第7話 別れ1
翌日の昼に亡くなったおばあちゃんの家に着く。中はまだ誰も居ない。ぼくはイスに腰かけてお母さんを待つ。
しばらく天井を見つめていた。
ああ、おばあちゃんはもう居ない。
ガチャ、玄関のドアが開いた。
「……お母さん」ぼくははっきりと母の姿を見る。あの日からお母さんの面影はあまり変わっていなかった。
「お久しぶり、元気にしてた?」
ただ変わったと思えるのは、声が優しく感じられる。
「うん……」
本当はつらかった十一年間。
でも、そんなのは吹き飛んだ。
少しだけ家の中で話をしてからお通夜の会場へ二人で向かう。タクシーの中でも、お互いの最近の話をする。ぼくはうそでアルバイトは楽しいと言ったけれども。
お母さんは普通に見えた。別になんともなかった。
お通夜の会場に着く。雨が降っている。
棺の中におばあちゃんは眠っていた。顔はすっかり痩せている。どうしてだろうか。泣きたいはずなのに涙が出ない。あれだけ世話になったのに、ぼくは冷たいと自分で思った。
お母さんが「お父さんは?」と聞いてくる。
ぼくは「一応、おばあちゃんが亡くなったことは言っているよ」と答えた。
お母さんはそれ以上は何も言わない。
夕方になると、おばあちゃんの親戚が集まり始める。喪主であるお母さんと、ぼくも挨拶をしていく。お母さんのいとこも見えた。人数が多いから、親戚の顔と名前が覚えられないぼく。
「なあ、老衰で死んだんだって?」
「そうなのよ」
そんな感じでお母さんはいとこと話す。
そうだったんだ……。
夜の七時になってお通夜が始まる。まだ実感がわかない。おばあちゃんが亡くなったのに。ぼくはその間にこんなことを考える。
おばあちゃんは生前、ぼくの心に寄り添ってくれた。何度も何度もお母さんを信じなさいと言ってくれた。それが何よりぼくの心を支えた。
お父さんとお母さんが離婚して、ぼくは父の元で育った。おばあちゃんはお母さんの方の人間なのに、それでも会ってくれた。話を聞いてくれた。ぼくを支えてくれた。
心のどこかでお母さんとおばあちゃんを憎んでいたかもしれない。けれども嫌いになれなかった。だって、大切な人だから。
今、こうしてぼくとお母さんと亡くなったおばあちゃんが同じ空間に居る。そう思えたら急に泣きたくなった。
おばあちゃん、これからどこに行くの?
さびしいよ。
なんで最後は会ってくれなかったの?
お通夜が終わり、今夜はぼくとお母さんが泊まることになる。明日は午前の十一時からお葬式。二人で話し始める。
「ねぇ、お母さん? 手紙は届いていたかな?」
それを聞いた母はすぐに「うん、届いているよ? どうして?」と答える。
「返事がなかったから、ちょっと不安だった」
お母さんは笑みを浮かべた。
「そうなの? 嬉しかったよ! 返事はどうしようか悩んだのよ」
そうなんだ……よかった……。
寝るまでの間、ぼくとお母さんは話し続けた。どうでもよいことや、お互いの仕事のこととか……。ぼくはアルバイトが楽しいとやっぱりうそをつく。
布団を並べて二人、横になる。ぼくはちょっぴりドキドキした。優しいお母さんと一緒に寝ているから。そうして眠りにつく。うん、よく寝た。あっという間に朝だ。
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