また今年も春がやってきてしまった。一昔前はリア充/非リア充という言葉がネットだけではなく、若者を中心に現実世界にも浸透したけれど、今も使われているんだろうか。
いわゆる「リア充」の人たちからすれば、新しい季節、新しい環境というものは歓迎すべき希望なのかもしれない。しかし退廃的な、厭世的な人間からすれば、季節のめぐりすら疲労の種になってしまうことがある。
しかし、不思議なことに――どれだけ気を付けようとしても防げないのだが――恋という麻薬を吸い込んだ瞬間、どんな人間も世界を一変させてしまう。特に非リア充の人間からすれば、その危険なときめきは強い独占の感情へと発展していく可能性が高いのではないか。
本作の主人公もそのひとり。彼は新しい生活環境で葵という女性と出会い、彼女に惹かれてしまう。しかし彼女はひなたの人間であり、主人公より多くの人間と交流しているために、彼の気持ちは複雑に揺れる。前後編+あとがきというシンプルな構成だが、その短い文章の中に、作者の世界観が詰め込まれている。
葵はその挑戦を受け入れたかのように、彼と指先を絡めた。
その数センチに過ぎない動きの中に、彼女の明確な意志の発動が込められているように見えた。
この文章に感銘を受けた。そう、人間は恋という麻薬を吸ってしまった瞬間、その数センチで価値観や人生を狂わされてしまうことだってあるのだ。