンサートに来てくれてありがとー!それでは聞いてください、」

ORAの二人はを歌いだす。

その前にいた法被やペンライトを持っていたのは産業まつりで一緒に行動した家庭科部の鎌田梨恵だった。

「梨恵ちゃん!?」

曲が終わると物販と握手会に移り、物販コーナーで目にしたのは、売り子をしていた籠姫だった。

「籠姫!?」

「加子ちゃん!?」

「ああ小夜姫こんたなとこで」

「こんたなとこっておめさんこそなしてここで!?」

「ああ前沢牛まつり以来マネージャーの朱里さんと連絡先交換して、今回ちょっと手伝すけってけろって頼まれたのっしゃ」

「要するにアルバイトか!」

「あー!小夜ちゃんに真美ちゃん、瑞樹ちゃん!」

「やあ、遠野で会うなんて奇遇だね」

「うん!すっごく偶然!」

「小松姫と白糸姫の二人に顔合わせたいからっしゃ、並ぶべし」

梨恵に見つけられた3人は握手の列に案内された。

「おお小夜姫!遠野のドサさ来てけだのか!?」

「いんや、SL銀河さ乗ってで、遠野駅降りたら偶然…」

「SL銀河!?実はオラだ2人もこの後SL銀河さ乗るんだ!」

「へ?」

「朱里さんからいつもの労いとして指定席券手配してもらっただ」

「銀河鉄道の旅を遠野から楽しんでございってな」

「本当だか!?」

「ああ!籠姫もな!」

「今回のお駄賃やしぇんま代わりとしてな」

「すげぇ偶然だで…」

小夜姫は小松姫と白糸姫と籠姫の3人も遠野駅からSL銀河に乗る事実を告げられた。

「私も私もー!3人が乗るって聞いていてもたってもいられなくって遠野駅で聞いたら空き席あったから乗れるー!」

「あんやほに!」

梨恵もまたSL銀河の指定席券を取れたので追っかけのつもりでSL銀河に同乗する事となった。

「結局ここにいるみんなして乗ることになるなんてね」

「遠野駅で人数増えたね」

「んだなー…ん…?」

(お薬師様の言っていた「遠野駅に天女がいる」って事はこの事だか?)

「小夜ちゃん?」

「あ、何でもね!まんず遠野駅さ戻るべ!」

「んだな。SLもよく見ていなかったし」

「あ、その前に飲み物とお菓子買ってからな」

「握手会もまだ続きあるから待ってけらしぇ。出発時間までまだあるから」

小夜姫は行きのはまゆり号の車内で夢見た薬師如来からのお告げを思い出し、お告げの内容が遠野とぴあでのオーラとの再会だと考えていた。

「なあ見たかや?“SL銀河の車内で出会うと幸せになれる座敷童みでなおなご”遠野から乗ってくるみたいだじゃ?」

「はえ~なんかそれっぽいのは見たような…」

「へ?」

握手会に並んでいた男性二人組の会話を耳にした小夜姫は反応する。

(まさか?オーラの2人とも違う!?)

オーラと籠姫と梨恵を加えた真美、瑞樹、小夜姫は遠野駅に戻ってきた。

遠野駅3番線に停車中のSL銀河の3号車に乗り込むと、小夜姫の席には釜石からの家族連れではなく、瑞樹達と同じ大正ロマンの和服に袴とブーツ、さらにはうすものの羽織をまとっていた3人の女性が座っていた。

「だ、誰!?」

「先輩たちとも違う、この人達は?」

「おめさんが小夜姫か?待っでだなはん」

「なはん?奥州市の言葉と微妙に違う!?遠野の言葉!?」

水色の羽織に青の袴を纏った水色髪でツインテールドリルの女性は口を開けた。

訛ってはいるが遠野市の方言である「南部弁」を口にしていた。

「ま、待っていたって?」

「真美ちゃん、瑞樹ちゃん、悪ぃけんどもオラだ天女だけさしてけらしぇ」

「う、うん…んだばオラと真美ちゃんは2号車のギャラリー(フリースペース)さ行ってっから…」

瑞樹は場の空気を読んで真美を連れて2号車に移動した。

「あべ!」

「うん…」

車内には天女だけになった。

「おめさんも聞いたべ?薬師如来様のお告げを」

「はっ…!」

「思い出したか?遠野駅の待ち人っつぅのはオラだのことだなはん」

「ええ?」

濃桃色の袴に薄桃色の羽織を纏い、桃色の髪をサイドテールに結い上げて髻を髪飾りを付けている女性が語り掛ける。

「改めで挨拶あぇそぐれぁするなはん。オラは遠野三姉妹の長女、石子いしこ!」

「ワレは次女、六子ろくこ!」

「オレは三女、初子はつこ!まんつよろしく!」

遠野三姉妹と名乗る3人の女性が名前を明かした。

水色の髪が石子、桃色の髪が六子、緑色のウェーブのかかったショートポニーテールの髪が初子と名乗った。

「遠野三姉妹!?」

「はっ…もしかして…?」

(「おないの方」は「おいし」、「おろく」、「おはつ」の三人の娘っこを引き連れて隠れたんだと)

小夜姫は遠野まで同席していた家族連れのおばあさんの昔話を思い出した。

「あのばんつぁまのかだってだの本当だっただか」

「それにしたって何して遠野三山の天女がSL銀河さ?」

「オラだ三姉妹はこの遠野盆地、いや、早池峰山の見える限りの土地を見守るのが役目だなはん」

「こうしておだず戯れよなが世の中見さ山から降りて、遠野から釜石か花巻まで遊びさ出はるのす」

「したっけべらぼっぽりいつの間にか“会うと幸せになれる”なんつぅ噂さなったのっしゃ」

「そ、そうなのすか…」

たんぶりはずオシャレかたぎ格好できるかづけ口実だなはん」

「返って目立つぞ?」


小夜姫達が遠野三姉妹と問答している頃、2号車に真澄、義香、文芸部の部員たちが戻ってきた。

「おまたせー!」

「そろそろ出発の時間なのだ」

「あれ?小夜ちゃんは?」

「今ちょっとね…」


ーボォオオオオ

ーピィー

ーガッシュガッシュ

ーバシュー

ーゴッゴッゴッ

ードルルルル

停車中に石炭と水をフルチャージさせたC58は、汽笛を鳴らして蒸気を噴出させ、13:54に遠野駅を出発した。

「ほら、見なんせ。早池峰山がだんだん遠くなって、山から流れ出た猿ヶ石川さ沿って列車は走るなはん」

SL銀河は遠野盆地の青々とした田園地帯を力強く疾走する。

まっすぐに猿ヶ石川と釜石道と並行して西へ、西へと勾配を挙げて山の中へと分け入る。

その風景を遠野三姉妹と同じ席になった小夜姫は窓を開けて青々しいその山々の光景を目に焼き付ける。

「うっひゃあ~きれいだじゃ~!黒い煙がきゃなっこさつくけどな」

「それがSLの楽しみ方だなはん」

「オレたづはこうしてあわぇたまにSL銀河さ乗りさ遊びに来るなはん」

「なんだれ!ずいぶん贅沢だぁぎな遊びだじゃ。なしてSL銀河さ?」

「釜石線さSL銀河が走り始めたのが2014年、それからSLの集客力で遠野や釜石、花巻さ人っこ来るようさなって変わってきてる。オラだ三姉妹にはそれを見守り続けるのが使命だからなはん」

「使命…」

「おめさんだづにもあるんだべ?何のために山から降りてきたのか」

「……」

石子と六子が小夜姫と籠姫に語り掛け、小夜姫と籠姫は黙り込んでしまう。

「お、そろそろ釜石線の一大ビュースポットだなはん」

「え?」

初子が窓の外を指さすと、釜石線の名所「めがね橋」が見えてきた。


2号車に乗車していた真美達も右側の空いている席に一時的に座り、窓を開けた。

「あれは!?」

「釜石線が銀河鉄道の夜のモチーフとなった最たる所以。それがめがね橋だ!」

「わぁ…」

めがね橋の下にある「道の駅みやもり」の広場と東屋にはSL銀河を撮影しようと待ち構えるカメラマンと地元の人達が大勢待ち構えていた。

SL銀河が汽笛を鳴らしてめがね橋を走行している間には、

ーボォオオオ

ーカシャカシャ

デジタルカメラやスマートフォンでめがね橋を走行するSL銀河を撮影しだし、全員がSL銀河に向かって手を振って見送った。

それに応えるかのように真美も小夜姫も道の駅みやもりに集まった人たちに手を振る。

乗客全員の表情が笑顔になっていた。

めがね橋を渡り切るとすぐさま宮守駅に停車した。

ここで普通列車と交換するため5分停車した後に発車した。

「真美ちゃん瑞樹ちゃんそろそろプラネタリウムの時間だよ!小夜ちゃんは?」

「あ、今呼んでくる!」

美那子が真美と瑞樹に1号車のプラネタリウムの上映時間を知らせに来ると、小夜姫を呼び出しに3号車に向かった。

「小夜ちゃん、そろそろプラネタリウムの上映時間だって」

「ああ、悪ぃ、約束してだから一旦失礼するじゃ」

「わがった」

「行ってきなんせ」

遠野三姉妹と天女たちは小夜姫を送り出した。


1号車の車内プラネタリウム。

1号車プラネタリウム前のフリースペースには待機列ができていた。

「このプラネタリウムはなんと、日本の鉄道で初めて列車内で上映されているプラネタリウムなんですよ!」

「本当!?」

「プラネタリウムは6人の入替制だから、最初は史学部から楽しんできてよ」

「ありがとあんす」

6人が定員の車内プラネタリウムに真美達史学部5人が入り込む。

プラネタリウムの内容は宮沢賢治「銀河鉄道の夜」の上映だった。

銀河鉄道の夜の作中に出てくる天体がプラネタリウムによって車両天井のスクリーンに映し出され、物語が10分に凝縮されて上映されていく。

それに引き込まれていく真美と小夜姫。

「きれい…」

「あんやほに…」

10分のプラネタリウム上映はあっという間に終わった。

「はいありがとうございました。次の整理券の方にお譲りください」

「おまたせ真美ちゃん。なんじょだった?」

「なんていうか本当に夢を見ているみたいで、10分の体感時間が長く感じたよ」

乗務員の指示に従い、プラネタリウムから出てきた真美は文に感想を聞かれたが、その表情はどこかぼーっとしていた。

真美達がプラネタリウムを観ている間にSL銀河は土沢駅に停車した。


3号車に戻ってきた小夜姫もどこか惚けている表情で、席に着くなりそのままもたれかかった。

「お帰り。プラネタリウムなんじょだった?」

「なんだら…でほでまなぐの前がピカピカって…夢っこ見てたみてぇだった…あれが宮沢賢治の銀河鉄道の夜の物語かぁ…」

程なくして土沢駅を発車したSL銀河は小山田駅付近の丘陵を駆け抜け、新花巻駅に停車した。

「あ、東北新幹線!」

「やっぱり新幹線駅のためかここで降りる人が多いね」

SL銀河からは乗客の半分が降車した。

新花巻駅の単線一面ホームには、別れを惜しむ乗り換え客やSLを見に来た見学客であふれかえり、警備員が出る騒ぎとなっていた。

C58の黒い煙が新幹線ホームのコンクリートに吹きかけ、新花巻駅を出発する。

駅の反対側の田んぼからは大漁旗をもってSLと並行して田んぼのあぜ道を走りこむ子供たちがいた。

真美や小夜姫達はその見送り客に窓を開けて手を振る。

北上川を渡り、いよいよ終点花巻が近づいてきた。

「小夜姫、なんじょでがした?SL銀河の旅は?」

「なんつぅか…黒い鉄の塊が湯気と煙だけで動くわけねぇって見てだけど、本物を近くで見てみだっけ煙を吐いて走ってるのが生き物でねがや?ってどでんしたでば…」

「真美ちゃんもSL銀河はどうだった?」

「そうだね…SLなんて本物を近くで見たこともなかったからだけど、仙人峠での協調運転を見て、鉄の塊が懸命に登っていく様を間近で見て、応援したくなったのが、沿線の人たちに支えられている、助け合ってゴールに向かっているみたいでとても感動した!」

「真美ちゃん…」

「小夜姫…」

「やっぱりSLはすごいよ!・すげぇなや!」

小夜姫と真美がSL銀河の感想を求められ、C58の力強い走行に感動してともに締めくくった。


15:20 花巻着

全ての乗客が降り、C58の前に記念撮影と惜別のために集まる中、奥州高校史学部&文芸部グループと遠野三姉妹・ORA・籠姫と梨恵は花巻駅で別れることになった。

「んだば、また機会があったら遊ぶべし」

「んだな!またな!」

真美達一行は花巻駅の跨線橋を渡り、東北本線のホームから停車しているSL銀河を眺めつつ帰りの電車を待っていた。

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