誕生日プレゼントって、誰にですか?

 最初に恋心に気づいたのは、いつでしたっけ? 初めは苦手だったはずなのに、いつのまにか永井先輩の事を、目で追うようになっていて。

 優しくされたから好きになった。そんな単純な理由だけど、それでも好きなことに変わりはなくて。もっとたくさん話をしたい。もっと色んな事を知りたい。そんな想いが、止めどなく溢れていきます。


 だけど私は意気地無し。誰かを好きになるだなんて、小学校以来ですし、どうすれば良いかなんてわかりません。先輩とは仕事の話はするけれど、よく読む本の話や、好きな食べ物の話と言ったプライべーどな会話はしたこと無くて。

 本当はもっと、たくさんお話したいのに。なのに声をかける勇気が出せなくて、今日だってせっかく休憩時間が重なっているのに、スタッフルームで二人、お互いに何も喋らないままでいます。


 長テーブルの端と端に座っている、私と永井先輩。本当はもっと近づきたいですけど、そんなパーソナルスペースを無視して、嫌われたらどうしよう。離れて座ったまま、スマホを操作するフリをしながら、こっそりチラチラと、永井先輩の横顔を窺います。相変わらず綺麗な顔立ちで、思わず見とれてしまうけど、あんまりジロジロ見るのも失礼ですよね。


 先輩は私の視線になんて気づいていないみたいで、自分のスマホをじっと眺めています。いったい何を見ているのでしょう? ゲームでもやってるのかな? それとも、ネット小説や漫画でも見てるの? 先輩、小説が好きだって言っていましたから、そうかもしれません。カクヨムでも、見ているのかな?

 そんなことを考えながら、その姿をもう一度見ようと再度目を向けて……目が合いました。


 ――――っ!?


 慌てて横を向いて、目をそらします。まさかガッツリ目が合うなんて思わいませんでした。けど目が合ったと言うことは、永井先輩もこっちを見ていたと言うこと。となるともしかしたら、盗み見ていた私の視線が気になって、こっちを見てきたのかもしれません。だとしたら最悪です。気持ち悪いって思われたかも。


 できることなら、このままスルーしたかったですけど、黙っておくのもそれはそれで気まずいですし、何よりもし盗み見ていたことがバレているなら、ちゃんと謝らなくちゃいけませんよね。

 反応が怖かったけど、もう一度顔を上げます。


「……あ、あの」

「……あの」


 今度は声が重なりました。全く同じタイミングで同じように、先輩も声をかけてきたのです。


「泉さんからお願いします」

「い、いいえ。私のは大したことないので、永井先輩からどうぞ」

「だけど……」

「本当に大丈夫ですから。絶対に永井先輩の用件の方が大事なはずです。絶妙の絶対です!」

「……わかった。それじゃあ俺から喋らせてもらうけど……ねえ、泉さんだったら誕生日に、何を貰ったら嬉しい?」

「……はい?」


 なんですか、それ?

 てっきり盗み見ていたことを注意されると思っていたのに。素直に謝る準備をしていたのに、意外な事を聞かれました。


「た、誕生日ですか?」

「そう。アクセサリーでもバッグでも。女の子って何を貰ったら喜ぶんだろうって考えたんだけど。スマホで調べてみても、よく分からなくて。泉さんなら、そいうの分かるかと思って聞いてみたんだけど……」


 珍しく照れたようなそぶりを見せる永井先輩。つまり誰か女の子に、誕生日プレゼントを渡そうと考えているってことですね。

 一瞬ずうずうしくも、先輩から誕生日プレゼントをもらう自分の姿を想像してしまったけれど、そうじゃないですよね。私の誕生日はまだだいぶ先ですし、先輩と誕生日の話なんてしたこと無いですし。けど、それじゃあいったい誰に渡すつもりなのでしょう? 

 そこまで考えて、ふとイヤな予感がしました。できれば外れていてほしい、とってもイヤな予感が……。


「あ、あのう、先輩?」

「ん?」

「誕生日プレゼントを、探しているんですよね。それも女の子に贈るプレゼントを。相手って、その……彼女さんですか?」


 外れていてほしい。思い過ごしであってほしい。永井先輩に彼女がいるなんて話は聞いたことが無かったけど、そもそもそんなプライベートな話なんて、する機会はなかったから、ハッキリした事は何も分からない。

 先輩の事を何にも知らない私は、祈るような気持ちで返事を待っていましたけど……。


「……まあ、そんなとこ」


 さっきよりもあからさまに照れたように、ほんのりと赤く染まった顔を逸らしてくる永井先輩。

 こんな先輩、初めて見た。その可愛い仕草と希少レアな表情は、本来ならキュン死にしても全然おかしくないのですけど、キュンとするどことかまるで、頭から水を被ったみたいに体温が下がっていくのを感じました。


 パリン! あ、胸の中でハート形の何かが真っ二つに割れちゃいました。

 先輩……彼女さんいたのですね……それは無いですよ⁉

 そりゃあ勝手に好きになっちゃったのは私ですけど、先輩はそんな私の気持ちを何も知らないので、無理も無いですけど、それでも彼女がいることをいきなり突きつけられて、とてもショック。だけど、こんな事当然口に出せるはずもなくて。痛む胸を押さえながら、平気な態度を取り続ます。


「せ、先輩のか、彼女さん。きっと可愛い方なんでしょうね。い、いくつなんですか?」

「俺より一個下だから、泉さんと同い年。可愛いと言えば、まあ可愛いかな……とても」


 先輩、今さらっと惚気ましたね。

 惚気るイメージなんて全然なかった永井先輩ですけど、すんなり可愛いって認めちゃってます。これはもしかして、普段はクールなのに、彼女さんの前ではダダ甘になっちゃうってパターンですか? 頻繁に笑いかけたり、ベタベタとくっついてスキンシップを取ったり、彼女さんに膝枕されたり、逆に先輩の方が腕枕させてあげたり、そんな風にイチャついているのですか⁉

 それはなんて羨ましいのでしょう。だけど今想像した先輩の相手が、私じゃなくて顔も知らない彼女さんであることが、とても切なくて……。

 ああ、ダメです。泣いちゃいけません。泣いたら変に思われてしまいます。そう自分に言い聞かせて、零れてきそうな涙をのみ込みます。


「そ、そう言う事でしたら、私でよければ力になりますよ」

「本当? ありがとう泉さん、助かるよ」

「ふ、普段お世話になっているのですから、これくらいお安い御用ですよ。は、ははは……」


 普段は見せてくれないような、満面の笑みを浮かべる永井先輩に、必至の作り笑いで答える私。笑顔を向けてくれるのは嬉しいですけど、できればこんな形で笑いかけてほしくありませんでした。


 せっかく先輩が頼ってくれたのに、プレゼントの相談をしつつも、私はまるで空気が抜けたみたいになっていて。

 好きになったのに、彼女持ちだったなんて。この夜私は、涙で枕を濡らしました。

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