07
「俺も今日、朝早くに登校したんだ。だからお前が靴箱でそっちの紙袋を眺めてるの、見かけたんだよね」
伊集院は俺の持っている紙袋に目をやった。
「そのあと教室に行ったら、涙目の伊藤が入ってきた。流れでちょっとだけ事情聞いたんだよ。誰かに渡そうと思ってたお菓子、渡せずに捨てちゃったって」
「なんで……」
「これ、どこまで俺が言っていいのかわかんないんだけど」
疲れたように伊集院は一度視線を迷わせてから、話を続けた。
「とあるやつの靴箱にお菓子を入れて驚かしてやろうとしたら、先に入れてるやつがいて急に恥ずかしくなったんだってさ。だからまあ、状況的にお前に渡せずにお菓子を捨てたのかなって予想してた。そしたらお前のクラスで騒ぎが起こって――」
「ちょっと待て。なんでそのくらいで恥ずかしくなるんだよ」
「俺に聞いてもわからないよ。聞くなら本人にしてくれ」
たしかにな。なら、別のことを聞こう。結構重要なことを。
「なんで、俺がわざと犯人にされようとしてるって思ったんだ」
「犯人ではありえないのに、積極的に否定してなかった」
「それだけで?」
「あとは、お前が朝早くに教室に来たはずだってことを俺は知ってた。靴箱で見かけてたからね。だから、もしかしたら伊藤が捨てるとこも見たんじゃないかって推測して……彼女を庇おうとしてるんだろうって結論に繋がったんだ」
何も言い返せない。
その通りだからだ。
もしあのとき俺が否定して本格的に犯人捜しが始まったら、伊藤が捨てたことが知られてしまうんじゃないかと思った。だからはっきり濡れ衣だと主張できなかった。
けど積極的に犯人になりにいく勇気も持てなくて、迷っているうちに伊集院がその役を担ってくれた。
「ちゃんと庇いきれれば、かっこよかったんだけどなー。俺には無理だったんだ、はは」
「いや、俺が早まっただけ」
自虐的に笑う俺を気にせず、伊集院は今までで一番でかいため息をついた。
「二人の事情とかもっと把握できてれば、下手に手出ししなかったよ。放っておいても、お前がちゃんと庇いきって伊藤が感謝して、それでうまくいっただろ」
そうかな。伊藤の性格的に、あのまま俺が犯人にされてたら違う自分が捨てたって名乗り出てた気がする。
その代わり、お菓子が俺宛てだったことは絶対に秘密にするんだ。
これは伊集院にはきっと推測はできない。付き合いの長い俺だからわかることだ。
そして伊藤が秘密にしてしまったら、俺は俺で、お菓子が伊集院宛てだと勝手に誤解してそのままだっただろう。
でも伊集院は「とんだ道化だったよ」と疲れた顔だ。
今日の事件の本当の被害者は、自ら悪役になってくれた伊集院かもしれない……。
でも伊集院が自ら犯人役になったおかげで、伊藤は動揺して名乗り出られなかった。酷いかもしれないけど俺は、伊藤が恥ずかしい思いをせずに済んだことをこいつに感謝したくもあった。
だが伊集院は遠い目をして、とにかく早く受け取れと言わんばかりに、花柄の袋をさらに俺のほうに差し出してくる。
「こういう仲介役みたいなの、俺にはあんまり向いてないんだ。他人の事情には基本的には首突っ込みたくない」
「お前が首突っ込んで悪役になってくれて、俺は助かったけど」
「本来の俺なら、ああいうことは絶対にしてなかった。自分でもらしくないことをしたと思ってる」
本来の俺ってなんだ。
てか嫌々助けたってこと? だから自分が犯人だって名乗り出たとき、あんなに不機嫌なオーラ出てたのか。
けどあれで俺も伊藤も助けられた。それに感動したからこそ、伊藤は放課後こいつに告白を――あれ? あの図って本当に告白だったのか?
「も、もしかしてさ、放課後に伊藤と二人で話してたのは、この話をしてただけ?」
「なんで話してたことを知ってんの」
「ちょうど見かけちまって」
伊集院はうさんくさそうに俺を見た。
うん、俺がその場面を勝手に誤解してるって気付いてそう。
「俺が捨てた犯人になったことについて、謝られてただけ。お菓子がお前宛てだったことも、そこで確認したよ。今からでも渡せばって言ったけど、これは俺が食べていいからって押し付けられて逃げられた」
「俺宛のお菓子を!?」
「だからお前に渡すんだ。勝手なことして伊藤には悪いけど……お前の気持ち聞く限り、そのほうがいいかなって思うから」
俺は、差し出されたままになっていた花柄の袋をおずおずと受け取った。速攻で伊集院は「じゃあ」と踵を返そうとする。
「待ってくれ」
なに、と振り返る伊集院は引き止められて少し不機嫌そうだ。さっさとあの女の子のところに行きたいんだろう。
「あ、えっと」
反射的に呼び止めて、すぐに言葉は出てこない。早く、何か。焦る俺の中では、昼間交わした伊藤との会話がぐるぐるして……。
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