第4話【終】君の隣で
東の空が染まるよりも早く、空から紫色の光線が一斉に降り注いだ。
地上が大きく揺れ、轟音と共に瓦礫が舞い上がる。
そこここで火の手が上がる。熱をはらんだ風が吹き荒れ、何かの破片が頬を切った。
やがて光線の攻撃が止んだ。少しすると、俺達のいる場所からかなり離れた場所に光線が降り注ぐ。
助かったのか、と思った瞬間、俺達のすぐ目の前が紫色に光り、同時に凄まじい爆発と熱が全身を襲った。
「うわああああっ!」
俺の叫び声は轟音にかき消された。頭を抱えて
背中が柔らかなぬくもりに包み込まれる。
彼が、俺を庇うように覆いかぶさっていた。
攻撃が止んだ。彼は低い呻き声を上げて体を起こした。
傷を負った白い手が、俺の両肩を強く掴む。
「始まっちまったか! どうする? 逃げるか?」
脳みその奥深くの本能が、俺を頷かせる。逃げよう、と声を掛けようとした時、彼の手が俺の肩から離れた。
俺の目を見て頷き、柔らかく微笑む。
体を離し、軽く手を上げる。
別れを告げるように。
俺の頭の中で、何かが切れる。
違う。
違うだろ。
そんな訳ねえだろ。
ふざけるんじゃねえ、俺がお前を見棄てるわけがねえだろうが!
「もう地上に安全な場所なんてねぇよ! いい、ここでいい!」
彼の華奢な体を力任せに抱き締め、絶叫した。
地鳴りが足元を揺らす。震える彼の肩越しに遠くを見ると、紫色の光がカーテンのように降り注ぎ、地上の全てを焼き尽くしていた。
いつの間にか、俺は涙を流していた。
痙攣する喉から呟きが漏れる。
「分かっちゃいたけど……分かっていてもこれは……」
やがて感情が振りきれ、ゆっくりと暗闇に落ちていくような感覚に襲われる。
頭の中を侵食する、奇妙な静寂。俺は彼を抱く腕の力を少し緩め、ぽん、ぽん、と彼の背中を叩いた。
暗闇に溶かすように囁く。
「これでいいんだよ。何もかもなくなるんだよ。俺達もこれで……」
★★
暗闇のような静寂は、目の前に突如現れた白い光に破られた。
「うおっ、まぶしっ!」
意識が暗闇から引き戻される。彼も驚いたように体を離し、光の方を見た。
光が消える。するとそこには、黒い奇妙な乗り物があった。
小型の飛行車のようだが、見たことのない形だ。艶のない黒い車体に小さな窓。後方のドアが静かに開く。
「な、なんだ……っ?」
思わず潰れたような声が出る。
ドアから何かが出て来た。
恐怖が喉元からせり上がる。
それはまっすぐこちらに向かって来た。
それの形は人間と同じだが、全身真っ黒で、顔がない。銃のような武器を構えながら、瓦礫の上を飛ぶように歩き、こちらに向かって来る。
俺達の目の前で止まる。
頭の部分から声を発する。
「まだ生き物がいたのか、君達、話は通じる?」
くぐもった、強い訛りのある人間の声。
俺達は瓦礫の上で腰を抜かし、同時に叫んだ。
「「う、宇宙人だーっ!」」
するとそいつは頭の部分から、ぷっと吹き出すような声を発し、首にあたる部分をめくった。
中から、人間の男の顔が現れた。
「良かった、通じるね。早く来て、今なら助かる」
銃を降ろし、笑いをこらえながら俺の腕を掴む。
確かに人間の声を発する、人間だ。俺達は何が起きているのか理解できないまま、全身真っ黒男の勢いに流されるように、黒い飛行車に乗り込んだ。
飛行車は白い輝きを発しながら上昇した。
★★
「奴ら」の攻撃をかわしながら、飛行車はのろのろと空を飛ぶ。
男は外国語で誰かと通信しながら、俺達に状況を説明した。
男は、何トカという組織の職員で、難民の救済とかが本業らしい。
だが地球が攻撃されると分かってからは、自力で逃げる術を持たない人達を救うための活動を行っていたのだそうだ。男の奇妙な服には、「奴ら」の目を欺く作用があるらしい。
俺達は、組織の最後の救助活動に引っかかった。組織の所有する宇宙船は、この飛行車の到着と同時に飛び立つ。
初めのうちは助かったことを純粋に喜んでいたが、男の話を聞いているうちに、複雑な気分になって来た。
俺達は、たまたま見つかり、救われた。あの一帯には生命反応がないと思われており、素通りする途中だったのだそうだ。
三人乗りの飛行車がたまたま見つけた、俺達二人。
だが男の話によると、地上にはまだ救われていない人達が存在するらしい。
救われる最後の人間が、俺でいいのか、と思う。
もっと他に、人類のためになる、救われるべき人間がいたのではないか。
俺みたいなクズに、救われる価値はあるのか。
俺の代わりに、他の人を……。
彼と目が合う。
彼もまた、複雑な表情を浮かべていた。
頷き合う。
俺は男に声を掛けた。
「いや、いい。俺達は星と運命を共にする」
本当は「俺は」と言いたかった。だがおそらく、彼がそれを許さないだろう。
俺に続いて、彼が口を開く。
「そうだよ、俺達だけ逃げるだなんて……」
その言葉を聞いて、俺は自分が先程発した「俺達」の言葉が間違っていなかったことを確信した。
彼と目が合う。俺は子供の頃からそうしているように、彼に微笑みかける。
彼もまた子供の頃からそうしているように微笑みを返す。
「うん、君達の意志は分かった」
だが男は俺達の言葉を軽く流すと、何事もなかったかのように通信を続けた。
その態度が癇に障り、俺達はむきになって叫んだ。
「じゃあとっとと帰ってくれ。俺達はここで終わるんだ!」
「そうだ! これはきっと初めから決まっていたんだ!」
そこで男はようやくこちらの方を向いた。
芝居がかった仕草で肩をすくめ、大きな溜息をつく。
車の前方中央に取り付けられた、小さな透明のカバーを外し、中のボタンに触れる。
俺達に向かって、にやりと笑う。
「なら……強引に連れ去る!」
男がボタンを押すと、車体が大きく揺れた。次の瞬間、飛行車は凄まじい勢いで紫色の光線の間をすり抜け始めた。
真横になり、ひっくり返り、どんどん加速する。
「うわあああ!」
「何をする、止めろぉ!」
動転して大騒ぎをする俺達を見て、男は何故か優しげな微笑みを見せた。
★★
「ああ……」
お世辞にも綺麗とは言い難い宇宙船の中で、俺は大きな溜息をついた。
「間一髪だったね」
俺と、俺の膝の上で微睡む彼を見下ろし、男はにこやかに言った。
結局、俺達は宇宙船に乗り、地球を脱出した。
この宇宙船には、俺達や職員の他にも、地球に残っていた人などが何人か乗っている。
これから向かうのは、地球から、ずっと、ずっと、離れた星だ。
条件の良い星には、既に豊かな人達が移り住んでいる。俺達がこれから生活するのは、赤い光を放つ小さな星の周りを回る、茜色の空の星だ。
そこには黄金色の朝も、星の降るような夜もない。昨夜二人で星空を見て、本当に良かったと思う。
「俺達をどうする気だ」
「それは僕が決める事じゃないよ」
男はそう言って、またあの妙に癇に障る、芝居がかった肩をすくめる仕草をしてみせた。
船内で話しているのは俺達だけだ。
宇宙船は、静かに飛び続けている。
俺は彼の頭をそっと撫でた。
「自分の生き方は自分で決めろ……か」
男達の目的は俺達を安全な星に送り届けることであって、その後の生活の面倒を見るわけではない。これから生活する星は、一応、人間が生活するのに必要な最低限の開発はされているようだが、そこでうまくやっていけるかは、本人の努力次第だ。
今まで俺達を育んでくれた、「母なる地球」は、もう、ない。
今まで通りのクズみたいな生活をしていては、生きていけないのだ。
俺は俺達の恩人である男を真っ直ぐ見た。
「な、何急にじいっと見つめるんですか」
男は変なものを見るような目で俺を見、一歩後ずさった。
「お前が悪いんだからな」
「えっ?」
「お前が、俺達を助けたりなんかするから……」
「えええっ!」
外国語でわあわあと何かを喚く男を見て軽く笑い、俺は眠りから覚めようとしている彼の頬に触れた。
そうだ、お前が悪いんだ。俺達を助けたりなんかするから。
お前のせいで、俺は生まれ変わらなきゃならなくなった。
最後に救われた者として。
そして、彼と共に生きるために。
やらなければならない事はたくさんある。
まずは彼の体だ。きちんと病院に連れて行って、かつてのような薔薇色の頬を取り戻させたい。
そのためには、俺がもっと強くならなければ。
彼が目を覚ます。
俺に微笑みかける。
俺は微笑みながら、心の中で話し掛ける。
なあ。
これからも、よろしくな。
俺、こんなだけど、頑張るからよ。
だから。
いつまでも、お前の隣で。
終わりの日は、君の隣で 玖珂李奈 @mami_y
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