想い、ぶちまけちゃいました。

 乙女心を傷つけられて、すっかり拗ねている私……もっとも、拗ねたフリですけどね。先輩だって嘘ついたんですから、少しは困ればいいんです。

 そうしていると背中越しに、先輩の困ったような声が聞こえてきます。


「あの、ところで泉さん」

「何ですか?」

「さっき言っていたことは、スルーしない方がいいのかな?」

「え? さっき言ってたことって言うと……」


 何でしょう? さっきは頭に血が上っていて何も考えずに喋っていましたから、何て言ったかなんてうろ覚えです。

 これはマズイです。いくらなんでも、言うだけ言って忘れてしまったなんて失礼ですよね。けどここで覚えているフリをするのもよくありませんし……。


「あの、さっきのことって何ですか?」


 恥を忍んで、ふり返って聞いてみると、永井先輩はほんのりと顔を赤く染めます。そして。


「それは、ほら。好きにならないほうがよかったとか、ちゃんと見てくれないと困るとか。俺の事を……好きだって事とか」

「えっ……ええっ!?」


 わ、私ってば。そんな大それた事言いましたっけ? ああ、確かに言いました。いっそキッパリとフラれてしまってけじめをつけたいって思って、とんでもない事を言っちゃってました!


「それってつまり、そう言うことって思って、いいの?」

「だ、ダメです! そうじゃなくてですね。さっきのは言い間違いと言うか、つい調子にのって、心にも無いことを言ってしまったと言うか……」

「心にも無いこと、なの?」


 とたんに、まるで捨てられた子犬みたいに、シュンとなってしまう永井先輩。

 うう、心が痛みます。そんな顔されたら、もう誤魔化すなんてできないじゃないですか。


「こ、心にも無いことじゃ……無いです。好きです、永井先輩のこと……」


 とても目なんて合わせられなくて。顔を伏せて、表情を悟られないようにする私。

 言ってしまいました。意図したわけでは無く、成り行き任せの告白です。本当ならもっと、心の準備をしてからすべき事なのに、もうグダグダです。

 嫌な沈黙が続いて、反応が怖い。今にも壊れそうなくらい、心臓が大きな音を立てています……。


「……それじゃ、付き合う?」

「……はい?」


 返ってきた言葉に、キョトンとして顔を上げると、照れ顔の先輩が口元をモゴモゴと動かしながら、もう一度言ってきます。


「俺と、付き合ってくれませんか? あんな嘘を言ってしまったし、頼りない奴って自覚はあるけど、もう嘘はつかないし、間違えないようにする。だから……」


 じっと私の目を見てくる、誠実そうな先輩の目。その場しのぎの嘘や、冗談で言っている訳じゃ、無いんですよね。


「ほ、本気で言っているんですか? もしかして負い目があるから、付き合うなんて言ってくれたんじゃ……」

「違うよ。いくらなんでも、好きじゃない人相手にこんな事は言えないよ」

「す、好きって……嘘じゃないですよね?」

「……やっぱり警戒するよね。自分のした事を、改めて悔やむよ。だけど言ったでしょ、君にもう、嘘はつかないって。泉さんが好きだって言ってくれて、凄く嬉しい」


 その訴えかけるような表情に、思わずたじろいでしまいます。本当はずっとこうなることを望んできた展開なのに、いざ起きてみると信じられなくて。膝がガクガクと震えて、頭の中が真っ白になってきます。


「嘘をついたのは、泉さんにだけは勘違いされたくないって思ったから。本当はずっと前から、泉さんの事を気になってて。だけど俺は、口下手で愛想も無くて、今まで何も出来なかったけど。だけど、ちゃんと好きだから。泉さんの事が」


 ……信じられません。

 永井先輩が言った事は、まるで私が先輩に向けていた気持ちそのもの。だけどこれは、夢でも嘘でもない、現実なんですよね? 先輩のこと、信じても良いんですよね? 

 でも、本当にいいんでしょうか? だって、だって私は……。


「先輩、本当に無理していないんですか。私と先輩とじゃ、釣り合いませんし」

「釣り合わない……確かに、分不相応だとは思っているよ。嘘ついたし……それに俺、愛想悪いし。そんな奴、泉さんには勿体無いって分かってるつもりだけど……」

「何を言ってるんですか? そんな自分を卑下しないでください。愛想が悪いなんて、そんな事ありません。先輩のは、愛想が悪いんじゃなくてクールって言うんです。それに誰よりも優しくて、困ってる時はいつだって助けてくれて、口数は少なくても、抑えきれない素敵さが溢れ出ていて……」

「泉さんストップ。もうその辺で勘弁してくれない?」


 え、もう終わりですか? まだ全然言い足りないのに。あ、でも確かにこの辺で終っておかないと、本題を忘れてしまいそうです。


「愛想が悪いなんて、そんな話じゃなくてですね。欠点があるのは、私の方です。私なんかが隣にいたら、先輩、恥ずかしくないですか?」

「恥ずかしい、どうして? いったい何をそんなに気にしているの?」

「だって私は……背、低いですもの……」

「…………何そのどうでもいい理由?」


 永井先輩はポカンとしていますけど、どうでも良いなんて事はありません。昔から小さくて、小学校の頃は男子にチビだのミニチュアだの言われて馬鹿にされていましたし、高校の時に小学生と間違われた時はショックでした。

 こんなのが近くにいたら、先輩はシスコンとは思われなくても、ロリコンって思われちゃうかもしれません。シスコンと言われた事を気にしていた先輩にとって、きっとそれは耐え難い事でしょう。なのに……。


「そんなの気にしないよ。それに、泉さんが気にしているのなら、こんな事言っていいのか分からないけど、俺は可愛いと思うよ。背が低いのも」

「可愛い⁉ そ、そんな事ありません。仔犬や仔猫だったら小さくて可愛いって言うのも分かりますけど、私じゃ……」

「だから、どうしてそんなに自分を低く見るの? 泉さんは可愛いよ。バイト中、たまに男性客に声をかけられてるよね。あれ絶対に何人かは本の事を聞くんじゃなくて、泉さん目当てだよ。泉さん可愛いし、笑った顔が素敵だから。でもその様子を見てて、こっちは気が気じゃなかったよ」


 何度も可愛いって言われて、嬉しさと恥ずかしさが込み上げてきます。でも、バイト中の話は、いくらなんでも心配しすぎです。それにそれを言うなら……。


「先輩だって先週、女の人に尋ねられてたじゃないですか。綺麗で背の高い人に」

「ああ。お客さんから声けられる事なんて滅多に無いから覚えているけど、アレはただ、商品について聞かれただけでしょ」

「そうとは限らないじゃないですか。それに先輩は言うほど、とっつきにくくなんかありませんよ。前に私がミスをして落ち込んでいた時、何も言わずに紅茶をくれたじゃないですか。あの時私、先輩の事を素敵な人だって思いました。そんな風に思わる人が、とっつきにくいなんてことはありません」

「あれは泉さんがあまりにしょんぼりしてたからだよ。笑っている方が可愛いんだから、笑顔になってもらいたいって思ってやっただけ」

「そう言う所が優しいんです。困っている時はいつも助けてくれて、頼りになって」

「そんな事言って、全然頼ってくれてないじゃないか。高い所に本をしまう時、もっと頼ってくれてもいいのに、頑張ろうとして。そう言う所、見ていて健気だって思うけど、もうちょっと頼ってくれてもいいのにって、何度思ったか」

「それは、頼りっぱなしになるのが嫌だからです。もっと先輩に追いつきたくて、頑張ってるだけなんですから!」

 

 普段の私は主張が強いわけではありませんけど、今日は喋ります。そしてこんなに饒舌になる先輩も、初めて見ました。

 二人とも思っている事をぶちまけていって、そんな私達の事を、道行く人は皆遠巻きに見ています。ヒートアップして、つい長い時間言い合っていましたけど、やがて二人とも疲れてきて。それと共に、少し冷静になってきます。


「つまり……先輩は本当に、私でいいんですよね? か、彼女が私で……」

「ああ、うん。正確には泉さん良いんじゃなくて、泉さんじゃなきゃ嫌、なんだけどね」 


 信じて、いいんですよね? 

 私は心を落ち着かせながら、小さく息を吸い込んで、深く頭を下げました。


「よ、よろしくお願いします」

「……こちらこそ、よろしく」


 ロマンチックなシチュエーションのはずなのに、二人ともあまりに拙い言葉。だけどお互い、ちゃんと気持ちは伝わって。

 すれ違いや回り道をしちゃったけれど、私達はこうして、お付き合いすることになりました。




 ○その夜、永井先輩の家では


「は? 私への誕プレを、彼女へのプレゼントだって言って、選ぶの手伝ってもらったの? 椿くん、何やってるの!?」

「ああ……自分でも、バカなことをしたって思ってるよ」

「しかもその人、椿くんのこと好きだったんでしょ。で、椿くんもその人のことが好き。両想いだったのに、下手すりゃ破局してもおかしくなかったじゃない」

「……返す言葉も無い」

「もう、椿くんは本当に、女心が分かって無いんだから。女の子は繊細なんだから、困らせるようなこと言ったりしちゃダメなんだからね。これ、重要だから!」


 妹に怒られちゃう、永井先輩でした♥️

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