今宵必ずいじめを消し尽くす

naka-motoo

だって正義はいじめられる側にあるでしょう?

 夏休み最後の夜、わたしはあいつらを駅前ロータリーの噴水の前で待っていた。強力な助太刀と一緒に。


「なんのマネだよ。この一斉LINE」

「オマエへのいたぶりのためだけのLINEグループになんでオマエが書き込むんだよ」

「あ、そうか。明日から学校だから『もういじめないでください』って頼みたかったのか」

「死ねよ」

「そうそう。はい、決まり!」


 呼び出したのは女子3人。

 ほんとはクラス全員呼び出したかったけど殺すほどまででもない。地獄に今すぐ堕としたいのがこいつら。


 あとの残りはこいつらの断末魔の映像をまぶたに焼き付けて一生生きてけ。

 恋をして結婚して子供を産んで。

 自分が年をとってシモの世話が必要になった時に、自分の産んだその子供から「はあ・・・いつまで生きるんだよ」と嘆かれながら糞尿垂らして死ぬ瞬間まで屍のように生き続けろ。

 そして死んだら地獄に堕ちろ。


 わたしは目の前の女子3人に告げる。


「読んだままです。『殺す』」

「なんだ? 狂ったのか? 精神科行くか?」

「どうする? 人がいっぱいいるからどっか他に連れてって、やる?」


 というのはわたしの下半身の下着を脱がせてにこいつらの唾液を垂らされることだ。そしてその後でこいつらはスニーカーのソールでわたしのを踏みにじる。終わったら「履け」と言って外見からは何もなかったようにカモフラする。わたしはもうその辱めはどうでもいいぐらいに達観していたけれどもこいつらの唾液の臭さが我慢ならなかった。


 だから、殺すことに決めた。

 わたしはいつもわざとやっている困ったような表情は今日はしない。

 顔の筋肉を一切動かさずにこいつらに告げた。


「ここでいい」

「はあ?」


 ガシュ。


「え」


 助太刀、ってね。ほんとに刀なんだね。


「う、うわうわうわ! なんだ、これ!?」

「な、なんだよ!? どっから出てきたんだよ!」

「って、いうか、ハチヤ、死んでるの?」


 ハチヤという3人の中で一番格下は胴を払われて前のめりに倒れていた。腹の筋肉の前面を斬られ腹わたをタイル仕様の路面にぶちまけて。

 でも死んでいない。死ぬまであと3分ほどは体内を蚊にさされて掻けないような苦しみの中で生き続けるだろう。そして死ぬだろう。


 ドシュッ!


「うっ・・・」


 二撃目はカオリンという仲間ウケだけのキャラ名の番だった。みぞおちを真っ直ぐに突きで貫かれた。付属情報としてカオリンは中学生だけれども本物のビッチだ。


 突き通したものは抜かなくてはならない。抜く時に『彼女』はたっぷりの時間をかけてくれた。


「う、げええええぇぇぇ・・・・」


 数十秒間の気色の悪い呻きの後にカオリンはおそらく絶命した。


「ちょ。ご、ごめん! もしこれをやってるのがオマエならオマエに謝るから! ほんとにごめん!」

「わたしはあなたにオマエ呼ばわりされるいわれはありません」

「ア、アンジル! もう明日からいじめないから助けてくれ!」

「あなたにアンジルと呼ばれるいわれもありません。それって卑猥と汚物をかけあわせたあなたが作った蔑称じゃないですか」

「じゃ、じゃあ・・・オマエの名前、なんだっけ? え、ええと、ええと」

「あなたなんかに本名覚えて欲しくない」


 助太刀である『彼女』はわたしに訊いてきた。


「どうしたい?」

「・・・あなたが一番残酷だと思う方法でお願い」

「わかった。じゃあ、『抉る』」


『彼女』はその大太刀の切っ先を真下に向ける。わたしをアンジルと呼ばわったミトモンという通り名のいじめの首謀者はそれが正当な権利のつもりなのか、『彼女』の攻撃を防御しようと試みた。

 いや、防御ではなくいつもわたしをいたぶる時のような発狂者の加減を知らぬ力任せの脚力で蹴上げようとした。


『彼女』は真剣の突きを即座に振りに変え、ミトモンのスニーカーの上から足指の親指と人指し指の間の位置を正確に斬った。


「あ、あああああぁぁぁ・・・」


 ミトモンは叫ばなかった。

 自分の足が指の間から裂けて行く様子をまるで部分麻酔で傷口の化膿を防ぐためのオペを自ら見つめるようなシチュエーションの中、ああ、嘘でもなくこれが現実なんだということを思い知りながら、否応無く受け入れざるを得ないだけの心理なのだろう。


 結論は変わらなかった。

 もう、遅い、ということ。


『彼女』は一太刀一太刀を、マグロの解体ショーのような見事な太刀捌きでミトモンの肉と骨とをこそぎ離していった。


『彼女』はミトモンに囁きかける。


「声出していいんだぞ」

「・・・・あああ。ど・う・し・て?」


 疑問符を発した途端、彼女はミトモンを叱りつけた。


「他人の恥辱を潰したからだよ!」


 けれども『彼女』はトドメを刺さない。延々と抉り続けた。


「死ぬときも地獄で、死んでからも地獄に堕ちて、今度はのこぎりで鬼にやられるんだ。刀よりも痛いぞ」

「あ・あ・あ・あ・ぁ・ぁ・・・」

「いや、違うな。痛いというよりはやっぱり、死ぬほどの痒みが肉と骨と内臓の間で続いて掻くこともできずに死ぬという感覚だな。そしてな、死んだ瞬間にぐじゅぐじゅと身体が元に戻ってまたやられるんだ。アンタはこの子の恥辱を毎日毎日突き落としてたからな。敗者復活もなく久遠に地獄の鬼と一緒の毎日だよ」

「は、敗者?」

「ああそうだ。アンタはこの子をいたぶった時点で負け犬確定だったんだよ」


 もはや惰性で繰り出される『彼女』の抉りがミトモンの股間を抉った時、ようやく絶命した。


 3人の屍体はいつの間にか傷も血も腹わたも体内に戻り、ごく普通の死体の形で噴水の前に仰向けになっている。目を見開き半開きの口からいつものように臭い唾液を垂れ流して。


「うわ、キモ!」と誰かに通報されて救急車が来た時には全員『心筋梗塞』と死亡診断書に記載されるだろう。事実は斬殺だが表層の薄っぺらな『医学』などの限界ではそう判断することしかできないだけの話だ。


「終わったよ」

「ありがとう・・・でも、どうしてわたしの所に?」

「あなたには正義があるから」

「? でも、わたし何もしてないよ? ただ、こいつらにいたぶられてただけで」

「あなたはこの者たちの攻撃を一気に引き受けて、他の子が攻撃にあわないようにしていた。あなたはクラスの全員を救ってた」

「ああ・・・・・・・・」

「受動なんかじゃない。能動なんだよ。これでようやくあるべき現実を取り戻せた」

「あなたは誰なの?」

「古い武家の娘。家が滅びる日にわたしは敵の急襲を受けて女ではあるけれども襷掛けで参戦した。父は寝込みを襲われて不覚を取ったので長女であるわたしが大太刀を手に指揮を執った。逆賊どもを6人まで斬り殺した」

「・・・・・・・・・・」

「逆賊どもは太刀を帯びてはいたけれども精神が武士じゃなかった。わたしの一番下の妹を犯そうとした。わたしは交換条件など卑怯者どもは反故にすることは分かりきっていたけれども母親が泣いて懇願した。いや、脅したという方が正確だな。『妹を見殺しにするのか』と」

「ああ・・・」


 わたしは、泣いた。

 なぜなら『彼女』の母親のそのセリフは、「ああ、お父さんもお母さんも何も悪いことしてないのに! いじめられるアンタに原因があるんじゃないの!?」といじめを知った上でわたしを叱った母親の言葉と同じだと思ったからだ。

『彼女』は語り続けた。


「当然の権利のように逆賊どもは約束を履行しなかった。母親、妹、わたしを全員で代わる代わる犯そうとした。犯される前にわたしは懐刀で妹の首を突いて殺した。それから母親も同じに首を突いて子であるわたしが親殺しをした。最後にわたしは自分で自分の頸動脈を斬って自害した」


 涙が止まらない。

 そして、胸がせり上がってくるように苦しい。


「この『異能』が神仏から許されたものなのかはどうかは分からない。現代の『いじめ』はつまりわたしたちを犯そうとした逆賊どもと同類。いえ、はるかに卑怯な下衆どもなんだ。だからわたしは討ち亡ぼす。そしてね。いじめに遭う子たちはその逆賊どもを精神面ではるかに圧倒しているんだよ。いじめに遭っている子に『正義』がある。いじめに遭っている子たちこそが、『武士』なんだよ」

「もう、行くの?」

「ああ」

「一緒にいてほしい」

「・・・『世間』なんてものの腐った眼はあてにできないけれども、あなた自身の眼は澄んでいる。本当の事が見えるはず。世間がすり替えた現実じゃなくって、今見たことこそが事実なんだってその澄んだ眼とココロに刻み込んで」


『彼女』はいなくなったけど、でも、居た。

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