働きたくない冒険者ケイス

「へぇ~。相変わらず、可も無く不可もない魔石を採ってきますね」

「どちらかというと褒めてないだろ、それ」

「あははっ。そんなまさかー」


 ケラケラと笑っているのは、冒険者ギルドに所属している鑑定士のヘミン。

 俺がこのギルドで冒険者の登録をするときに担当した職員で、俺が迷宮で貰ってきた品をいつも鑑定してくれている。

 他にも職員は居るにも関わらず、ヘミンが俺専属の鑑定士のように態度でやってくるから他の鑑定士がやってくれなくなっている。


「それで、いくらになるんだよ?」

「そうですね。魔石は全部で大銀貨1枚に、銀貨4枚。宝石はこちらで買い取りの場合は小金貨1枚といったところでしょうか?」

「ならそれでいい。換金してくれ」

「分かりました」


 ヘミンは小さい木板にサラサラと金額を書き、それを後ろで控えている別の職員に渡す。

 その渡された方の職員が報奨金を用意している間、ヘミンがこちらに向き直った。


「ケイスさん、どこかのパーティーに所属しないんですか?」

「パーティー? 俺が?」


 ケイスこと俺は、今も昔も1人で迷宮に潜っている。

 ゴブリンにお宝を持ってきてもらっているのがバレたらヤバいから、という理由もあるけど、それ以前にパーティーを組むのが面倒くさい。


 働かずに生きる方法を毎日、模索しているのにパーティーを組んでは、その日から重労働の開始だ。

 楽な仕事より実入りの良い仕事。

 それは、危険な、死と隣り合わせということと同義だ。


「誰かとパーティーを組むぐらいだったら、冒険者を辞めて商人にでもなるよ」

「そうですか? ケイスさんみたいに迷宮をメインにしている冒険者だったら、結構、人気があると思いますけど?」

「年上と組んだら、はいはい、と腰を低く。年下と組んだら、何かと面倒を見なけりゃいけない」


 「そんなの、ごめんだよ」と笑う。

 ヘミンとしては俺の返答に不服なのか、少しだけ頬を膨らましてため息を吐く。


「だとしても、だとしてもですよ――」

「おしゃべりしているところ申し訳ないけど、はいこれ」


 報奨金の勘定をしていた職員に肩を突かれて、ヘミンは受け取った報奨金をそのまま手渡しで俺に渡してきた。

 手渡しはお金の誤魔化しが発生する危険があるので原則として禁止されているが、まぁなんと言うかこいつと俺との間にはあってないようなもんだ。


「今日はもう帰るの?」

「久しぶりの地上だ。街を適当に流して帰るよ」

「そう? それじゃあ、また潜るときは寄ってね」

「あぁ、分かった」


 受け取った報奨金を皮の小袋に入れ、冒険者ギルドを後にする。

 迷宮に居た4日間は湧き水しか飲んでいなかったので、今日はこれで豪遊する。

 まず目指すところは――。



乾杯カンパァーーーーい!」


 今日やるべきことは、水しか入っていない胃袋に酒と美味いメシを詰め込むことだ。

 ここは、街の中心街にある『モリスの泉』という居酒屋だ。

 大きくていつも賑わっている。


 値段設定は周りの店と比べてやや高めだが、味とボリュームがよく、景気の良い冒険者パーティーがよく利用していた。

 なんでそんなところに俺がって?

 金が入ったんだ。

 美味いものを腹一杯に食う。それが冒険者だからだ。


「ほら、あーん」

「あーん」


 フォークに刺した肉団子を女の子の前に差し出すと、女の子は満面の笑みを浮かべて小さな口を大きく開く。

 そして、「あぐ」と肉団子を頬張ると、一気に破顔した。


「おいしーっ!」


 キラキラとした笑顔で肉団子を咀嚼する姿は、その体の小ささと相まって子犬に餌を与えているようだ。


「だろぉ? ここは、町でも一番、美味い店なんだ」

「知ってるぅ~」

「なにをぉ~」


 笑顔になってる女の子のほっぺたを両方から押してプニプニする。

 突然の攻撃だったが、女の子は愕いた様子も見せず、俺のなすがままになっている。


「おい、ケイス! 娘にあんまりものを食わせるな!」

「え~? だって、カワイイじゃん」

「可愛いのは分かってる。けどな、最近、他の奴らにも餌付けされて太りだしてんだよ」

「太りぃ~?」


 週の半分を迷宮に潜っている俺が、地上の女と仲良くできるはずもない。

 さっきから仲良くしているのは、この居酒屋の店主の娘のリタだ。

 働き者で人なつっこく、この店のアイドル的な存在でもある。


 だから、年配の冒険者ほどリタを可愛がり、色々と注文した物を食べさしてやったりなんかしている。

 しかし、そうか。確かにプニついてきている感じはする。


「このくらいの年頃なら、こんなもんだろ」


 肉付きは良い方だけど、特に太っている感じはしない。

 貴族や大商人の子供の中にヤバイ太り方としているのも多く、そいつらに比べたら太いとはいえない。

 貧民街の連中はそもそも、って話だ。


ーだよ、お父さん。私、将来はお母さんみたいなグラマラスな体型になるんだから」

「ハッハッハァー! そいつは楽しみだ!」


 店主――ってか、父親大爆笑。

 その反応に腹を立てたリタは頬を膨らまし怒りをあらわにしながら俺に向き直る。


「ねぇ、ケイスちゃん! あたし、お母さんみたいになれるよね!」

「あぁ、もちろんだとも。オッサンの面影なんか微塵もなくなって、リタは美人になるぞ!」


 俺からのお墨付きを貰えたリタは、「わーい」と一瞬、喜んだが、すぐにはた・・と考え直した。


「んー、でも、地下・・にずっと居るケイスちゃんじゃあ、根拠にするのはちょっと弱いか……」


 余りにも冷静な判断に、俺以外のこの店を利用している奴らが一斉に爆笑した。

 俺はリタの味方だというのに、まさか正面から斬り伏せられるとは思ってもいなかったぜ。


「なんだ、なんだ。俺に味方は居ないのかよ。ったく――」


 俺を慰めるように、リタが頭を撫で繰り回してくる。

 そして、散々、人の頭をグシャグシャにしてくれたかと思ったら、満足したのか店の手伝いへ戻ってしまった。


「ありゃ、悪い女になるわ」


 良い意味で、だが。

 「さて食い直すか」と皿に乗っている肉団子にフォークを刺そうとしたところで、出入り口のドアが勢いよく開き、外から大人数が店へ入ってきた。


「いらっしゃい! 空いてる席……」


 威勢の良かった店主の声が尻すぼみとなり、案内しようと元気よく駆け寄ろうとしたリタも同じく力なく歩き、そしてすぐに止まった。

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