第2話 ふたりの星空


 彼を抱きかかえ、外に出る。

 空は既に、月と星に支配されていた。


 ここ数日、「奴ら」の攻撃は殆どない。地上には、ただ、おそろしい程に清らかな静寂だけが満ちている。


 彼を瓦礫の平らな部分に横たえ、空を見上げた。


「な~んも起こらねぇな」


 俺の言葉に、彼はちいさく笑った。


「意外とそんなもんだろうよ」


 非常灯の不安定な灯りに照らされた彼の白い顔が、俺を見て微笑んでいる。


 ふ、と彼が背を向けた。

 立て続けに乾いた咳が彼を襲う。俺は彼の華奢な背中をゆっくりとさすりながら、彼が少しでも楽になるよう願った。

 最後の夜空を、少しでも長く楽しめるように、と。


 咳が落ち着いた。まだ少し苦しそうな息をする彼の隣に並んで寝転ぶ。


 人工の光から解放され、のびのびと煌めく星々と、滅びゆく地球を静かに照らす月を眺める。


 ただ静かに、ゆっくりと、時が過ぎる。


 ★★


 彼が俺の方に顔を向けた。


「色々思い出すか?」


 俺はぼんやりと月を眺めながら答える。


「まぁなぁ……」 

「みんなどうしたんだろうな」

「みんなくたばっちまったじゃねぇか」

「まぁそうだけど」


 俺達と関わりのあったような奴らは、皆、宇宙船に乗ることが出来なかった。

 そしてある者は「奴ら」の光線を受け。

 ある者は人間同士の諍いの果てに。


「そりゃどっかで俺らみたいになったやつもいるかもだけど」

「だといい……よくないか」


 確かに彼の言う通り、よくないかもしれない。

 もしかしたら、この地球上にはまだ人間が残っているかもしれない。だが、明日終わる星で今日まで残っていたからといって、もう、どうしようもないのだ。


「俺はお前がいて良かったよ」


 心から、そう思っている。

 もし今、独りでこの夜空を見上げていても、俺の目に星や月の美しさは見えていなかっただろう。

 指先に彼の前髪を絡める。彼は少しくすぐったそうに首をすくめた。

 

「話し相手って大事だよな」


 俺のその言葉に、彼は少し間を置いてから口を開いた。

 

「気が合う話し相手、な」


 ★★


 静寂が、満ちている。

 彼が囁くように呟いた。


「静かだなぁ」


 頷く。この星は静かになるしかないのだ。人間は勿論、鳥も虫もいなくなってしまったのだから。


「生き物いないもんな」

「賑やかな夜が懐かしいか?」


 彼の言葉に、俺は首を横に振った。


「いや、碌な思い出がねぇ」


 そう答えるしかない。彼は頷き、また、少し間を置いてから口を開いた。


「俺もだ」


 ★★


 折角、二人で夜空を眺めていたのに、つい、自分の人生を振り返ってしまい、心が泥沼の中に沈んでいきそうになってしまった。

 それは彼も同じだったのだろう。空を見上げ、不自然に大きな声で言った。


「こう言う運命を辿る惑星も宇宙じゃ多いのかなぁ」

「宇宙は広いからなぁ」

「罪深い星ばっかだったりしてな」

「違えねぇ」


 きっと、罪は生物の本能だ。

 俺達は勿論、宇宙船で逃げていった奴らも、鳥や虫も、そして「奴ら」も、魂の中に罪を抱えているんじゃないか、と思う。


「なぁ……、星座ってこう言う時に生まれたのかな」


 難しいことを考えたついでに、そんな事を言ってみた。


「最初は大昔の暇潰しとかだったんじゃねぇの?」


 彼らしい、さめた答え。でもいつも、こうして俺の話をなんでも受け止めてくれる。

 星座、と言っても、分かるのはオリオン座くらいだ。俺は空一面にまき散らされた星のうちの一つを指差した。


「例えばさ、あの星とあの星を繋げて……」

「どの星とどの星だよ、分かんねぇよ」

「俺説明下手なんだよ」

「知ってる」


 くっくっと可笑しそうに笑う。つられて俺も笑ってしまった。


  ★★


 彼と見上げた地球最後の夜空は、残酷なまでに美しかった。

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