ドラゴンの因子を持つ者

「おっ、おい! 大丈夫かッ!?」

「ひぃぃっ!?」


 腰が抜けたように、手だけを使って地面を這いずり回る女性の肩を強く抱くと、目からの出血が多くなっており、口角から泡も吹いていた。


「申し訳ありません! これ以上、姫様に人をッ! 違ッ! 目がッ! イタイイタイイタイイタイ!!!!」

「クソッ!」


 本当に痛いのか、それともパニックで「痛い」と言っているのかわからない。

 だが、ここでこれ以上、騒がれて外にいる冒険者――特に俺を探している連中に聞かれでもしたら問題だ。


「ほら、ポーションだ。かけるぞ」

「ひぎっ……いぁ……あぁ……」


 体をのけぞらせながら逃げようとする女性の目にポーションをかける。

 効いているのかいないのか分からないほどの、微々たる回復量。

 しかし、少しだけ痛みが落ち着いたのか、獣のような呼吸から次第に落ち着きを取り戻し始めた。


「落ち着け。ここは安全だ。もう大丈夫」

「ひっ――ひっ――ひっ――」


 硬直していた体が次第に弛緩していき、やがて呼吸も普通になった。


「ここに、君を傷つけるヤツはいない。安心してくれ」

「わたっ――私は――ッ」

「大丈夫。なにも言わなくてても大丈夫だから」


 落ち着かせるために背中をさすってやる。

 恐怖から身を守るためだろうか。巻かれていた布を強く掴み、締め付けるように体に巻き付けている。


「あぁ、そうだ。水、飲むか?」


 落ち着いたとはいえ、未だ苦しそうに息をしている女性に、湧き水を汲んで渡す。

 迷宮において、新鮮かつ綺麗な水というのは大変、貴重だ。

 湧き水がある階層には冒険者がごった返しており、水を補給するのも一苦労だ。


「ありがとうございます……」


 恐る恐るコップを受け取った女性は、受け取った物が本当に水なのか臭いを嗅ぎ、そして少しだけ口をつけた。


「ぐっ――! オゴッ」


 水を飲んだ女性は突如、苦しみだし、コップを地面に落とし苦しみ始めた。


「はっ!? どっ、どうしたんだ!?」


 女性は再び地面をのたうち回った。

 さらに今回は、血が混じった嘔吐をしている。


「ゴブッ! オォッ……オベッ――!」


 苦しみ、嘔吐しながら地面をのたうち回る。

 訳が分からずオロオロする俺の元から、何とか離れようと腹ばいで動く。


「とっ、とにかくポーションを」


 相手の状態が分からないときは、それが分かるまでポーションで生きながらえさせる。

 それが、万能薬であるポーションの使い方だ。


「やべでっ!! に"だぐな"い"」

「いったい、何を騒いでいるんだ?」


 死なせないために無理やりポーションを飲ませようとしている時に、食料を取りに行ったオーガが帰ってきた。


「ポーションを飲ませたい。抑えていてくれ!」

「わかった」


 オーガに女性の体を押さえてもらい、俺はその口から吐しゃ物を取り除き、そしてポーションを飲ませた。

 1本目は半分以上、吐き出してしまったので、急いで2本目を飲ませる。

 イヤイヤ・・・・をして、口に入ってきたポーションを吐こうとする女性の鼻を押さえ、強制的に嚥下させる。


「ゲホッ! ゲホッ!」


 猫の威嚇のような息を吐き、胸をかきむしる女性。

 だが、先ほどの水を飲ませたときよりもだいぶマシになっている。


「お前、まさかそこの水を飲ませたんじゃないか?」

「飲ませた。喉が渇いているだろうと思って」

「毒泉の水を飲ませたら、普通の人間ならこうなるに決まっているだろ」

「毒泉!?」


 驚き大声を上げるも、すぐに冷静になる。


「毒泉の訳がないだろ。毒泉なら、今まで飲んでいた俺はどうなる?」

「人じゃないお前なら、この水はむしろ、ありがたいだろ?」

「人じゃないって、お前な……。さっきから、俺のことを『人じゃない、人じゃない』と言っているが、一体、どういう意味なんだよ!?」

「どういう意味もなにも、お前はドラゴンの因子を持っているだろ?」

「ドラゴンの因子……?」


 「なぜドラゴンがここで?」と考えるより一瞬、早くあの時のできごとがフラッシュバックした。


「グッ……!」


 頭に刺すような痛みが走り、同時に手足が小刻みに震えた。


「この毒泉は、昔、迷宮の奥に居た・・ドラゴンの置き土産――と言われている」

「ここにドラゴンが居たのか!?」

「もう昔の話だ。俺だって、このスキルを貰ってから聞いただけだから、実際、本当かどうかは知らない。だが、お前を見ていればその話もあながち嘘ではないと思っている」


 「あーくそ……」と悪態を吐くと共に、地面へ寝転び天井を見上げる。

 ロイアーティが言っていたことは本当だったのかもしれない。

 そんな不確定な話のために、ボドニーは殺され俺はここに閉じこもっている。

 因子がどうのこうのは分からないが、「ドラゴンが存在していた」という話はあるようだ。


「そうか。ドラゴンの話を。なぁ、その話、詳しく教えてくれ」

「詳しくと言ってもな。古い話で今はこの毒泉の大本の地底湖しか、関連するものはないぞ?」

「かまわない。それだけでも、俺は助かるかもしれない」


 この迷宮――貪欲の迷宮にドラゴンが存在していた、という話を聞いたことがない。

 しかし、オーガはドラゴンの置き土産という毒泉の大元の地底湖を知っている。

 もしかしたら、それを教えれば俺は見逃して貰えるかもしれない!!


 話を伝えに行くのは――そうだ。

 この目を抉られた女性で良い。

 地上に出してあげられるし、メッセージも伝えて貰える。

 一石二鳥だ。


「なぁ、頼みが――」


 今の考えを伝えようと女性の方を振り向くと、女性は荒い息を吐きながら安定しない体で状態を起こしていた。


「キッ――貴様――。名は……名はなんと言う?」

「えっ……? ケイス・コールディーだけど?」


 苦しいからか、とも思ったが、明らかな憤怒の声色。

 それに気圧されながらも名を名乗ると、女性が突然、俺に飛びかかってきた。


「キサマッ! キサマが余計なことをッッ!!!!」

「グフッ! おいっ! 急にどうしたんだ!」

「何も言わず逃げろと言ったのに! 貴様のせいで私は目を抉られ、貪欲な迷宮こんなところに囮として置いてきぼりに! 返せ! 私の目を! 返せ! 私の人生を! 返せっ! 私の存在を!!」

「イギッ――、あんた――あの時、助けてくれた――!」


 目を抉られた女性は、ただの可哀想な冒険者や奴隷かと思っていた。

 しかし、違った。

 彼女は、ロイアーティに殺されそうになっていた俺を逃がしてくれた、あの待女の女騎士だった。


「返せっ! 返せっ! 返せっ!」


 血の涙を流しながら、彼女は俺の首を絞め続けた。



「ロイアーティ様。何か、良いことがございましたか?」


 貪欲な迷宮がある町で、一番、良い家は領主の別宅だ。

 そこの、さらに一番、良い部屋である書斎の椅子に腰掛け、机に脚をかけているロイアーティはいたく上機嫌だった。


「試しと戯れ放ったオモチャが、壊れたと思っていたのに良い結果を引き出してくれた」


 コロリ、と口の中で転がす。ナニカ・・・を。


「なるほど。では、騎士たちを集めますね」


 そばに控えていた、黒い甲冑をまとった騎士は、特に萎縮した様子もなく、ウサギ狩りにでも行くような調子で答えた。

 仲間がどうなったかを知っているはずなのに。


「あぁ。それと、皆に伝えておけ。次は無いと」

「ハッ!」


 黒騎士は、足早に部屋を出て行った。


「視界を視る・・魔法か……」


 ペッ! と、ロイアーティは口で転がしていた物を吐き出した。


「くわえているのも面倒くさいし、まだまだ改良の余地があるな」


 吐き出されたのは、人の両眼球だった。

 抉り出されてから日数が経っているのか、眼球の瞳は白く濁っていた。


「さて。褒めてやらないとな」


 立ち上がり様に、床に転がった眼球を踏み潰し、ロイアーティは黒騎士と同じように部屋を出て行った。

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