また、あした

緋那真意

また、あした

 あるところにおじいさんがいました。

 おじいさんには家族がいませんでした。

 昔はおじいさんも奥さんとの間に二人の子供をもうけて、幸せに暮らしていました。

 しかし、奥さんも二人の子供もおじいさんを置いていくかのように亡くなってしまいました。

 家族を亡くしたおじいさんは、それからというもの、全く笑わなくなりました。

 毎日毎日、家族の墓に行ってはお祈りを捧げ、お墓を清め、花を手向けては家に帰り、一人で部屋に引きこもる。その繰り返しでした。

 始めのうちは、いろいろな人がそんなおじいさんのことをあれやこれやとお世話を焼いていましたが、そういう人たちもいつしかいなくなっていき、気がついたらおじいさんは一人ぼっちになってしまいました。

 しかし、おじいさんはそんなことを気にも留めず、淡々と毎日をお墓参りに費やしていました。


 そんなある日のこと、いつものようにおじいさんが家族の墓に出かけていくと、一人の子供がお墓の近くにいました。

 男の子とも女の子ともつかない、不思議な雰囲気の子供でした。

 おじいさんは言いました。「どこから来た」と。

 子供は答えました。「すぐ近くです」と。

 おじいさんは子供の答えを聞くと、ふん、と一つ鼻を鳴らし「さっさと家に帰んな」と無愛想に言いました。

 それを聞いた子供は不思議そうな表情をして言いました。「いたら駄目なの?」

 おじいさんは子供のことなど眼中に無い、という風情でお墓を清めながら言いました。「お前みたいな子供にゃ、何もわからん」と。

 子供はふうん、と小さく小首を傾げる仕草をして、静かにおじいさんのことを見つめていました。

 それきり、話し声はなくなりました。

 おじいさんはお祈りを捧げると素っ気無く家へと帰っていき、子供はそんなおじいさんのことを静かに見送りました。


 それからというもの、毎日のようにおじいさんと子供はお墓の近くで出会いました。

 晴れの日も、曇りの日も、雨の日も。子供はいつもお墓の近くにいて、おじいさんのことを見つめていました。

 おじいさんは相変わらず淡々と墓に来ては墓石を清め、掃除をして、お祈りを捧げては帰っていきました。

 そんな日が何日続いたのでしょう?


 ある晴れた日のこと。いつものように家族の墓に来てお祈りを捧げたおじいさんは、ふと、こんなことを言いました。

「妻も子供たちも、元気だろうか」

 おじいさんの顔には何にも浮かんではいません。ただただじっと空を見つめています。

 透き通るような、青空でした。

 すると、いつものようにお墓の近くにいた子供が言いました。「元気だったら、嬉しい?」と。

 おじいさんは言いました。「もうみんな、亡くなってしまったよ」と。

 おじいさんの顔はとても悲しげでした。

 そんなおじいさんの顔を見た子供は、おじいさんのそばにそっと近づいて言いました。

「おじいさんは、何も悪いことをしていない」と。

 その言葉を聞いたおじいさんの顔から、涙がひとすじ流れていきました。

「わしは、わしは・・・何もしてやれなかった・・・」

 お腹の底から絞り出したような、悲痛な声がおじいさんの口からこぼれました。

「そんなことない!おじいさんは頑張ってた。ずっと見ていたもの」

 子供はおじいさんのことをまっすぐに見つめてそう言いました。

 おじいさんはそれを聞いて、顔を涙でくしゃくしゃにしながら言いました。

「死んでからいくら頑張ったところで、今さら・・・」

 それ以上、おじいさんは何も言えなくなりました。ただただ、静かに泣いていました。

 子供は、そんなおじいさんに優しく抱きつき、言いました。「そうじゃないよ」と。

 おじいさんは涙でいっぱいの目を子供に向けました。小さな花のような可愛い笑顔でした。

「おじいさんの辛いのは、本当は皆わかってるよ。だけど、おじいさんの辛いのは、おじいさんだけのものだから、皆何も出来なくて、皆も辛くて、だから誰もこうやっていてあげられなかったんだ」

 子供が一生懸命にそうやって話しているのを聞いているうちに、おじいさんの顔からは涙が消えていきました。

 おじいさんも自分に抱きついている子供のことも抱き返しながら言いました。

「わしが、自分で自分のことを許してやらにゃ、わしも家族も辛いままなのか・・・」

「そうだよ」と、子供も答えました。

 それきり、二人は何も言いません。静かにお互いのことを抱きしめ、佇んでいました。

 静かな風の音だけが、二人のことを見つめているだけです。


 夕方近くになっておじいさんと子供は別れました。おじいさんはこう言いました。「また、明日な」

 おじいさんの顔には穏やかな笑みが浮かんでいました。

 子供も笑顔で答えました。「うん!」

 二人はそうやって別れていきました。

 それからしばらく経ったあと、おじいさんが自分の家で亡くなっているのが見つかりました。

 おじいさんはまるで眠るような、穏やかな顔で亡くなっていたのだそうです。

 お葬式のあと、おじいさんのお骨は家族と同じお墓に入れられました。

 もはや、誰もお祈りを捧げることもなくなったお墓のすぐそばでただ一輪の小さな花だけが、微笑みを浮かべるかのように静かに風に揺られていました。

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