第12話 青年はすっかりストーリーモードに取り込まれて主人公かどうかも怪しい

 まずは今までMP温存を考えて試してこなかった補助魔法の重複、いわゆるデフ積みのためクリスティーンとライアンにブレッシングをかけてもらうと、効果がありそうな感覚がフィードバックされた。

 実際その効果は絶大で、通常攻撃が1ターンに2回行えるようになった。

 しかし、どんな原理か知らないけれど、特に鎧をまとっているようには見えないローブ姿のウィザードがなかなかどうして硬いのだ。

 自身にフィードバックされる手応えがダメージが通っているように感じない。

 攻撃魔法には相性があって悪いとほとんど効かないこともある。

 相手がウィザードなので覚悟はしていたが、こちらの魔法はほとんど効果がないと言っていい。

 逆に相手の魔法はバリエーション豊富で物によっては後衛にも効果が及ぶ。


(一対四だってのにこんなに苦戦するなんて本当にゲームだな)


 と、心の中で悪態をつくレイトであった。

 しかし、ダメージは自身の五感を刺激する。

 アイススピアは刺すように痛いし、ファイヤーボール2は身を焦がす。


(こんなに痛いのによく耐えてるよ、自分)


 と、自分で自分を褒めていないとやっていられないレイトである。

 ダメージがたまると全身から力が抜けていき、気も遠くなる。

 自分の体はまだ自分の感覚で推し量れるからいいが、仲間の状態は確認しようがない。

 声をかけたくてもコマンド選択中にかけられる声はなぜか一言だけ。

 きっと、リアルな戦闘中に長々と話なんてできないだろう? ってことなんだろうと理解はしても、じゃあなんでコマンド選択は長考できるんだよと納得できない。

 しかも、相手のダメージの通り具合がビジュアルから想像がつかないのが困り物で、あとどれくらいで倒せそうなのかが判らない。


「魔力がつきそうだ」


 なんターン目かのタイミングでライアンが苦しそうな声で語りかけてきた。

 行動選択でアイテムを探したところクリスティーンが持っているMPポーションひとつしか残っていない。

 ヤバいぞと他の回復系アイテムも確認したところ、HPポーションも自分の一つとクリスティーンの一つしかない。


「マジか」


 つい、声がもれてしまったことで大事な一言確認ができなくなってしまう。

 とりあえずライアンのMPを回復させればダメージ回復の魔法でHPはなんとかなるかと決断し、ポーション使用を選択する。

 ここが正念場と踏んだレイトはヴァネッサの攻撃でバーサークラッシュを選ぶ。

 必殺技のバーサークラッシュは発動後2ターンの間攻撃不能に陥るためその後の手数が減る諸刃の剣で、使い所を間違うと深刻な危機に陥る危険性をはらんでいる。

 なんターン目なのか判らなくなった攻防戦は確実に終盤戦なはずだ。

 このターンはレイトの通常攻撃から始まった。

 相変わらずダメージの通った手応えに薄い2回攻撃の後、クリスティーンがヴァネッサにキュアライトをかける。

 敵ウィザードのブラストカッターがレイトを襲い、ライアンのポーション使用を挟んでヴァネッサのバーサークラッシュが炸裂する。

 バフの効果なのかいつもより多めのラッシュが続き、ウィザードの悲鳴があがる。


「おのれ、蛮族の分際で」


 と、苦悶の低音で唸る。


(?)


 これにはレイトもびっくりだ。

 それまでエフェクト追加以降攻撃実行中は敵も味方も「うっ」とか「くっ」などと声を漏らすことはあっても、ターン終了後に言葉を発したことはなかった。


(なんだ? フラグ? ストーリーモードか!?)


 と、レイトが身構えるのも当然だ。

 そこに


「姫っ!」


 と、熱血イケメンボイスが割り込んでくる。


「貴様ぁ!!」


 という台詞とともにレイトの視界は唐突に全画面アニメーションモードに突入し、秒間四コマくらいのアニメーションで若きイケメン騎士が黒衣のウィザードを斬り殺すシーンが展開される。


(一番いいとこを、持ってかれたあぁぁぁっ!)


 と、システム的に声に出せない叫びを上げるレイトであった。

 ほんとだよ、前話から主人公的な立ち位置を奪われちゃっているんだから。

 これはあれかな? スケルトンロードを倒した時に獲得した戦利品の分配の時に自分を優遇した報いだったんじゃないかね?


(…………)


 あれ? 地の文が聞こえたのか?


 …………ゴホン。


 ウィザードは抵抗らしい抵抗もできぬまま一刀のもとに倒された。


「ご無事でしたか、クリスティーン姫」


 全画面アニメーションモードが終了し、元の3Dダンジョン画面に戻ると、ストーリーモードに突入し、若いイケメン騎士が表示される。


「クリス・パーク」


 と、クリスティーンが呼びかける。

 あら、クリスかぶり。


「姫がウィザードにさらわれた後、国王陛下が奪還のため二十名の精鋭騎士を選んで奪還隊を編成しここまで遣わされたのですが……私以外は全滅で…………よかった。……よくぞご無事で」


(…………)


 レイトはとてもモヤモヤした気分だった。

 とても説明的なのはともかく、今倒したウィザードが最終ボスだと思っていそうなセリフや彼らを眼中に入れていない態度にだ。

 このダンジョン、階層が上がるたびに強くなる構造だったので、彼ら精鋭騎士二十人がレイトたちより苦闘していたと言われれば「それはご苦労なことです」と労いの言葉くらいかけてあげるのもやぶさかではない。

 しかし、本当のボスは転送装置でハジマリの島の遺跡の塔まで逃げていたわけであり、そのウィザードはレイトが一人で倒したのである。

 褒められるべきは自分ではないかとレイトが憮然としてしまうのも仕方がない。


「ところで……」


 と、たぶんレイトたちをろんな目で見ているんだろうとはっきり判る声音でクリスがクリスティーンに声をかける。


「そこの者どもは?」


「彼らは私を助けてここまで連れてきてくれた方達です。いくらあなたの身分が高かろうと、事情が判らずとも、この方達に対しての無礼は私が許しません」


「し、失礼いたしました」


 毅然とした態度で明確な意思を示したクリスティーンの威厳にグラフィックを変えて恭順の意思を示すクリスであった。


「お前たち、我がファンタジア王国の末姫クリスティーン様を守ってよくぞ戦った。褒めてやろう」


(…………)


 身分もあるんだろうけど、居丈高な態度にモヤモヤが募るレイトであった。


「クリス様、でしたか? これからどうするおつもりで?」


 と、主人公であるレイトを完全に置き去りにしてストーリーモードは進む。


「それは当然、姫を守って王国へ帰る。プリースト殿、それからそなたらも引き続き姫を守ってついてきてくれ、城に戻ればそなたらにも国王陛下から褒美が与えられるだろう」


「…………」


 クリスの言動に困惑の表情を浮かべるクリスティーンのグラフィックが現れる。


「当然です。王都までの旅は長く、途中には危険も多いでしょう。失礼ながらただ一人生き残られたクリス様だけでは王女様をお守りすることは難しいかと存じます。不肖このライアン、プリーストとして微力ながらお力をお貸ししましょう」


 ライアンがなぜかへりくだったものの言い方で自分を売り込む。

 それでいいのか? ライアン。

 ……まぁ、敵として現れて負けそうになると泣きそうな声で命乞いをしてきたやつだったし、こんなもんか。

 ライアンの後、ヴァネッサが現れてレイトに対してこう聞いてくる。


「あたしはどうでもいいんだけどさ、レイトはどうする?」


「…………」


 その後、心配そうな表情でクリスティーンがこちらを見上げるグラフィックが現れる。

 美少女にそんな顔されると断るという選択肢を選ぶのは難しいよな、レイト。

 そもそも、家のモニターに吸い込まれてやってきた世界だ。

 ダンジョン最上層という第五階層のフロアボス、ウィザードを倒しはしたがまだゲームイズオーバーというわけにもいかないようなので、ここで目的を失うわけにいかないという事情もある。


「付き合うよ」


 そう答えると、クリスティーンのグラフィックはにっこり微笑むものに変化した。

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