彼女さんって、どんな人なのでしょう?

 失恋したあの日から一日が過ぎて、二日が過ぎて、約束の日曜日がやって来ました。

 当日までに気持ちの整理をつければ良い。この前春香ちゃんにそう言っていたのだけど……結論から言うと、全然整理なんてつけられませんでした。


 だって短い間だったとはいえ、好きだった人に彼女がいたのですよ。そしてその好きな人と一緒にお出かけするんでから、そんな簡単に気持ちを切り替えられるわけ無いじゃないですか。平気だなんて啖呵を切っていた数日前の自分が、いかに浅はかだったかをすっかり思い知らされます。


 朝から気分は下がり調子。だけど出掛けるための服選びは、いつもの倍時間がかかっていたし、メイクだって念入りにしました。

 期待しても無駄だってわかっているのに、それでもつい、可愛く見てほしいなんて願ってしまう私。嫌でも未練たらたらということを自覚させられて、また少しへこんだけれども、そんな気持ちを顔に出さないよう気を付けながら、待ち合わせの場所へと向かいました。


 やって来たのは、バイト先の最寄り駅にある大時計の下。時間に余裕を持って準備していたから、予定より少し早く着いちゃったけど。タイミングの良いことに、丁度道の向こう側から、永井先輩もやってくるのが見えました。


「おはよう、泉さん」

「お、おはようございます。先輩、早いですね」

「そう言う泉さんもね。こっちの都合で呼び出してたのに遅れちゃいけないって思って早く出たつもりだったんだけど、先に来て待ってるとは思わなかった」

「私も、今来たところですよ」


 いつもバイトに来る時よりも、少しオシャレな服装をしている永井先輩。もしも私が先輩の彼女だったら、こんな姿を何度だって見ることができてたんだろうな……って、何変な事考えてるの⁉


「顔赤いけど、もしかして暑い?」

「いえ、平気です。それより、早く行きましょう」


 動揺を隠して、さっさと出発します。それにしても、並んで歩くと、私と先輩との身長差が如実に分かります。きっと今の私達を見ても、カップルなんて誤解する人はいないでしょう。せいぜい、兄と妹と言ったところでしょうか? 何だかしょんぼりです。

 勝手に変なことを考えて、勝手に落ち込んで、一人で何をやっているのでしょうね。

 

 そんなことを考えているうちに着いたのは、近くにある百貨店。アクセサリーショップやブランド物のお店がたくさん入っているから、プレゼントを探すにはもってこいでしょう。

 お店に向かうまでの道中、先輩は背が低いからどうしても歩みが遅くなってしまう私に歩幅を合わせてくれたり、さり気なく車道側を歩いてくれたり。そんな細かい気配りが目についてしまうのは、まだ未練があるからなのかもしれません。

 本当は嬉しくなってもおかしくないのに、そんな優しさにもモヤモヤしてしまいます。


 でも、いつまでも余計なことを考えてちゃいけません。今日の本題は、プレゼント選びなのですから。

 百貨店の中に入ると、バッグや装飾品や服など、目を引くような商品が所かしこに並んでいます。

 あ、あの服カッコいい……って、今は自分のじゃなくて、彼女さんへのプレゼント選びが先です。だいたいあの服、私じゃ全然身長が足りなくて、きっと似合わないや。そう思ったのに。


「あの服なんか、似合いそうなんだけどな」


 先輩がそう言ったのは、私が良いなって思った服でした。


「彼女さんって、ああいうのシックなのが好みなんですか?」

「ああ、レトロシックな服装が、マイブームらしいんだ。服に限らずにレトロ調なものが好みで、最近は喫茶店通いもしているみたい」

「渋い趣味ですね」

「ああ、ちょっと変わってるだろ?」

「あ、でもそう言う拘りを持っている人って、素敵だと思いますよ。きっとクールビューティーな美人さんなんでしょうね」


 背が高くて綺麗な女の人を思い浮かべて、さらにその隣に並ぶ先輩の姿を想像すると、美男美女の素敵なカップルの出来上がり。

 うう、悔しいですけど、私じゃ全然太刀打ちできそうにありません。話を聞く限りでは、私とはタイプが違いすぎるもん。先輩って、そう言う人が好みなのかな? だとしたらどうやら彼女がいるかどうか以前に、私はタイプの範囲外、元々土俵にすら立たせてもらえなかったのかも。終わった事とは言え、そう考えるとへこみます。


「それじゃあ、あんな感じの服を探してみますか?」

「いや、それが……サイズがよく分からなくて。聞いてみようかとも思ったんだけど、下手に探りを入れて、プレゼントを選んでる事がバレるのもイヤだったから、つい」

「ああ、確かに。サプライズは大事ですからね。でも、好みの服装は分かっているんですよね。だったらそれに合う小物とかはどうでしょうか?」

「なるほど、その発想はなかった。さすが女の子、よく分かってる」

「えへへ、これくらいは役に立ちますよ」


 状況はともかく、誉められたことは素直に嬉しくて。つい顔が緩んでしまう。

 私達はとりあえず、アクセサリーショップから見ることにしたけど、中々これだって決め手になるものが見つかりません。大事なプレゼントなんだから真剣に選ばないと。まさか春香ちゃんが言っていたみたいにわざとダサい物を選ぶわけにもいきませんし。


 あーあ、私だったら永井先輩からもらえるなら、デザインが好みじゃなくても、安物だって嬉しいのですけど。

 あ、あの猫の形をしたブレスレットなんて、可愛いです。けど値段を見ると、プレゼントとしては安めかもしれません。安く買えるのは良い事だけど、人によっては安物と言うだけで機嫌を損ねる事もありますから、これは避けておいた方がいいかも。

 本当はその辺も聞いてみた方がいいのかもしれないけど、『先輩の彼女さんって、高価な物が好きですか?』なんて聞くのも失礼だから、聞いちゃだめですよね。


「泉さん?」

「あ、はい」

「何か気になる物は見つかった?」

「いえ、あまりピンとくる物は無くて。先輩はどうですか?」

「俺も今一つ。次の店に行こうかと思うんだけど、良いかな?」

「そうですね。たくさん見て回りましょう」


 そうして私達はいくつかのお店を回って、最終的に選んだのはお財布でした。ブラウンカラーの落ち着いた雰囲気で、だけど地味と言うわけではなくて。私だったら貰ったら嬉しいって思えるような、可愛らしさもあるデザインの物。ちゃんと喜んでもらえそうなプレゼントが買えて、先輩も満足げです。


「いい物が見つかって、良かったですね」

「ああ、泉のおかげだ。ありがとう」


 プレゼントが決まって、よかったって思います。だけど、お財布を受け取って、喜んでいる彼女さんを想像しているのか、普段は滅多に見ることの無い笑顔を作る永井先輩。その姿を見て私は、複雑な気持ちになるのでした。

 こんな風に思ってしまうだなんて、私は嫌な女なのでしょうか?

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