第15話 青年はむしろTRPGっぽいワイルドキャンプの準備をする
「しかし、わけも判らず次元の回廊でいきなりモンスターに襲われたにもかかわらず苦もなく撃退するとか、たった一人で島のモンスターと戦って塔の遺跡を冒険するとか、あんた存外勇者だな」
まさにゲーム感覚だったことを考慮に入れても、「次元の回廊」「ハジマリの島」「塔の遺跡」と一人で何度も死にかけながら戦ってきたのだから、命知らずの勇者といわれても「ダヨネー」てなもんだ。
「しかも、あたしと出会うまでダンジョンの中、お姫さん守りながら戦ってたんだろ?」
いわれてみればその通り。
その通りすぎてクリスが歯噛みで悔しがるくらいだ。
いやいや、悔しがるんじゃなくそこは感謝を示そうよ。
心が狭いぞ、クリス。
「さて、この町を出るとしばらくはモンスターひしめく中を荒野行動だ。明日は旅の準備と休息にあて、明後日出発でどうだろう?」
ライアンの提案にヴァネッサが賛意を示し、クリスも異議はないようだ。
異世界の旅慣れないレイトは意見の言いようがなく、クリスティーンに至ってはお任せします状態だ。
話し合いは終わりとでもいうようにクリスが立ち上がり、ライアンも後を追うように部屋のある二階へ上がっていく。
「あたしもベットとやらで寝るのは初めてだからね。楽しみだなぁ」
なんてヴァネッサもほくほく顔で部屋に行った。
もちろん、レイトの視覚情報的にはそんな細かいニュアンスは表現されていなかったけど、なんとなくそんな風に伝わってくる。
不思議だよね。
残った二人の間になんとも言えない沈黙が生まれる。
(……気まずい)
相手の表情や仕草が判ればまだ、対処もしようがあるだろう。
けど、四頭身の2Dキャラクターが身動ぎもせず椅子に腰掛けているビジュアルだけでは相手の気持ちが推しはかれない。
(困ったもんだ)
と、心の中ではつぶやくものの、行動に移さないあたり案外奥手であることよ。
そのままなんとなく時間だけがすぎ、
「そろそろ寝ましょうか?」
というクリスティーンのお開き宣言であえなく千載一遇の機会は終わりを告げ、何事もなく夜は更けていった。
この世界の睡眠は一瞬である。
まぁ、この感覚はどうもレイトだけのもののようだけれど、ベッドに潜り込んだ瞬間から睡魔に襲われ、目覚めた時にはちょうどいい朝になっている。
「いいのか悪いのか」
「なにを言っているんです?」
独り言が口をついてしまうなんて結構末期だよ、レイト。
「あー。いや、独り言」
今日は休息をかねた買い出しの日である。
クリスは護衛と称してクリスティーンに付き添って食料の買い出し、残りの三人は残りの冒険道具の買い出しだ。
クリスは文無し、こちらはダンジョンでたんまりと稼いだ軍資金がある。
あるんだが……
「俺たちの金をあてにするとか、王国騎士としてどうなんだ?」
というライアンの愚痴はもっともだ。
「金がないってんなら仕方ないだろ」
と、一応優等生じみた弁護をしてみるレイトだって気持ちはおんなじだ。
「愚痴ってないでとっとと買い物ってやつをすましちまおうぜ」
こういう時、むしろヴァネッサの方が男前なのは国に縛られていない故か、そもそもの性格か?
ともかく準備を整えなければ旅に出られないのだから、どう愚痴ってみても自分たちにとっても必需品に違いなく、ぐちぐちと言いながらも買い物はたんたんとすましていく三人であった。
まずは野営の準備だ。
神殿遺跡からこの町の間で一泊野営はした。
正確には暖をとるのと野生動物を近づけさせないために火を焚いてその周りで寝ただけの単なる野宿だ。
一泊二泊ならそれでもなんとかなるだろう。
しかし、これからの旅路は十日やそこらじゃないらしい。
家や宿のベッドとまではいかなくてもそれなりの睡眠環境を整えなければ、体が参ってしまう。
てなわけで、彼らは雨露をしのぐタープテントを二張り、寝袋と厚手のマントを人数分。
魔法様様だなとレイトは魔法のありがたみに心の中で感謝を示す。
次にサバイバル道具の購入だ。
彼らの所持品には武器がある。
けれど小回りのきく生活道具としてのナイフがない。
日本人であるレイトとしてはサバイバルナイフに憧れるところだが、この世界ではそんな機能性の高いものはあいにく存在していなかった。
ということで、なんにでも使う刃渡り十五センチメートルほどの片刃のナイフを二本と十センチメートルたらずのスローイングナイフを十本買う。
「投げナイフなんて使ったことあるのか?」
「ないよ」
「じゃあ、なんで買うことにしたんだ?」
「持ってたらカッコよさげじゃね?」
なんてレイトがいうもんだから、ライアンは片手で顔を覆ってため息だ。
ヴァネッサはカラカラと笑って
「確かにカッコよさげだね」
なんて同意してくれる。
そして、飯炊きの鍋と水袋とカップを用意する。
「なんでカップが必要なんだ?」
と、質問してきたのはヴァネッサだ。
レイトは嬉々としてウンチクを垂れる。
「水はただでさえ腐りやすいだろ? 水袋に口をつけて飲むと、雑菌が入って一日とたたずに腐っちゃうんだ。この先の旅で、水を確保できないこともあるかもしれないからさ、少しでも長持ちさせるために……」
「いやいや、水は毎朝お前が魔法で作ればいいんじゃないか? 水が腐って飲めないなら俺がホーリーウォーターで清めてやってもいいんだぞ」
「あ……」
レイト、ドンマイ。
そのほかに彼らはスパイク、ハンマー、かぎ爪、ロープ、日除け頭巾を買った。
「ポーションは食料班?」
と、一通り揃えたレイトは指差し確認をしながらライアンに訊ねる。
「ポーションはこの規模の町じゃ入手困難だ。たぶん手に入らんよ」
「え?」
「ああ、状況的にやばいよなぁ」
ライアンもその危機的状況は理解しているようだ。
手元にはHPポーションがレイトとクリスティーンが持っている二つしかない。
MPポーションに至っては0だ。
神殿遺跡の加護とやらで守られたこの一帯でさえ、結構な頻度でモンスターは現れた。
この先ポーションなしで旅を続けられるのか?
「なかなかシビアなシナリオだな」
なんて呟いて二人をキョトンとさせるレイトであった。
さて、宿に戻ってくると、店先に騎乗用の馬と二頭立ての馬車が一台停まっている。
「な、なんだ?」
と、レイトたちが驚くのも無理はない。
店の中に入ると、クリスティーンとクリスが待っていた。
四頭身の2Dキャラなのになんだか鼻高々な雰囲気を醸し出しているクリスにライアンが開口一番
「あの馬はお前が買ったのか?」
と、少々詰問のニュアンスを込めて問いかける。
「ああ、姫を歩かせるわけにいかんだろう」
「そっちじゃねー」
「俺の馬か? 騎士として馬に乗るのは当然じゃないか」
悪びれるでもなくそう言い放つクリスに頭を抱えてしまいたくなるライアンだった。
「その金はお前の金じゃねーだろ!」
「私のことなら気にしないでください。どうせ王都に戻ってしまえば使い道のなくなるお金です」
(確かにそうなんだろうけど……)
この世界では世間知らずなレイトも呆れるしかない。
どうやら王国騎士の装備は基本すべて支給品らしい。
中には自分で揃える者もいるらしいが、クリスにいわせれば酔狂以外のなにものでもないのだという。
だとすれば、
「騎士の装備を揃えるのは王族として当然の責務」
というクリスの主張は彼の中で整合性が取れている。
「これ以上議論しても仕方ない。ライアン、諦めろ」
何を諦めるというのか?
議論か?
議論そのものをか?
レイトにそういわれて、ライアンは不承不承でクリスに対する矛を収めた。
先が思いやられるよ。
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