来ると思ってたぜ、若者諸君。


 まずは、この日々の繰り返しループの中で、どう立ち回るか。


 明確に頭の中で言葉にされているかいないかは別として、クラスメート皆が持っている一つの問いだ。そうでなければ教室は、あんなに悩む空間ではないと思う。


 世界と学校生活がほぼイコール、そんな気持ちで過ごしている。その日々の経験が、人生を全部飲み込むことだってあると知っている。


 夏休みが終わって、クラスで仲の良かった友人たちから、一気に無視を食らったのはキツかった。

 些細なことから始まったのだと思う。ほんのちょっとノリが合わない。それだけの齟齬。

 なんだってそうなのだ。納得がゆくゆかないより先に、ある状況が形づくられる。


「本当にこれ、運ゲーだと思うよ」


 僕は車窓の風景を眺めながら、世界に毒づいた。


「ああ、クソゲーだよな」


 トキオも迷いなくそう返す。


「おまえはさ、うっかりセーブしちゃっただけなんだよ」


「え?」


「ゲームのラスボス戦前になんの気なしにセーブしたように、なんの気なしに八方塞がりループに陥ったってだけなんだよ。ほら、学校生活はコマンドが少ないから。『笑う』『黙る』『寝たフリ』電源が切れるまで、配電盤が熱もっておかしくなるまで、その状態でやるヤツもいる」


 高校生の未熟な人間関係は、歪なゲームバランスのようだとは、たしかに思う。粗っぽく分けられた選択肢の中から選ぶとき、自分の気持ちよりも正解っぽさが大事だ。

 断片的で曖昧な情報の中で、取捨選択する。

 しかも、それは死活問題だ。


「でも、これはゲームじゃない。NPCとして遊びを彩るのはまっぴらだ」


 机に突っ伏して、休み時間分の青春の、その背景の一部に溶け込ませていた自分を思い出す。


「退屈そうに机に突っ伏す暇があったら抜け出しちゃえよ。いま思えば簡単だろ? なにせ俺らは、時間のループやら世界線やらからも抜け出そうとしてんだから」


 ただ単純にそれを伝えるためだけに誘うなんて思いもしなかった。


「これが上手く行ったら俺は好き勝手に時間旅行だ。エイジは、現代に帰るなりなんでもすればいい」


 サム研究所の建物が姿を現す。ばかでかい大学の一角にあるけれど、散々調べたのだから、どこに何があるか手に取るように分かる。右、右、左。

 それにセルジ博士がどこにいたか、だって知っている。大きく開けた芝生の広場だ。

 この場所、この時間で、彼は芝生に突っ伏して思索に集中するエピソードはとても有名だった。


 学生や研究者がまばらに佇む広場に、僕とトキオは目を凝らす。

 今までメディアでしか見たことのない、だけどよく見知った人物が、僕の視界に入る。

 ビートルを停めて、芝生に寝た男に向けて、トキオは声を飛ばした。


「セルジ博士! タイムマシンを持ってきたぜ!」


 友達に会いにきたような言い方だった。

 彼はのっそりと芝生から起き上がり、こちらを訝しげに睨む。当然だろう。

 でも、そのあと驚くリアクションを僕らは予想していたのだけど、セルジ博士はニヤリと笑った。


「来ると思ってたぜ、若者諸君。ここは目立つ、向こうへ移動しよう」


「え?」


 博士は手招きしながら、ガレージへと誘導した。話が通り過ぎて、僕らの方が驚かされた。

 ガレージの中にビートルを停めてから、ことの顛末を伝えようと口を開くと、博士は手のひらを上げて静止する。


「話さなくていい、時間がもったいない。このタイムマシンから二つの機能をぶち抜きゃあいいってことだろ。出来るよ、それくらい。数分で終わる」


 タイムマシンをじろじろ眺めながら、彼は捲し立てる。


「俺が学会であんなことを口走ってから、よく来るんだよ。未来から『なんとかしてくれ』ってやつが。みんな考えることは一緒なんだな」


「え。おれたち以外にも?」


「こんなに若い連中は初めてだけどな」


 なんとなく誇らしげな気分になる。


「まぁ、それで『なんとかしてくれ』って言うから一台試しにやってみようってなってな。けっこう難しかったけどなんとかできた。一台出来りゃ、あとは、それを効率を上げて繰り返すだけ」


 トキオのあらっぽい仮説は、博士のあらっぽい説明で立証された。


「おかげで今では、AI脅威論者を、超知性体の居ない世界線へ亡命させる手伝いばっかさせられてるよ」


 呆気に取られた。だけれど勝手に口角が上がっていく。


「そんなことして、大丈夫なんですか。ほら余計なことやるなって超知性体に目を付けられたりしそうだし」


 自分たちが言えたことではないけれど。


「べつに大丈夫だろ。それに今こうやって、目の前にとんでもないプロダクトがわんさか来ることのほうが、おれには重要だ」


「はぁ」


「それに、ヤツはおれたちより断然賢いが、全知全能の神じゃない。だってこうやって君たちとこんな相談をしていても、未来に引き戻したりしないだろ? 欠陥がある人間が創ったものなんだ、まだまだ欠陥がある。目ぇ付けられたら付けられたで、なんかしら争うことになっても戦えんだろ」


 争う気か。なんとなくトキオと同じような雰囲気を感じる。

 セルジ博士は、タイムマシンのボンネットを開ける。会話を挟みながら、なんやかんや部品を引きちぎったり踏みつけたり、およそ機械を扱ってるようには見えない豪快な手順を踏むこと約五分。

 博士は指差し確認してから大きく頷いて、僕らの方を向いた。


「よし。これで、タイムマシンの洗浄ロンダリングは終わった」


 ボンネットをぼんと閉める。腕時計を見れば、ちょうど十時三十分になる。


「これでこのタイムマシンは、超知性体のシステムから逃れた自由なタイムマシンだ。世界線の逸脱もオンオフ自由にできるし、勝手なタイムリープに邪魔もされない。さて、二人は未来に戻るのか?」


 トキオは即答した。


「いや、こいつだけ帰らす。で、俺はいろんな世界線を旅しようと思うんだ。まずは“いま”の世界を旅しようかと思ってる」


「うん?」


 セルジ博士は眉をひそめる。


「金とか、どうすんだ? 今の通貨とか持ってないだろ」


「あ」


 トキオの表情と沈黙から察して、セルジ博士が苦笑する。


「なんだお前、無鉄砲だな。じゃあ、お前も手伝ってくれよ、タイムマシンの洗浄ロンダリング。バイト代も出すから。ちょうど人手が欲しいんだ」


 セルジ博士は、手を差し出した。トキオと僕は、顔を見合わせる。トキオの表情を見れば答えは一目瞭然だった。


「やらせてくれ!」


 じゃあやり方を教える、とセルジ博士はトキオを招いて、タイムマシンの説明をしはじめる。タイムマシンはやっぱり車でなくちゃな、なんて笑い合っている。それがどこかイタズラの作戦会議をしてるようで羨ましかった。

 こんなにワクワクする場面を目の前にして、僕だけ帰るだって? いや、ちょっと待てよ。


「あのさ、ちょっといい? 僕にも──」


 ぐんと一歩を踏み出して、僕も話に加わる。

 僕は記録係としてまだまだ同行しようと思う。だって僕らにとっての時間はもう、一冊の本でも一本のハイウェイでもなくなったから。

 道はないけど未知がある、というと陳腐な言い回しなんだけど、それなら書くに価する。

 どうせ余白も尽きない訳だし、いくらでも付き合ってやろう。


 さて、一旦ここで記録を終了しよう。

 次の冒険まで、おさらばだ。

 おなじみの古くさい未来とは、おさらばだ。


 ◆おわり◆

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タイムマシンはやっぱり車でなくちゃ 緯糸ひつじ @wool-5kw

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