奪われてしまった物……って、どう言うことですか!?

 プレゼント選びのために一緒に買い物に行った後も、先輩との距離は相変わらず。バイト中は無愛想に見えて、いつもさりげなくフォローしてくれるし、挨拶だってしてくれる良い先輩でいてくれて。私も一後輩として、自然に接することができています。


 先輩からもらったブレスレットをつけて、出勤した事もありました。さすがに仕事中は、邪魔になるので外しましたけど、来た時に着けているのに気付いてくれた先輩が、「似合ってる」って言ってくれた時は、とても嬉しかったです。


 永井先輩の事は、相変わらず好きなまま。でもだからと言って何も、四六時中先輩の事ばかり考えている訳じゃありません。失恋した直後はそれに近かったけど、さすがにしばらく経つと、少しは気持ちも落ち着いてきます。

 そんなわけで、バイトがお休みの今日は、永井先輩の事を忘れて。講義が終わった後、春香ちゃんと一緒に町に遊びに来ています。特に目的がある訳じゃないけれど、ウインドウショッピングをするだけでも結構楽しいです。

 何件かお店を散策した後、公園のベンチに腰かけて一休み。自販機で買ったジュースで喉を潤していると、ふと春香ちゃんが聞いてきました。


「そう言えばそのブレスレット、可愛いね。新しく買ったの?」


 着けていたのは勿論、この前永井先輩からもらったブレスレット。普段は勿体無くてなかなか着けられなかったけれど、今みたいに遊ぶ時くらいはって思って、さっき着けてみました。


「この前……前に話した永井先輩が、買ってくれたんです。プレゼント選びに付き合ってくれたお礼だって」

「ああ、例の先輩ね。でもいいの? その……諦めるって決めたんだよね。なのにそんなの着けてて、辛くならない?」

「何言ってるんですか。もうきっぱり割りきったんですから、意識することなんて無いんです。せっかく貰ったんだから、使わなくちゃ損ですよ」

「そう? まあ美久がそう言うなら、私は何も言わないけど……」


 と言いながらも、何だかスッキリしない様子の春香ちゃん。無理もないですよね。本当はまだそんな割りきれていないって、きっと分かっているのでしょう。けどこうしてフリでもいいから、平気を装おっていれば、いつかは本当に割りきれるんじゃないかって思います。今は平気じゃなくったって、ね。

 だけど次の瞬間、私は目が点になった。


 なんで? どうしてこのタイミングで? そんな言葉を、頭の中で何度も繰り返します。視線の先には、公園の向こうからこっちにやってくる、一組のカップルがいます。その姿をとらえながら、思わずポツリと声が漏れた。


「……永井先輩」

「え、どこどこ?」

「あそこにいるカップル……あ、向かって右側の、男の人の方ですから」

「分かってるよ。女の子の方だったらビックリだよ!」

「いけない、こっちに来ちゃいます。早く隠れないと」


 素早くベンチの裏に回って、しゃがんで身を潜める。こう言う時は、低身長が珍しく役に立つ。

 だけどそうやって隠れた私を目で追いながら、春香ちゃんが静かに一言。


「美久ぅ。別に隠れる必要は無いんじゃないかな? こっちに来たって、普通に挨拶すれば良いだけなんじゃないの?」

「はっ、そうでした。さっきあんな話をしたばかりだから、会ったら意識しちゃいそうでつい……」

「それで隠れちゃったの? て言うか意識しちゃうって、全然割りきれてないじゃないの!」

「ごめんなさいー。ああ、でももう近くまで来てますし、今から出て行ったら、変に思われちゃうかも。やっぱりここに隠れておきます」

「ああ、うん。頑張ってね」


 春香ちゃんは私を隠すため、少し座る場所を変えてバリケードになってくれた。そうしているうちに、永井先輩と女の子はこっちに向かってきます。

 近くで見ると、その女の子は私と同じくらいの歳に見えたけど、頭一つ分くらい背が高くて、全身レトロなコーデで身を包んでいる。そして先輩と、楽しそうに話しているのが聞こえてくる。


「それでね椿くん、その喫茶店のカフェオレが、とっても美味しくて……」

「分かったから、少し落ち着きなよ、楓。そんな急がなくても、そのお店は逃げていかないだろ」

「だってー、早く行きたいんだもん」


 楽しそうにじゃれあっている、永井先輩と女の子。それを見て確信します。きっとこの子が、先輩が言っていた彼女さんなんだろうなって。

 永井先輩の笑った顔はこの前も見たけれど、今見せている笑顔はそれともどこか違って見えて。会ったばかりの頃に感じていた気難しさなんてまるで感じさせないような、自然体で安心しきった笑顔。そして先輩にそんな顔をさせているのは、楓と呼ばれた女の子……。


「……敵わないや」


 先輩達が去って行った後、隠れていたベンチの裏からひょっこりと顔を出すと、春香ちゃんが気まずそうにこっちを見てきます。


「ええと、美久……大丈夫?」

「……何がですか?」

「その、さっきの人が美久の言っていた、永井先輩なんだよね。いきなりあんなの見せられて、ショックじゃないかなって思ったんだけど……」

「は、はい。ちょっとビックリはしたかも。先輩の下の名前、『椿』って言うんですね」

「そっち!?」


 春香ちゃんは驚いていますけど、普段は『永井先輩』って呼んでいるんですから。下の名前を聞く機会なんてありませんでした。仕事中は胸に名札をつけているけど、書いてあるのは名字だけですし。

 けど春香ちゃんが言おうとしていたことだって、勿論わからない訳じゃありません。あんなに仲良さそうな姿を見せられたら、やっぱりちょっと……。


「やっぱり、最初から見込みなかったのかも。あの子、私とは全然、タイプも違ったみたいだし」

「そ、そう?」

「そうだよ。あの子に比べたら私なんて、背が低いしチビだし寸足らずだしミニマムサイズだし……」

「ストップ。それ全部同じ意味だから。けどまあ、確かにさっきの彼女さん、背は高めだったかな。ああいうのがタイプなら美久は……ごめん」


 慌てて謝ってきたものの、既に見えない、ナイフがハートに刺さった後でした。うう、胸が痛みます。勿論身長が全てじゃないんですけど、コンプレックスな部分と正反対の長所を持っているなんてわかったら、やっぱり気にしちゃいます。

 しょんぼりと項垂れて、ふと目に入ったのは、先輩から貰ったブレスレット。さっきは平気だって言ったけど、今はこれを見ると胸がズキズキと痛んでくる。


「どうして彼女がいるのに、好きになったてしまったんでしょう?」

「それは……仕方がないよ。最初は知らなかったんでしょ。それに彼女がいるから好きにならないとか、フリーだから好きになるとか、そんな風にはできていないんだから」

「うん、そうだね……」


 そんな風にできていたなら、こんな風に迷ったり悩んだりする事もなかったんでしょうね。

 左手に着けていたブレスレットをそっと外して、バッグの中にしまう。こんなモヤモヤとした気持ちや下心があるまま着けているのは、何だか不誠実に思えたから。そのうち平気になるだなんてのんきな事を言っていたけど、前言撤回。しばらくは使わないでいた方が良さそうです。

 春香ちゃんはそんな私を側で見ていたけど、それには触れずに、かわりに明るい声を出してきます。


「さあ、気を取り直して次に行こう。カラオケでもショッピングでも、今日は何だって付き合うよ」

「うん、ありがとう春香ちゃん」


 何か言うわけではなく、行動で励まそうとしてくれるのが嬉しい。私も嫌な気持ちを吹き飛ばすように、歩き出した春香ちゃんの後を足早について行きました。





 夕方……いや、もう夜と言ってもいい時間ですね。先輩とニアミスした後、私達は思いっきり遊びました。普段はしないボウリングを5ゲームもやって、もうヘトヘト。イヤな事を忘れようと、全力で何回も球を投げ続けていました。


 それから春香ちゃんと別れて。今は暗くなった町を一人で歩いて、家へと向かっています。

 帰ったら、夕飯は何にしよう? 小さなアパートで独り暮らしをしている私は、普段は節約のため自炊することが多いのだけど、今日は疲れたから、コンビニのお弁当ですませてもいいかな。今思いっきり手抜きをするって、もう決めました。


 そんなことを考えながら、暗い道を歩いて行く。この辺は今の時間人通りが少なく、静かなのだけど……。


 ブロロゥッ、ブロロゥッ!


 ボーッと考え事をしている私は、近づいてくるその音に気づかずに。

 そう言えば、来週提出のレポートがあったんだ……なんて考えていました。

 もうほとんど出来ていますから、週末にやっても十分間に合う、なんて思っていて……。


 ブロロゥッ、ブロロゥッ!


 迫ってくるのは、小刻みに震えるエンジン音。だけど、やっぱり私は気づいていない。


 ーーそうだ、食パンがもう切れてました。どうせ今からコンビニに行くんだし、明日の朝はもう菓子パンでいいかな。他に足りない物は…………っ!?


 瞬間、バッグを下げていた左腕に衝撃が走りました。何が起きたのかは分からなかったけど、体勢を崩した私は、コンクリートの地面に倒れこみます。

 全身に激しい痛みが走って。硬い感触を頬に感じて、立ち上がる事も出来なかったけど。何とか頭だけ上げると、走り去るバイクが目に飛び込んできます。そしてそのバイクに乗った男性の手には、さっきまで下げていたはずの私のバッグが握られていました。


 引ったくり。そう気づいた時には、バイクは既に小さくなっていて。痛みを堪えて起き上がってはみけれど、走ったってバイクに追い付けるはずもなくて。

 バッグの中に入っていたのは、勉強道具にお財布に……そしてブレスレット。それら全てを、一瞬にして奪われてしまったのです。


「そんな……」


 私は痛みも忘れて、そのまま呆然と立ち尽くしていました……。

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