第5話 青年は「戻ってきたやつはいない」という遺跡の塔を登る
遺跡の塔はその名の通り朽ちた外観の塔だった。
一階が四角でその上に円筒が伸びている外観だ。
「これで案外内部はしっかりしてたりするんだよなぁ……」
レイトは念の為、塔の前のモンスターでもう1レベル上げてから塔に入ることにした。
こういう時は案外慎重な男だ。
レベルアップすると強くなった気がする。
そのついでに怪我が治るんだ。
「不思議な現象よね」
塔に入ると意思に反して動くことができなくなる。
ちょっと焦るも、BGMが鳴っていないことに気づき成り行きを見守っていると、ゴゴゴというSEとともに入り口の扉が閉まる。
「あー、なるほど。入ったら戻ることができない……と。そりゃあ、戻ってきたやつはいないわな」
新しいBGMが鳴り出し、金縛りが解ける。
一階はちょっとした迷路になっていて、バットとスコーピオンが徘徊している。
「スコーピオンは毒攻撃だろ。初めての状態異常攻撃モンスターだな」
カバンの中には毒消し草と解毒薬が10ずつ入ってる。
毒消し草は毒攻撃に有効で、解毒薬は毒の他に麻痺にも効く。
「っていうか、麻痺状態で薬なんか使えんの?」
思わず考えそうになったが、そういう世界なんだ、その程度の麻痺なんだということにする。
相変わらず主人公適性の高い男だ。
バットは弱い。
剣で殴ればdefenseモードでも一撃で倒せる。
スコーピオンの方はoffenseモードでも三回くらい殴りつけないと倒せない。
そのスコーピオンは通常攻撃と毒攻撃でモーションが違うことを早々に発見したことで、一階をクリアするまでの間に二回しか毒攻撃を食らわずにすんだ。
階段を上ると二階はそこそこ広い円形の室内で、壁で仕切られためんどくさい通路になっていた。
「ゲームあるあるだよね。意味もなく動線が複雑。ただ次の階段に向かうだけなのに」
二階にはスコーピオンとコボルドが徘徊している。
「飛んでるバットと地べた這ってるスコーピオンが競合しないのは判るけど、コボルドはなんで攻撃されないのよ?」
つい突っ込んでみたくなるレイトだった。
塔の中のコボルドはなぜかウルフの森のコボルドより強い。
「これはあれか? 種族が違うのか? それとも過酷な環境で強い個体だけが残ってる的な設定上の問題なのか?」
ま、どうでもいいことだけどなー。
強い分だけ経験値も溜まりやすいのか、この階でさらにレベルアップすることができた。
もっとも、経験値稼ぎに夢中になっていたせいで、さらに二回スコーピオンの毒にあたってしまったわけなのだけど。
三階は二階より狭く、ちょっとした障害物があるだけの空間で、コボルドとゴブリンがいた。
「む。迷路の方がよかったな。これは一対多の戦闘を強いられる」
アルゴリズム的な反応のおかげで、そこそこ近付かなければこちらをタゲってこないことが救いだった。
テクニック的には
けれどそれがなかなか難しい。
剣を振っている間は移動ができず、離脱距離を間違えて別のモンスターにタゲられることもちょいちょいあるのだ。
かなり苦戦を強いられて、フロアの敵全部倒すのに回復薬を二つ消費するハメになった。
「もう一回回復するべきか否か?」
悩みどころである。
塔の外観的にはそう高い印象はなかったけれど、如何せんドット絵の世界だ。
実際には何十階とある可能性も否定できない。
村に戻れない仕様になっていることだし、消耗品はできる限り使いたくないと思うのは当然だろう。
「レベルアップすれば全快するわけだしなぁ……」
彼は、上った先の敵を確認して使うかどうかを決めることにした。
四階は、三階よりさらに一回り小さい空間だった。
廊下で仕切られた部屋構造になっていて、なぜか中の様子が確認できる。
というか、この範囲ならフロア全体が見渡せる。
「そういえば、塔の中は自分を中心に一定範囲のマップが全部見える感じだったな。なぜか迷路の通路の壁の向こう側も見えていた」
場所によって見え方が違う視覚情報にちょっとクラクラしながら、改めて部屋の中のモンスターを確認する。
手前の部屋には赤い全身鎧のキャラが、奥の部屋には黒い鎧の敵キャラが行ったり来たりしている。
「さしずめレッドアーマー、ブラックアーマーってやつだ」
レイトは躊躇なく回復薬を使ってヒットポイントを回復し、若干の躊躇の後、意を決してドアを開ける。
開けた瞬間にレッドアーマーはレイトに向かってやってくる。
「くそ!」
この手の行動をするのはフロアボスクラスだ。
ただ、動きはレイトよりずっと遅い。
彼はバシバシと三度叩いては逃げるというのを繰り返してヒットポイントがレッドゾーンに入るのとほぼ同時くらいに倒すことに成功した。
一瞬歪んだBGM。
激痛も走ったが、直後にレベルアップで全回復。
「……痛み損だ。まるっといらんかった」
釈然としないレイトだったけれど、倒した敵が宝箱になっていたのに気づいてホクホクになる。
中には鋼鉄の鎧ってのが入っていた。
それに着替えたレイトは気合いを入れ直して次のドアを開ける。
反応はさっきの敵と同じだったが、スピードが違う。
さっきのはレイトの半分くらいだったが、目の前の敵は三分の二くらいのスピードで迫ってくる。
「そもそものスペック差か? それとも鋼鉄の鎧が重いっていう処理?」
今はそんなことを考察している暇はない。
ということで殴りつつ逃げつつと格闘(この場合は取っ組み合いって意味じゃなく、困難に取り組む方だ)すること十分ちょっと、なんとかレッドゾーンにすることなく倒すのに成功した。
そしてでてきた宝箱の中には鋭利な鉄の剣。
「こういう時は、鋼鉄の剣じゃないのかね?」
命名の法則にイマイチなぞなところがあるなと思いつつ持ち替えて階段を上ると、四階よりさらに狭いフロアにローブ姿の男(?)と横向きになった女性キャラがいる。
体の自由が利かなくなってローブの男が喋り出す。
「フハハ、よくきたな。我が名はウィザード。この塔のあるじだ」
レイトは(ウィザードって職業名なんじゃねーの?)と、心の中でつぶやきながら状況を確認する。
狭くなっているとはいえ戦闘空間としてはそれなりの広さが確保されている。
女の子はドレス姿か?
ウィザードとともに向かいの壁側にいるのでいきなり戦闘になることもないかな?
と思いつつも
(ウィザードっていうくらいなんだから魔法使ってくるんだろうな)
と覚悟する。
「塔を登ってきた勇気と実力は褒めてやろう。だが、ここまでだ。我が魔法を受けて死ね!」
(最後雑っ!)
と、心の中で毒づきながら自由が戻った体をまっすぐウィザードに向かわせる。
案に違わずウィザードは魔法を撃ってきた。
なんとなくパターンがありそうなクネクネとした火の玉の軌道を覚えながら避けて避けて避ける。
一度にフロアに放てるのは五つまでのようだ。
三度ほど当たったものの十五分ほど避け続けてパターンを覚えたレイトは、念の為回復薬を使ってヒットポイントを回復するとウィザードに接近する。
パターンが判っていても近づくとさすがに避けきれない火の玉もあったが、二発の被弾で最接近。
鋭利な鉄の剣で殴りつけると(本当なら切りつけると表現したほうがいいんだろうけど、レイトの視覚的にはどうしても殴っているようにしか見えない)、派手なエフェクト(といってもドット絵なんだけど)とともにウィザードが
「ぐわぁ!」
と叫んで破裂した。
BGMがファンファーレに変わったのをしばし呆然としながら聞いていたレイトはやがて
「…………なんてあっけないんだ……」
と呟いた。
いいじゃん、相手はウィザードなんだし、体力ない設定だったんだよ!
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