第24話 誠・露天風呂でのできごと

 誠は湯船につかり、おもわずどこかのオジサンのような声を上げる。


 「ふ~・・・。」


 そう、満足の雄叫び、いや、溜息ためいきであった。

すこしそのままゆったりと湯に浸かる。


 そして、もしかして、ここでもハナコさんと話せるのではと思った。

独り言のように呟いてみる。


 「ハナコさん、居る?」

 『はい、お呼びでしょうか?』

 「あ、居たんだ。」

 『人を呼んでおいて、居たんだはないかと?』

 「あ、ゴメン、ゴメン。」


 『何か御用でしょうか?』

 「うん、この温泉なんだけどさ、深さが丁度いいんだけど?」

 『当たり前でしょう? 誠様に合わせてあるんですから。』

 「え?」

 『ですから、サイズ調整をしてあります。』

 「・・じゃあ、深くも浅くもできるんだ。」

 『はぁ、当たり前でしょ?』

 「はぁ・・・、常識でしたか・・。」

 『はい。』


 そうハナコさんは自信を持って答えた。

やっぱ、ここの常識にはついて行けない。


 「ねえ、ハナコさん、お酒を飲みたい。」

 『お薦めはできませんが・・。』

 「え? できるの?」

 『お薦めはできません・・。』


 「じゃあさ、お盆に載せて、お酒を出してくれる?」

 『お盆に載せる?』

 「うん、お盆だとお湯に浮かぶでしょう?」


 『お盆を浮かせて遊ぶのですか?』

 「ちが~う!! そのお盆にお銚子ちょうし猪口ちょこを乗せるの!」

 『お酒を湯船に浮かべて、浮き輪にするのですか?』

 「だ~!! 違う!」

 『?』


 「お盆は湯船に浮ぶでしょ、つまり机代わりにすんの!」

 『なるほど、で、それの何が面白いのでしょうか?』

 「をぃ!! ちゃうだろう! お酒が飲みたいの!」

 『だったら、そういえば良いのに。』

 「だから、そう言っているの!」

 『はぁ、まあ、わからないけど分かりました。』

 「ハナコさん、それ、分かっていないと言うんだよ?」

 『はぁ、ではお酒はらないんですね?』

 「あ、いや、ゴメン、お酒出して! 分からなくていいから!」

 『分かりました。』


 ハナコさんがそういった途端とたんに、お酒が乗ったお盆が突然目の前に現れた。

誠はそれを見て思わず仰け反のけぞった。


 「わっ!」


仰け反る時、両手を思わずあげ、お盆をひっくり返した。


 『あら? お酒を飲むというのは湯船に入れるということでしたか?』


その言葉に、誠は左手をに当てて、俯くうつむく

はぁ~、と、溜息ためいきを一つついた。


 「あの・・、ハナコさん、もう1つお願いね?」

 『また、湯船にお酒を入れるのですか?』

 「ちが~う!! いいから出して。」


 そう誠が言うと、先ほどひっくり返したお盆等は忽然こつぜんと消えた。

消えると同時に、お酒が乗ったお盆が目の前に現れた。

今度は、びっくりしてお盆をひっくり返す事はかった。

学習する子である、誠は。


 「ハナコさん、ありがとう。」

 『どう致しまして。』


 誠はお銚子を手にとり、お猪口に注ぐ。

そしてゆっくりと口につけた。

お酒はだった。


 「美味い!」


 そう言って、一気にお猪口ちょこの酒を飲み干した。

ふ~・・と溜息を一つく。

そしてなにげなく顔を少し上げ、目の前の景色を眺めた。

そこには、山に腰掛けているような三日月があった。


 ただ、空は薄雲でおおわれ、朧月夜おぼろづきよとなっている。

季語としてはおかしいが、おぼろ月夜である。


 ぼ~っと眺めていると微風が止んだ。

すると湯気が立ち上りのぼり朧月を隠した。


 しばらくすると、微風が吹いて湯気を霧散させる。

すると、また幻想的な朧月が現れた。


 それが不定期に、そしてゆっくりと繰り返された。

それを暫く眺めていた誠は呟く。


 「いいね、こういう月夜も。綺麗だ。」


 お銚子ちょうしを手に取り、お猪口ちょこにつぐ。

今度はゆっくりと味わいながらむ。


 なんどか呑むと、酔いが少しずつまわってくる。

ふと、湖面を見ると、湖面に朧月おぼろづきうつっていた。

これもたまに湯気で見えなくなったりする。


 「風流ふうりゅうだね・・」


 誠はそう言うと、朧月をさかなに酒を飲んだ。


 「静かな湖畔の朧月か・・、この温泉に来てよかったよ。」


 そう思う。

今頃は穂乃花も露天風呂を堪能たんのうしているんだろうな・・。


 そう思ったら穂乃花の入浴シーンを想像してしまった。

思わず赤面をする。

お盆をすこし横によせ、お湯で顔を洗って煩悩ぼんのうはらう。


 「いかん、いかん、妄想は。息子に毒だ!」


 と、自分に言い聞かせたが、素直な息子はすくすくと成長した。

誠は思った、うん、子供は親の言うことを聞かないものだ。

そう思い、ことにした。

いや、実際、ほおっておくしか対処のしようがない。

男の悲しいさがであった。


 気を静めようと、さらにお酒をあおった。

すると、くらっときた。

あっ、これはちょっと不味いかも・・。

湯船で倒れたなんてみっともない、そう思い湯船から出ようとした。

が、逆に立ち上がったことで立ちくらみがし、誠の気が遠のく。


 「ヤバい!これは・・ヤバい!」


 そう思ったときには遅かった。

気を失い湯船に倒れ込む誠だった。

 

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