光のない人
「よっ――と」
ドサッ、と地面に重く柔らかい物を転がす音で目が覚めた。
「戻ったのか」
「あぁ。よく寝ていたみたいだな」
「あぁ……。とても疲れている」
「怪我をすれば、みんなそうなる」
「そうか……そうだな……」
「よっ」と、休んだことで多少軽くなった体を起こして、オークが下ろした荷物を見た。
「何を持ってきたんだ?」
「これか」
血で汚れた布にくるまれた大きな何か。
順当に行けば、食料としての魔獣がくるまれていると思うんだが、どうにも立って歩くような体型をしている。
「女だ」
少しだけズラされた布間から見えたのは、顔に包帯が巻かれた人間だった。
しかも女性だ。
「おっ、おい! これは一体!?」
「人間のオスが言っていた。怪我をした時は、女の体が一番だと。お前もオスだろう。だから、人間のメスがよく効く」
たぶんそれは、別の意味だ。
しかし、ゴブリンもオークも人間の女を孕ませて増殖する。
それと同時に、人間を食料にもする。
男は遊び半分に殺され、そして食われる。
どちらにせよ、悲惨な運命だ。
そして俺は、そんな存在と一緒に居るのか、と改めて不安になった。
「待て待て待て! 人が人を食う習慣なんてない! それは聞き間違いだ!」
「……そうなのか?」
大ぶりのナイフを振り上げ、首に狙いをつけていたオークはキョトンとした顔でそれを下ろした。
「あぁ、そうだ。たぶん、それを聞いたのはまだ言葉に慣れていない頃だろ?」
「そうだ。確かにそうだ」
「なら、今後、間違いないようにしてくれ。人間は人間を食わない」
「分かった」
言葉は理解できていても、人間特有の独特な言い回しまでは理解できていないようだ。
「ところで、この人はどうしたんだ?」
初めは死んでいる、と思ったが、よく見ると小さいながら呼吸している。
安堵すると同時に、この部屋の存在を危惧する焦りがわいてくる。
「勝手に気絶したから、そのまま連れてきた」
「勝手に気絶? 包帯は巻いてやったのか?」
モンスターに恐れをなし、恐慌状態に陥り気絶するというのは、少ないながらも初心者にあるパターンだ。
暗闇に居もしないモンスターを見たり、壁面の模様がモンスターに見えたり、理由は様々。
「包帯は元から巻いてあった。こいつ、目が見えないらしい」
そう教えられ、顔を光が当たる方向へ向けてみる。
目の辺りには折りたたんだ当て布がしてあり、包帯はその上から巻かれているようだった。
そして、そこを上から触ってみると――。
「目が抉られている……?」
眼球があるはずの辺りが落ちくぼんでいた。
ズレないように小さく包帯をめくると、中が赤黒く染まっていた。
抉られてから、ずいぶん経っているようだった。
「なんて惨いことを」
ズラした包帯を元の位置に戻し、くるまれていた布を外し地面に寝かせてやる。
「この人がどうして迷宮に居たのか分かるか?」
「知らん。俺が見つけた時にはすでに恐慌状態で、俺の存在を気取った瞬間から暴れまわり次いで気絶した」
「そうか……」
目を抉られて迷宮に放置されれば、そんな状態にもなるだろう。
服は薄着ではあったがそれなりの品で、転んだ時にできたであろう汚れや怪我はあったが乱暴された様子はない。
だから、迷宮に潜む盗賊や地上からやってきた奴隷ではないということが分かる。
けど、そうすると何の理由があって目を抉られたのだろうか……?
「ん……?」
女性をジッと見つめていると、スキル文字の群体が現れた。
これといって特色があるスキルではなかったが、剣士として一線で活躍できる物はそろっている印象だ。
「しかし、メスが食えんとなると他の物を探してこないといけないな」
この女性を連れてきた時と同様、オーガは立ち上がり秘密の部屋から出て行った。
寝て気分が落ち着いたからか、それとも気絶しているとはいえ同じ人間が一緒に居るからか分からないが、オーガが出て行っても不安な気持ちにはならなかった。
不安と――そう、緊張だ。
緊張がとけると共に、酷く喉が乾いていることに気づく。
「ング――ング――ング――」
湧き水をコップですくい一気に飲み干すと、さらに落ち着き生き返る気がした。
「さて、どうするかな」
なりゆきで助ける羽目になってしまったが、俺は追われる身だ。
目が見えない足手まといと養っている余裕はない。
オーガに捨ててきてもらおうかとも考えたが、もしどこかで彼女の死を――その凄惨な現場を見てしまったら夢見が悪くなる。
オーガに頼むわけにも行かないし……。
「ん……ハッ……ァア――」
気絶していた女性が身じろぎをすると、目が覚めたのかモゾモゾと動き始めた。
「あれっ……? 私はどうなって……」
「目――覚めたか?」
「ひぃっ!?」
上半身だけ起こし、目が見えないことに気づき包帯を触る女性。
なるべく愕かせない様に声をかけたつもりだったが、寝起きのそばから声をかけたんじゃ変わらなかった。
「迷宮で倒れていたんだ。その――目の方は大丈夫か……?」
痛みを訴えていないので何らかの処置が施されているのかと思った。
しかし女性は「目……?」と呟き、自らの顔――目に触れた。
――瞬間。
「あっ――いやぁぁぁぁぁぁあ!!!! 止めてください!! 止めて! ヤダヤダヤダヤダ!! なんでッ! なんで私がッッ!!!!」
自分の現状を思い出したのか、感情が爆発したように叫んだ。
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