迷宮のオーガ

「クソッ! ァアッ!」


 ガバッと起き上がると、目の前は寒々しい岩肌だった。


「ハァ――、ハァ――、ハァ――?」


 何かに愕き目覚めた気がする。

 しかし、それが何だったのかは思い出せない。


つぅ……!!」


 周囲を見渡すために体を捻ろうとした瞬間、全身に雷が落ちたような痛みが走った。

 その痛みが何だったのか思い出すよりも先に、目の前に映像が浮かび上がった。

 痛みの正体。体中にできた痣で思い出した。


「そうだった……。おれは、あの貴族ロイアーティに……」


 ボコボコにされ、一時は殺される手前まで来ていた。

 それを思い出したら、今まで痛みに震えていた体が、今度は恐怖で震えだした。

 あの貴族――ロイアーティは、このダンジョンの攻略を始めたのだろうか?

 俺の秘密の部屋が見つけられるとは思わないが、それでも心配はつきない。


「とにかく、今は静かに――」


 ヒカリゴケで淡く照らされた秘密の部屋を、確認するように視線を巡らせていると、俺の目の前にあり得ない存在が居た。


「うわぁぁぁぁぁあ!?」


 なぜ気づかなかった!?

 目の前には、胡座をかき俺を凝視しているオーガが居た。


「なっ、なんでここにッ!」


 剣を手に取り後ろ飛びでオーガと距離を開ける。

 身長は俺と大きく差はなさそうだが、体つきが異常だった。

 歴戦の重戦士を思わせるほどつけられた筋肉に、見た者を一目で畏怖させる形相。

 『勝てない』と直感した。

 怪我をしているから、とかそういった理由ではなく、万全であっても勝てることは微塵もない。


「あぁ、クソ……」


 だが、ただで殺されるつもりはなかった。

 あの貴族に殺されるような、抵抗もできない一方的な死ではない。

 体が自由に動くなら、相手に一太刀くらいは浴びせられるはずだ!


「なにをやっている。そんな怪我で動いたら、治るものも治らんぞ」


 こちらが相手を凝視し身構えていると、当のオーガから思いもよらない言葉をかけられた。


「喋った!?」


 恐怖にも勝る驚愕が面白かったのか、オーガは「ククク」と喉の奥で小さく笑った。


「あぁ、そうだ。お前のおかげで、こうして話せるようになった。感謝している」

「俺のおかげ……?」


 理解が及ばず背中に嫌な汗が流れた。

 オーガは手慣れた様子で腰に帯びた水袋から水を飲んでいる。

 初めは恐怖からその恐ろしい形相にしか目が行かなかったが、いったん落ち着いてから姿を見ると、オーガの服装はキチンと整っていた。


 人間の視点から言えば、オーガの装備は統一感がなくチグハグで、さらに言えば拾ってきた――というか、奪ったような物で固められているが。 

 普通のオーガであれば、身にまとっていると言ってもぼろ切れ程度だ。


 目の前に居るオーガは、明らかにおかしかった。


「この間、お前が地上に上がる前にくれた能力・・・・・が、異種族の言葉を理解させてくれるヤツだったみたいでな。おかげで、これだけ強くなった」


 ギチチ、とオーガは握りこぶしを作り笑った。笑った……でいいんだよな?

 その時の筋肉の膨らみが異常過ぎて、乾いた笑いしか返せなかった。


「くれた能力チカラ……?」


 乾いた笑いを返す一方で、少しずつ冷静さを取り戻し始めた頭で、今さっきオーガが言った言葉を反芻して気づいた。


「そうだ。俺が食い物や金目の物を持ってくると、気まぐれに能力チカラをくれただろう?」


 何の話か分からなかった。

 だが、オーガの隣にあった文字を見て思い出した。


「それはッ!」


 肉体強化・自然治癒力上昇・隠蔽といった文字の中に、『異種族言語』という文字があった。

 これは――これは、ロイアーティの回りに飛んでいた文字と同じだ!!

 それを理解すると同時に、目の前のオーガがなんなのか、ということにも気づいた。


「お前、あの時のゴブリンか!?」


 俺がここでゴロゴロしている時に、食料や魔石といった換金できる物を持ってきてくれていたゴブリン。

 頭を撫でてやれば喜ぶ、かなり変わったモンスターだと思っていたが――。


「あの飛蚊症だと思っていたやつは、スキルの群体だったのか?」


 今までぼやけた文字しか見ることができなかったが、何かのきっかけでそれが文字として認識できるようになった。

 何かのきっかけ、なんて分かっている。

 ロイアーティに攻撃をされたからだ。

 死の間際まで追い詰められて覚醒した力。


「そんなもん、聞いたことないぞ……」


 スキルを他者に与えるスキルなんて、今まで聞いたこともない。

 もしかしたら世界のどこかに存在しているかもしれないが、噂や伝説として聞いたことがないなら、よほど希有な能力のはずだ。


「俺からしてみれば、その能力は妥当だと思うがな」

「……どういうことだ?」


 記憶のどこかにこの能力について覚えがないか悩んでいると、オーガからそんな言葉をかけられた。

 表情は俺を諭そうとか慰めようとかしている雰囲気はなく、「納得している」といった感じだ。


「人ならざる人の身には、ちょうど良い能力ということだ」

「人ならざる人……?」

「そうだ。人の身には余る力かもしれなんが、お前なら問題ないということだ」


 言っている意味は全く分からないが、このオーガは俺を買いかぶっているようだ。

 俺はそんな優れた人間じゃない。


「それで、今回はいつまでいるんだ?」


 オーガから、次に地上に上がる日程を聞かれて、俺がなぜここに居るのか再び思い出した。


「――分からない。今、地上うえに行ったら殺される。当分は、ここに居るつもりだ」

「そうか。寝てばかりだから、そんな気はしていた」


 嫌がる素振りはなく、気のせいかもしれないが笑ったような気がした。

 ここは、元はこのオーガが使っていた隠し部屋だ。

 そこに間借り――と言えば聞こえは良いが、半ば入り浸るように俺が使い始めた。

 始まりも色々とおかしなことになっていたが、嫌がられなくて良かった。


「けど、寝てばかりいっても2~3時間のことだろ? 普段と比べたら、全然じゃないか」

「なに言ってる。時間や日数は感覚はないから分からんが、冒険者が集団で7回も迷宮に下りてきたぞ?」

「7回? あの貴族が俺を狩りに来たのか……?」


 あの時のことを思い出し、背中にゾワリとした寒気を感じる。


「普段通りだ。お前が下りてくる時と同じ、いつもの冒険者の集団だ」

「ツッ!?」


 冒険者が一番、多く迷宮に潜る時間帯は、ギルドに朝一で貼られる依頼を受けてからのだ。

 『冒険者の集団』ということで、逃げ出した俺を殺すためにあの貴族が放った冒険者かと思っていたが、『いつもと変わらない冒険者の集団』ということであれば話は変わる。


「俺は、1週間も寝ていたのか!?」


 自覚すると、急に腹が減ってきた気がする。

 しかし、1週間も飲まず食わずで寝ていて、果たして「腹が減った気がする」で済むだろうか?

 いつもはここの湧き水を飲んでいるの考えたことがなかったが、今回は異常だ。


「色々なことが一気に起こりすぎて、頭痛がするな」


 これが体調から来る頭痛なのか、それともロイアーティに攻撃されたか分からないが、とにかく酷く疲れて痛みもある。


「……どこか行くのか?」

「それだけボロボロなのに、干し肉と豆じゃ治るものも治らんだろう」

「そうか。ありがとう」


 万が一のために、これから1人で迷宮にこもり生きていかなければいけない、と覚悟していた矢先に出会った知り合いだ。

 相手は一緒に居る義理は毛の先ほども無いだろうが、情けなくも不安になり聞いてしまった。


「寝ておけ。ここは大丈夫だ」


 そんな俺の気持ちを知ってかしらずか、オーガはニヤリと笑うと身をかがめて穴から出て行った。

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