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結局それが、最後に見た陽子の姿だった。
親父の田舎を立つ前に、陽子に案内してもらった岩場に行ってみた。もしかしたら陽子がいるかもしれないなんて、一縷の期待を胸に。
けど、いなかった。いるはずがなかった。あんな別れ方をした昨日の今日で。約束だってしていないのに。
誰もいない岩場で、静かな波の音だけが虚しくオレの胸に沁み込んだ。
オレは陽子と過ごしたひと時を切り取り、永遠に焼きつけるように、ファインダーを覗き一度だけシャッターを切った。
陽子の涙の意味もわからないままオレは地元へ戻り、彼女と過ごした一週間は、何の代わり映えもない日常に埋もれていった。
海でのナンパの様子を根掘り葉掘り聞きたがる部員たちをさらりと流し、オレは暗室に籠り作品を完成させた。
十七歳の、オレの想いがすべて詰まった一枚の作品を。
作品タイトルは『海が太陽のきらり』にした。
「何、そのタイトル?」だなんて、部長は笑っていたけれども。
暗に、どこかでこの写真を見た陽子が、オレの写真だと気づいてくれるんじゃあないかなんて期待を込めて。
オレは残りの写真を整理しながら、一枚だけ陽子が映った写真に目を落とし、締めつけるような痛みに胸を押さえた。
それは、陽子と出会った日、波間で戯れる彼女を映した写真だった。彼女には撮ってないと言い張ったけれども。
「それも、いい写真じゃない。まさか、本当にナンパしに行ったなんて、ね」
オレの背後から、突然部長の声があがる。
部長の言葉を聞いて興味津々に集まってくる部員たち。みんなに散々囃し立てられ、それでも満更じゃあなくニヤけるオレの手から突然写真が奪われ、いともあっさりと破り捨てられる。夏樹の手によって。
俯き肩を振るわせる夏樹の手から、ビリビリに破かれた写真がひとひら机に舞った。
「信じてたのに……」
ボソッと呟いた夏樹の言葉は、それくらいしか聞き取れなかった。本当にナンパに行ったんだと幻滅したのかもしれない。悪い事をした。尊敬する先輩がナンパ野郎だなんて思わせて……
違う! 断じて違うぞ!
オレは写真を撮りに行ったんだ。決してナンパに行った訳じゃあない。
そんなに目くじら立てて怒られる謂れなんか、ない。
夏樹だって十分夏休みを満喫しただろうに。長い髪と瓶底眼鏡の向こう側から覗く肌が、いい感じの色に焼けているじゃあないか。
なんて、可視化されるほどの真っ黒なオーラを身に纏い、ジッとオレを睨みつける夏樹に、何の弁解も出来なかったのだけれども。
フイルムが残っているから写真は何度でも焼き直せるし、まぁいいか。
* * *
そして高校三年の夏、オレは再びここにいた。
陽子と初めて出会った場所を、遊びまわった岩場やビーチを、そして彼女と最後に別れたあの場所を、オレは毎日歩きまわった。
目を閉じたらコンマ数秒で消えてしまいそうな陽子の残像を追いかけて。
あの時、陽子は何で涙を流したのだろう? 未だその意味もわからないまま、オレは岩場から深いエメラルドグリーンの海に飛び込む。
陽子に出会わなければ、ひとりで海に飛び込むなんて考えられなかった。そして、仄暗い水の底から見あげる、この美しい輝きを見る事だって。
陽子……
海の中を鮮やかに照らす光の中に、オレは陽子の面影を垣間見た。
海からあがり岩場で胡坐をかいて、遠く、輝く水平線の先を見つめる。その時、ふと人の気配を感じ、オレは勢いよく振り向いた。
「陽……夏――樹? え? な、何でここに?」
いつものガッチガチの制服姿の夏樹とは思えない、可愛らしい格好。
胸元がゆったりとしたマキシ丈の、大きな花柄のワンピース。その上に、透け感のある薄手のサマーカーディガンを羽織るその姿は、立派なリゾートファッションのそれだった。
こんな、観光客なんて素通りするような、地元民ばかりの片田舎なのに。
「頑張って来いって。今年は逃げるなって。お姉ちゃんに言われたから」
オレから視線を逸らして俯く夏樹は、震える手でワンピースを握り締めた。
「は? 頑張る? 逃げるな? お姉ちゃん? 何、言ってんだ?」
さっぱり意味がわからない。そもそも何で夏樹がここにいるんだ? ここを知っているんだ? そりゃあ、部室で海の話はしたけれども、オレの話なんて聞いている風もなかったのに。
「お姉ちゃんにお願いして連れてきてもらったの。去年も。民宿に泊まって、そこのおばちゃんにこの場所の事を聞いて……」
震える声で、上ずった声で、次々と言葉を並べる。
そう言えば、こんなにハッキリと夏樹の声を聞いたのは初めてだ。なのに、何だ? この心を揺さぶる声は? この懐かしい声は?
挙動不審に狼狽えるオレにすっと近寄ると、夏樹は瓶底眼鏡を外し、精一杯背伸びしてそっと唇を重ねる。
カチコチに固まって、激しく目を瞬かせて、頭ひとつ小さい夏樹をただただ呆然と見つめる。
「だって、先輩――ううん、海斗がナンパしに行くなんて言うから、不安で。やっぱり、全然気づいてないんだね」
湯気が出るくらい顔を真っ赤にさせ、少し悲しそうに俯く夏樹。
オレは思わず夏樹の小さな顔を両手で挟み込み少し腰を屈めると、目にかかる彼女の長い前髪を指先で掻きあげた。
熟れた林檎のように赤く染まった顔。均整の取れたな眉と桜貝のような可愛い唇。少し潤んで見える大きな瞳にオレの顔が映っている。
ああ、そうか。そうだったのか。夏樹祥子――葉月陽子……
深いエメラルドグリーンに近い穏やかな海が、溢れんばかりの太陽の光を帯びてきらりと輝く。どこまでも、美しく輝く。まるでオレたち二人を祝福するように。
地元民すら近寄らない、いわくつきの場所。
そう言えば、一年前に聞いた、ここの噂は何だっただろう?
そうだ、思い出した。
オレはここで君に愛を誓おう。陽子の為じゃあなく、祥子の為に。今までずっと想い続けてくれた祥子と違って、オレはまだまだこれからだけど。
オレは優しく、そして力強く抱き寄せた祥子を見おろす。
ゆったりとした胸元から覗く見覚えのある白い水着と、柔らかそうなふたつの……
「おっぱい……」
バッチーン!!
「ヘンタイッ!」
―――――――――――――――――――――――― Fin
海が太陽のきらり えーきち @rockers_eikichi
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