08

 俺はずっと黒髪ポニーテールの子が伊集院の彼女だと勝手に思ってた。学園祭に来てたあの「吉乃ちゃん」とやらがこいつの大事な相手だとは気付けなかった。

 でも伊藤は気付いてた。


 そんなあいつが言ってたこと――。


『伊集院くんの片思いの可能性もあるかも、って気もしたんだ』


 あの予想もまた、当たっているのかもしれない。

 だけど正直にそれを確認するのは無神経だ。それに去年の文化祭での話だから、今は状況が変わってるかもしれないし。だから――


「さっきの子と伊集院って、なんかお似合いだよな」


 口から出てきたのはそんな言葉だ。

 なんていうか、俺なりにこう、お前の恋を応援するぜみたいな気持ちだった。


 言われた伊集院は、喜ぶかと思えば結構本気で驚いた顔をした。そしてどこか諦めたような、皮肉気な顔になる。


「お似合いに見える?」


 自分はそう思ってない、みたいな聞き方だった。


「うん、似合ってると思ったよ」

「そうか……ありがと」


 お礼を言う伊集院は、ほっとしたような、こちらの胸が締め付けられるような表情をしていた。すぐに目線を外されたのは、もしかしたら照れたのかもしれない。

 普段はきれいに隠してしまっている、無防備な瞬間を見てしまった気分になる。


「たまに不安になるんだ。彼女の傍にいるのが俺だってことが」


 思わず漏らしてしまった一言って感じだった。


「え、でも」

「なのに離れる気もない」


 俺が何か反論するまでもなく、伊集院のなかである程度の答えは出ているようだった。


「タチ悪いだろ」


 もう一度目線を合わせてきたやつの顔が、悪そうな感じでどきりとする。

 そうだこいつ、たまーに何か企んでるような怖い顔になるんだよな。おそらく素で。


「今日みたいに、せめてふさわしくなる何かをしてみたいと思い立っても簡単じゃなくて――」


 伊集院は、途中でふと我に返ったように言葉を切る。


「まあつまり、第三者にお似合いだって言われるのは結構嬉しいよ」


 そう強引に結論づけると、伊集院は今度こそ踵を返して去って行く。俺はその後ろ姿を見ながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 あんなすごそうな奴でも、好きな相手の隣にふさわしいのか悩んだり、努力したりもするのか。


 俺はもし万が一、片思いだとあいつが思ってんなら、応援をしたかっただけだった。脈あるしいけるはずだぜって。


 正直、二人がお似合いに見えるかって言われたら、見えなかった。

 けど彼女――「吉乃ちゃん」も違う高校なのにわざわざあいつに疑似バレンタインのお菓子を用意して、あいつも用意してて、そんなこと知ったらお似合いだって思うだろ。

 それなのに、もし片思いだと思い込んでんならなんか落ち着かないだろ。


 手元にある花柄の袋を見る。

 今ならちゃんと、昼間のことを伊藤に弁明して、俺が間違ってたって言える気がした。


 伊集院には別次元の存在でいてほしかった。だから二年前に見た黒髪ポニーテールの子みたいに、特別な存在感のある子と付き合っててほしかった。

 俺が嫉妬なんて無駄だって思えるように。


 ――本当はそれだけじゃないだろ?


 心に湧き上がる意地の悪い問いに、俺は観念する。


 本当はそれだけじゃない。

 伊集院が特別な存在に見えるほど、伊藤もあいつを諦める可能性が増す……そんな醜い下心がなかったといえば嘘だった。


 まじでカッコ悪い。認めたら、ここ数年で一番ってくらいへこんでくる。これが恋愛漫画とかだったら、俺ってみじめに振られる当て馬とかただの悪役とか、そんな感じだ。きっと。


 花柄の袋を開けると、そこには小さなカードが入っていた。


『友達のよしみで、お菓子あげるよ。大学に行ってもよろしくね!』


 カードには受け取り人の名も、差出人の名もない。けど俺の靴箱にこれが入っていたら、絶対に伊藤からだって気付ける。

 別にあいつからの告白ってわけじゃない。友達ってちゃんと書いてあるし。

 でもすげえ嬉しかった。


 にしてもあいつ……カード入れっぱなしにしたまま伊集院に押し付けたのか。たぶん混乱して忘れたんだろうけど、受け取った伊集院が気づいたら絶対に困ったぞ。


 ふとスマホを見ると、俺に居場所を聞いてきていたやつからのメッセージが来ていた。


『伊集院がお前のこと探してた。あいつも帰っちゃったけど、一応お前のいる本屋のこと連絡しといたから、もしかしたらそっち行くかも?』


 先に読んどきゃよかった……。急に遭遇したの、薄々予想はしてたとはいえまじでびびった。


 手元のスマホが震えて、新しいメッセージが着たことを教えてくれる。


『今日って予備校の日だったっけ? もし何もなかったら、これから少しだけ会えない?』


 伊藤からのメッセージだ。

 驚いて二度見、いや五度見くらいした。


 会うってなんでだろう。お菓子を捨てた件で、俺が犯人にされかけたことについてだろうか。あいつの口から、お菓子が俺宛てだってことを教えてもらえるんだろうか。

 調子のいい俺は、どうしても自分に都合のいい想像をしてしまう。


 焦って何度か文字を入力間違いしつつ、とにかく「会う」という承諾の返事を返した。


 どうしよう。このまま会いに行ってしまっていいのだろうか。さっき伊集院から受け取ったお菓子の袋は、とりあえず鞄に閉まっといたほうがいいよな。で、様子を見ながら事情を話してみよう。

 それから――。


 ふとフロアとフロアを繋ぐ階段のほうを見たら、伊集院と「吉乃ちゃん」が二人で降りていくところだった。俺、あいつの妙なとこ目撃しがちだな。

 けど、降りてく二人を見た俺はピンとひらめく。


 待ち合わせの場所に行くのに少しだけ時間がかかることを伊藤に連絡すると、俺も書店から出ることにした。階段だと伊集院たちに遭遇するかもしれないから、エレベーターで行こう。

 向かうは近くにある百貨店の地下だ。

 別に今日、男子が女子にお菓子をやっちゃいけない決まりはない。伊集院の言う通りだ。


 意気込む俺の手元のスマホがまた震える。伊藤からの返事が来たのだ。


『時間は大丈夫。でも早くしてくれたら助かる。いろいろ話すことあって』


 話って、やっぱり今日の件だよな。


 俺は花柄の袋を鞄にしまいながら、一瞬上がってしまったテンションをなんとか落ち着ける。

 危ない。変に浮かれすぎないようにしないと。下手なことしてあいつを傷つけたいわけじゃないし、友達として築いてきた仲を壊したくもない。


 今は「気の合う友達」として、あいつに俺からのお菓子を渡そう。

 そして、これらからもよろしくと言おう。


 だけど……これから少しずつ認めてしまった醜い下心と向き合っていけば、いつか伊藤に告白できる俺にもなれるだろうか。


 なれるといいな。

 いや、なろう。なりたい。


 小さな覚悟を胸に、俺は到着したエレベーターに乗り込んだ。








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お読みくださりありがとうございました!

吉乃視点だとあまり見られない蘇芳の姿を書いてみたいと思った番外編でした。

本編その後の時系列の続編も作成中です。

ブクマ、いいね、感想、すべて励みにしてます。本当にありがとうございます! 

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その事件の1人目の被害者は、悪役令嬢である 宮崎 @miyazaki_928

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