ひめかゆ

こんな日は布団から出たくない。

何故だろう…

いつも以上に布団から出たくない…

でも起きなくちゃ…


そう思って体を起こした真美が自室の窓のカーテンを開けると、窓の外は一面の雪だった。

「雪だーっ!!」

初めて見る岩手の雪に真美は興奮状態になった。

「雪だ!雪だー!!」


「あいやほに真美でば何か騒いでっぞ?」

「岩手の雪が珍しいんだべ。東京から来た人はみなそうだ」

冷静にドタドタと二階の音を聞き流す祖父母。

真美が厚手の服に着替えると、

―ピンポーン

玄関のチャイムが鳴る。

「はーい!」

真美が応じて二階から玄関に来ると同時に祖父も居間の襖を開いて玄関に出てきた。

―ガララ

「瑞希ちゃん!?わっ!寒ぅっ!」

玄関を開けるとそこには傘をさして「袷(あわせ)」と呼ばれる和服コートを羽織った郷右近瑞希が立っていた。

「おはよがんす。回覧板でがんす」

「おお瑞希ちゃんおはよがんす」

「こんな日にも袴に着物?」

「おらのアイデンティティーでがんす。それよりもこっちゃ暮らすんだばもっと生地の厚い服買わねえと寒(さみぃ)ぞ?」

「そうか…今度買いに行こう…」

「うん。その前におらと小夜ちゃんと遊びさあべ!」

「遊び?」

「胆沢区の奥さある“ひめかゆ”つう温泉だ」

「ひめかゆ?」

「んだ。知り合いから入浴券貰ってちょうど3人分あるだ。胆沢の奥地が何じょなとこか見てみるのもいかべ」

「そ、そうゆうことなら…」


こうして翌日、真美・瑞希・小夜姫の3人は岩手県交通のいすゞ K-CJM500が駆る馬留線に乗って国道397号線をひたすら西にひめかゆに向かっていった。

「あのさ…二人とも和服で寒くないの?私はバスの車内でも結構寒いよ?」

真美は家にあった唯一の冬着のフリースジャケットに防風ズボンを着こんでいた。

それに対して瑞希と小夜姫はいつもの袴姿と領巾・背子・裳裾・?と言った天平衣装だった。

「別に…この位(ぐれぇ)の寒さで何てことねがんす」

「衣の滝さいたときはもっと寒(さみ)かったで。それさ比べたらこっちゃ天国みたいな暖かさだで」

「ほえ~…」

(雪国で鍛えられた耐寒力なのかなぁ?)

バスは終点の一つ手前のひめかゆ前に着いた。

「着いた~ここがひめかゆ、そしてあれが…胆沢ダムだー!」

「ひょえ~!」

瑞希はひめかゆの入り口から見える胆沢ダムに指を向けた。

胆沢ダム、2013年それまでの石淵ダムに代わり胆沢川の灌漑と洪水対策などを目的として新たに建設されたわが国最大級のロックフィルダムである。

全国第3位の規模を誇るダムでもある。

「あんなにデカいものがあったの!?」

「んだ。2013年に出来たばりだで。胆沢ダムさついてはここでは寒(さみ)で、ひめかゆの中で語んべし」

「そうだよね…うう…寒い…」


「いらっしゃいませー」

「高校生3人」

3人は焼石クアパークひめかゆのゆうゆうプラザの方に入り、受付に入浴券を渡してゆうゆうプラザひめかゆに入館した。

「ここがひめかゆかー!」

(思っていたよりも規模が大きい…)

3人は大浴場である「天沢の湯」に向かっていった。

脱衣所で3人は裸になり、髪を後ろにまとめてゆうゆうプラザの大浴場「天沢の湯」に入った。

「温泉だー!」

大浴場の湯に浸かる3人。

(はぁ~あっつくてあったまるぅぅぅぅ…)

「熱いべ?」

「うん、熱いけど外が寒かった分気持ちいいかな」

「小夜ちゃんは?」

「じゃじゃじゃ…」

「ああ!」

―ビリビリビリ

小夜姫は電気風呂の方に行き、思わず電気風呂に入ってしまったために痺れていた。

「あんやほに…」

「ふぅ~…これが温泉かや…なんだれ天国だじゃ」

電気風呂から小夜姫を引き上げ、普通の温泉ゾーンに瑞希は引き戻した。

小夜姫は半ばぐったりした様子で温泉に浸っていた。

「ところで瑞希ちゃん、あの胆沢ダムって?」

「ああ、オラが奥州市が全国さ誇る日本最大級の全国3位の巨大ロックフィルム式ダムだ」

「ええ?そんなに?」

「んでダム湖の名前は奥州湖。秋頃には紅葉がきれいだで」

「奥州…湖…」

「んでその前には石淵ダムっつぅダムがあったんだけんど奥州湖の底さ沈んぢまっただ」

「ええ!?」

「石淵ダムも立派なダムだったんだけんど、その後に尿前温泉と尿前渓谷っつぅ名勝と温泉ホテルがあったじゃ」

「そうだったの!?ホテルがダムの底に沈んじゃったの!?」

「厳密には石淵ダムのそばさあった温泉ホテルを解体して、紅葉のきれいだった尿前渓谷もダム湖に沈んだじゃ」

「ええ~何それ~!?」

「それもそれも、ここの土地の選出の代議士が票を集めるために作ったじゃ」

「代議士…票…」

「己の票と金(じぇんこ)のためさ美しい自然の風景と猿岩をダムの底に沈めたじゃ」

「猿岩?」

「猿岩が沈んだというだか!?」

「小夜ちゃん!?」

半ばのぼせていた小夜姫が猿岩のキーワードに目をくわっとさせて食いついてきた。

「猿岩は胆沢川の神様の鎮座する聖なる山で、その川の神様を祀る於呂閉志胆沢川(おろへしいさわがわ)神社の奥宮がある山でトンネルがあったじゃ。林道のトンネルまでダムに沈んづまって昔からあった風景がどんどんダムさ飲まれていく…ダム作る時も猿岩だけは守りたかったみたいだったけんども金(じぇんこ)と票の力にはかなわねがったみてぇだじゃ」

「何てこと…」

「ゆ…許せねぇっ!その金(じぇんこ)と票のために、ワレが肥え太るために神様のおわす山をダムさ鎮めるだなんて、罰当たりもいいところだじゃ!」

「あの後その代議士ば天罰ば下ったで。尤もそれでダムの建設が止まることは無(ね)がったけんどな」

「でも胆沢ダムができた背景には何かあるんでしょ?」

「ああ胆沢ダムの役割は水力発電だべ、洪水対策だべ、上水道だべ、胆沢川の水位調整と灌漑・分水、いわば農業目的だべ」

「灌漑?分水?」

瑞希は指折り数えて胆沢ダムの説明をする。

そこへ小夜姫が胆沢平野の説明をする。

「胆沢平野は見分森から見たあの景色は昔から“水陸萬頃(すいりくばんけい)”と呼ばれて農業に適した穀倉地帯だったじゃ。今でもそうでがんす。でも水の便が悪くてしょっちゅう水争いばかり起きていたっしゃ」

「んだから江戸時代、仙台藩になってから穴山堰(あなやまぜき)、茂井羅堰(もいらぜき)、寿庵堰(じゅあんぜき)と用水路が次々とできたのっしゃ」

「用水路だば江戸時代辺りか葦名功徳(あしなこうどく)っつぅ殿様が伊達政宗よりおらエの衣川の新しい領主としてやってきて、“二の台堰”っつぅ用水路を衣の滝の流れる北股川から取水しただ」

「蘆名氏は福島県や神奈川県の戦国大名として有名な家系だ」

「そうだったんだ…」

(てかなんで江戸時代のことが記憶にあんのよ!?)

「おかげで衣の滝と並ぶ菊の滝もそばに蘆名堰の取水口ができたおかげでみったぐねぐなったし」

「まあまあそのおかげで胆沢平野は伊達藩の米どころともいえるほどの穀倉地帯になったじゃ!」

「んだども干ばつさなりやすかったり弱点は多かったじゃ」

「そこで計画されたのが石淵ダム次いで胆沢ダムなのっしゃ!これで胆沢平野は水争いから解放され、安定した米の生産が可能になっただ!」

「なるほど!」

「本当に胆沢平野はアラビア砂漠かっつぅくれぇ水不足に悩まされてきたのっしゃ!」

「そういえば衣の滝に来た人でこんな唄っこしゃべぐっでだのっしゃ」

「唄?」

「照れば旱魃(かんばつ)曇れば出水(でみず)それも昔の語り草 見やれ自慢の石淵ダムは伸びる胆沢の底力~♪」

小夜姫が口ずさんだのは胆沢平野小唄を浴槽内で歌い上げる。

「?」

「石淵ダムの功績を讃えあげて歌い上げた“胆沢平野小唄”だじゃ。こんただとこで聞けるなんてな…」

「想い一筋~流れは八筋~♪」

(!?)

小夜姫が続けて歌い上げる。

「胆沢平野小唄にはこの節もあるじゃ」

「想い一筋、流れは八筋…か…」

胆沢平野小唄の歌詞を聞いて何かを感じ取った真美であった。

「なぁなぁ!あのサウナっつうとこ入ってみねぇ!?」

「サウナ~!?」

「いいけどサウナさ入るにはまず体っこ拭いて無理しねぇ程度にほどって…暑すぎっから無理はわがねど」

3人は浴槽から出て体を拭き、天沢の湯のサウナの中に入った。

「うわぁぁぁぁぁ…」

「暑いぃぃぃぃぃ…」

「ふぅ…やっぱり手っ取り早ぇくほどるばサウナが一番だじゃ!汗っこかいて老廃物を出して気分もスッキリするす、疲労物質も出すす、体っこの芯がほどったんだば…あんやほに?二人とも?」

サウナの高温に瑞希は平然としていられたが、真美と小夜姫は早くもサウナの高温に耐えきれずにダウン寸前だった。

「もうらめぇ~」

早くも脱落したのは真美だった。

「んだば出んべし」

3人はサウナの中から出てきた。

サウナの汗をシャワーで流し、そのまま天沢の湯からあがった。


天沢の湯から出た小夜姫は天平装束の衣だけ、瑞希は単だけになってそれ以外の袴をはじめとした和服の部分は畳んで手に持っていた。

「ねぇ二人ともそんな薄い格好ですぐに湯冷めしない?」

「別に?すぐに湯冷めすねぇす」

「それより真美ちゃん上着の下そんな薄いシャツだっただか?真美ちゃんの方が早ぐ湯冷めするで」

「家にある冬用これしか無かったんだもん。これでも一番厚いシャツだし」

真美はフリースの下の厚地だが防寒効果の無い長袖のTシャツとズボンのみとなっていた。

「岩手用の冬服やっぱ買いさあべ」

「うん帰ったらすぐにでも服屋に行くよ…」

3人はロビーを抜け、ひめかゆの“ほっと館”に移動した。

「こっからは最近できたばりの新館だで。こっちにも温泉があるのっしゃ」

「また温泉?」

「んだ。さっきのとはまた違う湯っこだで。露天風呂があるし」

「露天風呂!?」

3人はほっと館に移動しほっと館の大浴場に入るべく脱衣所で再び服を脱いで裸になった。

そのまま大浴場“石淵の湯”を通り過ぎ、露天風呂“番所の湯”に出た。

「わわっ…!寒い…!」

「雪降ってきたで…」

真美は早く温まりたいと先に番所の湯の湯船に浸かり、瑞希と小夜姫がそれに続いた。

「ふぅ~ようやっと温まれた~」

「露天風呂さ雪っこ…なんだらいい場面だじゃ」

「景色とかいいかもしれないけど、私としては寒くてお湯から出られないかも~」

「またそんただ事…」

「ところで真美ちゃんば何して東京っつう所から奥州市(こっちゃ)来たのっしゃ?」

「あ、それ、オラも気になってただ」

小夜姫が真美に移住の理由を聞き、瑞希がそれに乗っかる。

真美がそれに応える形で東京の風景を思い出す。

「え、えっとね……私は東京が嫌いだった。右を向いても左を向いてもビルがあって、それも雄大というよりはかなり小ぢんまりとした。帰りはクラスメイトの誰とも目を合わせようともしないでそそくさと逃げ帰って…そんな毎日が嫌だった…」

「ふぅん……」

「テレビで見る東京とはやっぱす違うんだな」


真美の回想。

東京練馬区にある都立練馬高校。

その校内。

「それは一か月前の事…」

「この女の敵がぁっ!真美に何てことするのよ!?この変態っ!!変態は許さないんだからっ!!」

「ちょっ…」

東京時代の真美と男の教師に蹴りかかるその時の友人。

―ドカ

「行くよっ真美!」

「あ…でも…」

「いいから!!」

倒れこむ男教師。

「東京にいたころ、私は友達だと思っていたその人と気に入らない男性教師に嫌がらせをして退職に追い込むことで憂さを晴らしていた…」

―ボフ

別の男性教師の頭上に落ちる黒板消し、という古典的なトラップ。

更には“Backoffdandy”と黒板に書かれ、男教師にアングッドサインを突きつける真美とその友人、比嘉琴乃(ひか・ことの)。

だが真美の表情はいまいち乗り気ではなかった。

その男教師の顔に悪魔の笑みでこんにゃくを落とす琴乃。

「♪」

―ペチ

「ねぇ…これいつまで続けんの?もうそろそろ許してあげようよ…」

「ダメ!あいつは唯香に手を出そうとしたのよ、変質者なんだから!」

「琴乃ちゃん変質者は言い過ぎじゃあ…」

「大丈夫!あんたが何と言おうとあたしが学校の平和を守るんだから!」

「も~」

「その後も、別のクラスメイトが気に入らない先生に注意されたときはその一部始終をICレコーダーで録音してその先生の解雇を要求したり、動画投稿サイトに学校名と先生の実名をあげてソレを晒したりと、すっかり学校の英雄気取りだった。尤も琴乃ちゃんのアイデンティティーの確証につき合わされた気がしないでもないかも」

「次の女子いじめの犯人を、現行犯逮捕しに行きましょ」

「この人は本当に私やみんなの事を心配してくれて言っている…そう思っていた…あの時までは…」

「この学校に新しく皆さんの担任になりました、横山輝彦(よこやま・てるひこ)です」

「横山輝彦先生、大学を出て研修を終えたばかりのフレッシュな新人教師として当時の私のクラスに赴任してきた。そんな若々しい担任の先生に、恋をしてしまった!」

(でも私が横山先生に近づけば必ず琴乃ちゃんは標的(ターゲット)にするハズ。そんな事校内で言えるわけが無い…)

「そんなある日、琴乃ちゃんが病気で欠席した日ができて、私はその琴乃ちゃんのいないその日に横山先生の告白することにした!」

都立練間高校職員室。

(鼻つまみ者の比嘉琴乃君が病気、それもインフルにかかったそうだ)

(自業自得ですな)

(はははは…)

比嘉琴乃の陰口を立てている男性教師陣を横目に書面をもって通り過ぎる横山輝彦。

そこへ真美が職員室の扉をノックして横山輝彦を呼び寄せる。

―コンコン

(失礼します)

―ガララ

「すみません、横山…輝彦先生はいますか?」

「ああ…ちょっと待ってくれ…」

横山輝彦と真美は職員室を離れ、職員室から遠く離れた音楽室へ向かった。

(今ならこの気持ちを伝えられる…よしっ!!)

「先生、私……!私は横山先生の事、一目会った時からずっとずっと好きでした!!つ、付き合ってください!!一人の恋人として!!」

(言っちゃった…神様仏様お願いします!この恋をかなえて!!)

音楽室の室内で真美は輝彦にどぎまぎしながらも愛の告白をした。

「大げさだな。それくらい俺だって気づいていたさ…」

「はい?」

―ぱぁぁ

真美に一筋の光が差したかのように見えた。

しかし。

「でもそれ絶対無いから!だってお前変だし!」

「はいぃぃぃぃぃ!?」

「いやさぁ…お前ずっとおっかない顔してこっち見てて怖いし、俺の私物にまで手を出そうとするし、我慢していたんだぞ、俺…」

―ガーン

「そ…そんな風に思われていたなんて…」

「それにさ、安藤はどう見たって主役ってタイプじゃねぇぞ。脇役は脇役らしく見の程弁えな!」

輝彦は真美に冷たい回答を突きつける。

見事なまでに玉砕した真美は泣きじゃくりだし、音楽室を後にしようとしていた。

―ぐすっ…ぐすっ…

「うぐっ…うう…うわあぁぁぁぁぁぁ…あ…?」

―ガラ

「ま~みぃぃぃぃ…!裏切ったわねぇ……!!」

「こ…琴乃ちゃん!??今日は学校休みのはずじゃあ?」

音楽室を後にしようと扉を開けたところに立っていたのは病欠と伝えられたはずの比嘉琴乃が鬼の形相で仁王立ちしていた。

「ま、ついでに真実の告白もしようと思ってね」

「へ…?真実の告白…?」

表情を元に戻した琴乃は輝彦に近寄りキスをした。

―チュッ

「!!??」

(な…なんで琴乃ちゃんが男性教師と口づけを…!?)

「実は私と横山先生は先に恋人の契りを結んじゃいました。あなたには悪いけど恋愛から退場してもらおうと思っていたの。ついでにこれまでの教師イビリもやめるけど、あなたとの友情もやめさせてもらうわ」

―ガーン

「そ…そんなぁぁぁぁぁ……2人ともグルだったのね……!!?」

「グルだなんて人聞きの悪い。ただ誤解を解く機会を与えただけさ」

受け容れ難い現実と衝撃の真実を目の当たりにして拳を握り締めながら涙をこらえる真美。

「そうそうそんな真実の告白だけど、ネット生放送させてもらっているわ」

「へ?生放送?」

(!!)

音楽室の入り口の足元には小型三脚に取り付けられたスマートフォンが置かれていた。

スマートフォンはカメラ部分が3人を向いていて動画投稿サイトの生放送で一連の流れがネットで生中継されていたのだった。

その生放送には「ご成婚おめでとう」や「ドキュメンタリーかよ」や「かわいそうだよ」といったコメントと草が生えていた。

「主役は私、あなたは脇役!これでわかったでしょ!?今までの付き合いでそれをわからせようとしていたんだけど全然わかんないから今回の手段に打って出たの。おかげで閲覧数もうなぎ上り!あなたは最後まで使える女だったわ、ありがとう!」

「そ…そんな…友達って、何………??」

受け容れるには残酷すぎる現実を前に真美は呆然自失とその場に倒れこんだ。


真美の回想が終わる。

「何だれそいづは!許せねぇ…絶対(ぜって)に許せねぇ!!教師だか何だか知(し)ゃんねけんども、人間以下のほでなす(クズ)だじゃ!!」

―ザバ

湯船から勢いよく怒りの形相で瑞希と小夜姫が立ち上がる。

「|めにゃったどもでごすけどものはんつけにはごしやっぱらやけるじゃ(災難だったかもしれないけどクズどもの嫌がらせには腹が立つよ)!!」

(な、何言っているわかからないけど、とりあえず同情してくれていることは分かる……)

「はぁはぁ……|たんぱら起こしたけんどもおだづもっこさごしゃいだだ(ついカッとなってしまったけど悪ふざけが過ぎる者だけに怒りを覚えてしまったよ)!」

「はぁはぁ……|あんだかだるもんだからあんつことごしゃげるじゃ(あんたの話を聞いていたら心配になってムカムカしてきたよ)~」

「あ…ありがとう…話を分かってくれて…」

(漠然とした意味しか伝わらなかったけどね…)

「クシュっ…!寒っ…!」

一気に湯船から出て憤慨したところへ小夜姫の体に雪が当たり一気に寒さを感じてくしゃみをした。

「そういえばオラも…んしゅっ!」

瑞希もくしゃみをする。

「まぁまぁ2人とも寒いなら中のお風呂に行こうよ~」

「んだな」

―ズズズ

3人は内風呂の石淵の湯に移った。


石淵の湯の湯船に浸かる3人。

(はぁ~熱い~雪で冷えた体が温まる~内風呂サイコ~)

石淵の湯に浸かったことで回想で落ち込んだ真美の気分が少しは和らいだ。

「…というわけで間抜けな振られ方をした私は東京の高校にはもう通えなくなって、東京そのものまでどんどん日増しに嫌いになっていって、お父さんの転勤を口実に奥州市に移り住んだわけ」

―ハァ…

真美の口からため息が漏れる。

「まぁ気持ちはらずもねぐ(とっても)わかるじゃ!あんただ経験トラウマモノだじゃ!!おだづもっこだしごしゃっぱらやけるで(愚か者だし腹立つし)!!」

瑞希がすかさずフォローする。

「その…胆沢ダムば造って川の神様の聖域を犯した代議士も許せねぇけんども、真美ちゃんばひずった(嫌がらせした)その2人はもっと許せねぇ!」

「まぁ代議士以下だべその2人」

小夜姫の怒りが収まらない。

「そうだ小夜ちゃん人間界(こっち)来てから髪ちゃんと洗ってる?そのきれいな髪を維持するためにも洗ってあげるよ」

小夜姫の怒りを収めようと真美が話を変えて小夜姫を湯船から連れ出し、シャワーの前で小夜姫の髪を洗った。

「じゃじゃじゃ!なんだれ、トロ~リとしていい臭いの…」

「シャンプーって言うんだよそれ」

小夜姫の髪は泡立ち頭全体を包んでいく。

(|いがった。あんただ経験をすでだだなんてどでんしたで、乗り越えようとばしている(よかった。あんな経験をしていたなんてとっても驚いたけど、乗り越えようとしている)……)

洗いあう真美と小夜姫の姿を見て安堵を覚える瑞希だった。


3人は石淵の湯から上がり、再び衣と単とTシャツ姿になり、ほっと館を後にしゆうゆうプラザに戻ってきた。

ゆうゆうプラザの天沢の湯の真上にある畳の休憩スペースに3人は座布団を敷いて横になった。

「はぁ~気持ちいがった~」

「あったまった~」

「さっきは悪(わり)事思い出さしてごめんなしてくね(勘弁ね)」

「いいよ、いつか言わなきゃいけないだろうと思っていたから」

「でも奥州市さこれたおかげで1からやり直せるのっしゃ。さっき見たダムの向こうの焼石連邦を眺めながら、な…」

「それに胆沢川の神様も見守ってくれることになるのっしゃ。この胆沢扇状地の上で…」

「そうだよね!新しくここからやり直さなくちゃ!」

「そのために奥州市さ来たんだべ?」

「いい思い出を作んべ!東京の嫌(やんた)な思い出を上塗りしちまうぐれぇ、奥州市から始めるべ!」

「うん!!」

(私、今度こそ本当に信頼できる人に巡り合えた気がする…)

「さてバスの時間までまだあるじゃ。バスの時間がくるまでねまんべし(横になろう)」

「んだべ」

「そうだね。少しこのままでいたい…」

真美は天井に手を挙げて拳を握った。


バスの時間が迫り、3人はゆうゆうプラザひめかゆを退館した。

3人は休憩時の軽装からちゃんとした着こなしに戻っていた。

ひめかゆ前バス停でバスを待つ間、真美は胆沢ダムを見つめていた。

「想い一筋、流れは八筋ってさっきの唄にあったよね?」

「ああ胆沢平野小唄だか?」

「それって人生に例えているんじゃないかなって思うんだ」

「何じょなことだ?」

「人生は一つしかないけど、胆沢川の堰の数のように流れは一つじゃなくいくらでも変えられるって」

「|いきなりいづい事言って何が言いでのっしゃ(急に難しいこと言いだして何が言いたいの)?」

「東京で世紀に残る振られ方をした私だけど、奥州市ならその赤っ恥な人生の流れを修正できると思ったんだ」

「真美ちゃんなんだか|まぼいじゃ(たくましいよ)」

「えへへ…」

「あ、バスが来ただ」

ひめかゆ前に岩手県交通のいすゞ K-CJM500バスが到着し、3人はそれに乗った。

3人を乗せたバスは国道397号線を東進していく。

(やっぱりバスの中でも寒いよ~)

「そうだ、さっき大衡透さんさ電話したどこ、若柳のまごころ病院ってとこさ車で迎えさ来てっからそこで降りらいって」

「オドがか?」

「ついでだから真美ちゃん透さんに|ちぇでって(連れてって)もらうんだ。冬用の服のある店さ」

「そうだね。まずは岩手の冬用の服を買うことからスタートだ!」

その後胆沢区若柳のまごころ病院で下車した3人は大衡透と合流し、車に乗せて水沢区内にある洋服店に連れてってもらった。

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