キッパリとフラれるために、気持ちを伝えます。

 この前買い物に行った時と同じように、夜の町を並んで歩く私と永井先輩。

 通り慣れているはずの、家までの道。だけど先輩が隣にいると言うだけで、いつもとは何かが違うように思えてきます。


 先輩が歩いているのはやっぱり車道側。

 昨日あんなことがあって、バッグを引ったくられた時の恐怖が残っているから、ガードしてもらえるのは正直ありがたいです。


 何も言わないけど、たぶん先輩はそこまで察して動いているのだと思う。そういう無言の優しさが嬉しくて、同時に少し辛い。

 優しくされているのに、その優しさは私が求めているものとは違うって、わかっているから。

 胸の中にドロドロとした物が渦巻いているみたいで、とても嫌な気持ちになります。


「泉さん、足は平気?」

「あ、はい。ごめんなさい、歩くの遅いですよね。すみません、付き合ってもらっているのに、ノロノロ歩いてしまって」

「いや、そう言う意味で言ったんじゃないんだけど、気にしたのならごめん」


 先輩が謝ることじゃないのに。そもそも引ったくりのせいで怪我をしたのは手。足の痛みは、ボウリングのやりすぎによる筋肉痛なのだから、自業自得なんですし。

 帰ったら、湿布を貼っておこうかなあ。って、うちに湿布なんて無いですね。どうしよう、ドラッグストアにでも行ったら買えますけど。


「あの、先輩」

「なに?」

「買う物があったのを思い出して。ちょっと寄り道していくので、送迎はここまででいいです」


 善意で送ってくれているのに、この上買い物に付き合わせて余計に時間を使わせるわけにはいきません。だけど。


「買い物って、どこへ? あんなことがあった後なんだから、あんまり遠回りはしない方がいいと思うけど」

「平気ですよ。ちょっと近くのドラッグストアによるだけですから」

「なんだ、それくらいだったら付き合うよ。それにその手じゃ、物を持つのも一苦労でしょ」


 包帯の巻かれた手を指差す永井先輩。それはそうなんですけど、やっぱり付き合わせるのは悪い気がします。

 いえ、たぶん理由は、それだけじゃありません。きっと私は怖いんです。これ以上優しくされて、好きな気持ちを捨てられなくなってしまうのが。


 先輩が優しくすればするほど、私は傷ついてしまう。勝手なことだって分かっているけど、それでもこれ以上心を掻き乱してほしくはありません。だから……。


「本当に、もういいんです。もう私に、優しくしないでください」

「えっ……?」


 驚いたように動きが止まる永井先輩。私はそんな先輩の目を見ることができなくて、俯きながら言葉を続けます。


「彼女さんがいるのに、他の女の人に優しくしすぎるのは、どうかと思います。先輩に他意は無いって知ってますけど、それでも女の子は、複雑だったりするんですからね」

「泉さん……」


 口に出した『女の子』と言うのは、彼女さんの事なのか、それとも私の気持ちを伝えたかったのか。自分でもよく分かりません。

 いきなりこんなことを言って、先輩はさぞ戸惑っているでしょう。いいえ、もしかしたら戸惑うを通り越して、呆れているかも。ちょっと優しくしただけで、その気になっちゃうような変な奴だって。

 羞恥心が沸き上がってきて、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。だけど、むしろ変な奴だって思われた方がいいです。愛想つかされてしまって構いません。キッパリとフラれてしまわないと、いつまでも未練が残ったままなのだから。


「これ以上優しくされたら。私、本当に勘違いしちゃいますよ。この意味、分かりますよね? だけどそんなの、迷惑ですよね。私が永井先輩の事を好きだって言っても、迷惑ですよね……」


 次々と吐き出していく自分の気持ち。だけど当然、甘い展開なんて期待していません。これはフラれるための、告白なのです。

 これでいいんです。この恋は最初から、叶うはずがなかったのですから……。


 俯いている私は、先輩の顔を見ることはできませんけど、無言の間が気まずい雰囲気を感じさせます。

 二人ともしばらくそうして黙っていましたけど、先に沈黙を破ったのは先輩でした。


「……ごめん、泉さん」

「あ、謝らないでください。私が勝手に、変なことを言ってるだけですから。も、もう行きますね。送ってくださって、ありがとうございました」


 無理に話を締めて、逃げるように踵を返します。けどその瞬間、怪我をしていない方の手が、強い力で引っ張られます。


「ーーッ!」


 慌てて後ろを見ましたけど、すぐに振り返ってしまったことを後悔します。切なさと恥ずかしさにまみれて、泣き出したいのを我慢しているのに、その顔を先輩に晒してしまったのですから。

 目に飛び込んできたのは、どこか辛そうな永井先輩。先輩の目も私を捕らえているのかと思うと、余計に泣きたくなってきます。


「は、放してください」


 顔を背けて、必死に訴えかけます。すると申し訳なさそうな永井先輩の声が、耳に届きました。


「ごめん、すぐに放すよ。けどその前に、謝らせてくれないか」

「謝るって、何をですか? 先輩は悪いことなんて、何一つしていません。全部私が、勝手なことを言ってるだけなんですから」

「違う、そうじゃない。泉さんは誤解している。俺がそうさせたってのが、すごく申し訳ないんだけど、とにかく違うから!」


 珍しく大声をあげて、永井先輩は力説します。だけど私は、何を言っているのかわかりません。


「何が違うって言うんですか? もし気を使ってくれているのなら、結構です。先輩の気持ちは、ちゃんと分かっていますから」

「そうじゃなくて、その……ごめん。そもそも、俺に彼女なんていないから!」

「そんなこと言われても……って。え?」


 ……聞き違いでしょうか? 

 きっとそうに決まっています。さっきのは私の耳が、都合のいいようにとらえた幻聴なのです。ああ、とうとう私は、耳までおかしくなってきたみたいです。


「……さん……泉さん」


 あの幻聴はきっと、彼女がいなければいいのにって言う私の願望が生み出したものなのでしょう。これはいけません、未練を絶ち切ろうとしたはずなのに、全然覚悟が足りなかったと言うことでしょうか……。


「泉さん!」

「はいぃっ!?」


 ビックリ。物思いにふけっているたら、大きな声で呼ばれてしまいました。ドキドキする心臓を落ち着かせながら見ると、永井先輩が困った顔をしています。


「あの、泉さん。さっきの俺の話、ちゃんとわかってくれましたか?」

「え? それは……ごめんなさい。私ったら、変な聞き違いをしてしまいました」

「聞き違いって、どんな?」

「その……先輩に、彼女がいないって聞こえてしまって……」


 再び顔から火が出そうになるのを我慢しながら、正直に答える。すると先輩は大きなため息をついて一言。


「それ、聞き違いじゃないよ。正真正銘、俺には彼女なんていないから」

「えっ、ええっ?」


 ちょ、ちょっと待ってください。今度も幻聴じゃ……ないんですよね。先輩、ハッキリと言いましたし。それじゃあ本当に、彼女さんがいない?


 ……どういう事ですか!?

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