招かれざる客
回りの冒険者たちの雰囲気もおかしくなったので、同じく店の出入り口を見て息を呑んだ。
冒険者とは違う種類の鎧――甲冑を身にまとった美しい金髪の女性が店内に立っていた。
実用一辺倒の鎧とは違い、装飾が細かく施されていて、その装飾の所々に見える文字は魔法式だ。
薄いが金糸で縁取られた赤いマントは、家を現す紋章が描かれていないが、代わりに魔法よけの細工が施されているだろう。
最高の甲冑師と大魔法使いが作り上げた鎧は、動く要塞とさえ言われている。
たぶんあれは、その類いだろう。
さらに恐ろしいことに、女性の後ろにはそば仕えの女騎士に、黒を基調とした騎士が数人侍っている。
あのどれもが、恐ろしい
大将格の女騎士が店内を一瞥する。
その視線に、駆け出しの冒険者だけではなく場慣れした冒険者ですら、顔を向けないまでも視線はそらしただろう。
それほどの恐怖がこみ上げてくる。
「たいへん、素晴らしい酒場ですね」
凜とした、広い店内の隅々まで聞こえる声が響いた。
「他の食事処と違い、この店は一人、一人がテーブルにつき静かに食事している。なんて素晴らしいことでしょう」
わざととも本気ともとれる声色で女騎士は言う。
「あっ、あの、貴族様……。この店は冒険者用の荒々しい食い物した用意しておらず、口に合うような物はないかと……」
調理を一旦、止めた店主がおずおずと厨房から出てきた。
なるべく相手の不況を買わないように、ひたすら下に、下に媚びへつらう、平民ならば何かを考える前に行わなければいけないことだ。
「別に私は、こんなところへわざわざ食事をしに来た訳ではない。話を聞きにやってきただけだ」
「はっ、話ですか。何をお話すれば……?」
居酒屋に話を聞きに来る奴は大勢居る。
それが酒飲みの肴としてだったり、冒険者や商人が自分の情報源のためにと多岐にわたる。
この女騎士も似たようなもんだろう、と店主は安心した。
安堵の表情を『話を聞くことへの了承』と受け取ったのか、女騎士はニコリと笑みを浮かべると、マントを大きくたなびかせた。
「この町にある『強欲の迷宮』に潜んでいるドラゴンについての情報を求める。些細なことでもかまわない。有力な情報を出した者には見返りもやろう」
そう言い、女騎士のそばに使える騎士が鞄から金貨を取り出した。
大きさは普通の金貨だが、貴族内でしか使われない、全くすり減っていない
その場に居た一同が「おぉ……」と、普段、目にすることがない金貨に驚きの声を出す。
しかし、それに続いての発言は誰からもなかった。
それもそうだ。
この町にある、俺も潜っている迷宮が『強欲の迷宮』という名前だということ自体、広く知られていないだろう。
迷宮としか呼ばれず正式な名前も知らないのだから、そこにドラゴンが存在しているなんて誰も知らないだろう。
俺だって今、初めて知った。
「なんだ? 誰も居ないのか? 些細なことでもかまわんのだぞ?」
笑顔である。
笑顔であるが、女騎士のその笑顔からは微かな苛立ちが感じ取れた。
本当に何も知らないのだから答えられるはずがない――が、貴族にそれは通じない。
何でもいいから、それっぽい情報を渡して帰って貰いたい。
しかし、情報を渡せばその真偽を確認するために迷宮へ同行させられるし、最悪、囮として使われる。
誰も貧乏くじは引きたくないものな。
「では、言い方を変えよう」
女騎士は腰に帯びていた剣を引き抜くと、勢いよく床に突き刺した。
自身の腰回りほどもありそうな大剣を軽々と振り上げ、床に突き刺す動作に鈍さどころか重さすら感じなかった。
もはや人間業じゃない。
「
平民にとって貴族からの
王が神からの啓示を受け軍を起こすのと同じように、平民にとって貴族の命令はそれに等しい。
逆らうことは不可能だ。
このままでは迷宮に入り浸っている俺が生け贄にされてしまう。
かといって、ここから離れようにも出入り口はすでに固められており、侍っている騎士たちが俺たちの一挙手一投足に注意を払っているので下手に動けない。
なんとか奴らの視界に入らないように、静かにやり過ごすしかない。
――そう思っていたのに、女騎士はさらに追い打ちをかけてきた。
「自薦他薦は問わん――が、一番、最初に名乗りを上げた者には大銀貨をやろう」
再び女騎士がかかげたのは、これも先ほどの金貨と同じく貴族の間でしか出回らない本当の大銀貨だった。
ほとんどの人間が
それに気づいている数名が相手の出方を伺うために視線を泳がせている。
今、ここに居る冒険者のなかで俺と同じくらい迷宮に入り浸っているのは、ボドニー、クラウス・ディアントの3人だ。
ボドニーとクラウスの2人は比較的、仲がよく迷宮で会うことはないが外ではたまに飯を食ったりする仲だ。
ならディアントを生け贄にするのがいいだろう――。
「ちょっ――」
「あっ、あの……!」
方針が決まり手を上げようとしたところで、ボドニーが先に手を上げた。
「ん? 貴様が迷宮の内部に詳しいのか?」
「いっ、いえ! 俺はそんなに詳しくないんですけど、1人、迷宮に要り入りびだっている冒険者が居ます」
「ほう?」
女騎士が興味深そうに目を細めた。
ボドニーは「ヘヘッ」と緊張をほぐすためか変な笑いを浮かべ、そして――。
俺の方を
「そこに居るケイスって奴が、迷宮に入り浸っているんですよ。軽装で潜るくせに、ほとんどダメージを負わずに出てくるし、損をするどころか毎回、必ず利益が出る物を持って出てくるんです。きっと、俺たちが知らない裏道とか知っているはずですよ」
『あのクソ馬鹿!』
名前だけならまだしも、後の説明は絶対に不必要だ。
あの野郎、俺に全ての注意を向けることで他の奴らに火の粉が飛ばないようにした。
「ケイス、と言ったな。今一度、問う。迷宮に居ると言われているドラゴンについて、なにか知っていることはあるか?」
先ほどまで、店内に向けて問いかける訳ではなく、俺へ集中して問いかけている。
他の客たちも、ことの行く末を確かめるように、あるいはただの野次馬根性で俺の方を見てきた。
「そんなドラゴン、聞いたこともありません。そもそも、自分が潜っている迷宮に『強欲の迷宮』なんて名前がついていただなんて、今、初めて知りました」
「ふむ……」
女騎士はアゴに手をやり思案する。
先ほど自らが言ったとおり、情報は向こうで精査するということか。
いやそもそも、そんな精査する情報なんて持っていないが。
「そうだな……。そこからでは話しづらいから、もう少しこちらに来い」
「はっ、はぁ……」
「面倒くせぇな」と思いつつも、相手は貴族だ。
それがバレないように間なく立ち上がり、女騎士へ近づいていく。
「君の名前は――ケイスだったな」
「えぇ……はい、そうです」
「私の名前は、ロイアーティ・フレイン・フォン・グラムヘルスだ」
家名を名乗られても、全くピンとこない俺。
そんな世間知らずな俺と違い、この店に居る冒険者たちの一部からは「おぉ……」と畏敬のとも畏怖ともとれる声が聞こえてきた。
「我々はある事情から、強欲の迷宮に潜んでいるドラゴンを欲している。聞けば、君は迷宮に入り浸っているとか。そこで聞いた噂話や違和感など些細なことでも良い。教えてもらえるか?」
「入り浸っているといっても、慎重に進んでいるから遅くなってしまっているだけです」
「その割には、軽装かつ負傷なく出てきているという話だが?」
「モンスターを狩るときは、基本、待ち伏せです。なんで効率が悪い。襲われればそのまま戦闘に流れこむので、無傷と言うわけではありません」
「なるほど」
「これで納得するわけがない」と緊張していると、ロイアーティは静止状態から一瞬でナイフを抜き取り、俺を生け贄にしたボドニーへ投げた。
軽く投げただけのように見えたナイフだったが、皮鎧ごと貫かれたボドニーは勢いよくひっくり返った。
「ぐあぁッ! くっ、ガハッ!」
初めは痛みにうめき声を上げたが、すぐに気管に血が流れたことで、声よりも多くの血を吹き出し始めた。
ここに回復魔法を使える人間は居ない。
ポーションだって、持っている奴はいないだろう。
「きゃぁぁぁぁあ!!!!」
冒険者同士の殴り合い程度は日常茶飯事。
それくらいでは悲鳴を上げることがないリタは、初めて見た人の死に悲鳴を上げた。
「おっ、おいッ!!」
「なんだ?」
こちらの無礼な問いを気にしていないのか、女騎士の声色は低く冷えていた。
「なんだって……。なんで、ボドニーを殺したんだ!」
「奴は、強欲の迷宮に君が詳しいと言った。しかし、君は詳しくないという。つまり、嘘を吐いたということだ」
「だっ、だからって……」
迷宮踏破率の高い冒険者であり、かつ本人の戦闘能力も高ければ貴族とサシでやれるだろう。
しかし、俺たちは一般的な冒険者。
荒くれ稼業と言うだけで、身分は平民でしかない。
つまり、嘘を吐いた――嘘を吐かせてしまったボドニーが悪い。
ここはそんなクソみたいな世界だ。
「さて。もう一度、ここに居る全員に問う。『強欲の迷宮』について、知っていることを全て話せ」
ゴリゴリ、と床に突き刺していた剣を抜き、肩に担ぐ。
その姿は、吟遊詩人が話す勇者のような出で立ちだが、今はただの死神だった。
口を閉ざせば斬られ、誰かを生け贄にしても、そいつが何も話せなければ斬られる。
「先ほどもいったが、対価は払う。存分に情報を言ってくれ」
こんな状況で言う奴は誰も居ない。だからこそ、贄が必要だった。
ここに居る誰もが俺に対して、「お前がなんとかしろ」という視線を向けてきている。
ふざけんな。俺だって死にたくないんだよ。
「ケイス、頼む! もうこれ以上、騒ぎを大きくしないでくれ」
追い詰められ、背中どころか体中から嫌な汗が吹き出している
クソッ! クソッ! クソッ!
とんだ厄日だ。
「どうした? 何でもいいんだぞ?」
蛇が獲物を追い詰め舌なめずりをするように、ロイアーティはニンマリと笑った。
「あぁ、もう面倒くさい。一人ずつ聞いていくか――」
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