ここは地獄である

「待った! 待ってくれ! 役に立つか分からんが、知っていることは全部、話すから、他の奴らに危害をくわえないでくれ!」

「……ん? そうか?」


 笑顔で振り向くロイアーティに、店に居た全員がホッとしたことだろう。


「だが、不思議だな――」

「はっ……ガッ!?」


 ロイアーティが振り向いたと思った瞬間、視界が揺れるどころではない明滅する衝撃が顔面を襲った。

 拳の力と鎧の堅さ、さらに魔法式で底上げされた攻撃力。

 それら全てを、無防備に受けてしまった俺は空中で回転し、椅子やテーブルを巻き込んで床に力なく転がった。


「あっ――あがっ――」


 普段から迷宮でゴロゴロしているとはいっても、そこら辺の一般人よりも体は頑丈だと自負していた。

 だが、今はどうだ?


 目がどころ向いているのか……いや、目が頭蓋骨にはまっているのか怪しくなるくらい、世界が回っている。

 顔面が熱い。痛いのではなく熱い。焼けるように。


「あぅ――あ……あ”――」


 起き上がろうにも体が言うことを聞かなかった。

 口から漏れる声は言葉を成しておらず、もしかしたら俺は死んでいるのかもしれなかった。


「そいつを起こせ」

「ハッ!」


 ロイアーティから命令を受けた待女の女騎士は、俺の胸ぐらを無造作に掴むと思いやりの欠片もない引き上げをして起こした。

 そして、襟首を掴みロイアーティの前へと差し出した。


「不思議だな。先ほどまで『知らない、知らない』と言っていたにもかかわらず、突然、話し出すだなんて」


 ゴツッゴツッゴツッ、と重厚な扉をノックするかのように、ロイアーティは甲で俺の鼻を面白そうに殴ってくる。

 いや、小さな声で「面白い、面白い」と気色悪く言いっている。


 それを止めさせようにも体が自由に動かず、殴られるがままとなっている。

 ボタボタボタ、と粘性の強い血液が鼻からこぼれ落ちる。

 息ができない。


 辛い。


 なぜ俺がこんな目に逢わなきゃいけないんだ……?


「面白くないな、お前」


 さんざん、「面白い」と呟き殴っておきながら、ロイアーティは途切れそうな意識を必死でつないでいる俺の顔を見て面白くなさそうに言った。


「まぁ、良いだろう。早く話せ。私は、気が短いんだ」

「あっ、あぁ……」


 涙でかすむ視界にロイアーティの背中を捉えながら、何を話せば良いか必死で考える。

 だが、思いつかない。

 殴られすぎて、意識が朦朧とする。


 そもそも、俺は迷宮――強欲の迷宮について詳しく知らない。

 なら、あの人懐っこいゴブリンのことを話せば良いのか?

 あれは――アイツは、俺も不思議だったんだ。


「あっ――あ――」


 声が上手く出ない。

 なんとか出そうと。必死に出そうと。


「あっ……?」


 ロイアーティの背中。

 そこに、何かが飛び回っている。

 いつもの飛蚊症かとも思ったが、それにしてはしっかりとした文字・・をなしている。


「(剣聖? 連撃? 魔法耐性? 出血耐性? 生命加護? 毒耐性? 体力増大?)」


 見えた文字から読み上げていく。

 何が何だか全く分からない。

 だが、この文字は俺しか見えていないのか、回りの冒険者たちはおろか、そば仕えの騎士たちも気にした様子がない。


 一体、何だ? 


 あれは一体、何なのだろうか?

 何も考えることなく、手を伸ばした。

 ロイアーティに手を伸ばした。


「貴様ッ!!」


 次の瞬間には、俺は再び宙を舞い床に叩きつけられた。


「ゴフッ!」


 さっきの、投げっぱなしとは違い、今度は待女の女騎士が投げ、そして床に縫い付ける。

 バキバキッ、と背中や腕から痛みを伴う音が聞こえた。


「あぎっ……痛ぃ……だぃぃぃい!!」

「暴れるな! お前が痛いだけだぞ!」


 なぜ、お前がそんな言葉を吐く!

 お前が組み敷いているから、俺は痛いと言っているのに!


「うるさいな、コイツ」


 ゴリッ、と堅い靴底で俺の頭を踏みつけながら、ロイアーティは魔法言語マジックスペルを呟いた。


「ギヤァァァァァァァァァァ!!!!」


 バヂンッ! バジンッ! バジンッ!

 俺の頭めがけて撃ち込まれる、細かく刻まれた雷撃。

 ロイアーティの仲間を除く、ここに居る全ての人間から、悲鳴のようなうめきが聞こえた。


 だが、誰も助けに来ない。

 数発、気絶していたかもしれないから、数十発だろうか?

 雷撃を撃ち込まれるたびに、気絶と覚醒を繰り返し、ロイアーティの気が済んだ頃には、俺の鼻でも分かるくらい焦げくさい臭いが漂っていた。


「ギギ……ィギ……」


 息ができない。

 苦しい。辛い。なぜ、なぜ、なぜ!

 全て滅べ、と微かにつなぎ止められた意識で思う。

 そんな俺の口に、組み敷いている待女の女騎士が指を突っ込んできた。


「うっぐ――」


 その待女の女騎士の手袋に染みこんだ何か。

 これは、ポーションか?

 考える間もなく、少しだけ、ほんの少しだけ体が軽くなったような気がした。

 途切れそうだった意識がかろうじてつながり、回りの声が多少なり聞こえるようになった。


「ヤツを見ていると、酷くイラつくんだ」

「イラつく……ですか?」


 ロイアーティと黒騎士が小さな声で会話していた。


「あぁ。初めはなんとも思わなかったが、次第に『こいつは殺さなければいけない』と、頭の中で声が聞こえるんだ」

「なるほど。では早急に――」


 コイツら……!

 俺が何を話そうとも殺すつもりだったんだ!


「おい。意識がはっきりしたんなら、しっかりと聞け」


 俺の耳元で、他の奴らには聞こえないほど小さな声で、俺の上に乗っかっている待女の女騎士が話しかけてきた。


「このままだと、お前は殺される。死にたくなかったら、私を押しのけて逃げろ」

「そっ――」


 「そんなことを言って、背中から斬りつけるつもりだろう」と怒鳴ろうとしたが、首を押さえられ声どころか呼吸すら危うくなった。


「このままでは死ぬぞ。お前は死ぬか、私を信用するしかない。分かったら、私を押しのけ、何も言わずに・・・・・・全力で逃げろ」


 余りにも美味い話に、信用なんかできるはずがない。

 だが、死にたくはない。

 将来の夢も、待望も何もないその日暮らしが精一杯の冒険者。

 だからこそ、こんなところで無意味に死にたくなかった……。


「クソォォォォォォォオ!!!!」

「キャッ!?」


 思ったよりも軽かった待女の女騎士をはね除け、勢いよく起き上がる。


「貴様ッ!」


 出入り口を固めていた黒騎士が抜剣するのを横目に店の奥へ駆け、裏口を使わず窓を突き破り外へと飛び出した。


「やった! やった! やったッ!」


 飛び出すときに体中に細かな傷が大量にでき、そこら中から出血している。

 そんな痛みも、あの地獄から解放された心の軽さが全てを忘れさせてくれた。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 俺を逃がしてくれた、待女の女騎士に大きな声でお礼を言う。

 そして駆ける。

 慣れ親しんだ迷宮へ。


 ロイアーティが言っていた、『貪欲の迷宮』へ。

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