ユーリエス・フォン・フランドール
「待てっ! うっ――ぐ――。話せば分かる!」
「口を閉じろ! 居ますぐに死ねッ!」
待女の騎士の体は本調子でないので、迫力での首締めは大したことはない。
だが、のしかかり体重をかけているので呼吸がし難い。
「なっ――にをする! 離せッ! 離せッ!」
「悪いな。何があったのかは知らないが、俺にとってこいつは命の恩人のような人間なんだ」
押さえつけていた重さがなくなると共に、待女の女騎士の声が離れていく。
「悪い。助かった」
お礼をいうと、オーガは待女の女騎士に殴られながら、困ったような顔で笑った。
「あと、申し訳ないが彼女を離してやって欲しい」
「同じ目に遭うぞ?」
「良いんだ。俺は、彼女に謝らなければいけない……」
「そうか」
短い返答と共に、オーガは待女の騎士を離す――と同時に、待女の騎士は俺の方へ飛びかかる。
「あっ――」
しかし、足下にあった小さなくぼみに足を取られ、派手に転んでしまった。
「クソッ! クソッ! クソッ! 目さえあれば! 目さえ見えていればッ!」
まともに歩くことさえ自分への苛立ちにともどかしさから、唸るようなように恨み言を吐いた。
俺を殺そうとしている相手にもかかわらず、元は俺を助けるためにこうなってしまったので、何とかしてやりたいという気持ちが強くわいて出た。
「俺のせいでそうなってしまったことは、本当に申し訳なく思う。だから、できる限りのことをしたい」
「なら、死になさいよ」
「……それは、勘弁してくれ。まだ死にたくない」
ギリ、と歯軋りする音が小さく響く。
死にたくないがために逃げてきたのに、なぜ自ら命を絶たねばならないのか。
「落ち着いて――落ち着いて、座ろう」
彼女の腕を抱えて持ち上げようとすると、強い力で手をはじき飛ばされてしまった。
「触らないで」
「はい」
静かな時が流れる。
オーガは「我関せず」といった様子で、のんきに鼻くそをほじっている。
何を話せば良いのか。
思いつく話題の全てが、彼女への許しを請う内容ばかりだった。
「あの……名前。名前を教えて欲しい」
ここにきて、俺が彼女のことを『彼女』『待女の騎士』としか呼んでいないことを思い出した。
待女の騎士は、「なぜお前に」と言いたげな雰囲気でこちらを一瞥し、そして小さく名を呟くように言った。
「ユーリエス・フォン・フランドールだ」
「フランドール……? 血戦騎士ゴルドール・フォン・フランドール様の身内?」
「――そうです」
言うか言うまいか、刹那の迷いの後、ユーリエスは静かにうなずいた。
「フランドール様には、とても世話になった。……死にかけもしたけど」
「すぐバレる嘘を吐くのは止めなさい。お爺様が亡くなったのは5年も前よ。最後の戦は、さらにその2年前」
「知ってる。8年前のギュートス平原の争いで、俺は傭兵としてフランドール様の指揮下に居た」
「……あなた、今いくつなの?」
「今年で
血戦騎士は、騎士として誉れ高い美しい戦いをすることなく、沼地を走り敵の血と臓物にまみれて戦う姿を表したもの。
「騎士様の元で戦えるなんて最高! いい働きぶりで、召し抱えられるかも!」という、子供だった俺の想像をいともたやすく破壊してくれた。
地獄に次ぐ地獄の連続だった。
敵が来れば突破。敵が撤退すれば突破。敵の罠にはまれば突破。
とにかく、退くことを知らない人だった。
それでも最終的には勝つんだから、能力が高いのか神様からの祝福を受けているのか。
「あなたは、そんな幼い頃から戦っていたのですね」
「幼い……あぁ、まぁ幼いな」
12歳の頃だから、子供だ。
「でも、
見た感じ、俺よりも年下だ。
あの気が狂った女騎士がいくつか分からないが、アイツだって俺より年下ということが分かる。
「その結果がこれですか」
「……すみません」
自分の会話能力のなさに辟易とする。
もっと気の利いたことがいえれば良いが、本当に何も思い浮かばない。
「すみません。もう――辛くて、誰かに当たってしまって……」
「こちらこそ、配慮に欠けたことを――」
再び沈黙。
聞こえるのは、オーガがネズミかなにかの小動物の骨で耳クソをほじる音だけだ。
最悪としか言い様がない。
「けど、主を考えて行動してくれる仲間に対してこの仕打ち。あの騎士様は人の心がないのか」
共通の話題と言えばこの程度だ。
話題としてはあまり良くないが、俺はあの女騎士に対して何の情報も持っていなかった。
謝罪もしなければいけないが、まずこの身を生かすために情報も必要だ。
「――姫様は、元はあんなんじゃなかった」
「姫様? ――あっ!?」
グラムヘルス王国!
あの女騎士、この国のお姫様だったのか!
「姫様が、こんな酷いことをするのか……。この国もやばいのか」
「違うッ! 姫様は元々、たいへんお優しい方だ! けど、1年前辺りに病気を患い、そこから人が変わってしまった!」
「おっ、おぉ……」
目を抉られて迷宮に放り出されたというのに、ユーリエスはまだ姫様に忠誠を誓っているのか?
頭がいかれているのか?
「その――病気っていうのは、理由は分かっているのか?」
「病気とは言われているが、毒を盛られたんだ」
「毒?」
「この近くで
詳しくは知らないが、聞いた覚えがあった。
その時は貴族として報されていたが、特級ポーションを作るのに必要な依頼を貼り出した時のスタッフの様子がおかしかった理由はこれか。
そりゃ、お姫様のいち大事ともあれば慌てもする。
「それで、犯人捜しのためにタガが外れたってことか?」
「犯人捜しとは少し違う。それから人が変わったように苛烈になり、次第に、ドラゴンという存在を気にするようになった」
「またドラゴンか」と口の中で呟く。
しかし、
だから、ロイアーティは良いところまで来ているのだ。
「そうか。ドラゴンについて、まだ聞いていなかったな――」
丸めた鼻クソを飛ばして遊んでいたオーガに声をかけようとして、まだ名前を知らないことを思い出した。
オーガはオーガだが、他人が居るところでオーガと呼ぶのはよくない気がしたからだ。
「なぁ、そういや名前はあるのか?」
「俺か? 特に無いな」
神妙な面持ちになる訳でもなく、かといって困った様子もなく言い返す。
「なんて呼べばいい? 呼び名がないと困るだろう」
「今まで通りオーガとでも呼べば良いだろう」
「いや、それじゃあ……」
間違いではないが、ユーリエスが居るこの場では大間違いの返答だった。
「人間なら、ダグジアとでも呼べば良い」
「ダグジア? お
強化付与として、新人冒険者――特に子供がかけ声に使っている
「魔法でも
「2人とも、仲が良さそうなのに名前も知らなかったの?」
「迷宮で会うだけだし、冒険者同士ならよくあることさ」
ユーリエスからの当たり前の指摘も、冒険者同士ならある程度、当たり前の話だった。
彼女自身も前知識があったのか、それ以上、突っ込むことはなかった。助かる。
「ダグジア。ドラゴンの場所がどこか分かるか?」
「分かるが、あそこはこの迷宮の霊廟みたいになっているぞ?」
「死体置き場か?」
「ゴーストどものたまり場だ。今はドラゴンが居るから制御されているが、お前が行ったらさてどうなることか」
「かまわない。連れて行ってくれ」
ロイアーティが、ドラゴンの何を求めているのか分からないが、そこへ行けば何か掴める気がする。
ただの希望でしかないかもしれないが、そんな気がしてならない。
「では、私は殺していってくれ」
「――はっ?」
この閉塞された異質な場所で、方向性が決まったことを内心、喜ぼうと思っていたところで水をかぶらされる言葉が聞こえた。
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