第25話 あれ? ここは何処?

 「まことさん! 誠さん!」


 暗闇の中、穂乃花の声がきこえる。

それも穂乃花ほのか切羽詰せっぱつまった声だ。

穂乃花に何かあったのだろうか・・。


 意識が段々、浮上ふじょうし始めた。

ん?・・・

あれ、俺・・寝ていたんだ。

何時いつ寝たんだ?

・・・

あれ?

あっ!!


 誠は目を開けるとともに、上半身をガバリと起こした。

どうやら布団に寝かされていたようだ。

ひたいに乗せていた濡れタオルがポトリと膝に落ちた。


 「誠さん! よかった!」

そういうと誠の横から穂乃花が抱きついてきた。


 誠は抱きついた穂乃花を、無意識に抱きしめた。

穂乃花からよい臭いがした。

温泉の臭いと、薔薇ばらのような甘い香りだ。


 穂乃花は浴衣を着ていた。

抱いた自分の胸に柔らかい穂乃花の胸を感じる。

ああ、良い抱き心地だと誠は思った。

しかし、その直後、誠はあせった。


 「ほ、穂乃花・・。」

そういって穂乃花を少し離そうとしたが、逆に穂乃花は力を込めて抱きつく。


 「心配したんだから・・、本当に!」

そう言って、穂乃花は少し泣いた。


 そうか・・俺が倒れて一人ぼっちになるとでも思ったのだろうか・・。


 「もしも、誠さんがこのままだったらと思うと・・。」


 そういって肩を震わせて泣き始めた。

誠は抱きついた穂乃花を抱きしめたまま、穂乃花の頭を優しく撫でる。

しばらくそうした後、穂乃花に声をかけた。


 「ごめん、ゴメン、心配かけちゃったね。」

 「うぐっ、ぐすん、ぐすん・・、心配で、心配で・・。」


 そう泣きながら穂乃花は話すと、さらに腕に力を込め抱きつく。

本当に穂乃花に心配をかけてしまったようだ。

穂乃花がやっと縄文時代になれて落ち着いてきたところだったのに・・。

俺ってダメだな・・。

そう誠は思った。


 そう思い、誠は穂乃花を強く抱きしめた。

5分位、二人は無言で抱きついたままでいた。


 『あの・・、そろそろよろしいでしょうか?』


 この声に二人はビクッとして、あわてて離れた。

穂乃花は離れると同時に浴衣の乱れを気にして整える。

誠は、髪の毛を手櫛で整える仕草をとった。


 『誠様、おかげんは?』

 「あ、ああ、おかげさまで、大丈夫?」

 『・・・疑問形で答えるのは何故ですか?』


 誠は動転していた。

穂乃花と二人だけだと安心していたところにハナコさんが声をかけたのだ。

それも、頭の中が穂乃花が愛しいという思いだけで一杯の時に。

さらに、穂乃花を抱きしめていた時にだ。


 なんとか取り繕ってハナコさんに答えようとする。


 「いや・・、ちょっと、なんだ、動転しちゃって・・。」

 『動転?』

 「えっと、それより、俺は大丈夫だ。なんとも無い。」

 『それはよかったです。』


 ハナコさんと話しながら、横に座っている穂乃花を誠は見た。

そこには耳まで真っ赤にした穂乃花がいた。

そして浴衣姿ゆかたすがたが色っぽい。

このが、俺の彼女なんだよな・・。

と、改めて幸せをみしめた。

噛みしめながら穂乃花から目が離せなくなり、見続けた。


 『誠さま? ボ~っとして、顔が赤いですが、大丈夫ですか?』

 「え? あ、いや、穂乃花が可愛いなと思って。」


 誠は思わず、思ったことを口にしてしまった。

それを聞いた穂乃花は、思わず下を向いた。

顔がさらに赤くなる。


 「ま、誠・・さん・・。」

 「あ、いや、あの、その・・。」

 『惚気のろけるのは結構けっこうですが、大丈夫なんですね?』

 「あ、ああ、大丈夫、です。」

 『それならよろしいです。』


 「えっと、俺はさ、湯船で酒を飲んでいて倒れたんだよね。」

 『はい、そうです。

 ですからお酒は呑まないように進言したのですけど?』


 それを言われ誠は何も言えなかった。


 『誠様が倒れられたので、この部屋に転送したのです。』

 「あ、ありがとう・・。それに浴衣まで着せてくれて。」

 『温泉に入るときは、のぼせないよう注意してくださいませ。』

 「・・・うん、気を付けるね。」


 そう話したときだった、穂乃花が横から陶器のコップを差し出す。


 「誠さん、これ、冷たいお水。」

 「あ、ありがとう。」


 御礼を言って水を受け取る。

そして一気に飲み干した。


 「ふ~・・、美味い! 生き返ったよ、ありがとう穂乃花!」

 「うん。」


 気の利く穂乃花にキュンとした。

おもわず穂乃花の顔を見て微笑む。

穂乃花は、僅かに視線を反らして恥ずかしそうにした。

誠はそのまま穂乃花を見続ける。


 『ゴホン!』

 「あ?!」

 『あ、じゃございません。布団をお下げしますよ。』

 「え?」

 『ここは誠様の寝所ではありません、よって片付けます。』

 「?」

 『はぁ・・、いいですか、ここに布団がありお二人だということは・・。』

 「あ!」

 『分かって頂けましたか?』

 「あ、うん・・。」

 『ではお下げします。』


 そういうと誠の下にあった布団が忽然こつぜんと消えた。

誠は呆然とした。

そして、気をとりなおし穂乃花から渡されたコップを何となく眺める。

コップを見つめながら穂乃花に話す。


 「なあ、穂乃花・・、布団が消えた。」

 「・・・うん。」

 「俺が乗っているのに・・、ね。」

 「うん。」

 「でもさ、穂乃花と二人でいて布団がないのはさみしい・・。」


 ボソリと、誠は無意識に呟いてしまった。

それを聞いた穂乃花は、目を見開いた。

そして、慌てて目を伏せ、俯いた。

せっかく赤くなった顔が戻りつつあったのに、また耳まで真っ赤になる。


 誠はその穂乃花の様子にも、自分の言った言葉にも気がつかない。

穂乃花から渡されていたコップを眺めていた。


 陶器のコップは、水が無くなっても冷たかった。

心地よい冷たさが手のひらから伝わってくる。

その心地よさもあり、ちょっとの間、誠は無口になる。

穂乃花も俯いたまま何も言わなかった。

二人の間にゆっくりと時間が流れた。

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どこだ此処は?縄文時代じゃないだろう! キャットウォーク @nyannyakonyan

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