奥六郡の天女姫
京城香龍
見分森&角塚古墳
東北新幹線の車内。
車内放送が鳴る。
「まもなく、水沢江刺です。お降りのお客様はお忘れ物のございませんようご支度ください。水沢江刺の次は北上に停まります」
「おい、着くぞ真美!」
「ふえ?そうか、今日から私…岩手県奥州市に!」
岩手県奥州市、岩手県の県南部に位置し、数多くの著名人を輩出してきた、歴史と伝統と南部鉄器の街である。
この古き良き街の新幹線駅「水沢江刺駅」に東京から越してきた、安藤真美は降り立った。
新幹線のホームが開き、プラットホームのホームドアが開く。
水沢江刺駅の改札口。
自動改札口の上の「よくござりすたな~」と奥州市の方言「仙台弁」で書かれている。
「お~い!!」
「よくきたじゃな~」
「おーっす!」
水沢江刺駅の改札口には真美の伯父と祖父が迎えに来ていた。
「出迎えごくろ~」
「おしあべ!」
祖父と伯父と父と真美は2台の車に乗って水沢江刺駅を後にした。
「ようし!引っ越し祝いに今夜はごちそうだじゃ!焼肉すんべ!」
「いやった!」
「それさすでもなして急に岩手の高校さ通うって言ったのっしゃ?」
「お父さんの転勤さついでくっつっても俺は社宅住まいだからよ、兄貴とずさまばんつぁまと4人で暮らすことさなるけんども大丈夫だか?」
「うん…大丈夫…だから…」
「まぁ難しい年頃だじゃ~いずれ話すべじゃ~」
「私が東京から来た理由…」
道中ジョイフル日高で肉や野菜を調達して、桜屋敷にある真美の父の実家にたどり着いた。
「ここがこれからお前の住むおじいちゃんちだぞー」
「お前の部屋は二階な」
「んしょっ!」
真美は荷物を自分の部屋となる部屋に運び入れた。
「今日からここが自分の部屋かぁ…本当に遠くまで来たって感じ。何だか静かすぎる…」
真美は窓を開けて家の外に広がる胆沢平野を見渡す。
「真美ー!荷物の整理が済んだら見分森さ行ってみらしぇ!」
「見分森―?」
「高速道路の向こう側に山みたいなのがあるべ?あれが見分森だー!」
「!あれか!」
高速道路の向こう側に見える森の生い茂った丘、それが見分森だった。
「ここからだば歩いて行ける距離だべ」
「奥州市が一望できる展望台があるじゃ。自分の住む町を見下ろしてみるのもいい気分転換になるべじゃ?」
「そうだね。ちょっと行ってくる」
真美は見分森へ出かけ始めた。
見分森公園。
別名グリーンヒル見分森。
広大な胆沢平野の唯一の丘陵である。
公園が整備されており市民の憩いの場所となっている。
「はぁはぁ…何が歩いて行ける距離よぉ…ずいぶん歩いたよぉ…はぁはぁ…」
真美の息はあがっていた。
「ふぅん…公園になっているのね…」
真美は見分森の中へ入っていく。
「アスレチックが充実しているんだ…へぇ、鹿もいる…!」
レストハウスを過ぎ、トリムコースを過ぎて公園内の道を歩き、見分森の象徴ともいうべき展望台にたどり着いた。
展望台から見る景色は岩手県の「ふるさと名所50選」にも選ばれている。
「ここが展望台…」
真美は恐る恐る展望台へと続く階段に足を踏み入れた。
螺旋状に続くコンクリートの階段。それを登り切った先に真美の目に開けてきたもの、それは風光明媚な胆沢平野の壮大な景色だった。焼石連邦を見渡し、散居集落を眼下に見下ろすその迫力は真美の目にはきれいに映った。
「すっご~い!これが胆沢平野!?どこまでも続く田んぼ!転々と存在する農家!美しく連なる山!なんてすごいの~!!」
「おめさんもそう思うすか?」
「ふぇ?」
そこにいたのは、袴にブーツと大正時代の姿をした真美と同じ年くらいの女の子だった。
(着物…?袴…?ブーツ…?)
「こんぬづは。おめさん初めて見る顔だじゃ~?」
(こんぬ…?)
「ええと…と、東京からこっちの高校に来ました、安藤真美、です…」
真美が自己紹介をすると、女の子は真美の顔に顔をぐんっと近づけて真美の顔をじっと見た後、ぱしっと真美の手を取った。
「あんやほに!東京からかや!おらは郷右近瑞希だじゃ!よろすくだじゃ」
「あ、あんや…!?」
(何語を喋っているのか全くわかんないぞぉぉ!?)
瑞希の仙台弁を耳にして真美は混乱する。
「真美ちゃんの髪とまなぐがきれいだで~らずもねじゃ!」
「え?ああ…そんなじゃないけど…生まれつきで…」
(そんなこと言われたの生まれて初めてだし…大体きれいなのはそっちだし…)
「なんだか恥ずかしいよ。郷右近…さんの話しようよ~」
「名前でいがす」
「瑞希…ちゃん?」
「はぁい!」
(うう~真正面からみられるとなんだか恥ずかしくて…目ェ合わせられないじゃない…)
「なしてこっちさ来ただか?」
「そ、それは…」
(そんなの初対面の人に言えるわけないよ~)
「まぁ何であれ奥州市さ来ていがったと思うじゃ」
「え?」
「見てみらしぇ、この景色!この景色の中毎日暮らせるのっしゃ!そう思うとわくわくすっぺ?」
「!?」
(そうか…私がこれから暮らす街の景色…展望台から見下ろすとこんな感じなんだ…)
「そうだね。こんなきれいな街で暮らせるんだもんね。きっとわくわくする」
展望台から奥州市市街地方面を見る。
瑞希の仙台弁は何となくニュアンスで伝わるようになった。
「そう思うべ~?」
「!?」
展望台の死角からさらに仙台弁で二人に語り掛けてくる声。
声の主は奈良時代を思わせる万葉風の装束・扇・髪型を着ていた。
(奈良時代!?)
心の中で突っ込みを入れる二人。
「お、おめさんは?」
瑞希が驚きながらも訪ねる。
「おらは小夜姫、衣川の天女だ」
(天女!?しかも訛きつい!!)
「天女って衣の滝の天女だか!?」
「んだ」
声の主は正体を明かす。
(ちょっとォォォォォォ!?何でそんな事知ってるの!?しかも天女って言葉受け入れてるし!天女を語る不審者かもしれないんだよ!?)
「あいやほに!衣川の天女がなしてここさ?」
「おらも今おめさんが言った“わくわくする”ために人間界さ降りてきたのっしゃ」
「え?」
「何百年と変わってきたこの景色、この街をこのまなぐで見てみてぇからっしゃ!そして知りたいからだじゃ!今のこの街を!」
「そうゆう事だか…」
「つまり現代の奥州市を見るためにやってきたと?」
「んだす。この景色の中おらも暮らしてみてぇ!そう思って衣川の山から降りてきたのっしゃ!」
「あいやほに!なんか色々と話してみでぇなぁ~おらい来るか?」
「え?」
瑞希が天女を自分ちに誘う。
「あの…もしよかったらうちに来ない?今夜引っ越しの打ち上げでみんないるし話に乗ってくれるかもしれないかも…」
真美が二人を祖父母の家に誘う。
「いいのすか?」
「たぶんいいと思う。じいちゃんもばあちゃんもいいって言ってくれるかも…」
「んだば決まりだじゃ!あんだいは?」
「住所はここ…」
真美は住所の書かれた紙きれを二人に見せる。
「なんだおらえの近くでねが!んだば簡単だ!おら原付で来てっからこの娘乗せて先に行ってから!」
「そうなんだ。じゃあ私は歩きで後で…」
「見分森からZバスが出てるじゃ。それ乗ればたぶんすぐだど」
「Zバス?」
3人は展望台と見分森を降りた。
ちょうど駐車場にはZバスが停まっていた。
「あれか!」
「んだば、あとであんだいで」
「うん!」
「よし!乗され!」
「へ?」
「原付で送ってやるす。しっかりつかまらい!」
瑞希は佐用姫を原付の後部座席に乗せ、原付を動かしその場を去った。
―ブォー
「行っちゃった…ええと私は…」
真美はZバスに乗り込んだ。
Zバスが発車する。
祖父母宅に近いバス停から降り、歩いて祖父母宅に戻ってきた。
今日から自宅となる祖父母宅には一足先に瑞希と小夜姫が戻ってきていた。
その夜瑞希と小夜姫の2人を囲んで焼肉をはじめた。
「あいやほに、うめじゃあ!焼肉なんて久しぶりだでー!」
「あ、あいや…?」
「“あいやほに”ってのは胆沢弁で“なんてこった”とか“なんてまぁ”って意味だじゃ」
「瑞希ちゃん家もずさまばんつぁましかいねぇす、んで訛ってるだな」
「えええええ?」
(ここはどこぞの国?)
父が仙台弁の意味を解説する。
「年が若ぇとすぐ仲いくなっていがすな」
「まさか瑞希ちゃんが近所だったなんて…」
「郷右近さんとは長い付き合いだで、学校まで同じだどはな」
「近いのはあそこしかねがんす」
「それより小夜姫さんの扱いをなんじょするかだ」
「お、おらのこと?」
「んだ。見た目は真美や瑞希と同い年だけんども、身元引受人がいねぇと学校にも通えさせねぇしな」
「ええ?」
「そんだば、元胆沢町議の大衡さん家はなんじょだべ?」
「大衡さん?ああ合併して町議でねくなったけど、今でも顔広いもんや。あの人さ身元引受人たのむべ」
「んだな。大衡さんが後ろ盾になればは、周りも納得するべ」
「そうと決まれば明日にでも大衡さんの元さあべ!」
「ほでまづ、今夜はおらえさ泊まっていかい」
「あ、はい!何から何までまんずどうもねがんす~」
「ええ?」
小夜姫は真美の家に泊まることになった。
「どうもごっつぉさんでがした~」
瑞希は原付を引き連れて帰宅した。
真美の部屋。
小夜姫と一緒にいる。
「真美ちゃんはなしてこっちゃ来たのっしゃ?」
「それは…お父さんの転勤についてきたってのもあるけど、東京じゃいられない出来事があって、逃げてきたっていうか…知らない人のいないこっちで1からやり直そうと思って…」
「そうだか…色々あったんだなや…」
「うん。だから過去のしがらみから解き放されたいっていうか…」
「大丈夫だで!おらがいるからこれから毎日はわくわくするじゃ!」
「そうだね…」
「んじゃそろそろ寝よっか」
「うん、おやすみがんす~」
部屋の明かりを落として眠りにつく二人。
翌日、祖父の車で奥州市胆沢区南都田にある大衡元町議の家を祖父・真美・瑞希・小夜姫の4人で訪ねた。
元胆沢町会議員であった大衡透に面会し、3人が佐用姫のことを透に説明する。
「なんだれ、そういうことでがんすか。んだばこの俺さ任せてけらい!」
「あいやほに!ありがとあんした!」
大衡透は小夜姫の身元引受人となった。
佐用姫は大衡透の養女という身分を手に入れ、人間界での名前も「大衡小夜」と名乗ることとなり、大衡家に居候する運びとなった。
「この後奥州市役所の胆沢総合支所さ行って人間界での戸籍を作っておらえの籍さ入れる。戸籍のねぇ天女様に戸籍と住民票をけでやる事くれぇ造作もねがんす」
「ありがとあんす、透さん、いや、オド!」
「オドか、そう言えば透さんには一人息子が居たなや?」
「ああ倅はデザイナーなるっつぅて東京さ出たっきりなんも連絡よこさねぇ!んだから小夜姫、いや、小夜ちゃんがおらえさ来て倅の代わりになってくれて心底うれしがんす」
(こ、これが田舎社会のパワーバランスか…)
真美は元町議のコネによる戸籍の取得方法を見て田舎社会の現実を悟った。
「んだば早速行動だで!小夜ちゃん胆沢総合支所さあべ!」
「はい!」
透は小夜姫を自分の車に乗せて奥州市役所胆沢総合支所に向かった。
「んでおらだは折角南都田さまで来たんだで、角塚古墳でも見て帰るべ」
「角塚古墳?」
角塚古墳とは奥州市胆沢区南都田にある日本最北端の前方後円墳である。
国道397号線を挟んである角塚古墳公園に祖父が車を停める。
真美と瑞希は車を降りて一本杉の生える角塚古墳に上った。
角塚古墳の上から国道397号線を行きかう車と角塚古墳公園を見渡しながら二人が会話する。
「ねぇ瑞希ちゃんはなんでそんな格好なの?」
「ああコレだか?おらは岩手県立奥州高校の史学部なのっしゃ。んなのす奥州市の歴史を体感する部活だからっしゃ、曾ばんつぁまの単と袴とブーツを譲ってもらったのっしゃ」
「曾おばあさんの?」
「んだ、和服も着てみだがったのもあるし時代物さ興味があってや、歴史と伝統のある奥州市さ生まれてきて、本当にいがったと思うのっしゃ」
「そうか…瑞希ちゃんは歴史が好きなんだね」
「んだ」
「岩手県立奥州高校と言えば私が転編入する学校だー」
「本当かじゃ?んならおらと同じ学校さ通うっつぅ事さなるじゃ!」
「そうだね!毎日一緒に通学できるね!」
「んでっしゃ、学校さ来たらおらほの史学部さ来さいん!」
「し、史学部…?」
「んだ!史学部さ入れば奥州市の事がもっとわかるじゃ!奥州市を知るための部活、それが史学部なのっしゃ!」
「奥州市を知るための部活……わかった!私学校が始まったら史学部に入るよ!」
「あいやほに!ありがとあんす!」
二人は角塚古墳の上で手を結んだ。
一方車を運転していた祖父は運転席で昼寝していた。
「ZZZ…」
その夜二人のもとに小夜姫が大衡小夜として無事戸籍をゲットした報せが届いた。
併せて大衡小夜となった小夜姫が通学する学校も真美と瑞希の通う岩手県立奥州高校に決まったと言う。
「小夜姫が現代社会デビューする!」
「私が何とかしなくちゃ!」
「おらがなんじょにかすねば…!」
二人に使命感みたいなものが湧き上がってきた。
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