えさし藤原の郷
登校初日。
真美は鏡の前に立って岩手県立奥州高校の濃緑のブレザーと水色のタイ、緑のスカートの制服に袖を通し、身だしなみのチェックをしていた。
―ニコ
「よし!」
「おーい真美ー!瑞希ちゃんきてっぞー!」
(瑞希ちゃん迎えに来てくれたんだ)
「真美ちゃーん!
同じく奥州高校の制服姿の瑞希が安藤家の玄関の前に立っていた。
「はーい!ちょっとまっててー!」
真美が慌ただしく学校のバッグを持って階段から駆け下りてきた。
「お待たせ~」
「ほぉ~
「よし!
制服姿の真美と瑞希は奥州市の田んぼ道を通学路として歩いていた。
「これから一緒の学校に通えるなんてわくわくするね」
「んだ、まさかおらほの学校さ転編入してくるだなんて驚いたじゃ」
「私もまさか同じ学校の人といきなり仲良くなれるなんて不思議だよ。これって運命?」
「運命か…んだかもな…」
「そう言えば小夜ちゃんは?同じ学校に通うってなったけど?」
「ああ大衡さんが送り迎えしてくれるんでねか?大衡さんどこから学校まで距離あるから歩いていけねぇもんや~」
「そうなんだ。校門の前で小夜ちゃん待っていようよ」
「んだな」
会話しているうちに二人は奥州高校についた。
岩手県立奥州高校は先日真美が瑞希と小夜姫と出会った見分森の近くにあった。
校門の前で二人は小夜姫を待つ。
「お、来た!」
「小夜ちゃーん!ん?」
出会った時の万葉装束ではなく、奥州高校の制服姿に身を包んだ小夜姫であったが、髪型は出会った時のまんまだった。
胡桃色の長髪の半分を頭の頂に輪のような
「おはよがんす二人とも」
「おはよがんす小夜ちゃん」
「おはよう!ってその髪型で登校してきたの!?」
「
「ダメじゃないけど、目立つから~」
真美は持ってきていた櫛で小夜姫の髻を解いてオールロングヘア―にしてしまった。
「じゃじゃじゃ?あいやほに!?」
オールロングヘア―になった小夜姫はまた別な美しさを醸し出していた。
「なんだ、オールロングヘア―でも似合うじゃない。これなら学校で必要以上に目立たないね」
「おし、そろそろ校門閉まるで、
「おらの髪型
チャイムが鳴り、朝のHRで転校生である真美と小夜姫の紹介が行われた。
瑞希と同じクラスに編入することとなった。
「えー東京の都立上石神井高校から来ました、安藤真美(あんどうまみ)です!よろしくお願いします!」
(んじゃ小夜ちゃん打ち合わせ通りに…)
「えー…衣川高校から来ました、大衡小夜(おおひらさよ)です。よろしくお願いします」
小夜姫の衣川高校からの転校というのは出鱈目だ。
小夜姫が大っぴらに衣川の天女だという正体をひれかさないようにする方便として瑞希が用意したシナリオである。
「ねぇねぇ東京の上石神井ってどこ?」
「練馬区」
「練馬区?どこだ~?」
自己紹介が終わり、物珍しそうに興奮した新しいクラスメイトが真美に寄ってくる。
(安藤真美(あんどうまみ)。16歳。東京から岩手県奥州市へやってきて鮮烈高校デビュー!とはいきませんがまあまあそれなり…)
ここは県として日本一大きな面積を誇る岩手県。別名“日本のチベット”
奥州市はその県下3番目の人口と面積を誇る歴史と伝統の街である。
こっちの高校に来て真美が思ったことは…
「真美ちゃん池袋とかってどんなとこ?」
「スカイツリー行ったことある?」
「電車通学ってどんな感じだったの?」
(案外みんな方言使ってない…!ところどころ“だじゃ”とか“なのっしゃ”とか単語が出てくるのと、こっちのイントネーションで標準語話すからなんだか違和感があるくらいで、瑞希ちゃんや小夜ちゃんが特別なのかなぁ…?)
胆沢訛りの残る標準語で言い寄ってくるクラスメイトの会話を見て真美は思った。
奥州市では胆沢弁はすっかり廃れたといっても、親から子へ、孫へと受けとがれてきたイントネーションである。
周囲がどれだけ標準語で話そうとも、代々受け継がれてきたイントネーションは岩手県ひいては東北から出ない限り自覚できないのである。
なので胆沢弁のイントネーションで標準語を話し、所々に胆沢弁の単語を入れる、というのが奥州市民のスタンダードなのだ。
一方小夜姫のところには真美と対照的に誰も近寄らない。
厳密には、小夜姫の天女のオーラに圧倒されて誰も近寄れないのだ。
(小夜ちゃんきれいだけど何となく近寄りがたいっていうか…まぶしいっていうか…)
(なんとなくだけど神聖にして侵さずべからずってきれいさ?)
クラスメイトが小夜姫を見ながら小声で話す。
髪を下ろし、制服姿で机に座りながら興味本位に教科書を覗く小夜姫は泥沼に咲く一輪の蓮のような美しさだった。
その美しさに恐れ多さをクラスの男女は感じ取ってしまった。
その様子を見ていたのが瑞希だった。
(………)
(真美ちゃんは
昼、教室で真美・瑞希・小夜姫は机を合わせて3人で弁当を食べていた。
「いやぁ~ずっと質問攻めだったよ~もう~」
「そらぁ真美ちゃんば東京の人だじゃ。らずもねぇ人気者だじゃ。なんかおらが独り占めするのも
「そんな!」
「小夜ちゃんとこには誰も来なかったで、さみしくねがったか?」
「あんや別に?静かに人間界の本さ集中できたし、なんつぅ事ねぇよ」
小夜姫は一人声をかけてもらえなかったことはちっとも気にしていなかった。
(………)
(………)
そんな小夜姫を真美と瑞希はあんぐりとした表情で見つめていた。
放課後、チャイムが鳴り授業が終わると真美はまたもクラスメイト達に囲まれる。
「ねぇねぇ真美ちゃんは部活どこか決まってるの?」
「あー…ええーっと…」
瑞希のほうに視線を向けながら、
「史学部!」
「史学部?」
「あの歴女のたまり場の?」
クラスメイトが史学部について訝し気に反応する。
「歴女?たまり場?」
そこへ瑞希がやってくる。
「史学部さ誘ったのはオラだ。学校さ入る前に会って同じ部活すんべって話したのっしゃ」
「瑞希ちゃん…」
「えー瑞希ちゃんが?」
「あべ《行こう》」
瑞希がぐいっと真美の腕を引っ張り上げて教室から連れ出そうとする。
「ああ~そうだ~さ、小夜ちゃんも~」
「は…あれ…?」
「ああ小夜ちゃん!?」
真美はとっさに通りかかった小夜姫の腕をつかみ、半ば道連れにするような感じで教室から連れ出していく。
「転校生の真美ちゃんのみならず神々しい美しさを持つ小夜ちゃんまでも…なんというところに…誘い込む気だ…」
―ざわ…ざわ…
残されたクラスメイトは3人が去ったあと史学部に瑞希が真美と小夜姫を誘い込んだことについてまるで危ないものでも見たかのような会話をする。
奥州高校の史学部の部室は校舎の中でも静かな場所にあり、文字通り「日陰者」な雰囲気が漂う感じだった。
「着いたで、ここだで」
「史学部…」
部室の扉を瑞希が空ける。
「失礼しまーす…」
「ようこそ史学部へ!!」
出迎えてくれたのは、眼鏡姿のちんちくりんな黒髪とすらっとしたいで立ちの後ろで黒い髪を
「君たちが瑞希ちゃんの言っていた転校生かー!どうもはじめまして。史学部部長の
「2年生副部長の
です」
史学部の二人が自己紹介をする。
「は、はじめまして…東京から来ました安藤真美です」
「大衡小夜です…」
続けて真美と小夜姫が自己紹介をする。
「改めておらもここの史学部の1年生部員の
瑞希も続けて自己紹介をする。
「あの、ここって女の子しかいないんですか?」
真美が尋ねる。
「男性部員も募集してはいるのだけど全然来なくて、いつの間にか歴史好きの女性の集まりになっちゃって、先輩方も卒業して二人が来るまで史学部は3人だけになっちゃったのだー」
(ああだからさっき“歴女のたまり場”って…)
真美の脳裏にクラスメイトの史学部への怪訝の目がよぎる。
「でも二人が来てくれたおかげで史学部は存続できそうです。本当に良かった…」
「そんな…」
「それよりうちの部に衣川の天女様が来てくれる事になったのが一番うれしいのだ―!」
「ええ!?」
「小夜ちゃんの正体知っているんですか?」
「瑞希ちゃんが事前に教えてくれたんです。うちの学校に天女様が来ることになったと」
(ええええー!?いつのまに!?)
「奥州市で天女といえば衣川区の衣の滝なのだー!」
「天女が羽衣や領巾を洗うとされている名瀑。そこに住まわれる天女様がうちの学校のうちの部活動に参加してくださるなんて身に余る光栄です!!」
「ちなみに衣の滝には史学部の部活動で一度足を運んだことがあるのだ」
そういうと真澄はアルバムを取り出して真美と小夜姫に見せた。
「あ、確かに衣の滝だじゃ」
小夜姫が即答した。
「だから一発で分かったのだ。天女とくれば衣川しかないと!」
(なるほど、こういう史学部の部員だからあのとき、瑞希ちゃんは小夜ちゃんの正体がわかったわけか!)
真美の脳裏に見分森の展望台で小夜姫と初対面した時の記憶がよみがえる。
史学部の部室の壁には文化祭で使ったであろう「奥州市のイチオシ歴史スポット」と称した奥州市の地図に史学部のメンバーが行ったことのある場所が写真や簡単な解説とともに飾られていた。
(これが史学部…)
「ところで東京から来た真美ちゃんには入部の記念として史学部の活動の神髄ともいうべき場所へ連れてってあげるのだ―!」
「はい?史学部の神髄?ですか?」
「そりゃもう!」
「奥州市が全国に誇るレジャーランドだじゃ!」
「レジャー…ランド…?」
「その場所は…歴史公園えさし藤原の郷なのだー!」
真澄はバンっと「奥州市のイチオシ歴史スポット」にあるえさし藤原の郷の位置に手を叩いた。
(えさし藤原の郷ぉ~!?)
「もちろん小夜ちゃんも一緒なのだ」
「本当でがすか?」
「むしろ小夜ちゃんが居てくれたほうが絵になるのだ」
「観察しがいがあるじゃ~」
「?」
真澄と義香はぐへへ、と垂涎の顔で小夜姫を見て何かを企んでいた。
「実は今週末にえさし藤原の郷主催でコスプレ撮影会があるんです」
「はい?コスプレ?」
義香がチラシを差し出す。
「コスプレ撮影会inえさし藤原の郷【2016秋】」と書かれたチラシにはえさし藤原の郷の事が書いてあった。
「普段大河ドラマをはじめとしたテレビや映画の撮影にしか使われないロケ地で思い思いのコスプレ撮影が堪能できるんです!」
「歴史公園えさし藤原の郷は“みちのくのハリウッド”とも言われ、時代劇などの撮影によく使われるのだ―!」
「歴史ファンにとってそんなテレビや映画のロケ地で堂々とコスプレができるのは夢みたいなことなんです!」
「しかも主催がえさし藤原の郷だから安心感もあるのだ!」
えさし藤原の郷について語る二人を見て真美は、
(こ…この二人…浸かっていた!既に…戻れないところまで…)
と歴史沼の深みを感じ取っていた。
「それにコスプレ撮影会だばオラの袴姿も小夜ちゃんの天女姿でも違和感なく溶け込めるのもあるのっしゃ」
瑞希がフォローを入れる。
「なるほど、それもあるのだ。コスプレ集団の中なら二人の姿も違和感ないのだ」
「じゃあ今週末の日曜日に胆沢病院に集合してそこからバスで向かいましょう」
「え?病院?」
「胆沢病院ならおらえからも真美ちゃん
「胆沢病院は地域のバス路線の拠点だから一本で江刺区まで行けるのだ」
「そうだったんですか」
(えさし藤原の郷、か…おらわくわくすっど!)
やり取りを見ていた小夜姫は胸が高鳴っていた。
翌日―
胆沢病院バス停
既に真美、瑞希、小夜姫が先に到着していた。
「お待たせなのだ―!」
「お待たせしましたー!」
「おはようございます」
「おはよがんす」
「おはよがんす」
そこへ真澄と義香が到着する。
「瑞希ちゃんはいつもの袴姿だとして、小夜ちゃんはその朝から天女姿?」
「オラのアイデンティティーでがんす」
「オラ、これしか服が
瑞希は見分森の時の袴にブーツ姿、小夜姫もまた奈良時代を思わせる羽衣に
「そうか、人間界の服はまだなのか…」
「帰りに服屋さんで見繕ってあげましょうよ」
(いいカモみーっけ)
「賛成なのだー」
(なんだか先輩方より変な雰囲気がする)
真澄と義香の目は小夜姫を見てキラキラさせていた。
そこへ岩手県交通の江刺バスセンター行きのバスが到着する。
岩手県交通のバスは床が木の板の年季の入った旧型車両、いすゞ自動車のCJMだった。
バスへ乗り込む5人。
胆沢病院からその他数人を載せてバスは発車する。
「結構古いバスがまだ走っているんですね」
「岩手県交通は古いバスを大事に使っていますからね。古いバスの魅力に取りつかれたバスファンの皆さんが全国からわざわざいらしてくれるほどです」
「なるほど…」
「じゃじゃじゃ!これがバスっつうものか…」
小夜姫は初めてのバスにワクワクして車内と車窓を眺めていた。
バスは水沢市街地を通り過ぎて抜け、国道4号を横切って桜木橋で北上川を渡ると江刺区に入った。
江刺区の住宅地と田園風景を進みながら江刺市街地に入っていき、バスは江刺バスセンターに到着した。
「江刺さ着いたー!」
「えさし藤原の郷へは、ここからさらに奥州市営バスに乗り換えていきます」
水沢方面からえさし藤原の郷までは直通のバスは存在しない。
一旦江刺バスセンターで奥州市営バスの街なか循環線に乗り換える必要があるのだ。
紫と白のカラーリングに風の又三郎がデザインされた奥州市営バスが到着すると5人はそれに乗り込む。
他数名を載せて奥州市営バスは江刺バスセンターを出発する。
バスセンターを出てすぐ人首川を渡り、栄町を通り向山の高台を上ると向山団地を通り過ぎて坂を下り、バスはえさし藤原の郷に到着した。
「到着―!」
「ここが藤原の郷…」
朱色の入場ゲートの先にはいかにも21世紀ではない空間が広がっていることが肌で感じ取る真美であった。
「ちよっと待って|けらい(ください)」
瑞希はスマートフォンを取り出してLINEのチャット画面を操作した。
少しして―
「おまだせー瑞希ちゃんー」
入場ゲートのほうから青色のそれこそ小夜姫と同じような奈良時代の装束を元にしたえさし藤原の郷のコンパニオンが一人飛び出てきた。
黒髪を三つ編みに垂らした髪型で瑞希や小夜姫と同じ胆沢弁で話していた。
(また奈良時代風の和服!?でも青い…ここの制服かな?)
「お知り合い?」
「おう!紹介するす。おらの中学時代の同級生だった沼里愛梨(ぬまさとあいり)だじゃ!」
「初めまして、学校のインターンシップでここのコンパニオンを務めているす、岩手県立江刺高校歴史研究会の沼里愛梨(ぬまさとあいり)だじゃ。瑞希ちゃんとは中学校が|同す≪おんなす≫でがんした」
沼里愛梨が自己紹介をする。
(この子もすんごい訛ってるぅぅぅぅぅっ!しかも同じ歴史関係の部活ときたもんだぁぁぁぁぁっ!)
「初めまして、東京から来ました安藤真美です」
「大衡小夜でがんす…」
真美と小夜姫も愛梨に対し自己紹介する。
「瑞希ちゃんから話は聞いてがした。東京から来たと聞いてえさし藤原の郷と奥州市江刺区の案内を瑞希ちゃんより任せられたのっしゃ!任せて|けらいん(ください)!」
「は、はぁ…」
「んで、おめさんが大衡小夜さん、衣川の天女でがすな?」
「んだ」
(この子も小夜ちゃんの正体知ってるのぉぉぉぉぉ?瑞希ちゃんいったい何人に小夜ちゃんの正体バラしていたのよぉぉぉぉぉ?)
「お会いできて光栄でがす。|よくござりすたな≪ようこそ≫えさし藤原の郷さ!」
「こちらこそ!藤原の郷が|なんじょな≪どんな≫所か案内お願いしあんす」
小夜姫と愛梨は互いに会釈した。
5人は受付で入園料を払って入場ゲートからえさし藤原の郷に入園した。
入場ゲート前の牛車が展示されているイベント広場に集まって愛梨も加わって6人となった。
「じゃあ僕達はそこで着替えてくるのだ」
「ちょっと待っててくださいね」
「先輩朝から気になっていたんですけどそのバッグの中身ってもしかして?」
「フフフ…お楽しみなのだ~」
真澄は所謂“ボクっ娘”である。
真澄と義香が更衣室となっている無料休憩所に着替えに行っている間に愛梨と小夜姫が談話する。
「小夜さん、もしかしてその格好で水沢(みんつぁわ)からバスで来ただか?」
「小夜“ちゃん”でいがす。んだ。オラの服これしか無(ね)くて…」
「あんやほに。んだか。オラは分かったからいいけんど、オラ以外の施設の関係者が見るとコスプレしたまま外さ出はると見做されて注意されたり、他の観光客に変な目で見られっから注意してけらい!」
「うんわがった…」
「小夜ちゃんにはオラと真美ちゃんが付いでっから|まんつ安心してけらい」
(私もぉぉぉぉ!?そうだよね…!?)
「そういえば今日はコスプレの日だって…」
「ああ今日はコスプレ撮影会inえさし藤原の郷【2016秋】の日だ。今日はすげぇぞ。|らずもねく≪とんでもなく≫クオリティの高(たけ)えコスプレイヤー達が…」
「お待たせしたのだー!」
「あ、先輩…ってええ!?」
真澄は平安時代の袿袴の道中着姿、義香は同じく平安時代の外出着“壺装束”と“市女笠”のコスプレをして更衣室から出てきた。
真澄は眼鏡をはずしている。
(今度は平安時代!?)
真美が心の中で突っ込む。
「フフフ…驚いたでしょ?奥州高校史学部の部費で購入した平安時代の“袿袴道中着”と“壺装束”ですよ」
「部費で?」
「そのせいで1年間の部費の8割を使ってすまったけどな…」
(ええーっ!?)
「そういえば真澄先輩眼鏡は?」
「コンタクトに変えてきたのだ」
「じゃじゃじゃ!先輩すげえであんす!らずもねえきれいだで!美しいで!」
小夜姫が二人の平安装束を見て目を輝かせる。
「フフフありがとう…でもこの先には僕達より高い技術を持ったコスプレイヤー達が待ち構えているのだ!」
「え?」
「んだば、まずはえさし藤原の郷のシンボルでもあり大広場でもある“政庁”さ|あんべし≪行くべし≫!」
愛梨の案内で6人はえさし藤原の郷の政庁に向かった。
政庁―
えさし藤原の郷というとここという施設のシンボルであり中心部だ。
ここで6人が目にしたもの。
政庁南の大広場は一面男女コスプレイヤーの一群で埋め尽くされていた。
えさし藤原の郷に相応しい平安風の袿袴や狩衣・直衣はもちろん、新選組や水戸黄門などの侍姿や忍者装束や巫女服など日本の平安以降の各時代の衣装に身を包んだレベルの高いコスプレイヤー達がずらりと勢ぞろいしていた。
(何時代!?日本の歴史が集まってる!?)
真美がその光景を見て心の中で突っ込む。
「おおー!今日もすごいのだ―!」
「じゃじゃじゃ…なんだららずもねぇ光景だじゃあ…」
小夜姫もコスプレイヤー達を見て驚く。
「おお!磐裂(いわさく)!元気にしていたかいー?」
「真澄っち、元気だよー!」
真澄が一人の直衣姿のコスプレイヤーに話しかけた。
「紹介するのだ。江刺を拠点にコスプレ活動しているコスプレネーム「磐裂(いわさく)」ちゃんなのだー!」
「どうも磐裂(いわさく)です。以後お見知りおきを」
「安藤真美です…」
「大衡小夜でがんす…」
磐裂と真美と小夜姫が自己紹介をする。
「ああっいけない!磐裂ちゃんへのお土産を更衣室に忘れてきちゃったのだ!」
「オラ取ってくるでがんす」
「ばなな饅頭って書いてある箱なのだ」
「あ、それ知ってます!私も行ってきます」
「すまないのだ~」
真美と瑞希は更衣室へ真澄の忘れ物を取りに戻っていく。
「相変わらず君のとこの部員は大正時代の女学生姿一筋なのかい?」
「まぁ瑞希ちゃんの身内の形見だから思い入れも強いのだ」
「それで胆沢訛りにしては見かけない顔だけど、なんだか不思議な魅力を感じるね。霊妙なオーラというか…名前は」
「お、大衡小夜でがんす…」
磐裂は小夜姫をまじまじと見つめる。
「小夜さんか…うーん…」
「?」
「その衣装は天平時代のコスプレかい?」
「コ…コス…?」
「あのーすみません、それって奈良時代の女官礼装ですよね?」
「え?」
「本当だ―初めて見る―!」
「これが天平衣装かー!」
「きれいー!」
「とっても似合います~!」
「すみません写真撮ってもいいですか?」
「Twitterにあげてもいいですか?」
「は…はええ……??」
天女姿の小夜姫を天平衣装のコスプレだと勘違いしたコスプレイヤー達が小夜姫に群がる情景に小夜姫は困惑する。
そこへお土産を取りに戻っていた真美と瑞希が戻ってきた。
「ふう…さて、と…」
「みなさんお待たせしました……って……」
(人だかりができてるー!?)
小夜姫は政庁の檜皮葺入母屋造(ひわだぶきいりもやづくり)の正殿に立ち、カメラやスマートフォンを構えたコスプレイヤー達の撮影に応じていた。
(こ…こうだか?)
顔はやや引きつっていたものの、翳(さしは)を手に色んなポーズをとっていた。
「藤原の郷に天女のようなきれいなレイヤー発見!」
Twitterにあげられた小夜姫の画像は瞬く間に拡散された。
(あいやほに、なんじょすんべ…|おしょす≪恥ずかしい≫…おしょすけんども…なしてだかすんげぇ気持ちいい!)
小夜姫は見られる、撮られる快感に目覚めてしまった。
それを離れていたところで見ていた真美と瑞希はとりあえず安堵の表情を見せる。
「あいやほに…|なんだりかんだり≪なんだかんだ≫言って結構溶け込んでるでねか…」
「私たちが目を離した隙に何かあったと思ったら…ん?」
カシャ―
ローアングルから横になって真美と瑞希をカメラマンの男性が撮影する。
「いいねいいね。女学生姿の方ポーズお願いします」
「じょ…女学生…」
「やめてください!私レイヤーさんじゃないんで!」
真美が撮影を嫌がると、見ていた義香がカメラマンとカメラに市女笠(いちめがさ)を投げ被せた。
「いけませんね貴方。紳士じゃないですね」
「なんだよお前?」
「あなたもカメラマンならそれなりの分別がおありでしょう?嫌がる女性を無理になんて許されません」
「そうだそうだ!」
「失礼だぞ!」
「お前のような奴がいるから俺らはずっと肩身が狭いんだよ!」
「謝れ!」
「皆さんもお怒りですよ」
「そうだそうだ!謝れ!」
義香の注意に続けとばかりに小夜姫を撮っていた男性コスプレイヤーがカメラマンの男に野次を飛ばす。
「あのっ!オラは大丈夫だでおめさんもこんただことば|すねぇ≪しない≫ようにな?なっ?」
「わっ分かったよ悪かったよ…」
ガッ―
カメラマンの男が瑞希に謝っていると顔は笑顔だが怒りのオーラをゴゴゴと込めた愛梨がカメラマンの男の服の後ろの首元を掴む。
「お客様、園内での迷惑行為は禁止となっております」
「ひぃぃぃっ!」
カメラマンの男がビビる。
「義香先輩ありがとうございました」
「たまにいますからね、困ったカメコが」
「行くのだ」
「そうしましょう」
「すみませんそろそろ行きますんで」
「小夜ちゃんあべ!」
「お、おう…」
「さようなら小夜さん~」
「また会いましょう~」
多くのコスプレイヤーに見送られながら5人は政庁を後にする。
愛梨が戻り6人になった一行は平安時代の大路を抜け、丘を登り経清館に着いた。
経清館の休憩スペースで休憩する6人。
「ふぅ~|なしてだかいぎなりこえじゃ≪なんだかとってもつかれたよ≫~」
ガコン―
義香が経清館にある自動販売機から缶コーヒーを購入し、小夜姫に渡す。
「飲みます?」
「何だれこれ?」
小夜姫は缶コーヒーを手渡され、プルタブを開けて両手で飲んだ。
「甘ぇ!」
ミルク入りの缶コーヒーを飲んで小夜姫はごくごくに飲んだ。
(なるほど、コーヒーを知らない小夜ちゃんのためにミルクコーヒーにしたんだな)
真美が義香がミルクコーヒーにした意味を読み取った。
「ぷはーっ!」
「ところで最近何かロケをやる予定はねのか?」
「うーん…オラが知っている限りだど大河ドラマのロケも終わったし今のところ新たなロケの予定はねえな…」
「そうか…」
「ロケが行われると何かあるんです?」
「主演俳優とエキストラとして出演したりサインがもらえたりしちゃうのだー!」
「まぁそれは置いといてドラマを通じて江刺の良さをテレビを見ている皆さんに伝えることができるのがロケの強みなんです」
「なるほど…」
6人が談話する。
この後、6人は清衡館、城柵、伽羅御所、街並みと経て入場ゲート前の広場に戻ってきた。
「では僕たちも着替えてくるのだ―」
「んだば、オラは休憩入る前に一旦着替えてくるから門の前で待ってけらしぇ」
「うん、わがった」
真澄、義香、愛梨が着替えのために離れる。
「お待たせ―!」
普段着に着替えた真澄、義香、愛梨は真美、瑞希、小夜姫と合流し、お昼のためにお休み処「えさし藤原の郷」に向かった。
ここの「レストラン清衡」では「スイーツバイキング秋の陣」が行われていた。
「スイーツバイキングかぁ…」
「奥州市では甘えものさ特化した食べ放題はあんまし行われねぇす。えさし藤原の郷は色んなバイキング企画出すから楽しみだじゃ」
「スイーツバイキング?」
店内ではケーキに羊羹に水まんじゅうにアップルパイといった和洋中のスイーツがどどんと大量に置かれていた。
「小夜ちゃんバイキングてのはな、好きな食べ物好きなだけ取ってもいいんだけんど絶対に残すなっつう奴だ」
瑞希が小夜姫にバイキングの説明をする。
「へぇ~すごい!いっぱい甘いものあるんだー!なにこれ!おいしそう!」
(どうせありきたりでダサめのお菓子しかないんだろなーとか思ってごめんなさいごめんなさいごめんなさい……)
「真美ちゃん?」
真美は田舎のスイーツバイキングに先入観を持っていた自分を恥じ、心の中で謝罪した。
席に座り6人は食べ始めた。
「お、オラ初めて見るじゃ。こんたな茶色いフワフワとした甘え匂いの…」
「チョコレートケーキっつうだ。甘くて美味えぞ」
「チョコレートケーキ…んだば…はぐっ…」
小夜姫は一口サイズの小切れのチョコレートケーキを口に運んだ。
「じゃじゃじゃっ!あんやほに!らずもねぇ美味えじゃあ~っ!!」
(ええ!?)
小夜姫は感激のあまりオーバーリアクションをとってしまう。
「衣の滝さいた時には口にすることすらねがった、経験しだことのねえ初めての甘さだじゃあ!もっと食うっす~!!」
小夜姫は持ってきたスイーツを平らげ、またスイーツを取りに行き、感激のあまり早食いしてまた取りにいってを繰り返した。
「こんなにらずもねく美味えものが食えるだで、衣の滝から降りてきて|いがった≪よかった≫ぁ~」
(さ、小夜ちゃん!?そんなに急に甘いものを口に入れたら…そんなに甘いものを口に入れたら……血糖値が跳ね上がるでしょ?)
「は、あれ~なんだかフラフラしてきたじゃ~」
血糖値が急激に跳ね上がり、意識が朦朧としてきた小夜姫は瑞希に寄りかかる。
「た、食べ過ぎだじゃ小夜ちゃん!」
「私たちも結構食べましたしそろそろおいとましましょうか?」
「んだな」
「ほれ、大丈夫だか?歩けるか?」
瑞希が小夜姫を介抱して店の外に出る。
「んだばおらは仕事が残ってっから、ここで失礼するす」
「んでまたな~」
「またなのだ~」
「今日はありがとあんした」
入場ゲート前で愛梨と5人は分かれた。
「さてこの後は、えさし郷土文化館でも見ていきたいところですが、小夜ちゃんの服を買うために江刺バスセンターに戻りましょう」
「賛成~!」
5人は奥州市営バス街なか循環線に乗り、江刺バスセンターに戻った。
江刺バスセンターの向かいにはイオン江刺ショッピングセンターがある。
極めて好立地なショッピングセンターの2階の服売り場に5人は来た。
小夜姫に現代の服を見繕うために。
試着室―
「じゃじゃーん!ダメージジーンズにダメージシャツにハンチング帽!ベルトも派手にしてパンクさを演出してみましたー!」
「|いずい≪変≫ー!」
「ならばゴスロリ風に黒いドレスでかわいらしく!」
「おしょすー!」
「なら原宿系のポップな感じで…」
「おしょすー!」
「ロックな感じできれいにかっこよく決めるのだ―!」
「おしょすー!」
「では次は渋谷系に…」
「ちょっとちょっと…先輩方小夜ちゃんで遊んでいませんか?」
「えへへ、ばれた?」
「あんやほに!真面目に見繕ってけらしぇ!」
「とりあえず私の見立てですけどこんな感じでいかがでしょうか?」
真美は厚手のセーターにふわりとしたキュロットスカート、タバードを小夜に着せてみた。
「ほう!なかなかいい感じだじゃ!」
「こうゆうゆったりとした洋服なら小夜ちゃんの天女衣装に近いし、かわいいけれど目立ちすぎなくていいと思うんです」
「なるほど、これがいいのだ」
「さっきまで着せ替えごっこしでだ人が何を言うでがんすか?」
「よし!これでいきましょう!」
「みんな、ありがとあんす…」
史学部のお節介に小夜姫は感謝の笑みを見せる。
その頃、とある家でとある人物が炬燵に入りながらノートPCでSNSに拡散された小夜姫の投稿画像に見入っていた。
「間違えねえ…この女は…衣の滝の天女だ!」
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