第16話 青年は考え方の違いに憤懣やる方なく思う
この辺りで唯一の安全地帯である町サナリアムを出発するとかろうじて痕跡が判る街道跡をたどって王都へ向かう。
先頭は意気揚々と騎乗するクリス。
その後ろを二頭立ての馬車が進む。
重い荷物とクリスティーンを乗せ、ライアンが口取りをしているが路面状況が悪いのでレイトとヴァネッサもいつでも馬車を押せるように歩いている。
ともすると遅れがちになるその三人を叱咤しながら先を急ぐクリスにいい感情など持ちようのない彼らから、ぐちぐちと文句が口をつくのも仕方ないことだろう。
もちろん馬上の人であるクリスには聞こえようもない。
レイトにとって幸いなのは、従来通り重い装備や個人所有の荷物の負担感も長距離を歩き続ける疲労感も、この世界に来てそれほど強く感じないことだった。
ヴァネッサにしろライアンにしろ、文句を言いつつ足取りはしっかりしている。
ずっと歩いていても歩くペースは変わらない。
(こういうところが現実感に欠けるんだよねー)
なんて感想が湧くのも当然かもしれない。
モンスターとの遭遇はドラゴンクエストほど頻繁ではなかったが、安心して旅を続けられるほどでもなかった。
フィールドでのエンカウントは、なぜか第三者視点を与えられているレイトにとって不意打ちなどあり得ない。
俯瞰で自分を中心にそれなりの範囲が見えているレイトは敵の接近を容易に把握できるのだ。
他の冒険者には「敵感知能力が優れている」と思われているようだ。
まぁ、特殊能力といえば言えなくもないわけで、ややこしい説明をめんどくさがったレイトは「気配が判る」と雑に説明してやり過ごすことにした。
戦闘は自分の体を動かして行うので、戦ってる感は充実している。
街道跡に出没するのはゴブリンやオーク、ゾンビにスケルトンといったあたりの人型モンスターが多かった。
サナリアムまでの冒険でそこそこのレベルアップを果たしていたレイトにとって、RPGの序盤で馴染みのあるモンスターに遅れをとることはない。
もちろん仲間の冒険者も同様だ。
やがて街道跡は湿地に入り、リザートマンが出現することが多くなる。
湿地は足がとられるのか、自分の移動速度が落ちて攻撃の先制率が下がり、出現数によっては防戦を強いられることも度々あった。
けれど、レイトには逆転の手段としての魔法があった。
特にとあるゾンビから手に入れた戦利品のスクロールから習得できたフレイムウェーブは炎の波が真っ直ぐ進むという範囲攻撃だったこともあり、一発逆転攻勢が可能になった。
「すごい魔法だな、フレイムウェーブってやつは」
と、ヴァネッサが感心していうと、何が気に入らないのか
「しかし、下手をすると我々まで巻き添えを食う危険な魔法だぞ」
と、クリスがくさしてくる。
まったく……
「素直に礼を言えばいいのにな」
と、ライアンが耳打ちするのに苦笑するしかないレイトであった。
湿原を抜けると森林地帯に変わる。
再び出現モンスターはオークやコボルドが多くなる。
それだけならどうということでもないのだけど、オーガ、トロールといった大型のモンスターや群の数が多く出現頻度も高いウルフもいて、なかなか気が休まらない。
救いは野営がなぜか安全なことだろうか?
例によって設営したテントに潜り込むと、一瞬にしてすっきり爽やかな朝になる。
異世界的超回復なのか怪我の程度も軽くなり、MPも完全回復していることが判るので、情緒はないけど安全とバーターなら悪くないと思うレイトであった。
森林を縦断し、草原が広がるようになると、街道が少しずつマシになってきた。
「そろそろ王国の勢力圏だ」
と、クリスはいう。
「神殿遺跡も王国内じゃないのか?」
レイトの疑問ももっともだ。
「人族の国境線の話なら確かに王国領だが、必ずしも実効支配できているとは限らないんだ」
「どういう意味だ?」
「人族はこの世界で最も数の多い知的生命体で、その人口を誇って国を起こし、広大な領地を主張してはいるが、全ての種族を支配下に治めているわけではない」
この世界には、人族に友好的なエルフ族、ドワーフ族や敵対的なゴブリン族、オーク族などといった知的生命体も多い。
それらの種族はそれぞれに国を持っていたり土着の集落を形成していたりする。
人族の国内にそういった場所がいくつかあって、それぞれがテリトリーを主張しているのだとライアンが補足してくれる。
「あー、なんとなく理解できたぞ。つまり、人族の地図の上では領地であっても実際には人が自由にできない場所があるってことだな」
地球にも人間ほど高度な知的生命体はいないが、前人未到の地や野生動物のテリトリーなど、ままならない場所はいくらでもある。
「王国も軍や開拓民を派遣して実効支配地を広げる努力をしているが、なかなかうまく進まないのだ」
(人間ってのはなんて業の深い生き物なんだ)
と、レイトなんかは思ってしまう。
レイトに言わせればぶっちゃけ、そこまで土地が必要とは思えない。
道々この世界について聞きかじった限りでも、町や村は大きなものじゃない。
町であっても人口数千人規模だ。
王都でさえ三〇万人だっていうじゃないか。
しかも、隣町まで一日二日とかかるという。
それなら町と町の間に開拓する余地が十分あるじゃないか。
あれか?
版図の大きさを国同士で競ってマウントでも取り合っているのか?
そんな王様のプライドを満たすために危険な辺境地へ送り出される開拓民など、溜まったものじゃないぞ。
実効支配に失敗したらサナリアムのように棄てられるんだとしたら、そんなの間違っている。
などとレイトはその話を聞いて以降ずっと憤慨していた。
「レイト……なにをそんなに憤っているのですか?」
あまりにもカリカリしていたので見かねたクリスティーンが声をかけてきた。
ことは王権のあり方に対する怒りである。
末姫とはいえ王族の直系にその憤りをぶちまけるわけにいかないと、さすがのレイトも躊躇していたのだけれど、末っ子特有の頑固さに折れ、洗いざらい思いの丈を吐露せざるを得なくなった。
「それは……」
と、クリスティーンは呟いて悲しそうに俯いてしまう。
しかし、クリスやライアンにはレイトの考えが理解できない様子で「王とは、国とはそういうものではないか」「なにが問題なんだ?」とまったくお話にならない。
ヴァネッサは
「土地なんて寝られるだけの広さがあればそれ以上必要ないんじゃないかい?」
なんて、日本人みたいなことを言う。
「天下とっても二合半ってか?」
「なんだい? それ」
「いや、気にしないでくれ」
さすがにレイトだって人が生きていくには食わなきゃいけないこと、より多くの人が食べていくのに広い土地が必要なことは理解している。
しかし、そこは意外と古風な日本男児の気風がある。
(足るを知る)
は、彼の爺さんの座右の銘であり、その薫陶を受けたレイトの矜恃でもあったのだ。
釈然としないながらも、心の中のもやもやしたものを言葉にしたことでいくぶんすっきりしたレイトは、気持ちを切り替えて旅を続けることができるようになった。
サナリアムを出発して八日、冒険者たちはついに実効支配の最前線である砦の町ガゼラクトに到着した。
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