貪欲の迷宮へ

 迷宮には昼も夜もない。

 一度、潜ってしまえば、時間の感覚はなくなる。

 腹が減ったら飯を食い、眠くなった眠る生活。


 ほとんどの冒険者は日帰りで依頼をこなすが、中には何日も泊まりで依頼を達成する冒険者もいる。

 そんな冒険者を相手に、迷宮前には夜中にも関わらず出店が多く空いていた。


「よぉ、ケイス。喧嘩でもしたのか?」


 俺のボコボコになった顔を見て茶化すが、今はそんな余裕はない。


「フェバット、頼む! この金で、ありったけの食料と回復薬ポーションを売ってくれ」


 広く浅く商品をそろえている馴染みの道具屋の店先。

 そこで暇そうに紫煙をくゆらせていたフェバットに、ポケットから取り出したありったけの金を見せた。


「のっぴきならんな。ガチでヤバイなら、俺の店よりも他の店の方が質の良い物があるぞ」

「回ってる時間がない。すぐに潜りたいんだ」

「なら、これだ」


 出されたのは、布で巻かれた初心者冒険者用の道具セットだった。

 『これだけあれば何とかなる』というアイテムで、どこの店でもオリジナルの商品としておいてある。

 中身はほぼ一緒だが。


「あと、食料も」

「干し肉と炒り豆くらいしかないぞ」

「かまわん」


 フェバットから渡されたぶん、全ての荷物を鞄に詰める。


「もうすぐここに、貴族の騎士どもがやってくる。正直いって、狂ってる。早く逃げた方が良い」


 最後に、俺の要望に応えてくれたフェバットに注意を伝えて、一目散に迷宮へ向かう。

 背後からは「チッ!」と強い舌打ちと共に、店の骨組みを崩す音が聞こえだした。

 扱っている物にもよるが、モンスターに襲われやすい職種がこういった店屋だ。

 早く開き早く閉めるのはお手の物。

 フェバットなら、他の仲が良い者たちを集めて、数分の内にこの町を出て行くだろう。



 迷宮の中は普段と変わらず、とても静かだった。

 階層は浅く、モンスターは初心者の冒険者たちに狩られすぎてしまったからだ。

 そんな迷宮を、周囲の確認もほどほどにして一気に駆け下りていく。

 そしてたどり着いたのは、いつもの場所だ。


「ハァハァハァ……」


 必要か不必要かは考えず、とにかく買えるだけ買った荷物。

 予想以上に重量があり、ここに来るまでに行った数度の戦闘と元の怪我で疲労困憊だった。

 座って一息つくまえに、湧き水を両手ですくい顔を洗う。

 ヒカリゴケで淡く照らされた迷宮。その湧き水に映る自分の顔を見て、苦笑いするしかなかった。


「なんてヒデェ面してやがる……」


 手袋に含まされただけのポーションでは直りきらなかった傷や腫れが、それほど格好良くない顔をさらに酷くしていた。


「地獄だ……。本当にこの世は地獄だ」


 昨日までは普段通り過ごせていたのに、今日、たまたまやってきたあの女騎士によって全てが崩壊した。

 湧き水を飲み人心地つくと、いつも通り地面に大の字で転がった。


「貪欲の迷宮……? ドラゴンって一体何だ?」


 そのままの意味で考えれば、この世に存在する最強の幻想獣であり神の一柱を担う存在だ。

 人語を理解しない化け物も居れば、人共に暮らすこともするドラゴン。


 気に入られ仲良くなれば、人の想像を超えた富をもたらすとされる。

 つまり、あの女騎士は富のためか?


「わかんねぇ……」


 情報が足らなさすぎて、なにをどう考えて良いか分からなかった。

 湧き水を手飲みしたので、湿っている手で顔を洗う――。


「――ん?」


 顔を拭うその手に、不思議な物を見た。


「なんだこれ? 目がいかれたか?」


 手のひらにあったのは、『高速剣連撃』という文字だった。

 ロイアーティの回りに浮いていた文字の群体に見える。

 その時の印象が強すぎて、さらに雷撃まで受けたので目に焼き付いてしまったのかもしれない。


「勘弁してくれよ。こんなの、邪魔で仕方がないじゃねぇか」


 目を何度こすっても、文字は消えなかった。

 手をすりあわせても、離せばそこに存在している。


「どうやったらとれるん――ッ!?」


 ゴシゴシゴシゴシ、と何とか消そうと試行錯誤していると、ある瞬間、スッと音もなくその文字が体へと吸い込まれていった。


「なっ、なんだこれ!?」


 今度は、文字を消すためではなく、消えた文字を探すために目をこする。

 しかしそこには何もなく、ただただ普段通りの見慣れた手がそこにあった。


「どうなって――グアッ!? ガァアアアア!!??」


 頭の中に突如、流れてきた映像。

 見たことがないモンスターと戦っている映像。

 まるで今、戦っているかのように錯覚する。体が燃えるように熱い。


「あっ、あぃっ!? グフッ!!」


 熱さと、感じていないはずの痛みに冷たい地面を転がり回り、暴れ回る。


「うぎぎぃ! グギ――」


 そして、最後。

 何かと戦い、俺の意識は途切れた。

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