平泉

2016年の年末、大晦日の岩手県奥州市。

大衡家では年越しのオードブルがお重に詰められ、大衡透とその妻えみ子が炬燵に入りながら年越しそばとともに囲っていた。

片や安藤家では真美の父と伯父と祖父母が揃って紅白歌合戦を見ながら年越しのごちそうである焼肉と年越しそばを食べていた。


一方その頃、真美・瑞希・小夜姫・義香・真澄の奥州高校史学部のメンバーは江刺高校の歴史研究会の沼里愛梨を加えて前沢区にある“舞鶴の湯”に居た。

前沢温泉舞鶴の湯では大晦日から元日にかけてのオールナイト営業が行われている。

そのオールナイト営業で年を越すべく6人はやってきた。

大衡小夜こと小夜姫は大広間休憩室のテレビで“紅白歌合戦”をテレビの画面の前でじっと見入っていた。

現代文明の最たるものであるテレビが非常に珍しいのだ。

大衡家に来てから小夜姫がテレビを見ない日はない。

テレビを見て現代の知識を吸収するのが小夜姫の日課なのだ。

テレビの紅白歌合戦では千昌夫の「北国の春」が歌われていた。

北国の春を熱唱する千昌夫に見入る小夜姫。

「千昌夫さんありがとうございました~!さて同じく岩手県歌手による対決!続いては紅組から、大沢桃子さんによります、“みちのく平泉”です!」

紅白歌合戦の歌い手が大沢桃子にバトンタッチし、持ち歌の「みちのく平泉」が歌われる。

「きた!平泉!」

「待ってました!」

小夜姫とテレビを見ていた入浴客が大沢桃子の歌唱が始まると合の手を入れ始めた。


小夜姫が紅白歌合戦に釘付けになっている頃、真美・瑞希・義香・真澄・愛梨の5人は舞鶴の湯の湯船に浸かっていた。

「はぁ~寒い日の温泉はやっぱり最高~」

「ここ前沢温泉舞鶴の湯はお肌が本当にスベスベになる成分を含んだお湯ですからね」

「何よりここの醍醐味ば展望風呂っつって、お風呂さ入りながら束稲山や北上川を望めるのっしゃ」

「んだども今は夜だで。何にも見えねぇけんどな」

「明るいうちに来たかったのだー」

「ここ舞鶴の湯ばお隣平泉さ近えとこさあんのっしゃ。んだがら平泉さ初詣さ行く人達が時間つぶすために利用すんのっしゃ」

「そのためのオールナイト営業なのっしゃ」

「本当に目と鼻の先ですからね、平泉」

「絶妙な場所なのだ~」

「ふ~ん…」

「小夜ちゃんも入ればいがったのに」

「小夜ちゃんば今紅白歌合戦さ夢中になってるで。現代の歌っこがとっても珍すからな」


5人は大浴場から上がると、手慣れた手つきで正月の和服の晴れ着を着付けた。

「す、すごい~!」

「平安装束の着付けをやっていれば自ずと身につきますよ」

「真美ちゃんはかなり重装備なのだ」

「せっかくの正月なのに」

「わ、私こっちの冬初めてだし、ずっと屋外と聞いていたから…」

和服の4人に対して、真美はファーの黒いロシア帽とフェルト生地のフリースとライトダウンジャケットの二重の防寒対策だった。

下は厚地の長袖Tシャツに暖パンとヒートテックの素材のシャツにタイツだ。

大広間、休憩所の小夜姫のテーブルに戻ってきた。

「上がったよー」

「おお待ってたえ。大沢桃子いがったぁ~」

「私たちも平泉に行く前に何か頼みましょうか」

「んだな。前沢だば前沢牛の牛丼なんてなんじょだべ?」

「前沢牛?聞いたことあるな」

「なにいってんのっしゃ!岩手が世界さ誇る超一級の和牛肉、それが前沢牛だで!」

「ええ!?その前沢牛!?」

「んだ」

真澄は食堂の券売機に足を運び、全員分の前沢牛牛丼の食券を購入して食堂の受付に出す。

しばらくして前沢牛牛丼6人分が運ばれてくる。

「いただきまーす!」

6人はそれぞれ牛丼を口にする。

「こ、これが前沢牛っ…!?口どけふんわり、でもってジューシーで口の中に広がる旨みっ…!とろっとろに染み込んでいきやがるっ…!」

真美は前沢牛のあまりのうまさにいつもは口にしない言葉を口にしてしまった。

「あんやほにっ…!牛肉とめしがこんたに合うだなんてっ…!牛丼つぅものは本当に旨ぇもんだじゃ~!」

「これ考えた人ば天才だで~!」

小夜姫は初めて口にする牛丼の味をかみしめながら感動を覚えた。


紅白歌合戦も終わった深夜23:59-

「5.4.3.2.1…-」

「あけましておめでとー!!」

日付が変わって2016年から2017年となった。

舞鶴の湯の館内は新年を祝う人達の歓喜に包まれた。

互いに新年の挨拶を交わす者達。

「あけましておめでとうございます。2017年になりました。舞鶴の湯は27時まで営業いたします。本年も当館をよろしくおねがいします」

「んだばおら行く前に湯っこさ入ってくるで」

「あいよ」

小夜姫は新年の一番風呂に浸かるべく大浴場に向かった。

同じく年をあけての一番風呂に入ろうと老若男女がそれぞれ女湯男湯を目指す。

「ふぅ~こんたにいい風呂ば久しぶりだで~」

小夜姫は美肌の湯である舞鶴の湯の湯船を楽しんでいた。


「よーし行くのだー!」

「おー!!」

「お゛ー…」

6人は雪が舞い散る元日の夜の前沢区に出た。

真美だけが岩手の厳しい冬の寒さにガクガクと震えていた。

(……)

「この時のためにタクシーチャーターしておきました」

6人の前に東磐交通のタクシーが2台到着した。

それぞれの車に3人に分かれて乗り込む6人。

「毛越寺までお願いします」

「はい」

タクシー2台は前沢温泉舞鶴の湯を出発した。

「今の時間帯は毛越寺へは国道4号線と旧4号の方は渋滞して進めないので裏道使いますね」

「わかりました」

タクシーの運転手は地元のタクシードライバーだからこそ知り得る裏道にハンドルを切った。

急峻な前沢区と衣川区の境を下り、東北自動車道に沿って衣川を渡り、暗い山の中に分け入った。

途中には「衣川柵跡」と「衣関跡」と「長者が原廃寺跡」があったが、真美の目には暗すぎてなにも見えなかった。


暗い平泉の山中、その大昔"衣関"があった場所を通り抜けると、毛越寺の山門にたどり着いた。

「着きました」

「ありがとうございます。これ、タクシーチケットで」

真澄と義香は運転手にタクシーチケットを渡してタクシー代の精算を済ますと、全員をタクシーから降ろして毛越寺の山門の前に立った。

毛越寺の山門には入園しようとしている拝観者の列ができていた。

「すっご…」

「ここが毛越寺、奥州藤原氏の2代目基衡が建立したっつぅ寺院だ」

「この山門は元々伊達藩の支藩一関藩の一関城の大手門だったのっしゃ」

毛越寺は元日に限り拝観料が無料になるので、平泉町はもちろん岩手県と隣接する宮城県各地から初詣客が押し寄せる。

列に並んで入り口をくぐると、そこには現世とは思えない光景が広がっていた。

平安様式の建築である毛越寺本堂に向かう6人。

本堂には本尊の薬師如来と日光・月光両菩薩が開帳されており、6人は賽銭を投げ入れて合掌した。

(今年こそこの岩手県で人生をやり直せますように…)

(今年も真美ちゃんをはじめみんなといられますように…)

(今年も奥州高校史学部の部活動がうまくいきますように)

(今年もいろんな場所へみんなと行けますように)

(今年もえさし藤原の郷のインターンが無事に進みますように)

それぞれの願い事を薬師如来に祈願する6人。

だが、小夜姫だけは違った。

小夜姫が合掌した瞬間―

(小夜姫…小夜姫よ……)

「?」

(オン呼魯呼魯コロコロ旋荼利摩登枳センダリマトウギ薩婆訶ソワカ…我は薬師如来也…古よりこの地を見守り続けてきた仏である)

「!?」

毛越寺の本尊の薬師如来が小夜姫に語り掛けてきたのだった。

(小夜姫よ、お主は何のために衣の滝より降りてきたのだ?街へ出てきた目的を忘れたわけではあるまい?)

「!??」

思わず語り掛けてきた薬師如来に小夜姫は言葉もなかった。

(思い出すのだ!お主が衣の滝より降り立った理由を!)

薬師如来は後光を放つと小夜姫を包み込むように薬師如来大咒を唱えた。

(南無ノウモ簿伽伐帝バギャバテイ鞞殺社バイセイジャ寠嚕クロ薛瑠璃ベイルリヤ盋刺婆ハラバ喝囉闍也アラジャヤ怛他掲多耶タタギャタヤ阿囉詞諦アラカテイ三藐三菩提耶サンミャクサンボダヤ恨姪他タニヤタオン鞞殺逝バイセイゼイ鞞殺逝バイセイゼイ鞞殺社バイセイジャ三曼掲帝サンボリギャテイ薩婆訶ソワカ…!)

「う…うわぁあああ…!?……はっ…!?」

小夜姫は夢から覚めたかのように気が付いた。

気が付くと本尊の薬師如来は元に戻っていた。

「おーい!あばい行こうや~!」

「あ、待ってけらい!」

5人は本堂から離れ、南大門跡に行っていた。

小夜姫が本堂から追いかける。


毛越寺南大門跡より浄土庭園を眺める6人。

浄土庭園は元日の夜限定でライトアップされ、ますます非21世紀の空間を作り出していた。

「すごい…」

「東方極楽浄土、仏様の世界を地上に再現したっつぅ浄土庭園」

「1000年前から変わってねぇな、この浄土庭園ば」

(今って平安時代だっけ?平成だっけ?)

「元日の夜にしか見れねぇ光景だで。なんだれ綺麗だで…」

「んだから元日の夜にここさ皆であばい行こうって言ったのっしゃ」

「そうか…すっごく美しいよ、この庭園」

6人は大泉が池を眺めながら開山堂に向けて歩いて行った。

開山堂でもお参りをする。

「ここの菖蒲は6月になると見頃で、梅雨の時期には“あやめ祭り”が開かれるんです」

「へぇ~」

花菖蒲園を歩きながら義香が説明する。

その後も嘉祥寺跡、講堂跡、金堂円隆寺跡と巡る。

「毛越寺って広いんですね?」

「かつてはかの源頼朝に“吾朝無双”と謳われたほどの大規模な伽藍が立ち並ぶ広大な寺院だったんですが、度重なる戦火や野火で荒廃して、伊達藩の庇護を受ける頃には土壇と礎石しか残らなくなっていたほど荒廃してしまったんです」

「ええ!?」

「毛越寺のさっきの本堂は平成元年の建立だで」

「そーだったの!?」

「当時の面影を残すのはこの浄土庭園だけなのだ」

「そんな…」

6人は鑓水にたどり着く。

「あ、ここが“鑓水”だじゃ」

「鑓水?」

「5月にここで“曲水の宴”が催されるんです」

「曲水の宴?」

「平安時代の宴で、この庭園に平安時代の装束を身にまとった現代の歌人達がこの鑓水の水辺に座って、水に浮かべた盃が手元に流れてくるまで和歌を詠むんです」

「毛越寺の鑓水ば京都の庭園を一部再現してっから再現可能なのっしゃ」

「私たちもいつか十二単か小袿を着て、衣冠か狩衣をまとった男子と和歌を詠みたい~」

「本当にそうなのだ~」

「へ、へぇ…」

(浸かっていた!既に…1000年もの昔の文化に…!本気で思っているんだ…平泉は本当は…平安時代なんだと…)

想いに浸る真澄と義香を呆れた様子で反応する真美。

6人は鑓水を越え常行堂に入った。

「ここ常行堂は江戸時代になってから建てられた毛越寺の中でも比較的新しい建物なんです」

「今月20日には毛越寺二十日夜祭、延年の舞が披露されるのっしゃ」

「なるほど…」

常行堂を後にした6人は大泉が池の水辺を歩き、州浜を経て池中立石、芭蕉句碑を過ぎて南大門跡に戻ってきた。

「ふぅ~何度見でも幻想的な雰囲気だじゃ~」

「ライトアップされてるから余計な~」

「これが浄土庭園かぁ…仏様の世界…はっ…」

(私が東京で受けた心の傷を、仏様は癒してくれるんだろうか…?薬師如来は治癒を司る仏様だって案内板に書いてあったし)

「さて、んだば次の中尊寺さあべ行こう!」

「中尊寺?」

6人は浄土庭園と本堂を後にし、山門から毛越寺を出た。

義香が東磐交通タクシーを2台拾い、それに乗って毛越寺から中尊寺へ向かった。

「あれ?ここにも浄土庭園が?」

「あああれは観自在王院跡だ。観自在王院っつぅ寺院があったんだけんど、毛越寺や中尊寺と違って復元されねくて、浄土庭園だけが元のまま残っているのっしゃ」

「そ、そうなんだ…」

(浄土庭園だけは元のまま、か…)

瑞希は真美がタクシーの車窓から観自在王院の浄土庭園がチラッと見えたので観自在王院について説明した。

タクシーはその観自在王院の脇の道に入り、悠久の湯平泉温泉、平泉文化遺産センターの前を通り、丑三つ時の金鶏山の麓の裏道を通り抜け、旧国道4号である県道300号に一旦出ると中尊寺の入り口、月見坂に着いた。


関山・中尊寺の入り口、月見坂の前に立つ6人。

月見坂には参拝客が吸い込まれていくように登っていく。

「ここが中尊寺さの入り口、月見坂だど」

「この坂を登っていくの~!?」

「んだ」

「確かに急な坂だけんども歩いていけばすぐだど」

「現在午前3時、あと3時間で金色堂は閉まってしまいます。福銭の配布もありますし、まずは本堂を目指しましょう!」

「おうっ!」

「ほ、本堂?」

6人は参拝客に交じって中尊寺本堂を目指して月見坂を登り始める。

(き…きつい…みんなあんなひょいひょい登っていけるなぁ…)

急峻な月見坂を5人は慣れているようにどんどん歩いていくが、真美だけは歩き慣れていないのか5人に後れを取ってしまう。

やがて中尊寺本堂前で合流する5人と真美。

「おまだぜ~ぜぇ~ぜぇ~」

真美の息はあがっていた。

「遅ぇじゃ~真美ちゃん」

「大丈夫かや?」

「な…なんとか…はぁはぁ…みんな月見坂登るの早いんだね?」

「このぐれぇの坂なんともねがんす」

「さぁまずは中尊寺の本堂にお参りしましょう!」

義香に連れられて中尊寺本堂に入る6人。

「どうぞ」

本堂の脇に立っていた僧侶より「福銭」の入った「宝餅」を授与される6人。

「ご縁があるといって五円玉。この5円玉を種銭に福を呼ぶんですよ」

「ふぅん…」

義香が福銭について説明すると6人は中尊寺の本堂に進んだ。

本尊釈迦如来の安置されている中尊寺本堂に6人は並ぶ。

賽銭箱の前に来ると、賽銭箱には「東日本大震災義援金募金箱」が置いてあった。

(あっ…東日本大震災…)

「毎年中尊寺ではかの3.11の犠牲者の供養をおこなっているのっしゃ」

「現在でも義援金ばお賽銭とは別に集めて今の被災地さ届けているのっしゃ」

「中尊寺は天台宗の東北総本山、会社で言えば東北総支社としての義務がありますからね」

「なるほど…」

(感心しちゃうな)

瑞希と愛梨と義香の説明を聞いた真美は賽銭箱に5円、義援金箱に100円投入した。

(私にできる支援はこれが精いっぱいだけど…)

5人も真美に続いて賽銭箱と義援金箱にそれぞれお金を投入する。

(今年こそこの岩手県で人生をやり直せますように…)

(今年も真美ちゃんをはじめみんなといられますように…)

(今年も奥州高校史学部の部活動がうまくいきますように)

(今年もいろんな場所へみんなと行けますように)

(今年もえさし藤原の郷のインターンが無事に進みますように)

(今年こそ人間界でいろんな事を体験できますように)

6人はそれぞれの願いを本尊釈迦如来に祈願した。

釈迦如来への祈願が終わり、本堂をの前から離れると、本堂の敷地内では甘酒がふるまわれていた。

ふるまわれている甘酒をいただく6人。

「はぁ~ほどった~」

「やっぱすこんたな時には甘酒だじゃ~」

「あ゛~甘酒最高~」

「じゃじゃじゃ~甘酒っちゅうのはこんたに甘ぇくてうめぇもんだか!本当にほどるで~」

小夜姫は初めて飲む甘酒の味に感動していた。

「それにしても中尊寺のこの混み様、すごいね」

真美が中尊寺境内の人の多さに驚く。

中尊寺は毎年10万人は正月3が日に訪れる。

「中尊寺は岩手はおろか、東北地方でも歴史と伝統と格式のある超有名なお寺だで。元朝参りには東北地方各地から人っがふだたくさん来るのっしゃ」

「その中尊寺になぜこんなに人が来るのかその最大の理由を見に行きましょう」

「最大の理由?」

「あと2時間で拝観無料時間が終わってしまうのだ!」

「行きましょう!」

6人は中尊寺本堂を後にし、金色堂に向かった。


関山・中尊寺金色堂。

通常金色堂は拝観料を徴収されるのだが、元日の夜の0:00から6:00までは無料開放され、無料で拝観できる。

そのため我先にと金色堂には日付が変わった瞬間から人が並ぶ。

中尊寺はおろか今や岩手全体の象徴ともなった建物の入り口に6人は並んでいた。

「真美ちゃんと小夜ちゃんば金色堂見るの初めてだか?」

「んだ」

「教科書やテレビとかで見たりしたことはあるけど本物を見るのが今回が初めて。ていうか結構並んでるね?」

「元朝参りだけ銭んこ拝観料取られねぇのす。んだからっしゃ無料開放されているこの時間帯さ金色堂拝むべっつぅ人が集まんのっしゃ」

「一年の計は元旦にあり、つぅからっしゃ、金色堂さ元朝参りすればは今年一年は無事に過ごせると言われんのっしゃ」

「なるほど…」

行列は進み、6人は金色堂を覆う覆堂をまたぎ、金色堂と対面した。

「わぁぁぁぁ……」

初めて本物の金色堂を見る真美と小夜はその荘厳さに言葉を失った。

金色堂は隅から隅まで金箔で金色に塗り固められており、螺鈿・象牙・宝石がちりばめられた3つの須弥壇に阿弥陀如来三尊・地蔵菩薩・二天像が眩い光を放ちながら配置され、西方極楽浄土が再現されていた。

まさにこの世のものとは思えない建築物を目の当たりにし、真美と小夜姫はただ手を合わせるしかなかった。

金色堂を参拝し覆堂から出てきた6人。

「なんじょだった?金色堂は?」

どでんしたでとっても驚いたよ!中尊寺っつぅお寺があんのは知っていたけんども、金色堂があんたにらずもねぇとんでもない建物だっただなんては…」

「そうだよね!?全体が金色でさ、あんなに光り輝いている建物だったなんて知らなかったよ。本物見てすごさに圧倒されちゃった。言葉も出ないって感じ、かな?」

真美と小夜姫が金色堂の感想を語る。

「来ていがったべ?」

「うん!」

「中尊寺に来たのだからお守り買っていくのだ」

真澄は中尊寺の大日堂・峯薬師堂・弁慶堂にある札所に立ち寄った。

札所には「強運龍昇守」や「目のお守り」・「目の絵馬」・「義経勝守」・「弁慶力守」・「蔵王権現開運厄除守」・「大日如来守」といった多種多様なお守りが並んでいた。

(うさん…くさっ……!)

真美の目には中尊寺のユニークなお守りは雑誌の怪しい広告並みにうさん臭く映った。

だが、

(でもせっかく中尊寺に来たんだし、記念に買っていこう。今度こそ運気が好転するようにこれを…)

「すみませんこちら…」

「はい500円お納めください」

真美は峯薬師堂の札所で「強運龍昇守」を購入した。


6人は月見坂を下り、月見坂の途中にある東物見台に着いた。

「ここで初日の出を待ちましょう。初日の出までまだ時間はあります」

同じく初日の出を秀麗な景色の見える場所で見ようと東物見台にはすでに多くの人が集まっていた。

午前6時前、暁の空色が平泉の街を少しずつ明るみにしていく。

「あの大きな山が束稲山。春になると山一面桜の花でいっぱいになるんです」

義香が束稲山の方を指さして説明する。

「あ、あれ!衣川だ!あの北上川さ注いでるむでな大きい川が衣川だ!」

「え?」

小夜姫が眼下に見える大きな堤防に囲まれて北上川に注いでいる川に翳(さしは)を指して説明する。

「オラのいた衣の滝から流れ出てる水が山々を下って流れでってむでな川となって北上川さ注ぐんだ。これを衣川つぅのっしゃ!」

「へぇ…あれが衣川…」

んだでばそうだよ、あの川の上流がオラのいた衣の滝があるのっしゃ!」

「そうなんだ…」

「衣川といえば古くからいろんな和歌に詠われた歌枕なんです」

「それこそ平安時代には“衣川(河)の関”が置かれ、大和朝廷の実効支配地域と蝦夷の自治区とのボーダーラインだったのです」

「え?蝦夷?」

「蝦夷(えみし)っつぅのはオラだ東北人、特に北東北の人間の遥かなご先祖様で、東北地方の先住民だったのっしゃ」

「そ、そうなの…!?」

「大和朝廷は陸奥国のうち現在の福島県と宮城県を実行支配していましたが、今から1200年前の9世紀頃に岩手県にまでその勢力を伸ばし、あの衣川の向こうの北上川に沿って胆沢郡・江刺郡・和賀郡・稗貫郡・紫波郡・岩手郡の6つの郡を設置しました。これを“奥六郡”と言います」

「奥六郡…」

「やがてその奥六郡には“俘囚ふしゅう”と呼ばれた大和朝廷に従ったはずの蝦夷達が力をつけていき、奥州安倍氏というリーダーが生まれたのです!」

「安倍…?」

「奥州安倍氏は奥六郡を拠点に東北中の有力者と手を結び影響力を強めていきましたが、その動きを大和朝廷の出先機関である多賀城の陸奥守に睨まれ、討伐軍を差し向けたのです!」

「ええ!?」

「最初安倍氏は地の利を活かして源氏率いる多賀国府軍に勝っていましたが、背後から源氏に唆された秋田県の俘囚主、出羽清原氏が参戦したことで形勢は逆転され、奥六郡の北端、盛岡市の厨川に追い詰められて奥州安倍氏は滅亡したのです!」

「そんな…」

「これを“前九年の役”といいます」

「背後から……」

「その後奥六郡は出羽の清原氏の支配するところとなりますが、その清原氏に家督相続をめぐって内紛が発生し、それに再び多賀国府の源氏が再びちょっかいを出して“後三年の役”が勃発します」

「また源氏?」

「清原氏、源氏入り乱れての骨肉の争いの末に生き残ったのが、奥州安倍氏の血を引く藤原清衡だったのです!」

「清衡…?」

「最後に勝ち残った清衡は奥六郡と秋田県の仙北三郡を手に入れ、名実ともに東北地方の覇者となりました。しかし幼い時より蝦夷と源氏が戦いあい、多くの人々の命を落としてきた様をずっと見続けてきました。そこで清衡は蝦夷と大和朝廷のボーダーラインであるここ平泉に本拠地を移したのです!」

「現代で言えば北方領土や竹島、尖閣諸島に日本の首都機能を移すようなものなのだ」

「すごい…」

「そして前九年の役と後三年の役で死んでしまった人々を慰霊するために、新拠点平泉にここ、中尊寺を建立したのです!!」

「うそ!?」

「本当です。中尊寺は奥州藤原氏初代清衡によって戦没者慰霊のために建立されたのです」

「それから2代目基衡によってさっきの毛越寺が、3代目秀衡によって無量光院が建立され、平泉は一大仏教都市として栄えたのだ!」

「金色堂はそんな人々が相争うことの無い時代を願って建立した、仏様の世界を地上に再現した伽藍なんです」

義香が平泉の成り立ちについて延々と説明する。

「人々が争うことのねぇ平和な仏教文化の都市を作り出した藤原清衡っつぅ人物はすっげぇ人間だじゃあ~」

小夜姫も奥州藤原氏の説明に感心する。

「ちなみに清衡が平泉さ移る前さ住んでいた場所が江刺の豊田館っつぅ場所でその近くさ「えさし藤原の郷」ができたのっしゃ」

「ええ!そうなんだ!?」

愛梨が補足説明を入れる。

「人々が相争うことの無い世界、か…」

(東京にいたときはずっと味方だと思っていた比嘉琴乃ちゃん。それがいつの間にか私を裏切って初恋の人を奪って東京から追い出して…まるで奥州安倍氏みたい……同じ蝦夷だと思っていた出羽清原氏に裏切られて滅亡して…琴乃ちゃんが出羽清原氏なら横山先生は源氏かな……私の人生、前九年の役・後三年の役みたい……そして私と横山先生の間には越えてはならない衣川関があって、それを飛び越えちゃったからあんな目にあったのかもしれない……)

真美は自身の東京・上石神井高校時代の事件を奥州藤原氏の成立過程に重ねて涙を流す。

「なんじょしただ真美ちゃん?泣いてるだか?」

「ううんちょっと冷たい風が目に入って…」

真美は涙の理由をごまかした。

ぐずらもずらメソメソしている場合でねぞ。いよいよ2017年の初日の出だじゃ!」

「うん!」

そして午前7時過ぎ―

束稲山の山頂付近が光りだし、初日の出が平泉と衣川の街を照らし始めた。

それまで薄暗かった衣川と北上川との合流地点も明るく照らし出され、東北本線と国道4号線の平泉バイパスが見えてきた。

初日の出に合掌する東物見台の参拝客たち。

(今年こそ、この清衡が築いた仏教文化のように友達同士で争うことがありませんように…)

真美は涙を流しながら合掌を続けた。


月見坂を降りた6人は中尊寺バス停からイオン前沢行きの岩手県交通バスに乗り込む。

岩手県交通いすゞ K-CJM470Vバスの中は参拝客で一杯だった。

バスは混雑している県道110号をゆっくりと北上し、衣川橋を渡って奥州市前沢区に入る。

(ここが衣川…上流に小夜ちゃんのいた衣の滝があるんだ…そして蝦夷と多賀国府とのボーダーラインだった場所。私は、心の中に衣川関を作っていたのかもしれない…)

バスの車窓に移る衣川橋からの衣川を見て、真美の東京時代のトラウマがフラッシュバックする。

「清衡が想い描いた争いの無い仏教文化の街も今やちゃっけぇ小さいじぇんご田舎の街だ」

「そうたべかや?オラはそうは思わねぇす」

「んだな。それが2011年に世界遺産さなってからこの街も人もガラリと変わったのっしゃ」

バスの車内で小夜姫と瑞希が会話する。

(そういえば小夜ちゃんが衣の滝から降りてきた理由って?)

衣川の方向を見て真美がふと思い出す。

岩手県交通バスは国道4号に入り、イオン前沢に向けて走り出した。

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