終わりの日は、君の隣で
玖珂李奈
第1話 夜のはじまり
この星は
明日、滅びる。
★★
見渡す限り瓦礫の山と化した街を歩く。
夜のはじまりの空には、二度と見ることの出来ない陽の光の残滓が、僅かに漂っている。
気の早い星々が、早速空を彩り始める。
もう、ずっと前に失われた人工の煌めきに比べ、星の光は、なんと遠いのだろう。
俺達以外の人々は、皆、あの星のどこかへ逃げてしまったのだ。
逃げるための財も、宇宙船に乗るすべも持っていなかった、俺達二人を残して。
★★
かつてコンビニだった建物の残骸の中には、まだ食料が残っていた。その中から今日の夕食に出来そうなものを選び、袋に詰める。
俺はなんでもいけるが、彼の分は慎重に選ばないといけない。油分が多いと消化出来ないから、体に負担のかからないものにしなければ。
そんな事を考えて、ふと笑みが零れる。
体に負担のかからないもの、か。
まあ、いい。たとえ明日までの命だとしても、最期の瞬間まで、少しでも楽に過ごしたいじゃないか。
★★
かつて俺達のアパートだった場所は、辛うじて雨風が凌げる空間が残っていた。
中に足を踏み入れる。生温かく、澱んだ空気が室内を圧迫している。だがこの澱みは、確かにここに生物――俺と彼――が存在している証なのだ。
「ふあぁ~あ」
寝床に近づくと、彼は思いの外大きな声を上げて目を覚ました。
目が合う。俺は子供の頃からそうしているように、彼に微笑みかける。
「よお、起きたか」
彼もまた子供の頃からそうしているように微笑みを返す。だがその頬は、かつての薔薇色を失い、変色した布団に置かれた白い腕には、治ることのない点滴の痕が、点々と滲んでいた。
「どうだい、世界の最後の夜は」
動くことがままならない彼は、そう言って瓦礫に塞がれた窓の方を見た。
「ああ、相変わらず空の宝石箱だよ」
俺も窓の方を見る。
そうだ、今夜は、二人で夜空を見よう。
今日は晴れていた。だからきっと、これからもっと、空の宝石箱は輝きを増すだろう。
★★
あの日。
空一面を巨大な影が覆ったかと思うと、「奴ら」は地球を破壊しだした。
「奴ら」は地球外生命体だ。そういうのが存在することは知っていたが、まさかこんな事態になるとは考えてもみなかった。
だが俺にその話をしてくれた人は、いずれこういう日が来ることを知っていた。
社会の中に組み込まれ、情報を得る手段を持つ人達は、地球が、ある星の生命体との交渉に失敗し、危機的状況であることを知っていたのだ。
「奴ら」は姿を見せることなく、巨大な影の向こうから、あらゆるものを破壊していった。影から光線が飛び出したかと思うと、地上のものが次々と爆発するのだ。
地球側は圧倒的に不利だった。
ある時から、人々が急激に減っていった。その代り、他の星へ逃げるための宇宙船が、ひっきりなしに空を飛んでいた。
あんなものは財産を持つ人達だけのものだ、俺達はこのまま地球外生命体の攻撃に晒され続けなければならないのだ、と覚悟した。
それでも、出来る限りの時間、彼を守らなければ。
幼馴染の彼。彼が病に倒れてからは、俺が引き取り、一緒に暮らしていた。
俺達には、頼る人も、病院にかかるような金もなかったからだ。
やがて、一つの噂を聞いた。
一カ月後、「奴ら」は総攻撃を仕掛けて来る。そして地球に住む生命全てを消し、「奴ら」が生活できる環境に作り替えるのだと。
人はどんどん減っていった。
そしてやがて、俺達二人だけになった。
この星には、俺達以外、だれも、いなくなった。
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