第9話 青年の地下迷宮冒険に仲間が増えた

 クリスティーンの言うことにゃ、


「この先の通路に意味もなく袋小路になっているところがありましたから、そこではないかしら」


 なるほどありがちだ、と思ったレイトは早速その袋小路まで進む。

 袋小路の突き当たりの壁におそるおそるぶつかる(レイトの感覚的には壁を手で触ったつもりだ)と、何の抵抗もなく壁を擦り抜けた。


(これはあれだ。幻影的な壁だったってことか)


 そこから先は同じ階層だと言うのにモンスターの種類がガラッと変わっていた。

 引き続き出現するメイジは魔法特性が変わっていて、ライトニング(相手に電撃を喰らわす)を覚えることができた。

 それまでのモンスターよりひとまわり大きなオーガや、モンスターと言っていいのか判らないバーバリアン、アマゾネスが出現する。


 まぁ、メイジをモンスターと呼んでいるんだからモンスターでいいじゃない。

 にんげんプレイヤーだもの。


 厄介なのはそれまで単一種で登場していたモンスターパーティが複数種で登場するようになったことだ。

 特にバーバリアンとアマゾネスは一緒に出てくることが多い。


「ところで、ダンジョンにいる人たちはどうやって生活しているんでしょうね?」


「さぁ……私には判りませんわ」


 レイト、そこに疑問を持っちゃあおしめぇだよ。


 レイトにとって非常に残念だったのは、バーバリアンもアマゾネスも防具を落としていかないことだった。

 仕方ないことなのかもしれないけれど、彼らはビジュアルからろくな装備をしていない。

 せいぜいが革の鎧と木の盾なのだ。

 だから一体一体は比較的簡単に倒すことができるのだけど、単体で現れることもないので厄介だった。

 ところが、しばらく探索しているうちにとある部屋でアマゾネスが単体で登場した。


「ん?」


 レイトはグラフィックがそれまでのいかにもアマゾネスアマゾネスしたボディビルダー的マッチョ女性とは異なり、引き締まった体はメリハリがなかなかに極端なナイスバディで装飾品も華美なことに気がついた。


(ボスとか女王的な何かかな?)


 などと考えていると、いつもは接敵するとすぐに頭に浮かぶコマンドがいつまで経っても出てこない。


「あれ?」


「どうかしましたか?」


 どうやら心の声が口をついていたらしい。


「あー……いや、なんでもない」


(これはあれか? イベントフラグ的な何かなのか?)


 レイトはとりあえず会話を試みることにする。


「えーと……怪しいものじゃありせん」


 十分怪しいよなと心の中で思いつつ武器をしまって両手を挙げる。


「…………」


 やはり怪しいのか、相手は警戒をしているようだ。


「……あー、実はさらわれた王女を助けてダンジョンを抜け出そうとしている途中でして……」


「そうか」


(よかった。どうやら会話が通じそうだ)


 ホッとしたレイトは、これまでの経緯をざっとかいつまんで話した。

 そこはそれ、この世界に来てからずっとゲームみたいなものと割り切って見ず知らずの人たちと渡り合ってきた度胸抜群のレイトである。

 元の世界でも人見知りなところはあるがそれなりにしっかりしたコミュニケーションの取れるそこそこリア充であり、相手が女性ということも相まって口も滑らかに語って聞かせると、相手も質問をしてくるなどして自然と打ち解けた。

 その様子を見ていたクリスティーンは、


「ちょっと嫉妬してしまいますわ」


 と、言って拗ねてしまう。

 その仕草が見えないのがとても残念なレイトであった。


「なるほど、判った。ここから先はヤバイ化け物も多いし、厄介な罠もある。あんたいい男だし、あたしも退屈していたところだ。このダンジョンを抜け出す手伝いをしてやろうじゃん」


 普段いい男なんていわれることのないレイトは、自分がどんな姿で彼女の目に映っているのかとても気になってしょうがない。

 ともあれ、願ってもない申し出なので王女ともども一も二もなく「お願いします」と頭を下げる。


「あたしはヴァネッサ。あんたらは?」


「俺はレイト」


「私はクリスティーンです。よろしくお願いします」


「ああ、よろしく」


 ずいぶんと男前おっとこまえな女性である。

 まぁ、ダンジョンに入ってから自分の容姿どころか仲間のビジュアルさえ確認できていないレイトには比較検討できないわけなのだけど。

 「よろしく」と言われた途端、ヴァネッサの姿が消える。

 どうやら仲間になったから視覚情報が処理された結果と見える。

 全く厄介な世界だとレイトは頭を抱えたくなるもののそんなところで悩んでいても話が進まないので、ダンジョンの先を進むことにした。

 全くドライで行動力のあるオタクだ。

 パーティメンバーが三人になり、戦闘要員が一人増えたことの恩恵は大きかった。

 こちらの手数が増えたことで戦闘時間が短縮された。

 ついでに判ったというか納得できたのは、レイトが前衛でクリスティーンが後衛という隊列で戦ってきたので、レイトのみが敵の攻撃に晒されていたのだろうということだ。

 ヴァネッサも武器を取って戦うアマゾネスなので当然レイトとともに前衛に立っていると考えられ、彼女も攻撃対象に含まれていたが、相変わらずクリスティーンは対象外のようだった。

 ともあれ戦闘時間の短縮と攻撃対象の分散の結果、攻撃にさらされる機会が減りダメージリスクが大幅に低減したのでサクサクとダンジョン探索が進み、HP・MP・アイテム的にも余裕を持って階層ボスの前まで辿り着くことができた。


「この先にいけすかない坊主がいるんだ。そいつの部屋の向こうに上に行ける階段があるって噂だ」


 ドアの前でヴァネッサがいう。

 レイトは互いの顔を見合わせて意志の確認がしたいなぁと思いつつ、


「よし、いくぞぅ!」


 と、声を掛ける。


 ネタか? 最後の「小さい う」は、ネタなのか!?


 ドアを開けると中にはなるほどいかにも坊主プリーストというグラフィックの男がいた。


「これはこれは、王女様。生きていらしたのですか?」


 と、坊主はいってくる。


「生きているのは都合が悪いのですか?」


「いいえ。感謝していますよ」


「どういうことですの?」


「あなたを殺せば私はこんな薄汚いダンジョンから晴れて解放されるのですから」


「薄汚ねぇとはひどいな。こんなとこでもあたしの故郷だよ!」


 ヴァネッサが問答無用で切り掛かったらしい。

 しかし、急に五体ほど現れたアンデッドのうちの一体がその攻撃を受け止めたようだ。


「おっと、ひどいのはあなたの方じゃありませんか。いきなり斬りかかってくるなんて」


 その言葉が終わるとレイトの頭の中にようやく戦闘コマンドが現れた。

 ここまできてシナリオ的というかストーリー展開が多少イベントじみてきたが、戦闘自体のやることは変わらない。

 パーティを組んでいてもコマンド式の展開である以上、戦術指揮権は一〇〇%レイトが握っている(この辺りが、レイトに非現実的感覚を覚えさせるのだけれど)。

 レイトは、これまでの戦闘実績を考慮してヴァネッサにアンデッドを任せて彼自身はプリーストと一対一で戦う戦術を取る。

 アンデッドは下層で出てきたのと同程度の強さのようで大抵の場合一撃で倒せていたし、プリーストは金属製の鎧を身につけていて防御力は高いけれども打撃武器での攻撃力がそれほど高くないようだ。

 戦闘は時間こそそこそこかかったが、レイトたちの優勢で進み、今やプリーストは攻撃もできず「ちゆのまほう」をかけることしかできない状況に陥っていた。

 ヴァネッサがすべてのアンデッドを倒し終えると、プリーストが泣きそうな声で助命嘆願をしてきた。


「命だけは助けてくれ。何なら仲間になろう。俺はプリーストだ。『ちゆのまほう』が得意だぞ。この先、俺がいた方がいいはずだ」


 どの口がいうのかと鼻白むレイトだったが、コミュニケーションの取れる、それも命乞いをしている人間を殺すのも、ヒーロー的じゃあないということで二人に相談するとヴァネッサは


「あたしは殺してやったほうがいいと思うがね」


 といい、クリスティーンは


「命乞いをしている人を殺すというのは人としてどうかと思います」


 という。

 さて、どうしようかと腕を組むと頭の中に


 仲間にしますか?

  はい

  いいえ


 と、選択肢が浮かぶ。


(こういう時は「はい」でしょう。ゲーム的には)


 と、レイトはあっさり「はい」を選ぶ。


 テレレテッテテー


 プリーストが仲間になった。

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