水沢競馬場

2017年の春。

岩手県奥州市はまだ雪も寒さも残っていた。

北国の春は遅い頃にやってくるのだ。


ある日、真美のスマートフォンに東京にいる母親から電話がかかってくる。

「真美、そっちは大丈夫なの?」

「うん…本当に…大丈夫だから…」

「そう?あなたとお父さんの本籍は東京都練馬区(こっち)なんだから、何かあったら私のもとに来るのよ。そこだけは覚えてちょうだい」

「うん…」

「それで水沢の桜の様子はどうなの?私ね、この前会社の花見で都内の公園に行ったんだけど綺麗だったわよ~もうほとんど散っちゃったけど」

「ああニュースでやっていたね。でも水沢の桜は今これからかな?だって4月だというのにまだ所々雪残ってるもん。桜は今こっちでようやっと咲いたばかりかな?」

「そうなんだ。やっぱり東京(こっち)とズレちゃうのね」

「うん、こっちの桜は遅いから」

「そう。じゃあ体に気を付けるのよ」

「うん、それじゃあね」

通話を切る母親、茉莉子(まりこ)。

「あれ安藤さん?電話ですか?」

「ええ…離れて暮らす娘にね」

通りかがった会社の人間に声をかけられる茉莉子。


岩手県立奥州高校は4月に入り、新年度になっていた。

母親の心配をよそに、奥州高校史学部の部員、真美・瑞希・小夜姫・義香・真澄の5人は奥州高校の濃緑のブレザーの制服姿で部室に集まっていた。

「皆さん、とうとう我が奥州市にも桜の季節がやって参りました!」

「東京の方ばもう咲いてるのすぺ?」

「もうとっくに咲いてとっくに散っちゃってるよ」

「こっちと入れ替わる感じなのだ」

「そこで、我が奥州高校では部活動単位でお花見をするのが伝統となっています!」

「おお、お花見かや!桜っこ見ながら酒だり団子だり口ゃする春の楽しみ!奥州市は毎年この時期だで」

「そうなんだ…で、私たち史学部はどちらでお花見をするんですか?」

「フフ…それはズバリ…水沢競馬場です!!」

「水沢…競馬場~!?」

競馬場と聞いて真美が驚く。


週末の日曜日、水沢江刺駅に向かう国道397号線の小谷木橋。

そのそばにある「水沢競馬場入口」バス停に5人は降り立った。

北上川の畔に広大な厩舎と馬場、スタンドが広がり、真美はその広さに圧巻される。

水沢競馬場。岩手競馬が管理・運営する岩手県にある2つの競馬場のうち、盛岡競馬場と並ぶ競馬場で、トウケイニセイやメイセイオペラ、トーホウエンペラーなどを輩出した名門競馬場である。

「これが水沢競馬場…そういえばここに引っ越してくる時、水沢江刺駅から家までの移動中に車の窓からやけに広くて大きい建物があったなぁ~って思ったら、競馬場だったのね」

「そう、あれが奥州市水沢区のシンボル、水沢競馬場、そしてその目前に広がるのが厩舎と呼ばれる馬の飼育小屋です」

「水沢江刺駅さ行くときには必ず眼(まなぐ)さつく建物だで。397号この道路から競馬場全体がよく見えるで」

「さあてあべ!」

国道397号線から水沢競馬場のスタンドを指して義香が説明する。

5人は国道397号線の「水沢競馬場入口」バス停から競馬場を目指して厩舎群と駐車場の中を歩き出す。

途中には「馬に注意」の看板もあった。

(臭っ…!何この独特の変な臭い?馬の臭いなの?)

厩舎より漂う独特の臭いに真美は鼻をつまんでしまう。


5人は水沢競馬場の正門入場門にたどり着く。

「入場券5人分」

「はい、1000円になります」

真澄は競馬場の入場券を5枚分購入して5人にそれぞれ渡し、正面入場門をくぐって競馬場の敷地内に入る。

入場門をくぐってすぐ、パドック(下見所)が見えた。

パドックでは今日のレースで走行する馬が9匹、騎手とともに周回していた。

「ああ!馬っこだ!馬っこいだ!」

「ああ、小夜ちゃん!」

小夜姫はパドックに近づいて馬を見つめた。

パドックはレース直前にレースを走る馬のコンディションを確認する場所である。

スタンドの上からもパドックを見下ろす多くの競馬ファンがいた。

「これがレースを走る馬っこか~まぼいかっこいい~」

「馬って近くで見ると何だか凛々しい…」

「あいやほに!おめさんいつもの女(おなご)ではねぇな!?んなのにその格好…同(おなん)すだで!」

「わっ!?」

パドックの馬を見ていた小夜姫に競馬ファンの中年男が突然横から語り掛けてきた。

「なんだれ?ざきしゃっとしたじゃびっくりしたなぁ!なにすや?」

「いや…たまにこの競馬場さ現れるそれと同(おなん)す和服を着てくる女(おなご)がいるのっしゃ!」

「ええ!?」

(小夜ちゃんと同じ奈良時代の装いをした人物が競馬場に?)

「ほんでやあその女(おなご)さ会うと、その日そのレースで勝つ馬っこを教ぇでけるのっしゃ!」

ほんだってやマジで!?」

「んだ!んでね、その女(おなご)の予想する馬っこば百発百中!外した事なんか無え!」

「んだがらっしゃ、レースの開催日さ競馬場(ここ)さ来てその女(おなご)さ「今日はどの馬っこが勝つのっしゃ?」と聞けば見事に馬単から三連単まで見事に当てて見せてるのっしゃ!」

「あんやほに!おどけでねぇ思った以上の人だじゃ!」

競馬ファンの中年男はさらっとものすごい噂を話した。

「あの…馬単?…三連単?」

「ああおめだづ競馬は初めてか?」

「はい」

「んだば、馬券には9つあってな、まずは“単勝”これはただ1着さなる馬っこを当てるのばし。次に“複勝”1着から3着まで入る馬っこを当てるんだども得られる金(じぇんこ)は少ねぇ。まぁローリスクローリターンだじゃ。続いて騎手の被っている帽子の色で予想する“枠連”、“枠単”。1着2着の馬っこを順に当てる“馬単”順不同の“馬連”。そして1着から3着までを順不同に当てる“三連複”それを順番通りに当てる“三連単”これを予想するのはなんだもねぇとても大変だけんど、ふだたくさん金(じぇんこ)が入ってくるハイリスクハイリターン。大穴、万馬券っつぅやつだじゃ」

「???」

「は、はぁ…」

別の中年男による馬券の説明があったが、真美には異国語の羅列にしか聞こえなかった。

「つまり最も当てんのがわがね難しい三連単っつう馬券を毎回予想して見事に当てて、オラだはその女(おなご)の予想通りの馬券を買って大儲けさせてもらってるわけだじゃ」

「なんという馬券師なんでしょう…」

「もはや人間離れしているのだ…」

「ん…人間離れ…?」

「もすかすっどその女(おなご)も小夜ちゃんと同じ“天女”かも知んねぇぞ」

「その可能性は高いですね!」

「お、オラ以外のだか?」

(さ、小夜ちゃん以外に天女がいる!?もう奥州市は天女だらけだぁぁぁ…)

競馬ファンの中年男の言う「女(おなご)」の正体を推理する。

「今日も来てんのかや?っつう思って声かけたんだけんども、どうやら違う人みてぇだった。ごめんなしてくね」

「あいやほに…」

「胆沢弁かたるとこまで同(おんな)すだじゃ。たまげたじゃ」

「今日は本人は居ねぇみてぇだな」

「んだば、そこの天女に予想してもらうべ」

「へ?オラがレースの予想!?」

「んだ、あの女(おなご)と同(おんな)す天女だべ?今日のあの馬っこのレースの着順位を予想くらい出来るべじゃ?」

競馬ファンの中年男は競馬初心者の小夜姫に無茶な要望をし、パドックの上にある出走馬表に指を指した。

水沢競馬場の出走馬表は手書きである。

デジタル全盛のこの時代にあえてアナログな手書きの出走馬表にしているのもかえって新鮮味があるものである。

出走馬表には右から順に、

「第1競走サラ系3才級1300米」

1ギンノツバサ

2ピンキーコマチ

3グリーンヤマビコ

4ライトニングハヤテ

5マックストキ

6ダッシュハヤブサ

7シロイカガヤキ

8キャッスルアオバ

9キタノハツカリ

とこの後のレースに出馬する馬の名前が並んでいた。


(こ、このおじさん達…仮にも衣の滝の天女である小夜ちゃんを…なんて所に…誘い込む気だ…!)

真美は小夜姫が競馬の世界に引き込まれようとしていることに危機感を感じた。

だが―

「オラの予想だど3と4と6の馬っこだな」

「んで、順番は?」

「6、4、3」

小夜姫はグリーンヤマビコとライトニングハヤテとダッシュハヤブサに翳(さしは)を指して順位を予想した。

「よし!6-4-3三連単で買いだじゃ!オラはこの天女の予想さ賭ける!」

「あ、それだばオラも6-4-3三連単!」

「オラは三連複!」

「馬単!」

小夜姫の予想に集まっていた競馬ファンの中年男達は次々と賭け始めた。

「だども新聞の予想と人気だど1のギンノツバサ、7のシロイカガヤキさなってるじゃ」

「奥六郡賞は本命・ギンノツバサ、対抗・シロイカガヤキ、そして単穴がピンキーコマチと記者は予想してるじゃ」

ある中年男が手にしている競馬新聞には本命・ギンノツバサ、対抗・シロイカガヤキ、単穴(大穴)・ピンキーコマチと予想されており、複穴(連下)にはマックストキとキタノハツカリが名を連ねていた。

小夜姫の予想したグリーンヤマビコとライトニングハヤテとダッシュハヤブサはどの記者も予想を入れていなかった。

「なんだれ、記者の誰も予想してねぇでねか」

「いんや、記者が予想していねぇからこそ勝てると思うのっしゃ」

「だいたい新聞の予想なんてろぐすっぽまともに当てになんね」

「んだば試してみるか?新聞の予想とその天女の予想どっちが当てになるか」

「面白(おもし)ぇ!乗った!」

「乗った!」

水沢第一競走奥六郡賞のレース予想は競馬新聞の1-7-2、小夜姫の6-4-3に分かれた。

「今日はあの女(おなご)はいねぇし頼りさなるのは新聞かおめさんだけだからっしゃ」

「その賭け、ボク達も乗ったのだ!」

「でも私達は高校生ですから、馬券は買えませんよ」

「あっそうだったのだ…」

日本では競馬の馬券は20歳未満、すなわち未成年者の購入は禁止されている。

競馬法28条に「未成年者は勝馬投票券(馬券)の購入および譲り受けができない」とある。

直接馬券を買うことはおろか、当たり馬券を譲り受けることすらもできない。

競馬場に入ることはできても、馬券を買うことはできない。

つまりお酒と煙草と馬券は20歳から、である。

「んだば、おめさんらの分まで上乗せして賭けてきてすけるしてあげる

「ええ!?そんな」

「いがんす。予想してもらったのっしゃ。これ位(ぐれぇ)のお礼さしてけらしぇください

中年男は小夜姫に予想してもらったお礼にと、馬券を買えない5人に代わって張ってくると言った。

「第1レース投票締切り15分前です」

第1競走の締切りを告げる放送が流れる。

「そうと決まればは中さあべ」

「おう!」

「僕たちも場内に行くのだ」

競馬ファンの中年男達に続いて5人が競馬場のスタンドに入ろうとする。

「待ってください。そもそも、未成年がやっちゃいけないギャンブルの場になんでわざわざ入場料払って来たんですか?」

「それはスタンドの中さ入ればわかるじゃ」

「??」


水沢競馬場メインスタンド1階。

馬券のマークシートに記入しようと記帳台に人が集まり、勝馬投票券自動発売機に人が並ぶ。

建物自体は1965年に現在地へ移転して以来、ほとんど手が加えられておらず、レトロな雰囲気を今に残している。

かの東日本大震災でさえ乗り切った。

だが壁一列、膨大な数あった有人の投票窓口は全て閉鎖され、勝馬投票券自動発売機に一本化され、無人化されたメインスタンドは時が止まったような寂れた空気を醸し出していた。

(時間が昭和時代で止まっているぅぅぅぅぅ!?)

「昔は|いぎなり(とっても)賑わっていたんだけんど、今ではすっかりこの様だじゃ」

「でもサービスルームもあっていいと思いますけどね」

1階メインスタンドには水やお茶が飲み放題の休憩所「サービスルーム」がある。

さらには喫茶室もある。

「喫茶ルームもあるんだ。へぇ~」

「では、席に行きましょう」

5人は2階メインスタンドへ通じる階段を昇り、オープン観戦席へ移動した。

そしてオープン観戦席に入った真美の目に入ってきたのは、馬場の真正面、北上川に沿って咲き誇っている桜並木の美しい光景であった。

さらには正面に北上川、右に束稲山、左に早池峰山を望む、北上山地の風光明媚な景色が広がっていた。

その風景に心奪われる真美。

「わあ…」

「真美ちゃん?」

「ああ…とても…きれいな風景ですね」

「ええ、150本を超えるソメイヨシノが植えられていて、奥州市の桜の名所の一つとして水沢競馬場が数えられる所以なのです」

「この後あの桜の下でお花見するのっしゃ」

「ええ!?」

「普段は立ち入り禁止区域なんですけど、毎年桜のシーズンには一般開放されるんです」

「なるほど…」

「この一般席でもお花見できますけどね」

屋外のオープン観戦席のベンチでは既に場内の売店で買ってきたおつまみや助六寿司を競馬新聞の上に広げ、馬場向こうの桜を見ながら酒盛りをしている人がチラホラ散見される。

「お待たせ!買ってきたのだー!」

「岩舘先輩、それは?」

「水沢競馬場名物の一つ、テレトラックのファーストフード「TARPAN」の味付け玉子なのだ!」

真澄が手に持っているのは競馬場にあるファーストフード店(と名乗っている売店)「TARPAN」で売られている3個入りの味付け玉子5個だった。

これを買うために真澄は4人から離れていたのだった。

「味付け玉子ぉ!?」

「なんだら美味えそうだじゃ」

「では、桜と馬がよく見えるあの辺に座りましょうか」

5人はオープン観戦席のベンチに座った。

水沢競馬場の観戦席は屋外のオープン席、屋内の一般席と指定席に分かれている。

屋外は1階と2階がシャッターで仕切ることのできる広々と確保された眺めの良い自由席のベンチであるが、屋外であるため悪天候に弱いことや寒さ暑さ対策をしっかりしないといけないのが難点である。

3階の屋内はガラス越しに設置され、悪天候でも寒い時暑い時でも快適に観戦することができる。

さらに3階には1000円支払えばソフトドリンクサービスが付いてくる指定席もあり、冷暖房も完備。

ワンランク上の快適な観戦が楽しめる。

かつては4階にロイヤルボックス、VIPルームがあったが、利用者の低迷と3.11で被害が大きかったこともあり、維持費がかかることから現在は4階全体が閉鎖されている。

「うんめぇ~」

「意外とおいしい!」

「でしょう?他のゆで卵とは違うんですよ」

5人はオープン席でTARPANの味付け玉子を口にしていた。

「先輩がなんで競馬場に私たちを連れてきたかわかった気がします」

「!」

「この景色、この眺め、私が奥州市に引越してすぐに見た見分森の展望台からの奥州市の絶景を見た時の感動と同じものを感じました!」

「んだえ!?見分森から見たあの眺めと同じく、奥州市をおらほ自分たちの街がよく眺められる場所、それが水沢競馬場なのっしゃ!」

「見分森(あっち)は胆沢平野と焼石連邦、競馬場(こっち)は北上川と北上山地と見えるものが違うけんども、どっちゃしたって奥州市がきれいに見れる場所には変わんねぇ」

「私、水沢競馬場来てよかったです!」

「水沢競馬場がただのギャンブルの場ではないことがわかったでしょう?」

「未成年でも入場料払ってでも来る価値のある場所、それが水沢競馬場なのだ!」

「お、TARPANの味付け玉子買ってきただか?」

真美がオープン席から見る北上川の風景に感動したことが、見分森展望台から奥州市を眺めた時に感じたものと同じ事に感動した。

そこへ先ほどの競馬ファンの中年男達が5人の近くにやってきた。

「ほれ、賭けてきた」

中年男達が出した馬券には、


水沢1レース

奥六郡賞

三連単

6-4-3 20000円

1-7-2 1000円

合計 2100枚 21000円


と記されていた。

「ちょっ…こんなに…いいんですか?」

「ちゃっかりギンノツバサにも賭けてるし…」

「言ったべ、おめさんを信じると」

「おめさんさのお礼込みだ」

「おんちゃんだづ…」


パドックから本馬場に9頭の競走馬が入場し、本馬場1300メートルのスタート位置に設置されたゲートの後方に移動し、輪乗りする。

「まもなく第1レースの投票を締め切ります」

「お!はじまるど!」

「見らい、これから始まる大レースだじゃ」

第1競走の投票が締め切られ、レースの出走が告げられた。

この輪乗りを以てレースの投票は締め切られ、集計に入る。

ここで賭け率(オッズ)が発表される。

スターターが昇降機に乗り、手に持っていた赤い手旗を振ると、ファンファーレが本馬場に鳴り響く。

その合図を受け、黄旗を上げる発走委員。

それによって1から9までの競走馬がゲート入りした。

競走馬を各ゲートに誘導し、ゲートに並ばせた整馬係がゲートの下をくぐって内馬場に退避するとレースの用意が整った。

―ごくり…―

5人と競馬ファンの中年男達はレースを固唾を飲んで見守る。

―ガシャン―

水沢第1レース・奥六郡賞が発走した。

ゲートが一斉に開き、9頭の競走馬が一斉に駆け出した。

マックストキとキタノハツカリが引き離して飛ばした。

だが第1コーナーでピンキーコマチに追い抜かれ、第2コーナーでグリーンヤマビコ、ライトニングハヤテ、ダッシュハヤブサが追い抜いた。

向こう正面の直線ではダッシュハヤブサがごぼう抜きし、グリーンヤマビコ、ピンキーコマチ、ライトニングハヤテがそれに続く。

だが第3コーナーでピンキーコマチは大きく後退し、最終コーナーでライトニングハヤテが一気に抜いた。

最後の直線でダッシュハヤブサとライトニングハヤテのデッドヒートとなり、グリーンヤマビコがかすかにそれに続き、追い込みをかける。

「行け―!」

「逃げ切れー!」

「離せ―!」

「そこだー!」

オープン席から多数の観客が声援と野次を送る。

5人もたまらず声援を送る。

「行っけー!」

そしてゴール前の叩き合いを制し、ダッシュハヤブサ・ライトニングハヤテ・グリーンヤマビコ・マックストキ・キャッスルアオバ・キタノハツカリ・ピンキーコマチ・シロイカガヤキ・ギンノツバサの順でゴールインした。

「やったー!!」

「万馬券キター!!」

「大穴当てたど!!」

到達順位は6・4・3。

小夜姫の予想が見事に的中した。

あまりの喜びように抱き合う小夜姫と真美と瑞希。

「よぐやった!やっぱす思った通りだじゃ!おめさんはこの競馬場の天女…いや、女神様だじゃ!!」

「んだ!思わずおだずいはしゃいだけんども、やっぱおめさんはおどげでねぇすごいす!!」

「いよっ!水沢競馬場さ降り立った競馬の女神様!!」

「女神様ー!!」

見事三連単を予想させたことで、小夜姫の予想に賭けていた競馬ファンの中年男達は小夜姫に賞賛の言葉を浴びせる。

これにより小夜姫は水沢競馬場の天女から女神にランクアップした。

「じゃじゃじゃ…」

「あはは…」

「んだば女神様さお供え…いやお礼すねばわがねいけないな」

「え?お礼?」


スタンドを出た外の南広場、プレハブ小屋に水沢競馬場の名物グルメの店はある。

右から水沢食堂、水沢食堂支店、多賀町食堂、丸大食堂と並ぶ。

小夜姫の前にどんっと積み重なるように大量の名物料理、ホルモン煮・焼きおにぎり・ジャンボ焼き鳥が競馬ファンの中年男達より差し出される。

「じゃじゃじゃ…!」

「お礼は水沢食堂の名物のホルモン煮とジャンボ焼き鳥と焼ぎめしだ」

あがいん食べなさい

「まんずまんず、ありがとあんす!」

「買い出しに行く手間が省けましたね」

「へ?」

「これからあの桜並木の下へ行くのだ!」

「ええ?」

えぇすたがすいません、ライス一人前けらしぇください

「あいよ」

瑞希は一人だけライスを注文した。

(ここの食堂メニューが昭和すぎる…)

真美は水沢食堂のメニューを見て驚いた。

水沢食堂のメニューには「すいとん」・「ぬるめのラーメン」・「サバの味噌煮」と普通の大衆食堂では見かけないメニューが軒先にびっしりと貼ってあった。

いずれもここでしか食べられない名物料理だ。


5人は競馬場の正面入場門を出て北の駐車場に向かった。

そこには花見会場への案内板が立てられていた。

水沢競馬場ではこの時期に普段は一般人立入禁止区域である走路向正面の桜並木が一般開放される。

競馬場のスタンドからだけではなく、桜の木の下まで来て花見ができるのだ。

150本のソメイヨシノは満開に咲き誇っていた。

「わぁ…素敵…さっきベンチから見た桜並木の下まで来れるなんて…」

「それだけじゃないですよ。ここのお花見には…」

「すみませーんここでーす」

「焼肉が食えんのっしゃ!」

「ええっ!?」

焼肉の炭火と焼台が5人のもとに運ばれてくる。

水沢競馬場の花見では焼肉セットが販売され、焼肉を楽しみながら花見を楽しむことができる。

焼台に火が灯され、肉を焼き始める5人。

「焼肉をしながら花見って珍しいですよね」

「他の花見だと火器の使用が禁止されていてできないところが多いですからね」

ブルーシートを広げ、そこに先ほどもらったホルモン煮込み・ジャンボ焼き鳥・焼きおにぎりを広げ、焼肉とともに食べ始める。

「いただきまーす!」

―パク―

5人が水沢競馬場名物ホルモン煮込み、ジャンボ焼き鳥、焼きおにぎり、焼肉と次々に口にする。

「じゃじゃじゃー!!なんだら美味ぇじゃあ!うめすげるじゃあ!!」

「もつとこんにゃくとねぎというシンプルな具材、それに水沢食堂秘伝のたれとスープが味を染みこませてこれまたあっさり、されどボリューミー!!」

「奥州市で生まれ育った小山鶏を15分かけて焼き上げたパリパリでピリピリ。高級料理店で使用する調味料を使っているから味も量も妥協していないのだー!!」

「本当ですね。この焼きおにぎりも味噌が、東京のと違う」

「味噌も水沢食堂秘伝の配合なのだ」

「こっちでは焼きめしっつぅのっしゃ」

「なるほど…って瑞希ちゃん?」

4人が食べ物を口にしてその味にオーバーリアクションを見せていたが、瑞希だけは違っていた。

瑞希は食堂で買ったライスの上にホルモン煮込みを乗せてもつライスにして口にほおばった。

―ガツガツ…―

あおらあらまぁ瑞希ちゃん?あんや、珍すこど、お友達と一緒かや?」

「おばちゃん!」

「?」

もつライスを食べていた瑞希に声をかけたのは水沢食堂の桜並木の出店で働く老婆だった。

「ここのおばちゃん。昔から通ってんのっしゃ」

「もう生まれてからの付き合いだじゃ」

「私たちも顔覚えられましたけどね」

「こんにちは。同級生の安藤真美です」

「小夜…大衡小夜でがんす」

「ホルモン煮込みとてもおいしかったです!」

「あんやほに、元気そうな女(おなご)だごど」

「瑞希ちゃんとお知り合いですか?」

「知り合うも何も、瑞希ちゃんのばんつぁまばあちゃんは水沢食堂(オラエ)の従業員だったのっしゃ」

「……」

「えええ!?」

「本当の事だで」

衝撃の事実を話す老婆。

老婆の回想が入る

「まだこの水沢競馬場が市民の娯楽の殿堂だった頃、瑞希ちゃんのばんつぁまは水沢食堂(オラエ)で接客をやっていたのっしゃ。そこさ客として毎週通っていたのが瑞希ちゃんのずさまじいちゃんとなる人だったのっしゃ。レースが当たって儲けた時には勝カレーとぬるめのラーメンを奮発して食って、んで負けだ時にはぶすらぶすらムカムカってでおままご飯さホルモン煮込みまけでかけてジャンボ焼き鳥と一緒に口(くっち)ゃ突っ込んで酒で押し込んでたっつぅわかりやすいがすまげ食いしん坊だったのっしゃ」

水沢競馬場が活気を持っていた1970年代。

水沢食堂でホルモン煮込みをライスにかけて口にする瑞希祖父。

それに声をかける瑞希祖母。

「今日は負けたのすか?」

しぇずねうるさい。ここのホルモン煮込み食って今日のレース全部いただくじゃ!」

そうすらいそうしなさいそうすらいそうしなさい

「やがて毎週のように顔を合わせて言葉を交わすうちにずさまの方からプロポーズされて―」

「次のレースで勝ったら、結婚指輪買ってすけるあげるから結婚してけらしぇください!」

「―したっけそうしたらそのレースで万馬券当てちまって本当に結婚する事さなって、オラと社長さ必死に頭下げさきたの今でも覚(おべ)でる」

「ロマンチック~」

「んだどもその後ずさまは破産(かまどけぇ)しつまったんだけんど、何とか立ち直って…それでも水沢食堂(ここ)の味は忘れられねくて、馬券は買ねぐなったけんども、ここ来たささ水沢競馬場さその後も夫婦と子供(わらす)と孫の瑞希ちゃんと何回も足を運んでホルモン煮込みをかせだ食べさせたものだ」

「なるほど、それで瑞希ちゃんはあんな食べ方を」

「んだ、瑞希ちゃんはちゃっけぇ小さい頃はなきびちょ泣き虫でやぁ、今かだっだ言ったみでぇによくずさまにちぇで連れてこられでな、泣き止ますためにホルモン煮込みをかせだっけ食べさせたら食いすぎてはらぴり腹痛起こしていたっけ」

「瑞希ちゃんにもそんな頃があったんだ」

「もうやめでけらしぇ!おしょす恥ずかしいで!」

瑞希が老婆の回想を止めに入る。

「わりぃわりぃ。ごめんなして、もうかたんね言わない

老婆は出店の方へ去っていった。

「でもおじいちゃんに連れてこられてきていたからこそその食べ方覚えたんでしょ?」

「んだ、こうして食うとは安心する…」

「おじいちゃんから受け継いだ思い出の味なんだね」

「物心ついた時からかせ食わせられて、いつの間(め)にか|やっしゃしねぇ(やるせない)時には一人でもここの食堂さ来るようになって、ホルモン煮込みをライスさまけたかけた食い方して、それであの食堂のおばちゃんおんちゃんたづとは顔見知りさなったのっしゃ」

「そうだったんだね、瑞希ちゃん。でもこれが瑞希ちゃんの元気の源じゃん!よく見つけたね」

「ずさまの食い方をまねっこすてだだけだ」

真美と瑞希が瑞希の思い出話に華を咲かせていると、小夜姫は大量にあったホルモン煮込み・ジャンボ焼き鳥・焼きおにぎりを完食してしまった。

「おんや食ったでー!腹いっぺだったじゃ!ごっつぉさんでがした!」

「ええ!?いつの間に!?」

(あれだけの量をこの間に全部…!?)

真美は小夜姫の大食いぶりに驚き、引いてしまった。

(えさし藤原の郷のスイーツバイキングの時といい小夜ちゃんは食べるのが早すぎるよ…)

「それさすでも水沢競馬場(ここ)の桜って本当に綺麗だじゃ」

小夜姫は桜の木に近づき、桜の木の枝の花を手に取り見つめる。

「!!」

「小夜ちゃん!」

「?」

「どこか桜並木の木の下さ立ってけれしぇ!」

「こ…こうだか…?」

小夜姫はみなに言われるがまま、翳(さしは)を手にポーズを取って桜並木に佇んだ。

「おお!」

らずねもぇくとんでもなくきれいだじゃ!」

「本当に天女…いや、女神様の絵なのだ」

「桜の風景と小夜ちゃんって本当にびっくりするくらい似合うよ」

ほんだってやあ本当に?」

「きれい…」

真美は小夜姫の筒衣(つつぎぬ)の衣(ころも)、領巾(ひれ)、背子(はいし)、羽衣(はごろも)、褶(したも)に裙(も)を巻き、翳(さしは)を持った、栗毛色の長髪を半分を頭の頂に輪のような髻(もとどり)を二つ結って髻花(うず)を付けた髪型の天平装束が水沢競馬場の桜並木に馴染んでいる様子に心奪われていた。

―ドドドド―

内馬場から轟音が響く。

水沢第2競走のレースが始まったのだ。

駆け抜ける馬の轟音と風が桜の花々を散らし、小夜姫の領巾と羽衣を揺らしていく。

「次のレースが始まったみてだな」

「おーい!ここさいたかー!」

「その声は!?」

そこへ先ほどの競馬ファンの中年男達がやってきた。

「オラだもここで桜見てから帰んべ、と思っていたのっしゃ」

「おんちゃんだづも?」

中年男達は5人の近くにレジャーシートを敷き、ホルモン煮込みをつまみに缶ビールを開け乾杯いした。

つられて5人もソフトドリンクで乾杯する。

「乾杯!」

「乾杯!」

「いがすべ?水沢競馬場の桜も」

「はい!焼肉も食べれて料理も美味しくて他では味わえない花見に感動しています!」

「それはいがった」

「ところでや、女神様に今日の最終レースまで予想してけねべくれないか?」

「へ?」

「おめさんがいれば今日の残りのレースまとめていただくことができんのっしゃ!」

「ええ!?」

「残りのレースもらったじゃ!」

(ちょっとぉぉぉぉぉ!?何考えているのこのおじさん達?)

「お礼にはまたホルモン煮込みだりジャンボ焼き鳥だり好きなだけかせでけっ食べさせてあげるから!」

「ほんだってやあ!?んだばオラ協力するで!」

(ちょっとぉぉぉぉぉ!?あっさり買収されすぎ!)

小夜姫は水沢競馬場名物に買収され、最終レースまでの予想を受け持つこととなった。

「あの…うちの小夜ちゃんをお借りしたければ、今日この後のレースでボクたちに代わって小夜ちゃんに予想してもらった組み合わせで今年度の史学部の部費を倍に…」

「ダーメ!!!」

真澄は小夜姫を貸し出す条件として、中年男達に史学部の新年度の部費を競馬で増やしてもらおうと交渉を持ちかけたが全力で真美・義香・瑞希に止められた。

そりゃそうである。

立派な競馬法違反であるしましてや学校の金である。

それをギャンブルで増やすなど言語道断である。


場所変わって江刺区の米里地区にある兼業農家の家。

ここにある青年が帰ってくると、玄関の先には小夜姫と同じ筒袖の衣に領巾・背子・裳裾の天平装束を着た女性が青年を出迎えた。

「たでぇま~」

「あんや、お帰(けぇ)り。なんだで、いつににねく機嫌いがすいいな?」

「じつはっしゃ、水沢競馬場さおめぇさ代わる女神様が降臨したのっしゃ」

「はあ!?」

「ちょうどおめみでな格好しててや、馬っこ次から次へと当ててもう万馬券出まくりだで!おかげでこんたに儲けさせてけだのは生まれて初めてだじゃ!」

「!?ちょっとその女神様っつぅのは、こんたな顔と髪型と服してねがったか!?」

女性は一度居間にスマートフォンを取りに戻ると、スマートフォンにえさし藤原の郷で撮影され、SNSで拡散された際の小夜姫の画像を青年に見せた。

「ああ、間違ぇねぇ!この女(おなご)だ!」

「んだば競馬仲間さ今すぐ連絡とってその女(おなご)の事教えてもらってけらいん!オラはその女(おなご)さ話があるのっしゃ!」

「わがったからわがったから離せっつの!」

女性は青年に小夜姫について競馬仲間から小夜姫の話を聞き出すよう服を掴んで揺らして懇願した。

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