15日 夢の中で


「ただいまー」


肩と背中に入った雪を払い落とす。

手袋についた雪は溶け始めて濡れている。

寒い、早く風呂に入りたい。

エナメルバッグを玄関にほうり投げ、脱衣所に直行する…


「おかえり。エナメル、どうにかしなさい」


あー死んだ。

脱衣所にある洗濯機の前で母親が待ち構えていた。

ぶつくさ言いながら自分の部屋までエナメルバッグを引きずっていく。


「洗濯もしなさいね」


「いーやぁーだぁぁぁぁぁぁ」


「今日はアナタの好きな肉じゃがよ」


「え?マジ?」


やりますやりますしっかりやりますって。




「「「いただきまーす」」」


暖色のライトの中で肉じゃがから出る湯気がゆらゆらと踊っている。


『こちらジャパリパークではクリスマスシーズンのイベントとして、可愛らしいフレンズ達がサンタクロースの仮装を』


テレビではクリスマスイベントを予告するコマーシャルばかりが流れている。

ジャパリパーク?

行きたいけど一緒に行く相手がいるかっての。


「うまそー!」


「いっぱい食わないと強くならないからな!」


父さんもメガネを曇らせながら、箸をこれでもかというくらいに開いて肉じゃがを頬張っている。


「あんまり急いで食べないの!」


そう言いながらも母さんは笑顔だ。

親子で好みが似たのだろうか、父さんも肉じゃがが大好物である。


「今日のサッカーはどうだったんだ?」


「超さみぃよ、だってコーチったら俺たちを半袖短パンで雪の中走らせるんだぜ?」


「ハハハ、父さんも昔はそんな練習をさせられたからな、雪の中は根性がつくぞ?」


「ごちそうさま!」


ファー食った食った。

後は風呂入って寝るだけ。

勉強?しーらね。

冬休みも近い事だし、変に風邪をひいてしまわないようにと銘打って寝ますか。




シャワーが冷めた体に当たる。

頭はぼんやりといい気持ちだ。

湯冷めしないうちにパジャマを着て毛布に包まってしまおう、寝たフリをしてお茶を濁せば完璧。


「おやすみ!」


そう、俺の部屋まではここから2メートル、散歩で着くわけだが部屋に入る前に母さんに声をかけられたらお終いである。


バタンとドアを閉め、鍵をかけて仄暗い非常灯だけを部屋に灯す。

寒いし疲れたし抜くほどの体力もない。

あるのはこの羽毛布団だけ。

最高の快感、超!エキサイティング!


「ちょっとダイチ!勉強は?!」


「…」


「まったくもう!」


どうやら上手く逃げられたようだ。

あぁ…夢の世界へと意識が吸い取られていく…

















「このままではいけないわ」


「パークの崩壊を防ぐにはこれしかない」


「ごめんなさい」


「アナタを選ばなければならなかった事」


「でもこれしかないの」


「本当に、ごめんなさい」


「さぁ、起きて」


「ダイチ、起きて」













夢の中で自由に動けたことがあるだろうか?

アレだ。

いまアレに陥っている。

夢にしても鮮明で、俺は持っている中で一番厚く温かい服を着ている。


「うぅ…寒い…」


吹雪までとはいかないが、それなりに風は強くて粉雪も降っている。

ここはどこか、見覚えのある風景だろうか。

玉が縮こまってしまうような寒さだ。


「リアルな夢だ…ハックション!」


鼻水まで再現されても困る。


とにかく寒いので歩きたい。

雪はまだそんなに積もっていないが、降る速さが早いので足跡が消えていく。


遠くに明かりが見えた。

いや待てよ…赤と緑の光…

いやクソッタレクリスマス街かよ!!

一転してただの悪夢だ、寒さも強くなった気がしてきた…


「くっそ…寒い…」


ガヤガヤと喧騒が聞こえて来る。

本当に妙なくらいリアルな夢だ。

人混みが近づいてくると、皆頭にネコ耳のような耳当てをつけているので夢なのだとわかるが。

しかしひとりひとりの会話に置いてもよく聞き取れる。


ほっと息を吐くと白く、手が温まる。


「いかがですかー?ジャパリカフェにてクリスマス期間限定ケーキ販売中でーす!」


「ジャスティスケーキよ!これを食べればアナタもジャスティス!」


「ジャスティスとは…?」


サンタのコスプレをした女子がいる。

見たところ同年代?

そんなバイトをして大丈夫なのだろうか…

髪は模様のように染められている。

一人には頭に羽がついていて、どんな仕組みかは分からないがバサバサと動いている。


ここらで温まるのもいいだろう。

お腹も減ったし。

金、持ってたっけ…

夢だしいっか。


横のミックスウッドのドアを押し開ける。

チリンチリンと音がすると、中はやはり小洒落たカフェのようになっていた。

そういやリースも掛かってたな、クソが。


「ご注文をどうぞ!」


注文を取りに来たのはとても可愛い女の子だった。

しかし店前の人のように耳をつけており、ぴょこピョコと動いている。

名札を見ると、ドールと書かれている。


「えっと…期間限定のケーキと、ホットコーヒーをお願いします」


「コーヒーにミルクとお砂糖は…」


「ドバドバでお願いします」




コトンと湯気が立ったあまあまコーヒーが目の前に置かれる。


「ご注文以上でよろしかったでしょうか?」


「ありがとうございます」


「ごゆっくりどうぞ!」


ああ、笑顔もかわいい…

夢はやっぱり理想も運んでくれるのだろうか。

だがケモ耳とは…?

我が内なる異常性癖が発現したのだろうか…


ケーキはいままでに食べたものの中でトップクラスに美味かったし、コーヒーで体があったまった。


さて、おいとまさせてもらおうか。


「お客様、レジはこちらになりますわ…」


メガネをかけた女の子か俺を呼び止めた。


「え…」


金、持って無さそうなんだよね。


…夢だから出せるか?


「お客様…大丈夫ですか?」


無理だ…

逃げるか☆


「ごちそうさまでしたーっ!」


「あっ!食い逃げーっ!」


なんだよやっぱり悪夢じゃねーか。

店を飛び出して一直線に走り続ける。


「待ちなさい!ジャスティス☆キーック!!」


「うわぁっ!」


後ろから店前の翼をつけた女の子が飛んできた。

凄い勢いでスレスレを蹴り飛ばしていく。


「逃さないわ!ジャスティス☆追跡!!」


「ジャスティスとは?!」


横の木々の中に隠れよう!


「ジャスティス☆キーック!!」


ドカンと土が舞い上がる。

しかしそこにはチラチラと光る虹しか無かった。

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