バイトの先輩に恋をしたけど

無月弟

バイト先には、素敵な先輩がいます。

 講義が終わってすぐに向かったのは、バイト先の本屋さん。

 大学に入ってからしばらく経って、勉強にも大分慣れてきて。少しは自分で学費を稼ぎたいと思って、始めたバイト。働くのなんて初めてで、元来の人見知りな性格も災いして戸惑ってばかりだった私ですけど、今ではすっかりお仕事にも慣れてきました。


 ここで働いていると、様々な本に触れられるから楽しいです。今も入荷した本を棚に並べていますけど、興味を引く本もたくさんあります。

 例えばこの本、『セーラー服とマシンガン』。セーラー服を着た海兵がマシンガンを撃つと言う話です。高校の頃図書室にあったので、読んだ事がありますけど、また読んでみたくなりました。

 次に手に取ったのは絵が綺麗な漫画、『ひらめけのライオンボーイ』の最新刊。訳あってヒラメの家族の家で暮らすライオンの男の子のお話です。前から名前は知っていて、気になっていましたけど、先日ネットニュースで、作者の先生が引退すると言う記事を目にしました。私はこの人の作品をよく知っている訳じゃないですけど、ちゃんと読んでみるのも良いかも。今日の帰りにでも買っていこうかと、ひそかに考えます。

 他にも、『月刊黒魔術』と言う、ちょっと怪しげな雑誌もあって、ここでのバイトは本当に、今まで知らなかった本や雑誌をたくさん教えてくれます。だけど働くと言うことは、楽しい事ばかりでは無くて、失敗してしまう事も少なくありません。例えば、お客さんから聞かれた商品を探すのに苦労したり、レジ打ちに時間がかかったり。まだまだちゃんとしなくちゃいけないと反省する事なんて、いくらでもあります。とりわけ、私を最も悩ませているのは……。


「よいしょ……あれ? うーん……」


 私は今、手を精一杯伸ばして、棚の高い所に本を片付けようとしています……。ごめんなさい、訂正します。本当は、そこまで高いと言うわけではありません。普通の人なら、そう苦もなく届く距離です。だけど一五〇センチにも満たない私にとっては、そこはとても高くて、背伸びをしてもまだ届きません。


 どうしましょう。諦めて踏み台を持ってきた方がいいでしょうか? でも踏み台を使うと、何だか負けてしまったような気がするのですよ。何に負ける、ですか? それはもちろん、低い低い私の身長に……いえ、何でもありません。

 余計な事を考えていてはいけませんね。いつまでもモタモタしするわけにもいかないですし、仕方ありありません。素直に踏み台を使いましょう。

 諦めて、手を引っ込めようとしたその時。


 ヒョイ


「あっ……」


 伸ばしていた手で掴んでいた本を誰かが掴んで、私の手からすり抜けます。背伸びするのを止めて、本を取った誰かに目を向けると、そこには私と違って高身長の、黒々とした髪をした男の人が立っていました。


「永井先輩……」


 その人は私とは別の大学に通うバイト仲間、永井先輩。年もバイト歴も私より一年上で、ここで働き始めたばかりの頃、色々教えてくれたのが、永井先輩でした。

 本を手にした先輩は、そっと口を開きます。


「こっちは俺がやっておくから。泉さんだと、届かない所だってあるでしょ」

「すみません、時間がかかってしまいました」


 淡々とした先輩の言葉に、少しだけへこみます。まあまあ慣れてきたつもりでいたけど、仕事が遅いって言われている気がして……現に遅いんですけどね。今みたいに高い所には手が届かないから、いちいち踏み台を使わなくちゃいけなくて、他の人と比べて、どうしてもノロノロになってしまう。本当に、この低身長は妬ましい。


 だけどそんな私を見て、へこんでいるって察したのか、永井先輩は慰めるように言ってきます。


「気にしなくて良いから。泉さん、仕事覚えるの早いんだから、だけどこういう時は、遠慮せずに頼ってね」


 表情に変化は無くて、声に抑揚もない。だけどかけられる優しい言葉。

 永井先輩は愛想が良い方じゃないから分かりにくいですけど、実は気遣いができて優しい人なんですよ。まだ入ったばかりで、失敗も多かった頃、先輩はそんな私をよくフォローしてくれました。


『最初は、できなくても仕方がないよ。これでも飲んで元気出して』


 バイトを始めて半月くらい経った頃、失敗して落ち込んでいた私に、缶に入った紅茶を差し出して、励ましてくれましたっけ。実はそれまでは永井先輩のことを、気難しそうだなと思っていて少し苦手だったんですけど、それは思い過ごしだと言うことを知りました。

 口数は多い方じゃなくて、美人顔だけどそれ故に近より難くて、先輩がお客さんから商品について尋ねられた所さえ見たことがないけれど。本当はとても気配り上手で優しいってことを、私は知っています。


 私の代わりに、本を並べ始める永井先輩。ただそれだけなのに、仕草の一つ一つが妙に綺麗に思えて。その姿につい見とれてしまっていると、視線に気づいたのか、先輩が振り返ってきます。


「何?」

「あ、ええと……その本、お気に入りの作家さんの本なので、つい……」


 咄嗟に出たのは苦しい言い訳でした。今見てたのは本じゃなくて、完全に永井先輩でしたよ。もしかして、『コイツ何言ってるんだ?』って思われてないでしょうか?

 だけど、そんな心配は杞憂だったみたいで、先輩は「ああ」と納得したように頷きます。そして。


「好きだよ」

「えっ?」

「俺もこの本、好きだから」

「本……あ、あはは。そうですよね」


 ……ビックリしました。一瞬、私のことを言われたのかと思って、ドキッとしちゃいましたよ。そんなわけないって、少し考えたら分かるのに、恥ずかしいです。

 それにしても、先輩はああいう本が好きなのか。手にしていた小説も、その作家さんの本も、実は読んだことがなかったけれど、今度読んでみようかなあ。


 好きな人が好きな物って、つい気になっちゃいますよね。

 そう、バイトを始めてから、早数ヵ月。私は今、永井先輩に恋をしています。

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