電子の海の共同遺書

 248:あいつはもうオワコン! 早く辞めたほうがいい!


 さて、この書き込みのように、ネット上の掲示板では独自の用語が用いられることが多い。「オワコン」とは終わったコンテンツの短縮形であり、転じて未来が無いという意味でも使われる。


 249:そもそも日本がオワコンなんだよ・・・どこもかしこも似たようなもんだよ・・・

 250:出る杭は打たれる文化だからねぇ

 251:憎しみが憎しみを生んで皆狂ってる、最近変な事件も多いしな~


 ここへの書き込みにはユーザー登録などをする必要がなく、名前欄は存在するが記入しないのが暗黙の了解となっている。つまりは匿名だ。

 書き込んだ人間を区別するため、IDと呼ばれる意味の無い英数字の文字列が自動的に付与されるが、それも一日一回定刻に変更される。長針と短針が重なり、時計が午前0時を指す瞬間、参加者たちは新しい人間へと生まれ変わる。功績も罪も分け隔てなく次の日には持ち越せない。すべては時が洗い流していくのだ。

 参加者のひとりひとりが一日ごとに生まれ変わっていく一方で、掲示板の書き込みは基本的に消えない。五年前、十年前のの投稿もほとんどの場合閲覧可能だ。連綿と文字列が連なっていく。その文字列には時代の雰囲気が乗っている。


 257:俺も大学とか行ってればもっとマシな人生だったのかな、今からじゃもう遅いのかな

 258:急にどうしたんだよ、ここの空気読めよ


 しかしその文字列は、ただただ並んでいくだけでどこへも行きつかない。エンディングにたどり着くのは小説の中だけの話であって、電子の海を浮遊する文字列は着地点を見つけられずにある日断絶される。それは管理者の都合だったり、参加者が飽きてしまった結果である。


 261:大学とか行く意味ないっしょw 仕事場の高学歴の新人が使えなさ過ぎるからいつも厳しめに指導してるよw

 262:パワハラしてるお前こそ使えなさ過ぎる低学歴のゴミ、老害消えろ

 263:あーあ、また荒れ始めたよだから言ったのに


 つまるところ、参加者たちはそれぞれの人生の後悔を、それぞれの心の傷を、率直ではない形で語っている。

 誰だって、自分が悪かったとは思いたくない。あれは仕方なかった、どうしようもなかった、あのときはああするしかなかった……と思いたい。実際、物事の原因は入り組んでいて真実は藪の中だ。その暗がりの中に救いの光を見出したいのかもしれない。


 269:君たちは間違っている! これまでの人生を真面目に反省して、新しい人生をスタートしよう!

 270:なんか変な奴まで来ちゃったよ・・・いったい何様のつもりなんだ・・・

 272:君が神様だったらその言い分も少しはわかるよ?


 たいていはある程度の固定メンバーで構成されるが、どこから来たのだろう、「お客さん」もときどき現れる。こんな書き込みもたまにはある。

 しかしよく考えてみるとある意味同類なのかもしれない。なぜならこの類の書き込みの真の動機は、相手が間違っていて自分のほうが物事の道理をよく理解しているという見下し、感情的な言い方による価値観の押し付け、よく知らずに他人のこれまでの人生や苦労を否定しているという点など、何重にも他人を侮辱しているものだからだ。


 350:ああ、今日も何もせずに終わった・・・

 351:まぁ日本がオワコンだからどうしようもないよな


 何も変わらない。現状は微動だにしない。いくら叫んでも空気が揺れることはない。諦めと退廃が場を重く支配している。


 だとしてもそれは、とてもとても甘美なまどろみで。外にはいつも冷たい風雨が吹き荒れていて。未来を手にするのは難しい。


 どこへも行きつかない文字列はまるで、複数人で時間をかけて記述されていく遺書のようだ。

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3分で読める掌編集『遍在するこの人』 Haruki-UC @sora-ti

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