第22話 青年は必殺技を編み出す
クリスティーンが起き上がれるようになるまでに三日、旅ができるまでに体力が回復するのにさらに二日を要した。
「ご迷惑をおかけしました」
翌日、食料などを買い込んだりと出発の準備に費やしたので、結局一週間もの滞在になった。
おかげで彼らの財布の中はすっかり空っぽになってしまった。
「モンスター退治で稼がなきゃなぁ」
と、レイトがいえば
「それは難しいな」
と、クリスがこたえる。
「どうしてさ?」
「ここまで来れば治安もよくなってくる。モンスターとの遭遇なんてそれほど多くはないからだ」
「もっと強いモンスターが出てくるとかじゃないのかよ」
レイト、それはゲーム脳過ぎだぞ。
「出るわけがなかろう。ここから先は人間の領域だぞ。王都にモンスターを近づけるなど、騎士団の威信にかけても許すわけにはいかない」
「ああ、確かに」
「じゃあここから先、あたしらどうやって食べていくのさ」
さすがのヴァネッサも心配のようだ。
そりゃあそうだ。
王国は経済で動いている。
地下迷宮でその日暮らしができた頃のようにはいかないのだ。
「二、三日稼いでから行くのはどうだ?」
「バカな。一日でも早く姫を王のもとへ送り届けるのが使命だろう」
「そうは言っても、金がなきゃ何も買えないんだぞ。そんなんで王都に行けると思っているのか?」
「う……いざとなれば王国の権限で物資を徴収……」
「やめたれ、クリス。いらん反感買うだけだから、それ」
「クリス、彼らの言い分ももっともです。私のせいで苦労しているのですから……私からもお願いします」
「一日、一日だけです。二人もよいな?」
ということで冒険者は村を出て一日、街道をそれてモンスターを探しながら進むことになった。
町を出るのに馬車に乗り込む。
すると、視界が
「うおっ!」
「どうかしましたか?」
「あ、いや……なんでもない。なんでも」
動揺するのも仕方ないね。
いつも唐突だからさ。
視界はまだまだゲーム画面風でなんの処理が追いつかないのか、動作の視覚意識と実際の視覚の移行に心持ち
あと時々処理落ちするようだ。
(スペック足りてねーぞ)
と、レイトが悪態をつきたくなるのも判らなくはない。
3D酔いするなよ、レイト。
町を出ると視界一杯になかなかリアリティの高い景色が広がっている。
一つ難点をいえば自分の体が一切見えないことだ。
本当なら下を向けば自分の体が見えるはず。
なのに意識的に見ようと試みなければ手さえ見れない。
いわんや足や腹など、だ。
それでも認知のゲシュタルト崩壊を起こしそうになるザ・ゲーム画面な
(安物のVRだと思えばいっか)
相変わらず状況順応力高いね。
羨ましいよ、その主人公適性。
王都に近づくに従って治安が安定していくとはいえ、町までの街道にはそこそこ頻繁にモンスターが出ていた地域だ。
意識的に森の中を探索すればまだまだモンスターに出くわすことになる。
一週間近く町に滞在して気力体力共に十分な冒険者たちは、オークやゴブリンといった一団に遅れをとることもない。
ただ、レイトは視覚情報のアップデートにともなって多少のもたつきが見られた。
時々コマ落ちしたり、視界の追随性能の遅延によって敵の認知が遅れるのだ。
(ま・これはこれはこれで縛りプレイだと思えばいいけどね)
さすがゲームオタクだ、たくましいね。
体を動かす感覚はもうほとんど現実世界と変わらない。
フィードバックされる衝撃などもびっくりするほどダイレクトだ。
視覚的に自分がまったく見えないので避けられたのかどうかが衝撃でしか測れないのが厄介ではあるけれど、それだって紙一重な攻防はオークやゴブリンとの戦いには特に重要な要素じゃない。
多少ダメージを受けたところで戦闘に差し支えるような怪我につながることもなかろうし、慣れてくると余裕を持って対処もできてくる。
一番気をつけなければならないクリスティーンの護衛はクリスが騎士の責任において引き受けてくれるので、レイトとヴァネッサは心置きなく戦闘に集中できるのも気が楽だった。
その日一日で実に五度の遭遇戦をこなし、レイトはヴァネッサともどもホクホク顔で野営の準備をすることができた。
翌日からは街道に戻り、粛々と先を急ぐ。
クリスの言うとおり街道筋はモンスターの襲撃もまれになり、日に一度が日にあるかないかに変わり、三つ目の町を通過する頃にはモンスターの襲撃など心配するのもバカらしいほどの旅になる。
「だからと言って気を抜くな」
次の街へ着いたらその次は王都だと言う道の途中で冒険者はモンスターの襲撃を受けてしまった。
それに対するクリスの悪態である。
返す言葉もなくレイトはウルフベアーと戦う羽目になっている。
見た目は狼だ。
四つ足で俊敏に飛び跳ねる様は狼だが、サイズはヒグマ並でおそらく3メートル近い。
攻撃方法も噛みつきよりベアナックル主体のようで確かに生態的には熊らしい。
「あ、そうだ」
ヒットアンドウェイで何度も攻撃を入れているのだけれどもちっともダメージが通った感触がなく、攻めあぐねていたレイトは唐突にドラゴン戦でできる気になった必殺技を試してみる気になった。
ウルフベアーから少し距離をとり、風の魔法を発動して握る剣にまとわせる。
その状態で一直線にウルフベアーに突進して渾身の一撃を突き刺すと同時に魔法を放つのだ。
魔法は胴体に突き込まれたところから体内で発動しウルフベアーの内を
ウルフベアーは一声吠えて、どうと仰向けに倒れた。
「すごい……」
「なにをどうやったんだい?」
「あー、ドラゴンとの戦いでさ、クリスが奥義とか言うやつを使ったじゃない?」
「
「そうそれ」
レイトはムッとしたクリスを無視して説明を続ける。
「それでね、魔法を応用すれば似たようなことができるんじゃないかと思ったわけよ」
「しかし、私の奥義とは似ても似つかないものだったぞ」
「そりゃ、まるっとパクったら申し訳ないじゃん。で、風の刃じゃなく旋風的なものにできるんじゃないかとやってみたらできた?」
「なぜ自分で行っておいて疑問系なのですか?」
「気にしなさんな、クリスティーン。しかし、あんたやっぱり面白いよ、レイト。最高だね」
「で? 技名はなんだ?」
「え?」
「技の名前だ」
「あー……決めてないなぁ」
それを聞いてクリスはクリスティーンの方を見た。
「姫」
「はい」
「技名を与えてはいかがでしょう?」
「私がですか?」
「はい」
「……そうですね。ヴィザードから救っていただいてからここまで、ずっと助けられているのに何も与えられずにおりましたのを心苦しく思っていたのは確かです」
そういって、クリスティーンは可愛らしく小首をかしげて名前を考え始めた。
(かわいいな、おい)
王女様に対してそれしか感想がないのかよ。
不敬だな、レイト。
「旋風突き……いえ、トラッシュサイクロンではいかがでしょう?」
「よい名です。レイト、謹んで拝名せよ」
なんでいちいち上から目線なのかと鼻白むレイトではあった。
けれど、名前そのものは決して悪くない。
突きの後に風の魔法が体内で吹き荒れると言う順番も名前に込められていてまさに名は体を表すだ。
…………。
ちょっと吸引力が変わらない的な何かを感じてしまうのだけれどな。
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