迷宮の王

「口をきくオーガのような生き物も居るな。そいつは面白いから生かしてやろう」

「ありがたいことだ」


 外から聞こえるロイアーティの言葉に、面白い生き物ダグジアは鼻で笑った。


「ユーリエス」

「ひっ――あっ――はぃ……」


 抱き上げていたユーリエスはロイアーティの意識が自分に向くなり、体を小刻みに震わし始めた。


「お前は、今回は・・・命令を守った。そいつと共に出てこい。我が隊で面倒を再び見てやろう」

「おっ、お前ッ! 目を抉っておいて、何様のつもりだ!」

「人間だ馬鹿が」

「グッ……」


 こちらの存在すら認めていない、酷く冷たい声だった。

 ヤツにとって俺は、ダグジアやこの迷宮に潜むモンスターと同列なんだろう。

 ならば、なおさらそんな奴の元にユーリエスを行かせることはできない。


「なぁ、落ち着いて聞いてくれ。あんたが――貴女が聞きたがっていたドラゴンについての情報を手に入れたんだ」

「そうかなるほど。では、苦しまずに殺してやろう」


 話にならない。

 ユーリエスはロイアーティのことを「元は優しい方だ」と言っていたが、元からあんな異常者としか思えない言動だ。


「貴様は何か勘違いしているようだな。お前は私の手を煩わせた。それだけで万死に値する。あとは、苦しみながら死ぬか、苦しまずに死ぬかの二択だ」

「それで、俺が大人しく出て行くとでも?」

「この岩壁ごと砕いて、中の貴様を粉砕しても良い。だが、私の部下まで巻き込むな」

「目を抉っておきながら、言えた言葉か?」

「言えるに決まっているだろう、馬鹿が」


 もはや、交渉どころか会話すら諦めなければいけないレベルだ。

 奴の目には人間が映っていない。

 モンスターと所有物だ。

 逃げなければ殺られる。しかし、逃げるにしてもどうやって……。


「ケイ――ス……ケイス……」


 ガタガタと震えながら、ユーリエスが俺の服を強く掴む。


「ユーリエス。君は、またあそこに戻りたいか?」

「ひぃ――や――」


 首を強く振り全力で否定する。

 ユーリエスが首を振るたびに、鉄臭い風が吹く。

 何かいい手は――この袋小路から逃げ出せるだけでもいいから、何か手があれば――。

 そう広くない部屋を見渡すと、敵が襲ってきたというのに落ち着いた様子で座っているダグジアが居た。


「ダグジア。何か手はないか?」

「そう言われてもな……。俺が先に外に出て、暴れている間に逃げるか?」


 珍しいモンスターとして、ロイアーティはダグジアのことを気に入った様子だった。

 ならば、先に出ていっても即斬り殺されるということはないはずだ。

 強力なモンスターに分類されるオーガであれば、さらに不意打ちであればなおさら、時間を長く稼ぐことができるだろう。

 そうすれば――。


「いや、ダメだ」


 「やってくれ」と口が動く前に、ダグジアの考えを否定した。

 たぶん、今できることのなかで最良の選択肢には違いない。

 しかし、それではダグジアが死んでしまう。


「そんな、誰かを犠牲にするやり方は反対だ」

「なら、なにか案はあるのか?」

「ないから聞いているんだ」

「とうとう、開き直ったな」


 後も先もない、弱者のただの戯れ言だ。

 だがそれを聞いてダグジアは笑顔になった。


「やはり、お前は死なせるに惜しい。何かいいスキルはないのか?」

「スキル――あっ!」


 そうだった。今までがめまぐるし過ぎて忘れていた。

 顔を上げ正面を強く見つめると、ゆらりゆらりと煙のように揺らめいていたものが形を帯び文字となった。


「なにかいいのは――これか」


 『筋力強化』『即死耐性』『ダメージ反転回復』の三つが使えそうだったので、それらを手に取りダグジアに付与する。

 俺のスキル譲渡に勘づき攻撃を仕掛けてくると思ったが、外に居るロイアーティたちは静かなもんだった。

 もしかしたら、俺たちをどう殺すか算段しているのかもしれない。


「おぉ……コイツは凄い。体の底から力があふれてくるようだ」


 スキル付与する前からダグジアの体は筋骨隆々で、人間では追いつけないような体をしていた。

 スキルを付与した今は、そのさらに上をいく体つきになっていた。


「俺はない、他の生き物の言葉が分かるようになってから、やってみたいことができたんだ」

「なっ、なんの話だ?」


 突然始まった自分語りに戸惑う。


「人間の『王』という存在に興味を持った。何ごとにも怯まぬ心を持ち、何者にも恐れない強者だ」

「そんな奴、今時、居ないだろう。居たのは物語の中だけだ」


 現に、今、外にはその王族の人間だ。

 いや、俺からしてみれば同じ人とは言いたくないモンスターだが。

 しかし、ダグジアは気にせず語り続ける。


「この迷宮には王が居ない。いや、居るには居るがもうすぐ死ぬ。だから、俺はこの迷宮の王になろうと思った」

「だから、一体、何の話をしているんだ!?」


 この迷宮の王というのはロイアーティが求めているドラゴンのことだろう。

 それが死ぬ?

 神にもっとも近き生き物と恐れられているドラゴンが!?

 愕く俺をよそに、ダグジアはスゥ・・と胸いっぱいに息を吸い込んだ。

 そして――。


「オオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォオ!!!!!!」


「うわっ!?」

「キャアッ!!」


 突然の咆哮。

 狭い部屋の中で叫ばれ、頭の中で大きな爆発が起きたようになってしまっている。

 グワングワン・・・・・・する視界の先で、笑って立っているダグジアを睨みつけた。


「いったい、なんの真似だ!」

「ハッハッハッ。そう怒るな」


 怒るなもなにも、ここからどう逃げ出すかの算段もついていない内に相手を刺激するようなまねをしておいて、怒らない方がどうかしている。

 外の奴らだってたぶん――。


「なん――だ――?」


 カタカタと地面が揺れている。

 外に居るロイアーティたちの様子も変だ。

 あのダグジアの咆哮で、こちらが何かしようとしているのは明白だ。

 だが何も動きがない。

 それどころか、何か慌てている様子だ。


「スタンピードって知ってるか?」

「魔物の破壊的行軍……?」

「王になるなら、これくらいできなければいかんだろう」

「お前、スタンピードって!」

「出るぞ!!」

「あっ、おいっ!」


 ダグジアは拳を強く握りしめ、体を大きく捻った。


「フンッ!!!!」


 体が一瞬、肥大化し、さらに目にも止まらぬ早さで繰り出された拳が岩壁を突いた。

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