第11話 地雷サークルであることを、さすがに察していたのである


 無事に履修科目を提出した雅子であった。

 学食とは違うカフェテリアで、マリコと作戦会議である。


「マリコ」

「うん」

「わたしはやるよ」


 呆れ顔のマリコであった。


「ほんと栗栖は、オッサンの言うことは素直に聞くよねー」

「う、うるさいよ。確かに経験せずに悪く言うのはよくないじゃん」

「真面目か」


 目の前には、十数種類の勧誘ビラ。

 これでも吟味したほうである。

 学生の自由性を尊重した結果、はびこるカビのように増殖する同好会たち。

 その中から、自分の生活スタイルに合ったものを選び抜くのだ。


「栗栖の興味ある分野は?」


 マリコの尤もな質問である。


「興味ある分野ねえ」

「趣味とか、将来の展望とか」

「オジサンのお嫁さんかな」

「小学生かよ」


 真顔で言ってるところが、たちが悪いのである。


「あの婚約指輪殺法はどうにかならんの?」

「でも、アレが一番効くし……」

「おまえ、男子大学生を肩こりみたいに……」


 ここに来るまでも、一人撃退した。

 ファイティングスピリッツ豊かな大学であった。


「スポーツの経験は?」

「これといって経験したものはないかな」

「興味はないの?」


 スポーツ系同好会のビラを取り出した。


 テニス。

 陸上。

 フットサル。

 登山。

 けん玉。


 ……けん玉?

 けん玉はスポーツなのか?


 雅子は考えるのをやめた。

 深い思考の迷路から生還できる気がしない。


 他にも無数に存在するが、とりあえずコレらが拘束時間短めだった。


「テニスなんかどう?」

「テニスはダメ!」

「え、なんで?」

「女の子のお酒に悪いもの混ぜるんでしょ。わたし知ってるよ」

「おい清純派。マスコミに踊らされてるぞー」


 しかし飲みサーであるのは事実だった。

 家計第一の雅子には向いていないようである。


「文化部は……それこそキリがないなあ」


 一般的に、文化部のほうが活動時間や活動場所の都合がつきやすい。

 そのため運動部よりも、同好会の数が多いのだ。


「軽音はー?」

「あ、すごい大学生っぽいね」

「けっこう前向き?」

「わたし楽器できない」

「なんで食いついたし……」


 次は写真部。

 写真を撮って現像する。


「スマホでよくない?」

「身も蓋もないこと言うなよ」


 文化的活動というものが理解できない雅子であった。

 これでは美術とかそのあたりも無理っぽい。


「そもそも見学だけなら、片っ端から行ってみりゃいいじゃん」


 正論であった。

 体験入部期間は長めに取られている。

 期間が終了しても、ほとんどのサークルは出入り自由だ。


「新入生向けの歓迎会で、飲みに連れて行ってくれるところもあるし」

「でも、わたし未成年だし……」

「タダ飯だけ食って帰りゃいいじゃん」

「わかった。じゃあ、タッパー持ってくね」

「わたしが悪かったからやめて。お願いやめて」


 わたしは雅子。

 一日長い賞味期限のために、スーパーでたまごの陳列棚を掘り返す女である。


「そういえば、マリコはどこ入ってるの?」

「漫研」

「漫研……?」


 つまり漫画研究会である。

 ギャップによる印象操作に余念がないビッチであった。


「そんなに漫画好きだったっけ?」

「タダで好きなだけ読めるしねー」

「あー、やっぱりマリコっぽい」

「あと小遣い稼ぎできるし」

「ごめん。ちょっと意味わかんない」


 コミケというやつか。

 金髪ちゃんが、いつも夏休みと冬休みに行っていた気がする。

 どうやらマリコも同人誌を製作しているらしかった。


「うーん。それじゃあ、わたしも漫研を見てみよっかなー」

「それなら、わたしが案内してやろっか?」

「うん。よろしくー」


 出入り自由。

 活動時間自由。

 特定の活動ノルマなし。


「でも漫研って、ビラ配ってなかったよね?」

「会員制だからね」

「え、どういうこと?」

「会員の紹介でしか入れないの」


 不可思議なシステムであった。

 それとも、そのような形態のサークルも普通なのだろうか。


 文化部棟の四階。

 そこに漫研の部室はあった。


「じゃ、栗栖。いいね?」

「うん」

「ここで見聞きしたことは、外では一切、口にしちゃいけないよ?」

「うん。……うん?」


 変に用心深い確認であった。

 ドアをノックすると、脇の小窓が開いた。


「誰だ?」

「わたしだよ」

「姐さん!」


 姐さん?

 そこでやっと、雅子は嫌な予感がした。

 相変わらず、自衛意識の低い女であった。


「見学だよ」

「大丈夫なんすか?」

「わたしの高校からのマブダチ」

「うっす。了解す」


 ドアの鍵が開いた。

 靴を脱いで、部室に上がった。


「失礼しまー……っ!?」



 ジャラジャラジャラジャラ!



 六畳ほどのワンルーム。

 その中央に、正方形のボードがあった。


 なぜか麻雀大会が行われているのだ。


「……漫研じゃなかったの?」

「漫研だよ」

「麻雀しかしてないよ」

「漫研だもん」


 理解不能であった。

 ただ、マリコが本気でそう言っているのはわかった。


 牌を弾いていた男たちが、なにかを交換した。


「ちょ、マリコ! あれお金……もがっ」

「シーッ。栗栖。憶測で決めつけるのはよくないよ?」


 口をふさがれる雅子であった。


 マリコは優しい顔で、にっこりと微笑んだ。

 愛想など前世に置いてきたような氷結女子が、にっこりと微笑んだのだ!


「アレは『チェン』っていうの」

「チェン?」

「漫研で交付されている独自通貨だよ」

「でも、あの肖像画……」

「あー。そうだね。確かに日本紙幣に似てるかもしれない。でも、あれは『チェン』だから」

「どうして日本紙幣に似せてるの?」

「そりゃ、より高いスリルを追求するためだよ」


 なるほど。

 つまり、漫研内でのみ使用できるチップのようだ。

 決して大学前のコンビニでは使用できない。

 雅子はそういうことで納得した。


「それはわかったけど、漫画は?」

「ほら、そっちの棚に積んでるでしょ」

「描かないの?」

「描かないよー。だって、わたしら漫研だよ?」


 もう聞き返さない雅子であった。

 ここが地雷サークルであることを、さすがに察していたのである。


「最初は、普通の漫研だったんだよ」

「うん?」

「でも卒業した先輩が、暇つぶしに麻雀セット持ち込んでねえ」


 そして、こうなってしまったらしい。

 麻雀をしている一人が、声をかけてきた。


「漫画描きたいなら、下の階の同人研に行ってねー」

「同人研?」

「同人活動研究会。漫研から分離した、漫画を描くためのサークル」


 こうして新しいサークルが乱立して消えていく。

 まさに大学の闇であった。


「やべえ!」


 見張りの男子学生が叫んだ。


「ガサ入れだ!」

「マジかよ!」


 途端、ドアが開いた!

 合鍵の束をジャラジャラいわせながら、ショートヘアの女の子と数人の学生が飛び込んでくる。


「おら、マリコ! 今日こそ尻尾掴んで……ああ?」


 ショートヘアさんが眉を寄せた。

 同時に、雅子も目を疑った。


 さっきまでガチャガチャやってた麻雀卓が、跡形もなく消えていたのだ!


 漫研の会員たちは、まるでさっきからそうしていたように漫画を読んでゴロゴロしている。


「あ、学生会の人たち。お疲れーッス」


 マリコの人を舐めくさったような挨拶。

 ショートヘアさんの血管がピクピクッと浮き出る。


「……チッ」


 ショートヘアさんが、部下たちを連れて出ていった。

 途端、空気が弛緩する。


 一瞬の攻防であった。


「いやあ、栗栖は運がいいなあ。まさか見学で、このスリル満点の裏メニューまで体験できるなんて! ほんとラッキー!」


 ポンポンと肩を叩いた。


「で、どうする? 入る?」

「結構です」


 辞退する雅子であった。


 なお、この物語は賭博行為やそれに準ずる行為を容認するものではないことをとりあえずここに明記しておくのであった。

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女子大生と暮らしてみた @nana777

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