先輩の嘘が酷すぎます。

 永井先輩の口からハッキリ告げられても、まだ混乱が収まりません。だって、だって確かに……。


「う、嘘ですよね。だって先輩、昨日彼女さんと二人で、町を歩いていましたもん」

「え、あれを見ていたの?」

「はい。あ、でも見たと言っても、決して後をつけていたわけじゃなくて、偶然見かけただけと言うか。声をかけようかとも思ったんですけど、邪魔しちゃ悪いって思ったりしちゃってまして……」

「泉さん落ち着いて。日本語がおかしくなってるから」

「す、すみません。でもとにかく、彼女さんといましたよね。あの可愛くてお洒落で、すっごく背の高い彼女さん」

「別に背はそんなに高くは無いと思うけど……あ、ごめん」


 私のミニマムサイズを改めて認識したのか、謝ってくる先輩。そんなすぐに察するのも、それはそれでショックです。けど今大事なのは、そこじゃないですね。


「一緒にいたのは認めるんですよね。やっぱりいたじゃないですか。あの子か、この前プレゼントを選んだ彼女さんじゃないんですか?」

「まあ確かに、プレゼントを選んだ相手ではあるんだけど……」


 ほら認めました。けど、どうにも歯切れが悪い永井先輩。しばらく言いにくそうに口元をモゴモゴと動かしていましたけど、やがて恥ずかしがるような、苦しいような顔をしながら、スッと息を吐きます。


「ごめん。実はあのプレゼント、彼女に渡すものじゃなかったんだ。本当は、妹の誕生日プレゼントだったんだ」

「……え?」


 妹……さん? 

 先輩、妹がいたんですね。家族の話なんて今までしたことなかったですから、全然知りませんでした……って、そうじゃなくて。


「本当に、妹さんなんですか? 彼女さんじゃなくて」

「ああ」

「私の幻聴でもないんですよね?」

「どうしてそんなに幻聴を疑うの?  大丈夫、泉さんのの耳は正常だから」

「だ、だったらどうして、そんな嘘をついたのですか?」


 妹さんへのプレゼントなら、わざわざ嘘なんてつく必要もないのに。すると先輩は少し恥ずかしそうにしながら、細い声で告げてきます。


「妹にプレゼントなんて言って、シスコンって思われるのが嫌だったから」

「……はい?」


 な、なんなんですかその理由は? 兄妹でプレゼントを渡すのなんて、そこまで特別な訳じゃありませんし、別にシスコンだなんて思いませんよ。けど、永井先輩はそうは思わなかったみたいです。


「前に……高校の頃、同じ学校に通ってたんだけど、妹と話してたらそれだけで、シスコンだなんて言われてからかわれたことがあって。それ以来誤解されるのが嫌になってた」

「話してただけでそんなこと言われたんですか? いくらなんでもそれは……」


 いえ、待ってください。そう言えば昨日見た妹さんは永井先輩のことを、『椿くん』って呼んでいましたっけ。私には兄弟なんていないからよく分かりませんけど、お兄さんのことをくん付けで呼ぶのは、少し珍しいかもしれません。もしかしてシスコンと言われた原因は、その辺にあるのかも。別に仲が良い事は、悪い事じゃないのですけどね。


 って、そもそも問題はそこではありません。あの時の子が、彼女さんではなく妹さんだったとすると……。


「先輩、あの子は本当に妹さんなんですよね?」

「ああ。名前は永井楓。正真正銘、俺の妹だよ」

「それじゃあ彼女さんは、実在しなくて……」

「そう、なるかな」


 ……何でしょうこの気持ち。

 先輩には悪いですけど。本当は彼女がいなかったと言うのは、私にとってはとても喜ばしいこと。だってそのせいで、ここ数日ずっと悩んでいたのですから。

 けど、何だかこれはこれで、素直に喜べないような。あんなにも悩んで、すっごく苦しい思いをしたのは、一体なんだったのでしょう?

 言い様の無い感情が、胸の奥から沸々と沸き上がってきます。


「……いです」

「え、何?」

「酷いですよ先輩っ!」


 気がつけば私は公共の場であるにも関わらず、大声を張り上げていました。こんなことをしては近所迷惑。たまたま近くを歩いていた見ず知らずの男性が、ぎょっとした顔でこっちを見てきましたけど、一度火がついた私は、そんなことでは静まりません。


「酷いです! 意地悪です! 最低です! どうして、どうしてそんな嘘なんてついちゃったんですか!」

「ええと、だからシスコンって思われるのが嫌だったからで……」

「何なんですかそのどうでも良い理由は!? いいじゃないですかシスコンでも! 妹想いのいいお兄さんだってなって、それで終わりです。なのに私は、先輩のその嘘のせいでどれだけ――どれだけ悩んだと思ってるんですか!」


 辛くて恥ずかしくて、泣きたい気持ちになる。もしかしたらもう既に、目に涙が溜まっているかもしれないけど、興奮していてよくわかりません。自分の事も周りの事も分からなくなるくらいに、タガが外れています。そうしてすっかり我を忘れてしまった私は、ついに勢いのまま先輩を殴ってしまいました。

 ……殴ったと言っても、思いっきりぶん殴るのではなくて、ポカポカと叩く程度ですけどね。しかも右手は怪我をしているから、左手を使って。きっと全然痛くはないでしょうけど、先輩は腕でそれをガードしながら困ったような顔をします。


「先輩の嘘のせいで、どれだけ悩んだって思ってるんですか! 苦しんだって思ってるんですか⁉ 私の葛藤を返してください!」

「ごめん、悪かった、反省してるよ。泉さんの言いたいことはちゃんと分かったから、まずは落ち着いて」

「いいえ全然分かっていません! 先輩、私が好きにならないほうが良かったとか、優しくされるのが辛いとか思ってたこと、ちゃんと分っているんですか!?」

「ああ、うん。やっぱりそう言う事なんだよね。 あー、でもごめん、そこまでは考えていなかった」

「ほら、そうでしょう! そんなだからあんな嘘を平気で言えるんですよ! もう少し、人の気持ちを考えてください。わ、私のことを……ちゃんと見てくれないと困ります!」


 最後の方になると、嗚咽混じり。自分でも何を言っているか分からなくなるくらい無我夢中で喋ってしまったけど、言いたいこと全部言って、少しずつ気持ちを落ち着かせていく。

 そして先輩は、そんな私を宥めるように、背中をさすってくれます。


「本当に悪かったよ。もう金輪際、君に嘘はつかないから」

「ううっ、絶対の絶対ですよ」


 そう言った後、プイとそっぽを向きます。本当は全部吐き出して大分スッキリしていますけど、またと無い機会でしょうから、先輩だって少しは困っちゃえばいいって思って。まだ少し怒っている風を装ってみました。

 これくらいの仕返しは、許されますよね。今回の事がなくったって、先輩はいつも、私の心をかき乱してくるのですから。



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